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連載
真実の欠片3
しおりを挟むファイネルの去った後のルーティの屋敷には主であるルーティ、そしてイチカと剣魔、レナティアだけが残された。
「……悪いけど、何処か部屋を借りていいかな。ルーテリスを少し休ませなくちゃ」
部屋の隅に座り込んだルーテリスは、何事かをぶつぶつと呟いては頭を振ることを繰り返している。
どうやら記憶に混乱があるらしく、本人の中で整理をつけているらしいが……脂汗をかいているところを見ると、あまり捗っていないのは明らかだ。
レナティアはその汗を拭ってやったりしていたが、一度本格的に休ませるべきだと判断したようだ。
振り返ったレナティアはルーティに視線を送ると、すっと立ち上がる。
「まあ、君達が僕等を嫌ってるのは分かってるよ。好かれるような事をした記憶もないしね。でも」
「構いませんよ」
レナティアの台詞を遮って、ルーティはそう答える。
「ここから右に二つ隣の部屋が、客室になっています。そこを使いなさい」
「……いいの?」
あっさりと許可を出したルーティを信じられないという目で見ているレナティアに、ルーティは頷いてみせる。
「私は剣魔も貴女も嫌いです。ですが、弱った者に鞭打つような非道ではないつもりです」
「……」
レナティアはルーティの真意を探るかのようにじっと見て……やがて、頭を深々と下げる。
「ありがとう、ルーティ。恩に着るよ」
「そうですか」
レナティアは剣魔をひょいと担ぎ、部屋から出て行く。
自分よりもずっと背の高い剣魔を担いでいく姿は、流石に魔族といったところだろう。
扉が閉められ足音が遠ざかっていくのを聞くと、ルーティは長い息を吐く。
「おつかれさまです」
「……ああ、そうか。貴女の問題も残っていましたね」
「私が何か?」
「何か、じゃないでしょう……」
疲れたように額を押さえると、ルーティはイチカと正面から向き合う。
「貴女、リアだと言いましたね」
「ええ、確かに」
「リアがいたことは、あまり知られていません。その事実だけでも貴女が本物であるという証明にもなりそうですが……ですが、それでも私には信じきれません」
それは当然の事だ。
魂は死ねば崩れ、命の種に戻り次の命を芽吹かせる。
偉大なる命の流れは「死の先」を約束し、誰もが一度は「次の人生」を夢想する。
残された者もまた、「次」へと旅立った者の幸福を祈る。
命の種の記憶は初期化され、思い出すことは無いと言われている。
それ故に、「次」に旅立った者が「前」の知り合いと会っても何も思うことは無いのだという。
それが、常識だ。
故に、イチカの言う事はその常識を覆す事である。
勿論、イチカ自体がイレギュラーであるのだが……。
「何が信じられないのですか。私ですか、常識ですか、それとも魔族ですか?」
「……貴女がリアだというのなら、どうして今まで言わなかったのですか。それを言えば、私がヴェルムドールに出した条件はクリアできたはずです」
そう、そこがルーティの「信じきれない」ポイントだ。
会おうと思えば、いくらでも会えた。
それが何故、このタイミングなのか。
「……確かに、いつでも会いにくることは出来たでしょう」
だからイチカは、隠さずに理由を告げる。
「ですが、貴女に信じさせる材料がありませんでした」
イチカ自身がその証拠ではある。
だが、その証拠が証拠であると判じる事が出来るのは命の種に触れられるヴェルムドールだけだ。
そして、リアとルーティしか知らない思い出を語るには、「リアの旅」は短すぎた。
無いわけではないが、それを証拠とするには弱い。
そして一度失敗すれば、もうルーティは信用しないだろう。
だから、話さなかったのだ。
だから、今日この場で話したのだ。
「蘇った剣魔」という材料があった、今だからこそ。
「信じるかどうかは貴女次第です、ルーティ。たとえ貴女が私を信じずとも、命の神の真意は明かされる。たとえ私の真実が埋もれようと……貴女が見るべき真実は、貴女の前に現れる。それで私の目的は前へと進むのです」
「貴女の目的……?」
聞き返すルーティに、イチカは宣言する。
「私の運命を弄んだ命の神への復讐を。たとえ他の誰が許そうと、私が許さない」
そう、許しはしない。
イチカの足元に積み重なる絶望達が。
イチカの中に沈殿する悲しみ達が、それを望んでいるからだ。
それは、数多の「自分」達の歩んできた道の果て。
イチカの果たすべき、悲願であるからだ。
「必ず「私」が奴を殺します」
ルーティは、それには答えない。
リアがイチカであるというのなら。
命の神フィリアは、何を考えているのか。
変革の為の生贄。
そう、確かに人類の歴史には幾つかのポイントというべき箇所がある。
それは大抵平穏無事には終わらず、幾らかの犠牲を経て「何か」を得てきている。
たとえば、現しの水晶。
たとえば、違法な奴隷所持に対する監視。
たとえば、冒険者ギルドの創設。
様々な変革には、それ相応の犠牲や問題があったと伝えられている。
現しの水晶は開発者に未だ研究盗用の疑いがかけられているし、その前後に優秀な魔法使いが死んだという噂も囁かれ続けている。
冒険者ギルドの設立も確か、設立者が娘を失ったが故ではなかっただろうか?
その全て、あるいは一部がイチカであったならば。
その記憶が残っているというのは、どれほどの苦痛だろうか。
自分の犠牲の下になりたった世界を見るというのは、どれ程の拷問だろうか。
自分が自分であることすら誰にも理解されず。
常に、世界に一人ぼっちであるかのような錯覚を味わう。
その恐ろしさは……長く生きる故の孤独を持つルーティにすら、想像しきれぬものだ。
だが、だからこそ。
もしそうだとするならば。
リューヤの旅は、どこからどこまでがそうだったのか?
リューヤのもたらした変革は、「人類の団結」であっただろう。
だが、それならば。
それによる犠牲は、どこからどこまでが?
「貴女も休むといいでしょう。恐らくヴェルムドール様が到着されるまでは、少し時間があります」
「……そうさせていただきます」
ルーティはそう答えると、ふらりと扉へと手をかけて。
そこで、振り向きイチカへと視線を向ける。
「リア。あの時は、私達の力不足で貴女を死なせてしまいました。ずっと、貴女に謝りたかった」
「……恐らく無理だったでしょう。私の……リアの死は、そう定められていたのですから。貴女の気に病むところではありません」
「それでも。もしそれが定められていたことだというのならば、跳ね除けられなかった私達に力が足りなかったんです」
そう言うと、ルーティは扉を開ける。
「私は、リアに謝りたい。でも……きっと、私がするべきは「それ」ではないのでしょう」
部屋から出て行くルーティを見送り、イチカは壊れた窓の破片の片付けを始める。
ルーティ自身、かなりの混乱の最中にあるのだろう。
リアの話だけで、ルーティは恐らくは自力で現状の問題についてもかなりの部分まで気づいているのが見受けられたからだ。
「……」
近づいている。
イチカの目的に、近づいている。
イチカはそれを感じ……うっすらと、笑みを浮かべた。
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