上 下
386 / 681
連載

真実の欠片3

しおりを挟む

 ファイネルの去った後のルーティの屋敷には主であるルーティ、そしてイチカと剣魔、レナティアだけが残された。

「……悪いけど、何処か部屋を借りていいかな。ルーテリスを少し休ませなくちゃ」

 部屋の隅に座り込んだルーテリスは、何事かをぶつぶつと呟いては頭を振ることを繰り返している。
 どうやら記憶に混乱があるらしく、本人の中で整理をつけているらしいが……脂汗をかいているところを見ると、あまり捗っていないのは明らかだ。
 レナティアはその汗を拭ってやったりしていたが、一度本格的に休ませるべきだと判断したようだ。
 振り返ったレナティアはルーティに視線を送ると、すっと立ち上がる。

「まあ、君達が僕等を嫌ってるのは分かってるよ。好かれるような事をした記憶もないしね。でも」
「構いませんよ」

 レナティアの台詞を遮って、ルーティはそう答える。
 
「ここから右に二つ隣の部屋が、客室になっています。そこを使いなさい」
「……いいの?」

 あっさりと許可を出したルーティを信じられないという目で見ているレナティアに、ルーティは頷いてみせる。

「私は剣魔も貴女も嫌いです。ですが、弱った者に鞭打つような非道ではないつもりです」
「……」

 レナティアはルーティの真意を探るかのようにじっと見て……やがて、頭を深々と下げる。

「ありがとう、ルーティ。恩に着るよ」
「そうですか」

 レナティアは剣魔をひょいと担ぎ、部屋から出て行く。
 自分よりもずっと背の高い剣魔を担いでいく姿は、流石に魔族といったところだろう。
 扉が閉められ足音が遠ざかっていくのを聞くと、ルーティは長い息を吐く。

「おつかれさまです」
「……ああ、そうか。貴女の問題も残っていましたね」
「私が何か?」
「何か、じゃないでしょう……」

 疲れたように額を押さえると、ルーティはイチカと正面から向き合う。

「貴女、リアだと言いましたね」
「ええ、確かに」
「リアがいたことは、あまり知られていません。その事実だけでも貴女が本物であるという証明にもなりそうですが……ですが、それでも私には信じきれません」

 それは当然の事だ。
 魂は死ねば崩れ、命の種に戻り次の命を芽吹かせる。
 偉大なる命の流れは「死の先」を約束し、誰もが一度は「次の人生」を夢想する。
 残された者もまた、「次」へと旅立った者の幸福を祈る。
 命の種の記憶は初期化され、思い出すことは無いと言われている。
 それ故に、「次」に旅立った者が「前」の知り合いと会っても何も思うことは無いのだという。
 それが、常識だ。
 故に、イチカの言う事はその常識を覆す事である。
 勿論、イチカ自体がイレギュラーであるのだが……。

「何が信じられないのですか。私ですか、常識ですか、それとも魔族ですか?」
「……貴女がリアだというのなら、どうして今まで言わなかったのですか。それを言えば、私がヴェルムドールに出した条件はクリアできたはずです」

 そう、そこがルーティの「信じきれない」ポイントだ。
 会おうと思えば、いくらでも会えた。
 それが何故、このタイミングなのか。

「……確かに、いつでも会いにくることは出来たでしょう」

 だからイチカは、隠さずに理由を告げる。

「ですが、貴女に信じさせる材料がありませんでした」

 イチカ自身がその証拠ではある。
 だが、その証拠が証拠であると判じる事が出来るのは命の種に触れられるヴェルムドールだけだ。
 そして、リアとルーティしか知らない思い出を語るには、「リアの旅」は短すぎた。
 無いわけではないが、それを証拠とするには弱い。
 そして一度失敗すれば、もうルーティは信用しないだろう。
 だから、話さなかったのだ。
 だから、今日この場で話したのだ。
「蘇った剣魔」という材料があった、今だからこそ。

「信じるかどうかは貴女次第です、ルーティ。たとえ貴女が私を信じずとも、命の神の真意は明かされる。たとえ私の真実が埋もれようと……貴女が見るべき真実は、貴女の前に現れる。それで私の目的は前へと進むのです」
「貴女の目的……?」

 聞き返すルーティに、イチカは宣言する。

「私の運命を弄んだ命の神への復讐を。たとえ他の誰が許そうと、私が許さない」
 
 そう、許しはしない。
 イチカの足元に積み重なる絶望達が。
 イチカの中に沈殿する悲しみ達が、それを望んでいるからだ。
 それは、数多の「自分」達の歩んできた道の果て。
 イチカの果たすべき、悲願であるからだ。

「必ず「私」が奴を殺します」

 ルーティは、それには答えない。
 リアがイチカであるというのなら。
 命の神フィリアは、何を考えているのか。
 変革の為の生贄。
 そう、確かに人類の歴史には幾つかのポイントというべき箇所がある。
 それは大抵平穏無事には終わらず、幾らかの犠牲を経て「何か」を得てきている。
 たとえば、現しの水晶。
 たとえば、違法な奴隷所持に対する監視。
 たとえば、冒険者ギルドの創設。
 
 様々な変革には、それ相応の犠牲や問題があったと伝えられている。
 現しの水晶は開発者に未だ研究盗用の疑いがかけられているし、その前後に優秀な魔法使いが死んだという噂も囁かれ続けている。
 冒険者ギルドの設立も確か、設立者が娘を失ったが故ではなかっただろうか?
 その全て、あるいは一部がイチカであったならば。
 その記憶が残っているというのは、どれほどの苦痛だろうか。
 自分の犠牲の下になりたった世界を見るというのは、どれ程の拷問だろうか。
 自分が自分であることすら誰にも理解されず。
 常に、世界に一人ぼっちであるかのような錯覚を味わう。
 その恐ろしさは……長く生きる故の孤独を持つルーティにすら、想像しきれぬものだ。
 だが、だからこそ。
 もしそうだとするならば。
 リューヤの旅は、どこからどこまでがそうだったのか?
 リューヤのもたらした変革は、「人類の団結」であっただろう。
 だが、それならば。
 それによる犠牲は、どこからどこまでが?

「貴女も休むといいでしょう。恐らくヴェルムドール様が到着されるまでは、少し時間があります」
「……そうさせていただきます」

 ルーティはそう答えると、ふらりと扉へと手をかけて。
 そこで、振り向きイチカへと視線を向ける。

「リア。あの時は、私達の力不足で貴女を死なせてしまいました。ずっと、貴女に謝りたかった」
「……恐らく無理だったでしょう。私の……リアの死は、そう定められていたのですから。貴女の気に病むところではありません」
「それでも。もしそれが定められていたことだというのならば、跳ね除けられなかった私達に力が足りなかったんです」

 そう言うと、ルーティは扉を開ける。

「私は、リアに謝りたい。でも……きっと、私がするべきは「それ」ではないのでしょう」

 部屋から出て行くルーティを見送り、イチカは壊れた窓の破片の片付けを始める。
 ルーティ自身、かなりの混乱の最中にあるのだろう。
 リアの話だけで、ルーティは恐らくは自力で現状の問題についてもかなりの部分まで気づいているのが見受けられたからだ。

「……」

 近づいている。
 イチカの目的に、近づいている。
 イチカはそれを感じ……うっすらと、笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

神々の娯楽に巻き込まれて強制異世界転生ー1番長生きした人にご褒美有ります

ぐるぐる
ファンタジー
□お休みします□ すみません…風邪ひきました… 無理です… お休みさせてください… 異世界大好きおばあちゃん。 死んだらテンプレ神様の部屋で、神々の娯楽に付き合えと巻き込まれて、強制的に異世界転生させられちゃったお話です。 すぐに死ぬのはつまらないから、転生後の能力について希望を叶えてやろう、よく考えろ、と言われて願い事3つ考えたよ。 転生者は全部で10人。 異世界はまた作れるから好きにして良い、滅ぼしても良い、1番長生きした人にご褒美を考えてる、とにかく退屈している神々を楽しませてくれ。 神々の楽しいことってなんぞやと思いながら不本意にも異世界転生ゴー! ※採取品についての情報は好き勝手にアレンジしてます。  実在するものをちょっと変えてるだけです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

かの世界この世界

武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
人生のミス、ちょっとしたミスや、とんでもないミス、でも、人類全体、あるいは、地球的規模で見ると、どうでもいい些細な事。それを修正しようとすると異世界にぶっ飛んで、宇宙的規模で世界をひっくり返すことになるかもしれない。

krystallos

みけねこ
ファンタジー
共存していたはずの精霊と人間。しかし人間の身勝手な願いで精霊との繋がりが希薄になりつつある世界で出会った一人の青年の少女の物語。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

ベルが鳴る

悠生ゆう
恋愛
『名前も顔も知らない人に、恋することはありますか?』シリーズに登場したベル(鈴原梢)を主人公にしたスピンオフ作品。 大学生になった鈴は偶然写真部の展示を見た。そこで一年先輩の映子と出会う。冴えない映子だが、写真を語るときだけはキラキラしていた。

おっさん、勇者召喚されるがつま弾き...だから、のんびりと冒険する事にした

あおアンドあお
ファンタジー
ギガン城と呼ばれる城の第一王女であるリコット王女が、他の世界に住む四人の男女を 自分の世界へと召喚した。 召喚された四人の事をリコット王女は勇者と呼び、この世界を魔王の手から救ってくれと 願いを託す。 しかしよく見ると、皆の希望の目線は、この俺...城川練矢(しろかわれんや)には、 全く向けられていなかった。 何故ならば、他の三人は若くてハリもある、十代半ばの少年と少女達であり、 将来性も期待性もバッチリであったが... この城川練矢はどう見ても、しがないただの『おっさん』だったからである。 でもさ、いくらおっさんだからっていって、これはひどくないか? だって、俺を召喚したリコット王女様、全く俺に目線を合わせてこないし... 周りの兵士や神官達も蔑視の目線は勿論のこと、隠しもしない罵詈雑言な言葉を 俺に投げてくる始末。 そして挙げ句の果てには、ニヤニヤと下卑た顔をして俺の事を『ニセ勇者』と 罵って蔑ろにしてきやがる...。 元の世界に帰りたくても、ある一定の魔力が必要らしく、その魔力が貯まるまで 最低、一年はかかるとの事だ。 こんな城に一年間も居たくない俺は、町の方でのんびり待とうと決め、この城から 出ようとした瞬間... 「ぐふふふ...残念だが、そういう訳にはいかないんだよ、おっさんっ!」 ...と、蔑視し嘲笑ってくる兵士達から止められてしまうのだった。 ※小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。