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開設、復興計画本部3
しおりを挟むさて、復興計画本部ではあるが……実は完成して即始動ではない。
なにしろ、ザダーク王国内での調整がまだ実施中なのだ。
先行して作っただけであって、まだ現地でやることもないのに人を雇ったりするというわけにもいかない。
住民の住居補修についても、作業開始の目処が立たないうちから申請だけ受けました、というのでは更に話にならない。
「なんで話にならねえんだ?」
会議室に椅子を運び込んでいたアウロックの台詞に、マリンは大袈裟に溜息をついてみせる。
「いいですか。支援とは文字通り支援なんです」
「んなこと分かってらぁ。別に申請受け付けるのは悪いことじゃねえだろ。こっちにだって予算の問題があんだろ?」
そう、いくら支援とはいえ無限に予算が何処かから湧いて出るわけではない。
当然上限というものがあり、その範囲内で活動しなければならないのだ。
アウロックの言うように、申請だけ先に受け付けても問題の無いようには思える。
「だからですね。支援とは、現地の努力で足りない部分を補助するものであるべきなんです」
「おう。それで?」
「申請を受け付けるのは簡単ですが、それは同時に現地の職人の仕事を奪うことでもあるんです」
マリンの説明に、アウロックは椅子を下ろして腕を組み首を傾げてみせる。
「ん? んん? いや、ちょっと待ってくれ。それってつまり、今回の支援計画自体を否定してねえか?」
今回の支援計画は「街壁の補修」と「希望する住居の補修」である。
メインが街壁であることに間違いは無いが、これも言うなれば街壁の補修という大きな仕事を職人から奪うことだとも言える。
住居の補修についても、本来それによって報酬を得る職人の仕事を奪う。
しかし、ならば何故。
そんな疑問をアウロックが抱くのも当然である。
「街壁については、報酬を支払うべき国……つまりキャナル王国側の体力の問題と、リスク管理の問題があります」
キャナル王国は現在内乱中である。
その中でエルアークの街壁の現状といえば、まずあちこちボロボロである。
それに加え、正門は完全に崩れ落ち、無惨な有様だ。
この辺りに関しては造り直しというほうが相応しく、それには多大な資金がかかる。
これは現在のセリスの勢力には簡単に払える金額ではない……が、いつまでも放置できる問題でもない。
そして、この問題が解決しても更なる問題がある。
それがリスク管理……つまり、職人の安全保障の問題である。
度重なるゴブリンやビスティア、アルヴァ、更には第一王女軍。
職人を脅かすリスクは無数に存在し、それに尻込みする職人は多数居る。
……つまり、街壁補修に関してはエルアークの職人としても「やってくれるならそのほうがいいんじゃないか」という案件である。
これに比べると住宅補修は安全で、手軽な案件なのだ。
実際エルアークの職人達は毎日のように住宅の補修で動き回っており、出来れば他人になど譲りたくは無い案件である。
とはいえ、手が足りないのは事実。
そこで、支援事業の一環として希望者のみの住宅補修も含んでいるわけだ。
「んん……まだわかんねえな。手が足りないならいいんじゃねえの?」
「……アウロックさんは有料のリンギルと無料のリンギル、味が同じならどっちを選びます?」
「そりゃ無料の……って、あー……そういうことか」
味という得られる結果が同じならば、大抵の人は少々並んででも無料のものを手に入れるだろう。
しかし無料のものばかり売れるということは、儲けの出る有料のものは売れないということである。
それを今回の例に例えるならば有料のリンギルはエルアークの職人、無料のリンギルはザダーク王国の支援……という形になる。
つまり、こちらの準備が整うまでは現地の職人に任せるべき……ということなのだ。
緊急性の高い修繕箇所のあるものは現地の職人に頼むだろうし、それが終わった後に残る「職人に頼むまでも無い」とか「無料なら……」とかいう緊急性の低いものに関してはザダーク王国の支援事業で受ける形が望ましい。
これに関しては事前に受け付けても緊急性のあるものは現地の職人に頼むのでは……と思うのであれば「無料」の価値を見誤っている。
本当にどうしようもなければそうなるだろうが、続く内乱の中で「またいつ壊れるか分からない」状況ともなれば、「無料」の価値は非常に高くなる。
多少我慢してでも……という者が続出することも考えられるし、そうなると結果的に復興は遅れていく。
それでは支援の意味が無いのだ。
「めんどくせえなあ。もう住宅補修支援とか無しでいいんじゃねえの?」
「住宅の補修に関しては、分かりやすく好感度を稼ぐ手段として有効です。外壁より簡単でありながら、より高い効果が期待されています」
マリンの淡々とした言葉に、アウロックはカーッと言いながら天井を仰ぐ。
まあ、当然のことではある。
全体の利益よりも自分の利益のほうが分かりやすく有り難いという、ただそれだけの理屈なのだ。
「この状況でもそういう風になるかね?」
「この状況だから、ですよ」
苦しいからこそ、自分に直接繋がる利益が嬉しい。
それはあらゆる生物に共通する当然の心理だ。
そして人類は、その傾向が特に強い。
ただ、それだけの話なのだ。
「はーん……まあ、いいや」
「おや、いいんですか?」
「おう。俺なんかが考えたってわかんねえってことがよく分かった」
アウロックが肩をすくめると、マリンは小さく溜息をつく。
そんなマリンをそのままに、アウロックは手際よく会議室に椅子を並べていく。
「要は、まだ俺等の本格的な仕事は始まってねえってこった」
そうだろ、と言うアウロックにマリンもそうですねと答える。
「確かに、私達が今から此処に居るのは単純に準備の為のようなものです」
「だろ?」
「ですが、何事も準備が大切なのは自明の理。さっさと働いてください」
「へいへい、俺にだって自室の飾りつけとかあらぁな」
マリンに蹴られ、アウロックは仕方無さそうにテクテクと会議室を出て行く。
それを見送ると、マリンはピタリと動きを止める。
「自室の……飾りつけ? あの人のセンスで?」
少し考え込むようにアウロックの消えていった方向を見つめ……とりあえず後回しにしようと、マリンは会議室の内装を整え始めた。
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