勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

文字の大きさ
上 下
219 / 681
連載

開設、復興計画本部3

しおりを挟む

 さて、復興計画本部ではあるが……実は完成して即始動ではない。
 なにしろ、ザダーク王国内での調整がまだ実施中なのだ。
 先行して作っただけであって、まだ現地でやることもないのに人を雇ったりするというわけにもいかない。
 住民の住居補修についても、作業開始の目処が立たないうちから申請だけ受けました、というのでは更に話にならない。

「なんで話にならねえんだ?」

 会議室に椅子を運び込んでいたアウロックの台詞に、マリンは大袈裟に溜息をついてみせる。

「いいですか。支援とは文字通り支援なんです」
「んなこと分かってらぁ。別に申請受け付けるのは悪いことじゃねえだろ。こっちにだって予算の問題があんだろ?」

 そう、いくら支援とはいえ無限に予算が何処かから湧いて出るわけではない。
 当然上限というものがあり、その範囲内で活動しなければならないのだ。
 アウロックの言うように、申請だけ先に受け付けても問題の無いようには思える。

「だからですね。支援とは、現地の努力で足りない部分を補助するものであるべきなんです」
「おう。それで?」
「申請を受け付けるのは簡単ですが、それは同時に現地の職人の仕事を奪うことでもあるんです」

 マリンの説明に、アウロックは椅子を下ろして腕を組み首を傾げてみせる。

「ん? んん? いや、ちょっと待ってくれ。それってつまり、今回の支援計画自体を否定してねえか?」

 今回の支援計画は「街壁の補修」と「希望する住居の補修」である。
 メインが街壁であることに間違いは無いが、これも言うなれば街壁の補修という大きな仕事を職人から奪うことだとも言える。
 住居の補修についても、本来それによって報酬を得る職人の仕事を奪う。
 しかし、ならば何故。
 そんな疑問をアウロックが抱くのも当然である。

「街壁については、報酬を支払うべき国……つまりキャナル王国側の体力の問題と、リスク管理の問題があります」

 キャナル王国は現在内乱中である。
 その中でエルアークの街壁の現状といえば、まずあちこちボロボロである。
 それに加え、正門は完全に崩れ落ち、無惨な有様だ。
 この辺りに関しては造り直しというほうが相応しく、それには多大な資金がかかる。
 これは現在のセリスの勢力には簡単に払える金額ではない……が、いつまでも放置できる問題でもない。

 そして、この問題が解決しても更なる問題がある。
 それがリスク管理……つまり、職人の安全保障の問題である。
 度重なるゴブリンやビスティア、アルヴァ、更には第一王女軍。
 職人を脅かすリスクは無数に存在し、それに尻込みする職人は多数居る。

 ……つまり、街壁補修に関してはエルアークの職人としても「やってくれるならそのほうがいいんじゃないか」という案件である。
 これに比べると住宅補修は安全で、手軽な案件なのだ。
 実際エルアークの職人達は毎日のように住宅の補修で動き回っており、出来れば他人になど譲りたくは無い案件である。
 とはいえ、手が足りないのは事実。
 そこで、支援事業の一環として希望者のみの住宅補修も含んでいるわけだ。

「んん……まだわかんねえな。手が足りないならいいんじゃねえの?」
「……アウロックさんは有料のリンギルと無料のリンギル、味が同じならどっちを選びます?」
「そりゃ無料の……って、あー……そういうことか」

 味という得られる結果が同じならば、大抵の人は少々並んででも無料のものを手に入れるだろう。
 しかし無料のものばかり売れるということは、儲けの出る有料のものは売れないということである。
 それを今回の例に例えるならば有料のリンギルはエルアークの職人、無料のリンギルはザダーク王国の支援……という形になる。
 つまり、こちらの準備が整うまでは現地の職人に任せるべき……ということなのだ。
 緊急性の高い修繕箇所のあるものは現地の職人に頼むだろうし、それが終わった後に残る「職人に頼むまでも無い」とか「無料なら……」とかいう緊急性の低いものに関してはザダーク王国の支援事業で受ける形が望ましい。
 これに関しては事前に受け付けても緊急性のあるものは現地の職人に頼むのでは……と思うのであれば「無料」の価値を見誤っている。
 本当にどうしようもなければそうなるだろうが、続く内乱の中で「またいつ壊れるか分からない」状況ともなれば、「無料」の価値は非常に高くなる。
 多少我慢してでも……という者が続出することも考えられるし、そうなると結果的に復興は遅れていく。
 それでは支援の意味が無いのだ。

「めんどくせえなあ。もう住宅補修支援とか無しでいいんじゃねえの?」
「住宅の補修に関しては、分かりやすく好感度を稼ぐ手段として有効です。外壁より簡単でありながら、より高い効果が期待されています」

 マリンの淡々とした言葉に、アウロックはカーッと言いながら天井を仰ぐ。
 まあ、当然のことではある。
 全体の利益よりも自分の利益のほうが分かりやすく有り難いという、ただそれだけの理屈なのだ。

「この状況でもそういう風になるかね?」
「この状況だから、ですよ」

 苦しいからこそ、自分に直接繋がる利益が嬉しい。
 それはあらゆる生物に共通する当然の心理だ。
 そして人類は、その傾向が特に強い。
 ただ、それだけの話なのだ。

「はーん……まあ、いいや」
「おや、いいんですか?」
「おう。俺なんかが考えたってわかんねえってことがよく分かった」

 アウロックが肩をすくめると、マリンは小さく溜息をつく。
 そんなマリンをそのままに、アウロックは手際よく会議室に椅子を並べていく。

「要は、まだ俺等の本格的な仕事は始まってねえってこった」

 そうだろ、と言うアウロックにマリンもそうですねと答える。

「確かに、私達が今から此処に居るのは単純に準備の為のようなものです」
「だろ?」
「ですが、何事も準備が大切なのは自明の理。さっさと働いてください」
「へいへい、俺にだって自室の飾りつけとかあらぁな」

 マリンに蹴られ、アウロックは仕方無さそうにテクテクと会議室を出て行く。
 それを見送ると、マリンはピタリと動きを止める。

「自室の……飾りつけ? あの人のセンスで?」

 少し考え込むようにアウロックの消えていった方向を見つめ……とりあえず後回しにしようと、マリンは会議室の内装を整え始めた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。