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サラダって何だろう
しおりを挟むアークヴェルム第三商店街の野菜屋の店主は、ぼうっと曇天の空を眺めていた。
いつも変わらない空ではあるが、毎日眺めていると微妙に空の表情が違うのが分かる。
早朝の料理屋の店主達によるラッシュの時間も過ぎ、充分な売り上げは確保した。
一般の客が来るのは昼過ぎからだから、それまでは暇なものである。
……そんな事を考えていた店主は、欠伸などを一つついて正面に視線を戻したその時、思わずギョッとする。
さっきまでは居なかった客の姿が、そこにあったからだ。
そこにいたのは、銀髪の男。
冷たい印象を持つ瞳が自分の店に注がれているのを見て、店主は思わず身を強張らせる。
だが、それよりも恐ろしかったのは……その男が、自分の店の商品を凝視しながら何事かを呟いていたからだ。
「あのー……うちの店の商品が何か……げっ!?」
一目見て実力者と分かるその男に近づき、その顔をまじまじと見て……店主は心臓をぎゅっと鷲掴みにされるような驚きを再度味わう。
魔王ヴェルムドールとザダーク王国の誇る四方軍。
その中でも最も規律に厳しいという北方軍。
お堅い者ばかりのその中でももっとも堅く厳しい、北方将アルテジオ。
その本人であると気付いたからだ。
思わず背筋をシャンとさせる店主を一瞥すると、アルテジオはトマトをすっと指差す。
「このトマトですが……」
「は、はい! ジオル森王国産の品で、夜明けの便で納入されたものです!」
「そうですか」
「た、確かにジオル森王国産で、この価格で適正ですっ! 決して高くは無いはずで……っ」
緊張のし過ぎでガチガチになっている店主に、アルテジオは小さく溜息をつく。
「落ち着きなさい。別に私は店に文句をつけにきたわけではありません」
「は、はいっ! 申し訳ありません!」
ちっとも分かっていない風の店主に再度の溜息をつくと、アルテジオは店先の商品を再度眺め始める。
ニンジン、トマト、ナス、キャベツ。
ザダーク王国では見ないような名前のついた野菜がズラリと並ぶ。
イモもザダーク王国のものに比べると小ぶりなものから、全く形の違うものまである。
トマトはザダーク王国にもあるが、このトマトからは微量な魔力しか感じない。
そういえば、人類領域は空から強い光が降り注ぐ影響で暗黒大陸では育たない植物もよく育つ……と聞いた事があっただろうか。
魔力ではなく、その強い光とやらを受けて育った結果が、この魔力を微量しか持たぬ野菜ということなのだろう。
食べても魔力の回復効果を然程見込めるとも思えないが、それ故に大量に摂取することができるのかもしれない。
しかし……と思う。
それでは、理屈に合わないこともある。
ザダーク王国産の野菜は、大量に魔力を含む高級品としてジオル森王国で認識されているはずだ。
ジオル森王国産のコレも微量とはいえ魔力を含み、それ故に高級品として扱われている。
これは野菜に含まれる魔力の摂取による回復効果を見込んでいるからだ。
しかし、ザダーク王国の野菜には主張の強すぎる味という問題点がある。
ならば、ジオル森王国の住人はザダーク王国の野菜をどう調理しているというのだろうか?
「……ふむ」
まあ、その調理法がどうであれ今は関係ない。
必要なのはサラダの材料であり、それはジオル森王国産が適しているのだから。
そう、問題なのは「サラダに使われるのは如何なる野菜か」である。
複数の野菜を使うことは分かっている。
しかし、どんな組み合わせが「サラダ」の正解なのか。
野菜を一定の形に切るとロクナは言っていた。
ならば、一定の形に切る事が出来る野菜の組み合わせが正しいのだろうか?
「……となると、一定の形に揃えにくい葉物の野菜は外してもよいでしょうね」
葉物野菜から視線を外すと、アルテジオはニンジンやイモに目を向ける。
一定の形というものが具体的にどのような形かは分からないが、こういった野菜であれば、どんな形にもそろえる事ができるだろう。
しかし、イモを生で食べるというのはどうなのだろうか?
「あのー……アルテジオ様」
悩むアルテジオを見かねたのか、店主がおそるおそるといった様子で声をかける。
「失礼ですが、何をお探しで?」
「……サラダというものに使う野菜を探しています」
「はあ、サラダですか。それは如何様な料理なので?」
「生の野菜を一定の形に切って盛り合わせる料理らしいのですが」
アルテジオの説明を聞いて、店主はうーんと考え込む。
一定の形というのは分からないが、要は生でも食べられるものということなのだろう。
となると、イモは少々辛い。
しかし、一定の形に切れるものとなると幅は狭まる。
そう、たとえばニルギリそっくりのダイコンなる野菜やニンジンなどは可能だろうが……。
「そうですね……このダイコンとニンジンなどよろしいのではないでしょうか。生でも結構いけますよ」
「どちらもニルギリに似ていますね」
「へえ、このニンジンなんかは赤ニルギリって呼ぶ奴もいますけど、味は全然違って甘みもありますぜ。ダイコンのほうもニルギリとは違ってスッキリした味が特徴です。この二つなら生でいけるんじゃないかと」
店主の手元にあるダイコンとニンジンを見て、アルテジオは考える。
なるほど、ならばそれが正解なのだろう。
二つとも加工しやすそうだし、全く違う二色は美しいサラダを作り出すだろう。
「そうですね……ならば、それを頂きましょう」
「ヘイ、お買い上げありがとうございます!」
こうして、アルテジオは愛するマルグレッテの為にサラダの材料を手に入れ……その夜には、マルグレッテの工房に可愛らしい花の形に切られたニンジンとダイコンの盛り合わせが運ばれることとなる。
「あ……うん。ありがとう、あーちゃん……う、嬉しいな」
「いいえ、今まで気付かず申し訳ありません……タレも用意しましたので、たくさん食べてくださいね」
「う、うん。でも串焼きのタレはちょーっと違うかなあ……」
ちょっと分厚いニンジンをポリポリっと齧りながら、マルグレッテは少しだけ困ったような……けれど、嬉しそうな顔を浮かべるのだった。
************************************************
結果的には正解に近いようなそうでないような。
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