上 下
212 / 681
連載

サラダって何だろう

しおりを挟む

 アークヴェルム第三商店街の野菜屋の店主は、ぼうっと曇天の空を眺めていた。
 いつも変わらない空ではあるが、毎日眺めていると微妙に空の表情が違うのが分かる。
 早朝の料理屋の店主達によるラッシュの時間も過ぎ、充分な売り上げは確保した。
 一般の客が来るのは昼過ぎからだから、それまでは暇なものである。
 ……そんな事を考えていた店主は、欠伸などを一つついて正面に視線を戻したその時、思わずギョッとする。
 さっきまでは居なかった客の姿が、そこにあったからだ。
 そこにいたのは、銀髪の男。
 冷たい印象を持つ瞳が自分の店に注がれているのを見て、店主は思わず身を強張らせる。
 だが、それよりも恐ろしかったのは……その男が、自分の店の商品を凝視しながら何事かを呟いていたからだ。

「あのー……うちの店の商品が何か……げっ!?」

 一目見て実力者と分かるその男に近づき、その顔をまじまじと見て……店主は心臓をぎゅっと鷲掴みにされるような驚きを再度味わう。
 魔王ヴェルムドールとザダーク王国の誇る四方軍。
 その中でも最も規律に厳しいという北方軍。
 お堅い者ばかりのその中でももっとも堅く厳しい、北方将アルテジオ。
 その本人であると気付いたからだ。
 思わず背筋をシャンとさせる店主を一瞥すると、アルテジオはトマトをすっと指差す。

「このトマトですが……」
「は、はい! ジオル森王国産の品で、夜明けの便で納入されたものです!」
「そうですか」
「た、確かにジオル森王国産で、この価格で適正ですっ! 決して高くは無いはずで……っ」

 緊張のし過ぎでガチガチになっている店主に、アルテジオは小さく溜息をつく。

「落ち着きなさい。別に私は店に文句をつけにきたわけではありません」
「は、はいっ! 申し訳ありません!」

 ちっとも分かっていない風の店主に再度の溜息をつくと、アルテジオは店先の商品を再度眺め始める。
 ニンジン、トマト、ナス、キャベツ。
 ザダーク王国では見ないような名前のついた野菜がズラリと並ぶ。
 イモもザダーク王国のものに比べると小ぶりなものから、全く形の違うものまである。
 トマトはザダーク王国にもあるが、このトマトからは微量な魔力しか感じない。
 そういえば、人類領域は空から強い光が降り注ぐ影響で暗黒大陸では育たない植物もよく育つ……と聞いた事があっただろうか。
 魔力ではなく、その強い光とやらを受けて育った結果が、この魔力を微量しか持たぬ野菜ということなのだろう。
 食べても魔力の回復効果を然程見込めるとも思えないが、それ故に大量に摂取することができるのかもしれない。
 しかし……と思う。
 それでは、理屈に合わないこともある。
 ザダーク王国産の野菜は、大量に魔力を含む高級品としてジオル森王国で認識されているはずだ。
 ジオル森王国産のコレも微量とはいえ魔力を含み、それ故に高級品として扱われている。
 これは野菜に含まれる魔力の摂取による回復効果を見込んでいるからだ。
 しかし、ザダーク王国の野菜には主張の強すぎる味という問題点がある。
 ならば、ジオル森王国の住人はザダーク王国の野菜をどう調理しているというのだろうか?

「……ふむ」

 まあ、その調理法がどうであれ今は関係ない。
 必要なのはサラダの材料であり、それはジオル森王国産が適しているのだから。
 そう、問題なのは「サラダに使われるのは如何なる野菜か」である。
 複数の野菜を使うことは分かっている。
 しかし、どんな組み合わせが「サラダ」の正解なのか。
 野菜を一定の形に切るとロクナは言っていた。
 ならば、一定の形に切る事が出来る野菜の組み合わせが正しいのだろうか?
 
「……となると、一定の形に揃えにくい葉物の野菜は外してもよいでしょうね」

 葉物野菜から視線を外すと、アルテジオはニンジンやイモに目を向ける。
 一定の形というものが具体的にどのような形かは分からないが、こういった野菜であれば、どんな形にもそろえる事ができるだろう。
 しかし、イモを生で食べるというのはどうなのだろうか?

「あのー……アルテジオ様」

 悩むアルテジオを見かねたのか、店主がおそるおそるといった様子で声をかける。

「失礼ですが、何をお探しで?」
「……サラダというものに使う野菜を探しています」
「はあ、サラダですか。それは如何様な料理なので?」
「生の野菜を一定の形に切って盛り合わせる料理らしいのですが」

 アルテジオの説明を聞いて、店主はうーんと考え込む。
 一定の形というのは分からないが、要は生でも食べられるものということなのだろう。
 となると、イモは少々辛い。
 しかし、一定の形に切れるものとなると幅は狭まる。
 そう、たとえばニルギリそっくりのダイコンなる野菜やニンジンなどは可能だろうが……。

「そうですね……このダイコンとニンジンなどよろしいのではないでしょうか。生でも結構いけますよ」
「どちらもニルギリに似ていますね」
「へえ、このニンジンなんかは赤ニルギリって呼ぶ奴もいますけど、味は全然違って甘みもありますぜ。ダイコンのほうもニルギリとは違ってスッキリした味が特徴です。この二つなら生でいけるんじゃないかと」

 店主の手元にあるダイコンとニンジンを見て、アルテジオは考える。
 なるほど、ならばそれが正解なのだろう。
 二つとも加工しやすそうだし、全く違う二色は美しいサラダを作り出すだろう。

「そうですね……ならば、それを頂きましょう」
「ヘイ、お買い上げありがとうございます!」

 こうして、アルテジオは愛するマルグレッテの為にサラダの材料を手に入れ……その夜には、マルグレッテの工房に可愛らしい花の形に切られたニンジンとダイコンの盛り合わせが運ばれることとなる。

「あ……うん。ありがとう、あーちゃん……う、嬉しいな」
「いいえ、今まで気付かず申し訳ありません……タレも用意しましたので、たくさん食べてくださいね」
「う、うん。でも串焼きのタレはちょーっと違うかなあ……」

 ちょっと分厚いニンジンをポリポリっと齧りながら、マルグレッテは少しだけ困ったような……けれど、嬉しそうな顔を浮かべるのだった。
************************************************
結果的には正解に近いようなそうでないような。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

神々の娯楽に巻き込まれて強制異世界転生ー1番長生きした人にご褒美有ります

ぐるぐる
ファンタジー
□お休みします□ すみません…風邪ひきました… 無理です… お休みさせてください… 異世界大好きおばあちゃん。 死んだらテンプレ神様の部屋で、神々の娯楽に付き合えと巻き込まれて、強制的に異世界転生させられちゃったお話です。 すぐに死ぬのはつまらないから、転生後の能力について希望を叶えてやろう、よく考えろ、と言われて願い事3つ考えたよ。 転生者は全部で10人。 異世界はまた作れるから好きにして良い、滅ぼしても良い、1番長生きした人にご褒美を考えてる、とにかく退屈している神々を楽しませてくれ。 神々の楽しいことってなんぞやと思いながら不本意にも異世界転生ゴー! ※採取品についての情報は好き勝手にアレンジしてます。  実在するものをちょっと変えてるだけです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

かの世界この世界

武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
人生のミス、ちょっとしたミスや、とんでもないミス、でも、人類全体、あるいは、地球的規模で見ると、どうでもいい些細な事。それを修正しようとすると異世界にぶっ飛んで、宇宙的規模で世界をひっくり返すことになるかもしれない。

krystallos

みけねこ
ファンタジー
共存していたはずの精霊と人間。しかし人間の身勝手な願いで精霊との繋がりが希薄になりつつある世界で出会った一人の青年の少女の物語。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

ベルが鳴る

悠生ゆう
恋愛
『名前も顔も知らない人に、恋することはありますか?』シリーズに登場したベル(鈴原梢)を主人公にしたスピンオフ作品。 大学生になった鈴は偶然写真部の展示を見た。そこで一年先輩の映子と出会う。冴えない映子だが、写真を語るときだけはキラキラしていた。

異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚
ファンタジー
 それはよくあるファンタジー小説みたいな出来事だった。  ラノベ好きの調理師である俺【水無瀬真央《ミナセ・マオ》】と、同じく友人の接骨医にしてボディビルダーの【三三矢善《サミヤ・ゼン》】は、この信じられない現実に戸惑っていた。  俺たち二人は、創造神とかいう神様に選ばれて異世界に転生することになってしまったのだが、神様が言うには、本当なら選ばれて転生するのは俺か善のどちらか一人だけだったらしい。  ちょっとした神様の手違いで、俺たち二人が同時に異世界に転生してしまった。  しかもだ、一人で転生するところが二人になったので、加護は半分ずつってどういうことだよ!!   神様との交渉の結果、それほど強くないチートスキルを俺たちは授かった。  ネットゲームで使っていた自分のキャラクターのデータを神様が読み取り、それを異世界でも使えるようにしてくれたらしい。 『オンラインゲームのアバターに変化する能力』 『どんな敵でも、そこそこなんとか勝てる能力』  アバター変更後のスキルとかも使えるので、それなりには異世界でも通用しそうではある。 ということで、俺達は神様から与えられた【魂の修練】というものを終わらせなくてはならない。  終わったら元の世界、元の時間に帰れるということだが。  それだけを告げて神様はスッと消えてしまった。 「神様、【魂の修練】って一体何?」  そう聞きたかったが、俺達の転生は開始された。  しかも一緒に落ちた相棒は、まったく別の場所に落ちてしまったらしい。  おいおい、これからどうなるんだ俺達。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。