勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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短杖を探そう3

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「つっかまえたのじゃー!」
「きゃっ!」

 背後から飛びついてくるアルムの勢いに負けて倒れそうになり、それでもなんとかイクスラースは踏みとどまる。
 腰に引っ付いたアルムの腕を引き剥がそうとすると、逆にその手をとってアルムはくるりと向き合う形になる。

「奇遇じゃのう、イクスラース! ここで会ったのも運命……これはもう、二人で歌って踊れる楽士になれという導き!」
「ならないって言ってるでしょう! どうして私なのよ! ファイネル誘えばいいでしょうが!」
「愛と音楽は別なのじゃ! よいではないか、小さい仲間ではないか!」
「姿形が自由自在でしょうが貴方は! 離しなさい!」
「嫌じゃ、やるというまで離さないのじゃ!」

 抱きつくアルムに膝蹴りを入れるも、アルムは全く意に介さない。

「ふふん、無駄なのじゃ! 毎日ファイネル様にぶっ飛ばされているワシの耐久力は東方軍一! アースドラゴンの突進だって正面から受け止めてみせるのじゃ! 大人しくワシと」
「……焼くわよ」

 その一言でパッと離れるアルム。
 イクスラースはふうと小さく息を吐くと、アルムの横を通り抜けるようにして。
 その腕に、アルムがするりと絡み付いてくる。

「ちょっと、今度は何よ」
「暇じゃから、ついていこうかと思ってのう」

 それを振り払おうとして、イクスラースは少し考え込む。
 一応ではあるが、アルムはザダーク王国でも有数の魔法使いだ。
 変態ではあるが、その実力も確かで知識も深い。
 そして一流の魔法使いとは道具にもこだわりがある場合が多い。
 そう、アルムならば……あるいは、良い短杖を扱っている店を知っているかもしれない。

「……短杖を探してるのよ。いい店があったら、教えてくれないかしら」
「むう? 持っていなかったかのう?」
「……壊れたのよ」

 言いながら、イクスラースはアルムを引き離す。
 しかし、引き離した途端に絡みついてくるのでどうしようもない。

「ほー、確かに良いモノではなかったが、そんな簡単に壊れるようなものにも見えなかったがのう。どんな無茶をしたやら」
「色々あるのよ」
「そうじゃのう、色々あるのう」

 深く聞くつもりはないのか、適当に流すアルム。

「で、短杖だったかのう。それなら懇意にしている杖専門店があるのじゃよ」
「へえ、そんなものがあるの?」
「うむ。店主が刃物とかが苦手での」

 組んだ腕をぐいっと引っ張るアルムに連れられて、道を歩くイクスラース。
 アルムはアメイヴァの魔人ではあるが、魔人化している状態では他の魔人と然程変わらない。

「ねえ」
「なんじゃ?」

 アルムに引っ張られて歩きながら、イクスラースはそれを口にする。

「ギリザリスって……知ってる?」
「ん? ああ、懐かしいのう」

 アルムはそう言うと、足を止めないまま懐かしそうに目を細める。

「前魔王様の時代に自分こそ最高の魔法使いとか言って乗り込んできたんで、軽く炙って放り出してやったのう。たいしたことない若造じゃったが……なんじゃ、生きとったのか?」
「……どんな魔人?」

 それには答えず、イクスラースは追加の質問を投げかける。

「そうじゃのう。ふっつーの魔人じゃったぞ。ああ、ちょいナルシスト入ってたかのう」
「……ふーん」

 やはりアメイヴァの魔人ということではないようだ。
 そうなると、あのギリザリスの姿は変異したが故……ということなのだろうか。
 どうやら、問題が更に増えることになりそうだ。

「で、それがどうかしたかの?」
「別に。この前ギリザリス地下神殿とかいう廃ダンジョンに行く機会があったから」
「ほー。お、あの店じゃ」

 やはり興味がないらしく、アルムは短く呟いてすぐに話題を切り替える。
 示された店はモーフィート杖店と書かれており、店先にもたくさんの杖が並べてあった。

「……ふーん。鉄の杖まで扱ってるのね」

 大きなカゴの中に無造作に複数本放り込んである長杖を手にとって、イクスラースは眺め始める。
 何の変哲もない鉄製で、拳大の大きさの赤の魔法石を鉄の爪で固定した長杖。
 人類領域でもよく売っている、普通の杖だ。
 安いが壊れやすく、近接格闘をすると鉄の爪が折れて魔法石が外れてしまうようなモノだ。

「高いものだけじゃ買えない奴もいるからのう。ほれ、この辺は銅製じゃ」
「あ、本当だわ。でも銅なんて、この大陸じゃ採れないでしょう?」
「最近南方で鉱山が見つかったらしいのう。だからほれ、値段も……」

 一本小銀貨二枚、と書かれた札をアルムが指し示すと、イクスラースも頷く。

「あ、安いわね。でもこの値段なら、銅製をわざわざ買う理由は見出せないわね」
「まあ、鉄製なら小銀貨一枚……下手すると大銅貨八枚も珍しくないしのう。ただ、赤鉄製が最低でも大銀貨一枚からなのを考えると、お得なんじゃないかのう?」
「それは魔力の親和性を一切考えなかった場合でしょう? 銅製だと確かに鉄製よりは魔力の親和性が高いけど、脆いじゃないの」

 そんな会話をしていると、黒ヒゲをもっさりと生やしたノルムが店の奥から出てくる。

「おや、アルム様とお連れ様。本日はどのような杖をお探しで?」
「おお、モーフィート。短杖のいいのを探してるらしいのじゃ」
「いいの、ですか……」

 アルムが勝手に答えると、モーフィートはイクスラースを上から下までじっと見る。

「何よ」
「いえ、なるほど。確かに長杖だとお辛いでしょう」
「別に小さいから短杖を使うわけじゃないわよ……?」
「ええ、分かっております」

 慈愛に満ちた雰囲気をかもし出すモーフィートにイラッとしながらも、イクスラースは店の棚を探し始めるモーフィートをそのままに近くの短杖を手に取る。
 それは一目見て聖銀製と分かる短杖で、先端の赤い魔法石の周りに羽根を模した装飾がついている。

「……最近は、杖に余計な装飾つけるのが流行ってるのかしら」
「んー? それは確か女の子向けの杖がどうのこうのってやつじゃなかったかのう?」
「ええ、無骨なだけでは時代遅れという意見が最近出まして。私も僭越ながら作ってみたのですよ。如何ですか?」
「いらないわ」

 イクスラースが短杖を戻すと、モーフィートは残念そうな目をしながらも一本の短杖を差し出してくる。

「ご指定の短杖で、赤鉄製。青の魔法石をつけております」
「……悪くは無いけど。赤鉄はあんまり好きじゃないのよね」

 イクスラースがそう言うと、モーフィートはあっさりと杖を引っ込めて次の短杖を出す。

「では、こちらは如何でしょう?」

 差し出された短杖は聖銀製に透明の魔法石。
 奥の奥まで見えるような透明度の魔法石に、イクスラースは初めてへえ、という感心の声をもらす。

「いい魔法石を使ってるのね。こんなに染まっていないのは珍しいわ」

 魔法石。
 それは大体、何かしらの色がついている。
 それは形成された時の魔力が影響していると言われており、例えば火の魔力の影響を受けると赤。
 水の魔力の影響を受けると青、火と水の混在の場合は紫になったりする。
 そして、その色に適した魔法を使えば威力に多少の増加が見込めることもある。
 更に、その色に適した魔力を溜め込む事も出来るという。
 ファイネルなどは黄の魔法石に電撃砲ボルテニクス用の魔力を溜め込んでおり、いざという時の奥の手にして使っている。
 さて、そんな中で透明の魔法石とは何か……という話になるのだが、早い話が「属性のない魔法石」である。
 これはそれなりレベルには珍しく、どの属性にもそれなりに合い、それなりに溜め込むことのできる魔法石だ。
 ただし、得意魔法のある者からしてみればその色の魔法石を使ったほうがよく、そういった意味ではあまり人気のない色でもある。

「美しさをテーマに作ったのですが、やはり透明な魔法石はあまり人気がございませんでして」
「ふーん、もったいないわね。多属性を扱うなら必須なのに」
「一撃必殺志向が強いから、仕方ないのう」

 そう言うアルムの腰にある短杖も赤の魔法石が嵌っている。
 イクスラースとしてもそうしてもよいのだが、闇属性の魔法石などというものが見つからないのだから仕方が無い。

「これ、お幾らかしら?」
「大金貨七枚になります」
「ほう、結構するのう」

 大金貨七枚と聞いて、イクスラースは手の中の短杖を見てじっと考える。
 気軽にポンと払うような金額ではない。
 しかし、これだけの品質の透明の魔法石を使った聖銀の杖など、この機会を逃せば手に入るかも分からない。
 とはいえ、大金貨七枚は高い。

「んー……」

 悩んだ後、イクスラースは財布を取り出す。

「いただくわ」
「はい、お買い上げありがとうございます」
「おや、もっと悩むと思ったがのう」

 モーフィートに大金貨を渡しているイクスラースをからかうようにアルムが言うと、イクスラースは深い溜息をつく。

「いいものは高いし、気に入ったものはその場で手に入れるべきなのよ」
「成程、道理じゃのう」

 カカカと笑うアルムを無視して、イクスラースは新しい短杖を腰に差す。

「……まあ、高かったけど目的の物は手に入ったわ」
「よかったのう」
「そうね、お礼を言うわ」

 イクスラースが小さく笑うと、アルムは満面の笑みで首を横に振ってみせる。

「いやいや、大事な楽士としてのパートナーじゃもの。親切にするのは当然じゃろ?」
「……まだ諦めてなかったのね」
「うむ。つい先程、気に入ったものはその場で手に入れるべきと教わってのう」

 じりじりと遠ざかるイクスラースと、じりじりと近づくアルム。
 アルムが爆風と共に空を舞うのは、この少し後のことである。
 
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