勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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アインの監視レポート11

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 人類領域。
 人類風に言えば、シュタイア大陸。
 そう呼ばれる場所には四大国と呼ばれる国があり、他にも幾つもの小国が存在する。
 そして、四大国同士は大きな街道で結ばれており……その街道沿いに、様々な街が村が発展している。
 そして聖アルトリス王国からキャナル王国へ向かうには幾つかの森と荒野を抜ける街道を通ることになる。
 かつては、この街道沿いも賑わっていたものだが……今となっては行き交う者も少なく、街道沿いの村々も人が居なくなってしまったり、あるいは寂れたりしている。
 しかし、それも仕方の無いことだろう。
 キャナル王国の内乱が続く中では、傭兵で一攫千金や成り上がりを狙う者を除けばわざわざ行こうと思う者は少ない。
 商人も行き来が減り、重要度が薄れることで騎士団の巡回も減った。
 そうなると、流石に盗賊の類は実入りが少ないので現れないが……騎士団の追跡を逃れたお尋ね者の巣窟となったり、あるいはゴブリンが増えたりする。
 カインとアインが行くのは、そうした道であった。

「ねえ、アイン!」
「なんだ?」
「そろそろ日が暮れるんじゃないかな?」

 先頭を歩いていたカインは、一歩後ろを歩くアインにそう問いかける。
 
「……まあ、そうだな」

 空を見上げて、アインもそう頷く。
 出発してから、すでに何日が経過したか。
 最初に乗っていた馬は、途中の街でティアノート商会の関係者に預けている。
 理由としては、其処から先にまともな街がないのと……馬に乗っていると、馬を守りながら戦わなくてはいけないという理由があったりする。
 あまり余裕のある旅ではない。
 余計な荷物は少なければ少ないほど良いのだ。

「……どうやら、少し歩いた先に村らしきものがあるようだ。そこまで行こう」

 空を舞う黒鳥を見上げていたアインがそう言うと、カインは訝しげな顔で空を見上げ……明らかに嫌そうな顔でうわっと呟く。

「あれって、ツヴァイだよね……まだ居たの?」
「まだも何も……ずっと居るに決まってるだろう。何を言ってるんだ」
「えっ!? なんで!?」

 カインの悲鳴じみた声に、アインは不思議そうな顔をする。

「なんでって……私がこうしてお前に同行していたら、報告する者が居ないだろう?」

 そう、アインがカインに同行して任務にあたっている以上、報告は別の者を使わなくてはならない。
 そこで抜擢されたのが、アインの弟であるツヴァイだ。
 勿論報告と休憩の必要がある以上、一定のタイミングで交替はしているのだが。

「ええー……アイツ、苦手なんだよなあ」
「それはお前の勝手だが……まあ、そんなに嫌ってやるな。無愛想だが、そんなに悪い奴じゃない」
「そんな事言われてもなあ……なんかアイツ、やけに僕を敵視してる気がするんだよ」
「ふむ?」

 言われて、アインは再度空を見上げ……再び、カインへと視線を戻す。

「いつも通りだぞ。気のせいじゃないか?」
「ええー? そうかなあ」

 そんな事を言いながら、カイン達は歩みを進め……やがて、街らしき場所に辿り着いた。
 らしき場所、というのは……すでに、其処が住む者の居なくなった街であることが分かったからだ。

「見渡す限りの宿屋……だが、何処も営業していないようだな」
「まあ、仕方ないけどね」

 カインはそう言って、小さく溜息をつく。
 地図を広げて確かめてみると、此処は少し前までは宿場町であった……らしい。
 聖アルトリス王国とキャナル王国の間を繋ぐ大街道沿いに栄え、繁忙期は泊まれない人が出るほどであったらしい。
 しかし、キャナル王国の内乱が始まってからは客足も途絶え……それまでの売り上げが無に帰す前に、と宿場町の人々は早々に新天地を求めて旅立ったらしい。
 結果として、主の居なくなった宿場町が残されたというわけだ。

「つまり、この建物を今晩利用しても特に何処からも文句は出ないというわけだな」
「ん? あ、まあ……そうなるかな?」

 辺りを見回して適当な建物を見繕い始めるアインに、カインは頭をポリポリと掻く。
 こうした場所を見るとカインとしては少し寂しいような気持ちとか、何とかこの状況をどうにかできないだろうかとかいった義憤が湧いてくるのだが……魔族であるアインには、特にそういうのは……まあ、当然ながら無いようだ。
 
「おい、カイン。お前の意見はないのか? 私としては……」
「よーう。何を悩んでるんだ?」

 アインがカインへ向けて振り向くと、アインの背後にあった建物の扉がギイと開く。
 そこから姿を見せたのは、禿頭のゴツい男が一人。
 服こそ小奇麗だが、腰に差した大きな曲刀と全身の雰囲気が如何にもならず者ですといった空気を発している。
 まあ、とはいえ……見た目で人の価値は決まらない。
 実は親切な旅人という可能性もないではない。
 そう自分を納得させてカインは頷き、笑顔で返す。

「あ、お気にせず。僕達のことは放っておいてください」
「あ? てめえにゃ用はねえんだよ。食料置いて、とっとと失せろや」

 ならず者の典型的台詞を吐く男に、カインは深い溜息をつく。

「……あー、もう。そりゃこういう場所にはつきものだけどさ。実際会うと嫌なもんだなあ」
「嫌なことってのは突然起こるもんなんだよ、勉強になったろ?」

 そんな事を言いながら、男はアインの肩に手を置いて。
 そのまま一回転して地面に背中を打ち付ける。
 げびゃっ、とかいう不気味な声をあげた男は、慌てて立ち上がろうとした所をアインに顔面を蹴られて転がっていく。

「……私としては、明日以降の出発に便利な場所がいいと思うのだがな」
「それ以前にさあ、この街やめたほうがいいんじゃない?」

 何事も無かったかのように会話を再開するアインに、カインは苦笑交じりで答える。
 この程度ならいつもの事だと言いたいのだろうが、カインの経験上「こういう場所」にいるならず者は王都で「ごっこ」をしているならず者とはレベルが違う。

「オイ、コラア! てめえ、優しくしてやりゃあ……なめてんのかゴラ!」

 まあ、確かにいきなり刃物を出さなかっただけ対応は優しいのかもしれない。
 結果が同じなら、被害者としては変わらないのだが。

「あー……やめません? 無駄だと思いますし」
「うっせえオラコラア! この氷刃のザガン様をナメやがって! ぶ……ぶぶぶ、ぶっ殺してやらあ! できねえと思うなよコラ!」

 氷刃のザガン。
 その名前に、カインはピクリと反応する。
 確か……王都の冒険者ギルドでそれなりに有名な名前では無かっただろうか?

「あー……ひょっとして、あのザガン?」
「知り合いか、カイン」

 あくまで冷静なアインに、カインは苦笑しながら手を振って否定する。

「違う違う。でも、ある意味有名人かな」

 氷刃のザガン。
 カインの記憶どおり、王都の冒険者ギルドではそれなりに有名人である。
 ちなみに「氷刃の」というのは自称であり、本人が一生懸命広めようとして広まらなかった二つ名である。
 結局ついた二つ名が、「見掛け倒しのザガン」「へっぴり蛸のザガン」などであった。
 その二つ名通り、凶悪な外見に反して弱いと評判の男であった。
 ちなみに「氷刃」を自称してはいるが、別に魔法剣が使えるわけでもなかったりする。

「なんでこんな所にいるんですか? 盗賊に職変えするにしても、此処はどうかと思いますけど」
「ぐうっ!? お、お前同業者かよ!?」

 そのザガンの言葉にカインとアインは顔を見合わせる。
 同業者……などと言っているということは、ザガンはまだ冒険者のつもりなのだろうか。

「えーと……僕はカイン。こっちはアインです」
「カインって……カイン・スタジアスか? 男爵家の?」
「そのカインですけど。で、僕達急ぐ旅なんでザガンさんを近くの街に突き出してる暇ないんですよ。でも放置するわけにもいかないから、凄い困るんですよね」

 ツヴァイに協力して貰えばいいだけの話ではあるのだが、余計な仕事をさせるなと嫌味を言われる事は確実だ。
 ツヴァイの嫌味はネチネチとして胃にくるので、カインとしては出来るだけ避けたいところだ。
 どうしたものかとカインが悩んでいる眼前で、ザガンはブルブルと震えて滝のような汗を流し始めている。

「す、す……すすす」
「おい、カイン。あれは人類特有の戦いの儀式か何かか?」
「え? うーん」

 すすすすす、と繰り返していたザガンは、そのまま身体を地面に文字通り投げ出す。

「すすすすすす! すいませんっしたあ! まさか噂のスタジアス家のお坊ちゃまとは露知らず!」
「いや、謝られましても」
「たのんます! 見逃してつかぁさい! 出来心だったんです! 傭兵になるなんて大口叩いて出たはいいけど、ゴブリンが道塞いでて戻るに戻れなくて! 腐ってたとこに楽しそうな連中が来たから、ちょっと脅してやろうって!」
「うわっ! ちょっと抱きつかないでくださいよ!」

 カインが思わず蹴っ飛ばすと、ザガンは再びゴロゴロと転がってぐすぐすと泣き始める。

「おい、カイン」
「え? 何? なんかあの人はこのまま放っておいていいような気がしてきたんだけど」
「そうじゃない。今あの男、気になることを言ったぞ」

 そう、ザガンは今……ゴブリンが道を塞いでいた、と言った。
 それはつまり、この街道の先にゴブリンの集落か何かがあるということに他ならない。
 アインがそれを指摘すると、カインは額に手をあてて溜息をつく。

「あー……なるほど。そういうことかあ……ここまで順調だったから気にしてなかったけど、まあ……予想できたことだよね」
「あ、あのー……カインの坊ちゃん」
「坊ちゃんはやめてください。なんですか?」

 どうしたものかと悩んでいるカインを、ザガンは座ったまま揉み手などしながら見上げてくる。

「もしかして坊ちゃん……あ、カイン様はキャナル王国に行かれるんで?」
「え? ん……まあ、そうですね」
「それは何か、そのう……依頼ですかい?」

 カインが不審なものを見る目で見ているのを感じ取ると、ザガンは慌てて首をブンブンと横に振る。

「いえ、いえいえいえ! 邪魔しようとかそういうのじゃねえんです! ただ、その! この男、ザガン! カイン様のその何かを成し遂げんという男の目に感じ入るものがありまして!」

 胡散臭い。
 カインとアインは同じ感想を抱き、ザガンを冷たい目で見下ろす。

「別に金をせしめようとか、そういうのじゃねえんです! ただ、その! カイン様の冒険の旅に俺も加えていただければと! お役に立ちますぜ!?」
「え……いや、別にいらないですけど」
「いいや、要るはずです! このザガン、運命を感じました! カイン様も感じるはずだ。そうでしょう!? ね、そうでしょぶほっ!」

 アインに殴られて、ザガンは再びゴロゴロと転がっていく。

「最近聞いたんだが、人類には運命がどうとか言って婚姻を匂わせ金を奪い取る者がいるらしいな」
「え、その知識って今披露されても嫌な気分にしかならないし、そもそも両方男じゃ成立しないよね!?」

 勿論、ザガンが旅の仲間に加わる……などといったことは無く。
 この後、気絶したザガンをツヴァイが近くの街の路地に転がしに行ったのは言うまでも無い。
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