16 / 24
16. 元カノの話(後編)
しおりを挟む
女性と付き合うイメージがないと指摘され、樹生はギクッとした。翔琉に惹かれてはいる。彼も樹生を大切な友達だと言ってはくれる。だが、樹生がゲイであることを受け入れてもらえるかどうかは、全く分からない。気持ちを受け入れてくれるかどうかも。咄嗟に樹生は話を逸らした。
「そういう翔琉はモテるんだよね? やっぱり言い寄って来る女の子って多いの?」
何気ない調子を装って聞くと、翔琉はサラリと答える。
「まぁ、そうスね。俺、バスケのことしか考えられないし、誰かを好きになる余裕もないんすけど。フリーになれば、だいたいすぐ告って来る女の子がいるんで。断り続けるのも面倒だし」
「うわー。言ったね、岡田選手。『自分から行かなくても、ひっきりなしに告白してくる子がいるから、彼女が途切れたことはない』と」
細い針でつつかれたようにチクチク胸が痛むが、気付かない振りで樹生は笑って見せた。
「俺が特別ってわけじゃないすよ。スポーツやってて上背ある男って、だいたいモテるじゃないですか」
冷やかされても否定もしない。泰然とした態度は、モテる男の余裕を際立たせる。臆さず翔琉にアプローチできる女性たちに対する嫉妬と、割り込む余地すら見当たらない寂しさで、樹生は軽く惨めな気分になった。場を盛り上げる気力も失せ、無言で手元のジョッキを眺めていると、さりげない調子で翔琉が尋ねてくる。
「そういや、樹生さんはどうなんです? 今、誰か、いるんスか? お付き合いしてる人」
「……今はいない」
「そうすか」
短く答えた後、翔琉は何か言いたそうに口ごもる。思い詰めた表情でビールを飲み干し、改めて樹生に問い掛けた。
「樹生さんの好みのタイプって、どんな人なんですか」
「そんなの聞いて、どうすんの?」
じっと無言で答えを待っていたが、樹生が挑戦的な視線をぶつけると、困ったように彼は視線を逸らした。
「思いやりがある、優しい人」
ポツリと樹生が呟くと、翔琉は拍子抜けした表情を浮かべた。
「普通っスね。ホントにそれだけ?」
「普通で悪いか」
「や、だって樹生さんのルックスで、ちゃんと仕事してて、その条件で恋人がいないって。意味分かんないっス。
……あ。もしかして実は、すっごい面食いとか、特殊な性癖があるとか」
疑わし気に樹生を見つめる翔琉の口元は、面白がるかのように歪んでいる。つられて樹生も笑いながら彼の肩を叩いた。
「人を変態扱いするな!」
「イテッ」
(こんな風に、ただの友達として笑い合えるだけで良いんだ……)
樹生は、翔琉に惹かれつつある自分の心に改めて鍵を掛けた。
翔琉の所属するレッドサンダーズと、三芳の所属するゴールデンウォリアーズの対戦試合があると知ったのは、偶然だった。たまたまクリニックに翔琉の送迎でついてきたマネージャーとの世間話で耳にしたのだ。
「今週末のウォリアーズ戦が怪我からの復帰初戦になるんです。翔琉もいつになく集中してましてね。あ、でも、本人が希望しても絶対フルタイム出場させませんよ」
樹生が個人的に翔琉のトレーナーをしていることは、サンダーズ関係者の間では半ば公然の秘密だった。これまでも樹生は何度も彼の練習試合に足を運んでいる。その都度、コート近くから翔琉のコンディションを見守ってきたのだ。
(翔琉の奴、なんで黙ってるんだよ!)
嫌な予感に胸騒ぎを覚えながら、樹生は試合会場に足を運んだ。彼がスケジュールを樹生に教えなかったことは、これまでなかった。試合開始には間に合わなかったが、樹生は足早にコートサイドに近寄る。
……翔琉がいない。コートにも、サンダーズのベンチにも。困惑する樹生に気付いたマネージャーが、小走りで駆け寄ってくる。
「滝沢さん、ご足労ありがとうございます。すいません……。翔琉の奴、相手チームの選手殴って一発退場食らったんですよ。規定で、試合終了までロッカールームに缶詰です」
「……もしかして、殴った相手は三芳選手ですか?」
「ええ。普段は冷静すぎるぐらいなのに、今日に限って血相変えて三芳に殴りかかって。理由も頑として言わないし……。ところで滝沢さん、なんで分かったんです?」
鳩が豆鉄砲を食った表情のマネージャーを尻目に、樹生はロッカールームへと急いだ。扉を開けると、ユニフォーム姿のまま頭からタオルをかぶって項垂れ、ベンチに座っている翔琉の姿があった。
「そういう翔琉はモテるんだよね? やっぱり言い寄って来る女の子って多いの?」
何気ない調子を装って聞くと、翔琉はサラリと答える。
「まぁ、そうスね。俺、バスケのことしか考えられないし、誰かを好きになる余裕もないんすけど。フリーになれば、だいたいすぐ告って来る女の子がいるんで。断り続けるのも面倒だし」
「うわー。言ったね、岡田選手。『自分から行かなくても、ひっきりなしに告白してくる子がいるから、彼女が途切れたことはない』と」
細い針でつつかれたようにチクチク胸が痛むが、気付かない振りで樹生は笑って見せた。
「俺が特別ってわけじゃないすよ。スポーツやってて上背ある男って、だいたいモテるじゃないですか」
冷やかされても否定もしない。泰然とした態度は、モテる男の余裕を際立たせる。臆さず翔琉にアプローチできる女性たちに対する嫉妬と、割り込む余地すら見当たらない寂しさで、樹生は軽く惨めな気分になった。場を盛り上げる気力も失せ、無言で手元のジョッキを眺めていると、さりげない調子で翔琉が尋ねてくる。
「そういや、樹生さんはどうなんです? 今、誰か、いるんスか? お付き合いしてる人」
「……今はいない」
「そうすか」
短く答えた後、翔琉は何か言いたそうに口ごもる。思い詰めた表情でビールを飲み干し、改めて樹生に問い掛けた。
「樹生さんの好みのタイプって、どんな人なんですか」
「そんなの聞いて、どうすんの?」
じっと無言で答えを待っていたが、樹生が挑戦的な視線をぶつけると、困ったように彼は視線を逸らした。
「思いやりがある、優しい人」
ポツリと樹生が呟くと、翔琉は拍子抜けした表情を浮かべた。
「普通っスね。ホントにそれだけ?」
「普通で悪いか」
「や、だって樹生さんのルックスで、ちゃんと仕事してて、その条件で恋人がいないって。意味分かんないっス。
……あ。もしかして実は、すっごい面食いとか、特殊な性癖があるとか」
疑わし気に樹生を見つめる翔琉の口元は、面白がるかのように歪んでいる。つられて樹生も笑いながら彼の肩を叩いた。
「人を変態扱いするな!」
「イテッ」
(こんな風に、ただの友達として笑い合えるだけで良いんだ……)
樹生は、翔琉に惹かれつつある自分の心に改めて鍵を掛けた。
翔琉の所属するレッドサンダーズと、三芳の所属するゴールデンウォリアーズの対戦試合があると知ったのは、偶然だった。たまたまクリニックに翔琉の送迎でついてきたマネージャーとの世間話で耳にしたのだ。
「今週末のウォリアーズ戦が怪我からの復帰初戦になるんです。翔琉もいつになく集中してましてね。あ、でも、本人が希望しても絶対フルタイム出場させませんよ」
樹生が個人的に翔琉のトレーナーをしていることは、サンダーズ関係者の間では半ば公然の秘密だった。これまでも樹生は何度も彼の練習試合に足を運んでいる。その都度、コート近くから翔琉のコンディションを見守ってきたのだ。
(翔琉の奴、なんで黙ってるんだよ!)
嫌な予感に胸騒ぎを覚えながら、樹生は試合会場に足を運んだ。彼がスケジュールを樹生に教えなかったことは、これまでなかった。試合開始には間に合わなかったが、樹生は足早にコートサイドに近寄る。
……翔琉がいない。コートにも、サンダーズのベンチにも。困惑する樹生に気付いたマネージャーが、小走りで駆け寄ってくる。
「滝沢さん、ご足労ありがとうございます。すいません……。翔琉の奴、相手チームの選手殴って一発退場食らったんですよ。規定で、試合終了までロッカールームに缶詰です」
「……もしかして、殴った相手は三芳選手ですか?」
「ええ。普段は冷静すぎるぐらいなのに、今日に限って血相変えて三芳に殴りかかって。理由も頑として言わないし……。ところで滝沢さん、なんで分かったんです?」
鳩が豆鉄砲を食った表情のマネージャーを尻目に、樹生はロッカールームへと急いだ。扉を開けると、ユニフォーム姿のまま頭からタオルをかぶって項垂れ、ベンチに座っている翔琉の姿があった。
1
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
サイテー上司とデザイナーだった僕の半年
谷村にじゅうえん
BL
デザイナー志望のミズキは就活中、憧れていたクリエイター・相楽に出会う。そして彼の事務所に採用されるが、相楽はミズキを都合のいい営業要員としか考えていなかった。天才肌で愛嬌のある相楽には、一方で計算高く身勝手な一面もあり……。ミズキはそんな彼に振り回されるうち、否応なく惹かれていく。
「知ってるくせに意地悪ですね……あなたみたいなひどい人、好きになった僕が馬鹿だった」
「ははっ、ホントだな」
――僕の想いが届く日は、いつか来るのでしょうか?
★★★★★★★★
エブリスタ『真夜中のラジオ文芸部×執筆応援キャンペーン スパダリ/溺愛/ハートフルなBL』入賞作品
※エブリスタのほか、フジョッシー、ムーンライトノベルスにも転載しています
【完結】その手を伸ばさないで掴んだりしないで
コメット
BL
亡くなった祖母の遺言で受け取った古びたランプは、魔法のランプだった。
突然現れた男は自らをランプの魔人と名乗り三つの願いを叶えるまで側を離れないと言った。
これは、ランプの魔人を名乗る男と突如そんなランプの魔人の主となった男の物語である。
―毎日を実に楽しそうに満喫するランプの魔人に苛立ちながらもその背景と自身を道具と蔑む魔人の本質を知るにつれ徐々に惹かれていく主人公はある夜、魔人の来歴を知り激怒する。
この男を一人の人間として愛してやりたいと手を伸ばした彼は無事、その手を掴めるのか。握り返してもらえるのか。
彼らの行く末を知るのは古ぼけたランプのみだった。
完結しました。
本編後の物語である短編、魔人さんシリーズまで投稿完了しております。
★カップリング傾向★
魔人の主×ランプの魔人
男前×自罰思考
太陽属性×月属性
平凡攻め×美形受け
「恋の熱」-義理の弟×兄-
悠里
BL
親の再婚で兄弟になるかもしれない、初顔合わせの日。
兄:楓 弟:響也
お互い目が離せなくなる。
再婚して同居、微妙な距離感で過ごしている中。
両親不在のある夏の日。
響也が楓に、ある提案をする。
弟&年下攻めです(^^。
楓サイドは「#蝉の音書き出し企画」に参加させ頂きました。
セミの鳴き声って、ジリジリした焦燥感がある気がするので。
ジリジリした熱い感じで✨
楽しんでいただけますように。
(表紙のイラストは、ミカスケさまのフリー素材よりお借りしています)
晴れの日は嫌い。
うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。
叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。
お互いを利用した関係が始まる?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?
桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。
前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。
ほんの少しの間お付き合い下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる