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16. 元カノの話(後編)

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 女性と付き合うイメージがないと指摘され、樹生はギクッとした。翔琉に惹かれてはいる。彼も樹生を大切な友達だと言ってはくれる。だが、樹生がゲイであることを受け入れてもらえるかどうかは、全く分からない。気持ちを受け入れてくれるかどうかも。咄嗟に樹生は話を逸らした。
「そういう翔琉はモテるんだよね? やっぱり言い寄って来る女の子って多いの?」
 何気ない調子を装って聞くと、翔琉はサラリと答える。
「まぁ、そうスね。俺、バスケのことしか考えられないし、誰かを好きになる余裕もないんすけど。フリーになれば、だいたいすぐ告って来る女の子がいるんで。断り続けるのも面倒だし」
「うわー。言ったね、岡田選手。『自分から行かなくても、ひっきりなしに告白してくる子がいるから、彼女が途切れたことはない』と」
 細い針でつつかれたようにチクチク胸が痛むが、気付かない振りで樹生は笑って見せた。
「俺が特別ってわけじゃないすよ。スポーツやってて上背ある男って、だいたいモテるじゃないですか」
 冷やかされても否定もしない。泰然とした態度は、モテる男の余裕を際立たせる。臆さず翔琉にアプローチできる女性たちに対する嫉妬と、割り込む余地すら見当たらない寂しさで、樹生は軽く惨めな気分になった。場を盛り上げる気力も失せ、無言で手元のジョッキを眺めていると、さりげない調子で翔琉が尋ねてくる。
「そういや、樹生さんはどうなんです? 今、誰か、いるんスか? お付き合いしてる人」
「……今はいない」
「そうすか」
 短く答えた後、翔琉は何か言いたそうに口ごもる。思い詰めた表情でビールを飲み干し、改めて樹生に問い掛けた。
「樹生さんの好みのタイプって、どんな人なんですか」
「そんなの聞いて、どうすんの?」
 じっと無言で答えを待っていたが、樹生が挑戦的な視線をぶつけると、困ったように彼は視線を逸らした。
「思いやりがある、優しい人」
 ポツリと樹生が呟くと、翔琉は拍子抜けした表情を浮かべた。
「普通っスね。ホントにそれだけ?」
「普通で悪いか」
「や、だって樹生さんのルックスで、ちゃんと仕事してて、その条件で恋人がいないって。意味分かんないっス。
 ……あ。もしかして実は、すっごい面食いとか、特殊な性癖フェチがあるとか」
 疑わし気に樹生を見つめる翔琉の口元は、面白がるかのように歪んでいる。つられて樹生も笑いながら彼の肩を叩いた。
「人を変態扱いするな!」
「イテッ」
(こんな風に、ただの友達として笑い合えるだけで良いんだ……)
 樹生は、翔琉に惹かれつつある自分の心に改めて鍵を掛けた。

 翔琉の所属するレッドサンダーズと、三芳の所属するゴールデンウォリアーズの対戦試合があると知ったのは、偶然だった。たまたまクリニックに翔琉の送迎でついてきたマネージャーとの世間話で耳にしたのだ。
「今週末のウォリアーズ戦が怪我からの復帰初戦になるんです。翔琉もいつになく集中してましてね。あ、でも、本人が希望しても絶対フルタイム出場させませんよ」
 樹生が個人的に翔琉のトレーナーをしていることは、サンダーズ関係者の間では半ば公然の秘密だった。これまでも樹生は何度も彼の練習試合に足を運んでいる。その都度、コート近くから翔琉のコンディションを見守ってきたのだ。
(翔琉の奴、なんで黙ってるんだよ!)
 嫌な予感に胸騒ぎを覚えながら、樹生は試合会場に足を運んだ。彼がスケジュールを樹生に教えなかったことは、これまでなかった。試合開始には間に合わなかったが、樹生は足早にコートサイドに近寄る。

 ……翔琉がいない。コートにも、サンダーズのベンチにも。困惑する樹生に気付いたマネージャーが、小走りで駆け寄ってくる。
「滝沢さん、ご足労ありがとうございます。すいません……。翔琉の奴、相手チームの選手殴って一発退場食らったんですよ。規定レギュレーションで、試合終了までロッカールームに缶詰です」
「……もしかして、殴った相手は三芳選手ですか?」
「ええ。普段は冷静すぎるぐらいなのに、今日に限って血相変えて三芳に殴りかかって。理由も頑として言わないし……。ところで滝沢さん、なんで分かったんです?」
 鳩が豆鉄砲を食った表情のマネージャーを尻目に、樹生はロッカールームへと急いだ。扉を開けると、ユニフォーム姿のまま頭からタオルをかぶって項垂れ、ベンチに座っている翔琉の姿があった。
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