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15. 元カノの話(前編)
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三芳の後姿が消えたのを確認するや否や、ムスッとした翔琉が不機嫌さを隠しもせず追求してくる。
「樹生さん。三芳さんと、どういう関係スか」
「元患者だよ。翔琉の前に担当PTしたバスケ選手っていうのが彼なんだ」
「それだけ? ……アイツと関わんないでください。手癖の悪さで有名なんすよ。ファンから何から食っちゃって、泣かした女の子、数えきれないって専らの噂ですから」
「なんで僕が、そんな心配されるんだよ」
「樹生さん綺麗だもん。男だってグラッと来て口説きたくなっても、おかしくないっす」
飲みかけたハイボールを噴きそうになったが、どうにか堪え、翔琉をまじまじと見つめた。彼の表情は真剣そのものだ。
「綺麗って……。アラサーの男に対する形容詞として、それ褒めてんの? てか、グラッと来るって何だよ。お前、彼女いるだろ?」
染まる頬をごまかそうと樹生は更にハイボールを煽る。彼はノンケで、しかも彼女もいるのだ。再び自分に言い聞かせる。しかし、翔琉の反応は想定外のものだった。
「……別れました」
「ハアッ⁉」
少しバツの悪そうな表情を浮かべ、翔琉は生ビールの大ジョッキを傾けた。
「振られたんス、こないだ。俺が怪我してからリハビリばっかで全然構ってくれないって」
「……ふぅん」
「え、何その反応。もっと何かあるでしょ」
「御愁傷様でした?」
「ブフッ」
惚けてみせると、翔琉はおかしそうに歯を見せて笑っている。
「もしかして、さっきの電話、元カノ?」
「あー、分かっちゃいました? そうなんス。もう今カレの家に引っ越したんですけど、郵便がこっちに届いてるみたいで」
翔琉は鼻の頭に皺を寄せて顔をしかめている。
「さっきは軽くあしらってごめん。同棲までしてた彼女に振られたんだ、辛かったよな?」
声のトーンの変化に気付いたのか、翔琉の顔から笑みは消え、神妙な表情に変わった。
「向こうから『付き合って』って来て、俺はそれに流されただけだったから、辛いとかはそんなに。……こないだ樹生さんに『別れろ』って言われてすぐ切れるくらいの気持ちしか、俺のほうも残ってなかったんで。お互い様ですかね」
「ちなみに、いつ別れたの?」
「二週間前……くらいですかね」
恐る恐る質問する樹生に、翔琉は淡々と世間話をするように答える。
「えっ! んで、もう新しい彼氏? まさか、翔琉と別れる時には、もう今カレいたってこと!?」
あまりの展開の速さに気を遣うことすら忘れ、樹生は頭の中に浮かんだ疑問をストレートに投げかけていた。
「うーん、まぁそうなんでしょうね。引越し先も、今カレんちだったんで」
渋々と言った様子で、翔琉は自分にとって不都合であろう真実を認めた。
「翔琉と二股掛けてたってこと?」
「そうかもしれないですけど……、もう良いじゃないすか。過去のことだし」
「二股されてて、翔琉、全然気付かなかったの?」
「それ、他の友達にも聞かれましたよ。俺、鈍いんすかね? 全然気付かなかった」
ビールのジョッキを眺めている翔琉の横顔は平然として見える。無理に平気そうな振りをしているという雰囲気でもない。
「……だって、なんか気配って言うか……。違うな、って思わない?」
「え、何が?」
自分から切り出した微妙な話題ではあるが、キョトンとしている翔琉に樹生は少しだけ苛立った。
「そこまで言わせるのかよ……。だから、その……、抱き合った時とかさぁ」
微妙に頬を染めながら樹生がもごもごと説明すると、さすがに翔琉もバツが悪そうだ。しかし、一歩踏み込んだ質問に、彼のほうも踏み込んで返してきた。
「あー……。最後のほうは、殆どエッチしてなかったんすよね」
彼の口から彼女との肉体関係についてここまでハッキリ聞かされるのは初めてだ。しかも、ゲイの樹生は男同士の猥談に入るのも苦手で、昔からそういう話題を避けてきた。憎からず思っている翔琉からあからさまに性的な話を聞く時どういう態度を取れば良いのか分からず、樹生は戸惑った。
「そ、そうなの? お互い、それで良いわけ?」
ドギマギしながらも、スキンシップは愛情表現の一部だろうという論調で、二人の仲について更に聞き出そうとする。
「俺、怪我して、ストーンとそういう欲がなくなったんですよね。……てか、樹生さんがこういう話題に食い付いてくるのが意外でした。経験あるんすか? そういう、修羅場っていうか」
今度は翔琉が微妙に頬を染めて、目を泳がせながら遠慮がちに樹生に聞いてきた。
「僕が浮気するような男に見えるか!?」
飛び上がらんばかりの勢いで樹生が否定すると、翔琉は目を丸くして驚いている。
「見えませんけど……。え、じゃあ、された側ってこと?」
「……悪いかよ」
「や、悪くないです! ……マジすか」
二人は黙り込んで互いにジョッキを傾ける。しばしの沈黙の後、樹生の様子を窺いながら翔琉がおずおずと話し始める。
「さっきも言いましたけど、樹生さんが、エッチがどうのとか、そういう話題に食い付いてくるのが意外でした」
「なんでさ。そんなにモテなさそうに見えんの? 経験ないだろって?」
軽くムッとして樹生が絡むと、翔琉が慌てて顔の前で手を振り否定する。
「や、俺より年上だしルックスも良いし、モテないとは思わないんですけど! ……何て言うか、樹生さんが女の子にガツガツしてるとこ、イメージが湧かなくて」
「樹生さん。三芳さんと、どういう関係スか」
「元患者だよ。翔琉の前に担当PTしたバスケ選手っていうのが彼なんだ」
「それだけ? ……アイツと関わんないでください。手癖の悪さで有名なんすよ。ファンから何から食っちゃって、泣かした女の子、数えきれないって専らの噂ですから」
「なんで僕が、そんな心配されるんだよ」
「樹生さん綺麗だもん。男だってグラッと来て口説きたくなっても、おかしくないっす」
飲みかけたハイボールを噴きそうになったが、どうにか堪え、翔琉をまじまじと見つめた。彼の表情は真剣そのものだ。
「綺麗って……。アラサーの男に対する形容詞として、それ褒めてんの? てか、グラッと来るって何だよ。お前、彼女いるだろ?」
染まる頬をごまかそうと樹生は更にハイボールを煽る。彼はノンケで、しかも彼女もいるのだ。再び自分に言い聞かせる。しかし、翔琉の反応は想定外のものだった。
「……別れました」
「ハアッ⁉」
少しバツの悪そうな表情を浮かべ、翔琉は生ビールの大ジョッキを傾けた。
「振られたんス、こないだ。俺が怪我してからリハビリばっかで全然構ってくれないって」
「……ふぅん」
「え、何その反応。もっと何かあるでしょ」
「御愁傷様でした?」
「ブフッ」
惚けてみせると、翔琉はおかしそうに歯を見せて笑っている。
「もしかして、さっきの電話、元カノ?」
「あー、分かっちゃいました? そうなんス。もう今カレの家に引っ越したんですけど、郵便がこっちに届いてるみたいで」
翔琉は鼻の頭に皺を寄せて顔をしかめている。
「さっきは軽くあしらってごめん。同棲までしてた彼女に振られたんだ、辛かったよな?」
声のトーンの変化に気付いたのか、翔琉の顔から笑みは消え、神妙な表情に変わった。
「向こうから『付き合って』って来て、俺はそれに流されただけだったから、辛いとかはそんなに。……こないだ樹生さんに『別れろ』って言われてすぐ切れるくらいの気持ちしか、俺のほうも残ってなかったんで。お互い様ですかね」
「ちなみに、いつ別れたの?」
「二週間前……くらいですかね」
恐る恐る質問する樹生に、翔琉は淡々と世間話をするように答える。
「えっ! んで、もう新しい彼氏? まさか、翔琉と別れる時には、もう今カレいたってこと!?」
あまりの展開の速さに気を遣うことすら忘れ、樹生は頭の中に浮かんだ疑問をストレートに投げかけていた。
「うーん、まぁそうなんでしょうね。引越し先も、今カレんちだったんで」
渋々と言った様子で、翔琉は自分にとって不都合であろう真実を認めた。
「翔琉と二股掛けてたってこと?」
「そうかもしれないですけど……、もう良いじゃないすか。過去のことだし」
「二股されてて、翔琉、全然気付かなかったの?」
「それ、他の友達にも聞かれましたよ。俺、鈍いんすかね? 全然気付かなかった」
ビールのジョッキを眺めている翔琉の横顔は平然として見える。無理に平気そうな振りをしているという雰囲気でもない。
「……だって、なんか気配って言うか……。違うな、って思わない?」
「え、何が?」
自分から切り出した微妙な話題ではあるが、キョトンとしている翔琉に樹生は少しだけ苛立った。
「そこまで言わせるのかよ……。だから、その……、抱き合った時とかさぁ」
微妙に頬を染めながら樹生がもごもごと説明すると、さすがに翔琉もバツが悪そうだ。しかし、一歩踏み込んだ質問に、彼のほうも踏み込んで返してきた。
「あー……。最後のほうは、殆どエッチしてなかったんすよね」
彼の口から彼女との肉体関係についてここまでハッキリ聞かされるのは初めてだ。しかも、ゲイの樹生は男同士の猥談に入るのも苦手で、昔からそういう話題を避けてきた。憎からず思っている翔琉からあからさまに性的な話を聞く時どういう態度を取れば良いのか分からず、樹生は戸惑った。
「そ、そうなの? お互い、それで良いわけ?」
ドギマギしながらも、スキンシップは愛情表現の一部だろうという論調で、二人の仲について更に聞き出そうとする。
「俺、怪我して、ストーンとそういう欲がなくなったんですよね。……てか、樹生さんがこういう話題に食い付いてくるのが意外でした。経験あるんすか? そういう、修羅場っていうか」
今度は翔琉が微妙に頬を染めて、目を泳がせながら遠慮がちに樹生に聞いてきた。
「僕が浮気するような男に見えるか!?」
飛び上がらんばかりの勢いで樹生が否定すると、翔琉は目を丸くして驚いている。
「見えませんけど……。え、じゃあ、された側ってこと?」
「……悪いかよ」
「や、悪くないです! ……マジすか」
二人は黙り込んで互いにジョッキを傾ける。しばしの沈黙の後、樹生の様子を窺いながら翔琉がおずおずと話し始める。
「さっきも言いましたけど、樹生さんが、エッチがどうのとか、そういう話題に食い付いてくるのが意外でした」
「なんでさ。そんなにモテなさそうに見えんの? 経験ないだろって?」
軽くムッとして樹生が絡むと、翔琉が慌てて顔の前で手を振り否定する。
「や、俺より年上だしルックスも良いし、モテないとは思わないんですけど! ……何て言うか、樹生さんが女の子にガツガツしてるとこ、イメージが湧かなくて」
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