上 下
15 / 24

15. 元カノの話(前編)

しおりを挟む
 三芳の後姿が消えたのを確認するや否や、ムスッとした翔琉が不機嫌さを隠しもせず追求してくる。
「樹生さん。三芳さんと、どういう関係スか」
「元患者だよ。翔琉の前に担当PTしたバスケ選手っていうのが彼なんだ」
「それだけ? ……アイツと関わんないでください。手癖の悪さで有名なんすよ。ファンから何から食っちゃって、泣かした女の子、数えきれないってもっぱらの噂ですから」
「なんで僕が、そんな心配されるんだよ」
「樹生さん綺麗だもん。男だってグラッと来て口説きたくなっても、おかしくないっす」
 飲みかけたハイボールを噴きそうになったが、どうにかこらえ、翔琉をまじまじと見つめた。彼の表情は真剣そのものだ。
「綺麗って……。アラサーの男に対する形容詞として、それ褒めてんの? てか、グラッと来るって何だよ。お前、彼女いるだろ?」
 染まる頬をごまかそうと樹生は更にハイボールを煽る。彼はノンケで、しかも彼女もいるのだ。再び自分に言い聞かせる。しかし、翔琉の反応は想定外のものだった。
「……別れました」
「ハアッ⁉」
 少しバツの悪そうな表情を浮かべ、翔琉は生ビールの大ジョッキを傾けた。
「振られたんス、こないだ。俺が怪我してからリハビリばっかで全然構ってくれないって」
「……ふぅん」
「え、何その反応。もっと何かあるでしょ」
しゅうしょうさまでした?」
「ブフッ」
 とぼけてみせると、翔琉はおかしそうに歯を見せて笑っている。

「もしかして、さっきの電話、元カノ?」
「あー、分かっちゃいました? そうなんス。もう今カレの家に引っ越したんですけど、郵便がこっちに届いてるみたいで」
 翔琉は鼻の頭に皺を寄せて顔をしかめている。
「さっきは軽くあしらってごめん。同棲までしてた彼女に振られたんだ、辛かったよな?」
 声のトーンの変化に気付いたのか、翔琉の顔から笑みは消え、神妙な表情に変わった。
「向こうから『付き合って』って来て、俺はそれに流されただけだったから、辛いとかはそんなに。……こないだ樹生さんに『別れろ』って言われてすぐ切れるくらいの気持ちしか、俺のほうも残ってなかったんで。お互い様ですかね」
「ちなみに、いつ別れたの?」
「二週間前……くらいですかね」
 恐る恐る質問する樹生に、翔琉は淡々と世間話をするように答える。
「えっ! んで、もう新しい彼氏? まさか、翔琉と別れる時には、もう今カレいたってこと!?」
 あまりの展開の速さに気を遣うことすら忘れ、樹生は頭の中に浮かんだ疑問をストレートに投げかけていた。
「うーん、まぁそうなんでしょうね。引越し先も、今カレんちだったんで」
 渋々と言った様子で、翔琉は自分にとって不都合であろう真実を認めた。
「翔琉と二股掛けてたってこと?」
「そうかもしれないですけど……、もう良いじゃないすか。過去のことだし」
「二股されてて、翔琉、全然気付かなかったの?」
「それ、他の友達にも聞かれましたよ。俺、鈍いんすかね? 全然気付かなかった」
 ビールのジョッキを眺めている翔琉の横顔は平然として見える。無理に平気そうな振りをしているという雰囲気でもない。
「……だって、なんか気配って言うか……。違うな、って思わない?」
「え、何が?」
 自分から切り出した微妙な話題ではあるが、キョトンとしている翔琉に樹生は少しだけ苛立った。
「そこまで言わせるのかよ……。だから、その……、抱き合った時とかさぁ」
 微妙に頬を染めながら樹生がもごもごと説明すると、さすがに翔琉もバツが悪そうだ。しかし、一歩踏み込んだ質問に、彼のほうも踏み込んで返してきた。
「あー……。最後のほうは、殆どエッチしてなかったんすよね」
 彼の口から彼女との肉体関係についてここまでハッキリ聞かされるのは初めてだ。しかも、ゲイの樹生は男同士の猥談に入るのも苦手で、昔からそういう話題を避けてきた。憎からず思っている翔琉からあからさまに性的な話を聞く時どういう態度を取れば良いのか分からず、樹生は戸惑った。
「そ、そうなの? お互い、それで良いわけ?」
 ドギマギしながらも、スキンシップは愛情表現の一部だろうという論調で、二人の仲について更に聞き出そうとする。
「俺、怪我して、ストーンとそういう欲がなくなったんですよね。……てか、樹生さんがこういう話題に食い付いてくるのが意外でした。経験あるんすか? そういう、修羅場っていうか」
 今度は翔琉が微妙に頬を染めて、目を泳がせながら遠慮がちに樹生に聞いてきた。
「僕が浮気するような男に見えるか!?」
 飛び上がらんばかりの勢いで樹生が否定すると、翔琉は目を丸くして驚いている。
「見えませんけど……。え、じゃあ、された側ってこと?」
「……悪いかよ」
「や、悪くないです! ……マジすか」
 二人は黙り込んで互いにジョッキを傾ける。しばしの沈黙の後、樹生の様子を窺いながら翔琉がおずおずと話し始める。
「さっきも言いましたけど、樹生さんが、エッチがどうのとか、そういう話題に食い付いてくるのが意外でした」
「なんでさ。そんなにモテなさそうに見えんの? 経験ないだろって?」
 軽くムッとして樹生が絡むと、翔琉が慌てて顔の前で手を振り否定する。
「や、俺より年上だしルックスも良いし、モテないとは思わないんですけど! ……何て言うか、樹生さんが女の子にガツガツしてるとこ、イメージが湧かなくて」
しおりを挟む
script?guid=on
感想 0

あなたにおすすめの小説

サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん
BL
デザイナー志望のミズキは就活中、憧れていたクリエイター・相楽に出会う。そして彼の事務所に採用されるが、相楽はミズキを都合のいい営業要員としか考えていなかった。天才肌で愛嬌のある相楽には、一方で計算高く身勝手な一面もあり……。ミズキはそんな彼に振り回されるうち、否応なく惹かれていく。 「知ってるくせに意地悪ですね……あなたみたいなひどい人、好きになった僕が馬鹿だった」 「ははっ、ホントだな」 ――僕の想いが届く日は、いつか来るのでしょうか? ★★★★★★★★ エブリスタ『真夜中のラジオ文芸部×執筆応援キャンペーン  スパダリ/溺愛/ハートフルなBL』入賞作品 ※エブリスタのほか、フジョッシー、ムーンライトノベルスにも転載しています

【完結】その手を伸ばさないで掴んだりしないで

コメット
BL
亡くなった祖母の遺言で受け取った古びたランプは、魔法のランプだった。 突然現れた男は自らをランプの魔人と名乗り三つの願いを叶えるまで側を離れないと言った。 これは、ランプの魔人を名乗る男と突如そんなランプの魔人の主となった男の物語である。 ―毎日を実に楽しそうに満喫するランプの魔人に苛立ちながらもその背景と自身を道具と蔑む魔人の本質を知るにつれ徐々に惹かれていく主人公はある夜、魔人の来歴を知り激怒する。 この男を一人の人間として愛してやりたいと手を伸ばした彼は無事、その手を掴めるのか。握り返してもらえるのか。 彼らの行く末を知るのは古ぼけたランプのみだった。 完結しました。 本編後の物語である短編、魔人さんシリーズまで投稿完了しております。 ★カップリング傾向★ 魔人の主×ランプの魔人 男前×自罰思考 太陽属性×月属性 平凡攻め×美形受け

「恋の熱」-義理の弟×兄- 

悠里
BL
親の再婚で兄弟になるかもしれない、初顔合わせの日。 兄:楓 弟:響也 お互い目が離せなくなる。 再婚して同居、微妙な距離感で過ごしている中。 両親不在のある夏の日。 響也が楓に、ある提案をする。 弟&年下攻めです(^^。 楓サイドは「#蝉の音書き出し企画」に参加させ頂きました。 セミの鳴き声って、ジリジリした焦燥感がある気がするので。 ジリジリした熱い感じで✨ 楽しんでいただけますように。 (表紙のイラストは、ミカスケさまのフリー素材よりお借りしています)

晴れの日は嫌い。

うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。 叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。 お互いを利用した関係が始まる?

アヤカシガラミ

サバミソ
BL
過去のトラウマで本心を閉ざした攻めと呪いにより破滅の運命を背負う受けが互いを守るため怪異に立ち向かう和風ファンタジーBL

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

処理中です...