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別荘に訪れて三日目、アレクシスはノヴァを連れて湖のほとりを散策していた。昨晩はこの地方の領主に晩餐に招かれて窮屈な思いをしたが、今日からは気兼ねなくのんびりとできる。
空を映して青く輝く湖を左手に眺めながら、遊歩道を進む。燦々と照る太陽はまぶしいが、王都と比べて気温は低く、吹き抜ける風が心地いい。黒いリボンでゆるく結んだ金髪がなびく。
舗装されていない道を歩くときには、まるで女性をエスコートでもするようにノヴァが腰に手を添えてくるので、アレクシスは非常に上機嫌だった。女扱いされたいわけでも、過保護にされたいわけでもないが、デートのようではないか。
道の右側には青々と茂る木々の中に、白い壁に赤茶の屋根の建物がぽつぽつと見える。民家やレストラン、大きいものは宿泊所だ。
「小腹もすいたし、少し休もう」
「はい」
小奇麗なカフェのテラス席に案内され、腰を下ろす。ノヴァが傍らに立っていては、護衛を引き連れた貴族だと主張してかえって目立つからと、彼も向かいに座らせた。
今日のアレクシスは飾り気のない白いシャツに黒いズボンという簡素な出で立ちだったが、店員からも、ちらほらと居るほかの客たちからも一身に視線を集めていた。ひそひそと囁き交わされるのは気分が悪い。王城ではさすがに遠慮されてここまで不躾な視線に晒されることはなかった。
注文をして、先に運ばれてきた大雑把な味の紅茶を憮然として飲んでいると、ノヴァが声をひそめて聞いてきた。
「アレクシス様。持ち帰りにして、別の場所へ移動しますか?」
「いや」
そこまで気にすることではない、と返事をする前に、あのぉ、と浮足立った女性の声が割り込んでくる。
「お二人でご旅行ですか? よかったら、ご一緒してもいいですか」
露骨な猫なで声だった。傍らに立つ二人の女性が、アレクシスたちを見ている。自分だけならともかく、ノヴァのことまでそんな目で見ないでほしい。こいつはおれの男だ。
閉口するアレクシスに代わって、ノヴァが人好きのする笑みを浮かべた。
「失礼、主人はここに休暇で訪れているのです。そっとしておいて頂けませんか」
またご縁があったら、とかなんとか適当なことを言って追い返す。それからアレクシスを見て、なかなか落ち着けませんね、と困ったような笑みを浮かべたので、先ほどまでの不快な気分は一瞬で霧散した。ここに来てよかったと思った。
本当にデートみたいだ。
軽く昼食をとった後、またのんびりと散歩を続けた。しかし次第に空に灰色の雲が立ち込めてきて辺りが薄暗くなり、別荘に戻ろうと早足になって幾らもしないうちに、ぽつぽつと雨が降り出した。
いくら夏でも、涼しい地方で雨に濡れては体が冷える。ノヴァが貸してくれたジャケットを頭にかぶり、湖に雨粒が叩き付けられる音を聞きながら急いで帰ったが、別荘に辿り着いた頃にはずぶ濡れだった。こんな風になるのは久しぶりで、子供に戻ったようだと少しだけ愉快になる。玄関ポーチで、ノヴァにジャケットを返し、濡れた服や髪を絞った。
「随分と濡れてしまった」
笑い混じりに言うが、返事がない。
「ノヴァ?」
髪を絞りながら隣を見ると、彼は無表情にアレクシスをじっと見ていた。白いシャツが濡れて肌に張り付くさまを。アレクシスの視線に気付くと弾かれたように目を逸らした。
「風邪を引いてはいけません、早く入りましょう」
アレクシスが何か言うより先に、ノヴァが装飾された大きな玄関ドアを開く。すると心配して待ち構えていた使用人たちに乾いた布でもみくちゃにされ、湯を用意されていた浴室へと連れて行かれた。
すっかり温まって居室へ戻ると、すでにノヴァが待ち構えていた。
「アレクシス様、お体は冷えませんでしたか。大丈夫ですか。暖炉に火をくべましょうか」
「大丈夫だ。風呂で充分温まった」
「毛布はいりますか」
「夏だぞ。大丈夫だと言って……いや、たしかに体を冷やしてはいけないな」
アレクシスはベッドへ歩み寄ると乗り上げて、中央に腰を下ろした。心配顔のノヴァに向かって両手を広げる。
「毛布はいらないが、少し肌寒いようだ」
「アレクシス様」
とがめる声を出すノヴァに、アレクシスは口をとがらせて駄目押しする。
「おれが風邪をひいたらどうする」
ためらいは短かった。ノヴァは小さく溜息を吐いて、諦めたようにベッドに乗って隣に座ると、望みどおりにアレクシスを抱き締めてくれた。
雨で気温が下がった室内で、ノヴァの体のぬくもりに安心する。力を抜いて体を預けて、しばらくそうしていた。窓に打ち付ける雨の音だけが遠くに聞こえる。
「アレクシス様」
静寂を破って口火を切ったのはノヴァだった。
「うかがいたいことがあります」
「何だ」
「あなたが、かつて戦場で王国の金獅子と呼ばれていたと聞きました。私の知らない頃のあなたのことを、教えていただけませんか」
我知らず体が強張る。思い出したくもない、シリウスを失った頃の話だ。アレクシスの動揺を感じ取ってか、ノヴァの抱き締めてくる腕の力が、少しだけ強くなる。
「……べつに、面白い話は何もない」
「あなたのことを知りたいだけです。無理にとは言いません」
アレクシスはノヴァの肩に頭をもたれて、暗い記憶を辿った。
ノヴァが知っているのは、シリウスが死ぬ前までの出来事――アレクシスの三度目の戦場までのことだ。
甲冑を身に纏い、シリウスを傍らに険を振るう。命がぶつかり合う戦場は恐ろしくもあったが、彼と二人なら何でも斬り伏せられるような、一種の万能感と陶酔があった。騎士団長直々に鍛え上げられたシリウスの強さは格別で、彼が敗けるところなど想像もつかなかった。
その日は曇天で、一行は戦場となるはずの盆地に移動中の山間で奇襲に遭った。ただでさえ足元が悪い中煙幕が焚かれ、混戦状態だった。武器のぶつかる音と怒号が響く中、シリウスに守られながら逃げ、共に出陣していた魔法使いのハーヴィーが確保してくれた退路をひた走った。
途中、シリウスがよろめくように足を止めた。ぐらつく体を咄嗟に受け止めきれず、二人で地面に倒れ込む。呼吸の浅い彼は苦し気で、重い甲冑ごと運ぶこともできず脱がせてやると、脇腹が血でぬめっていた。彼はアレクシスを守るうちに負傷したことを、隠していたのだと知った。
置いて行ってください、かすれた声で囁くシリウスを引きずるようにして歩いた、あの絶望感。思い出すと今でも、胸が真っ黒に染まって、深海の底のように押しつぶされそうになる。
「おれは、あの頃、愛する騎士を……失って……」
抱き締めてくれるノヴァの存在を確かめるように縋り付く。
大丈夫。今はここに居る。届かない夜空など見上げなくとも、そばに居てくれる。
「すごく……怒っていた。おれからあいつを奪った奴らが憎くて、許せなくて、殲滅してやりたかった。それでおれは頻繁に戦場に出たがって、父上もカンテバルも良い顔はしなかったが、結局許してくれた。許さなければ、おれが勝手に一人で敵陣に突っ込んでいくとでも思ったんだろう」
「そんな。たかだか騎士一人のために、危ないことを」
「たかだかなどと言うな!」
思わず叫んでから、弱々しく、そんな風に言わないでくれ、と呟いた。
「おれの、ただ一人の騎士だ。愛する男だ。自分でだって、こんなに悲しいと思わなかった。自分は数多の命を奪っておいて、奪われる覚悟なんて少しも出来ていなかった」
ひきつりそうになる呼吸を整える。縋り付くノヴァの体は温かいのに、鼓動の音が少しも聞こえない。化け物の身体。そばに居てくれるなら些末なことだ。
「……それでおれは、毎日のように戦場に出た。おれの身を案じた父上がハーヴィーをずっとつけてくれていたから、お前が心配するほど命の危険は無かった」
致命傷は無かっただけで、怪我は山ほどした。ハーヴィーが即座に治癒してくれたが、それがなくとも、興奮状態であまり痛みを感じていたような記憶は無い。
何も怖くなかったから、無謀な戦い方をした。アレクシスにとって、いずれ王になって国を導くことこそが最も重要だと思っていたのに、シリウスが死んで、彼こそが自分の全てであったことを知ってしまった。だからもう恐れるものはなかったのだ。
「そうやって、戦いに身を置いていたら次第に強くなって、獅子とあだ名されるようになった。それだけだ」
「無茶をしたのでしょう」
自暴自棄になっていた話は、彼に聞かせるものではないと飲み込んだというのに、見透かしたかのようにノヴァが言う。少し苦し気な声音だった。
「もう二度と、そんな危ないまねはなさらないでください」
「お前がそばに居るなら、二度としない」
アレクシスは顔を上げて、間近からノヴァを見た。
あの時に失ったはずの男に、こうして抱き締められている。奇跡のようだ。
「二度と、おれのそばから離れるな」
声が震える。ノヴァの黒い目が切なげに細められた。
「この命続く限り、おそばにおります」
「そんな言い方はやめろ。命続く限りなど」
シリウスだって、命続く限りそばに居てくれたのだ。その命が、想像以上に、あまりにも早く終わってしまっただけで。
死なないで欲しい。そんなことは無理だと分かっている。けれど、また失うことなど耐えられない。たとえ嘘でも、ただの気休めでも、二度と離れないと、永遠に共にいると言ってほしかった。水色の目が、かすかに潤む。
ノヴァは困ったように微笑むばかりで、何も言わない。正直な男だった。主君に、できない約束はしたくないと、それが彼の誠実なのだ。
「ノヴァ……」
望む言葉をくれない唇に、そっと口付ける。嫌がるそぶりは見せなかったので、彼の下唇を軽く食み、舌でなぞった。
いつかまた失う日が訪れるかもしれないと思うと、不安で、恐ろしくてたまらなくなる。せめて少しでも彼が欲しいのに、やり方が少しも分からない。
「……うまくできない。教えてくれ……」
ほとんど吐息のような声で囁く。ノヴァの目に、炎が灯ったのが見えた気がした。
「アレクシス様」
頭の後ろに手を添えて、優しくベッドへと倒される。そのまま覆いかぶさってきたノヴァの唇に誘われるように薄く口を開けば、そこへ舌が侵入してきて、アレクシスは瞼を伏せた。
熱くぬめる舌が、アレクシスの舌を擦り、くちゅくちゅと音を立てて絡む。視覚が無い分、その生々しい感触に意識が集中して、舌を吸い上げられると背筋がぞくぞくと震えた。
「あ……ん、は、ぁ……」
頭がぼーっとして、口付けの合間にあえかな声が漏れる。ちゅっと音を立てて唇が離れた時には、すっかり息が上がっていた。見下ろすノヴァの瞳が欲情に濡れていて、ひどく興奮した。
ノヴァの手が、アレクシスのシャツのボタンを外していく。次第に露わになっていく滑らかな肌にノヴァの視線が注がれていて、恥ずかしさで白い肌は熱が灯ったように薄紅に染まった。
見られている。怪我は全て魔法で治されるから傷ひとつない上、鍛えても筋肉のつきにくい体だ。騎士のたくましい体を見慣れているであろうノヴァからしたら、あまりに男らしくない体つきだろうと思うと、余計に恥ずかしかった。
アレクシスは照れくささを誤魔化すように、ノヴァの服を引っ張る。
「……お前の体も見たい」
するとノヴァは、ひとの体は散々見ておいて、気まずそうに答える。
「男の体なんて、見ても面白くないでしょう」
「お前はおれの体を、つまらんと思いながら見ていたのか?」
あんまりな答えにアレクシスがむすっとすれば、ノヴァが宥めるような口調で返してきた。
「あなたの美しい体と一緒にしないでください」
苦笑しながらも、ノヴァが膝立ちになって自分のシャツを脱ぎ捨てる。着替えや入浴を手伝わせたことのあるアレクシスとは違い、ノヴァの裸身を目にするのは初めてだった。
服を脱ぐと、筋肉のでこぼこがはっきりと分かる。鍛えられて引き締まった、アレクシスの理想のような筋肉のつき方で、つい目を奪われた。そして視線を下ろすと、ズボン越しに、彼の興奮している証が目に入る。かーっと顔が熱くなった。
欲しがってくれていることが嬉しい。アレクシスは体を起こして、そのふくらみに指先で触れた。
「っ、アレクシス様!」
焦り声を上げるノヴァに、いたずらに笑った。
「すごい、ふふ、硬くなってる……」
そのまま指の背ですりすりと擦ると、更に質量を増したようで、窮屈そうに布地を押し上げる。
「あなたも」
「あっ!」
ノヴァの手が、アレクシスの下肢に触れる。太ももから撫で上げられて、足の付け根へ。そこにはノヴァと同じように、興奮に息づくものがあって、ノヴァの指先で撫でられるだけでびくりと震えた。
前を寛げられて、下着に押し込められていたものが取り出される。興奮ですでに先端から蜜を滲ませているのが晒されて、ひどく恥ずかしいのに、やめてほしいとはどうしても言えなかった。
ノヴァの手が、ゆるゆるとそこを擦り上げる。すぐに生まれた快感に、息が漏れた。
「っふ、く……、ぅ……ん……」
口を手の甲で押さえ、ぎゅっと瞼を閉じる。
「アレクシス様。我慢しないで、声を聞かせてください」
「っあ!」
昂りを隠そうともしない声が耳元で囁くと、それだけで感じてしまう。
「ゃ、あ……、へんな、声……、出てしま、……っ」
やだやだと子供のように首を振る。先走りを塗り広げるように扱かれて、水音までもがアレクシスの耳を犯す。絶え間なく湧き上がる快感をノヴァが与えてくれていると思えば、余計に身体の熱は増すばかりだった。
「聞かせてください。あなたの、かわいい声を……」
脳が煮える。かわいいなんて、女子供でもないのに、彼に言われるとどうしてか嬉しくなってしまう。かわいがってくれている。愛してくれているのだ。
「ぁ、ん……っ、ン……、ノヴァ……、ぁ……」
甘くとろけた声で名前を呼ぶと、アレクシスに触れているノヴァの手がぴくりと跳ねた。熱に浮かされた頭でふふ、と笑って、アレクシスは彼の中心へ手を伸ばした。
「お前も、一緒に……」
前を寛げて下着をずらしてやれば、待っていたとばかりに怒張が飛び出す。すっかり育ち切って天を向くそれの大きさに、一瞬怯んでしまった。
「……すごい……」
アレクシスとノヴァの背丈はそこまで違うわけではないのに、筋肉の付き方も違えば、こんな場所の大きさまで全然違う。アレクシスだって小さいわけではないが、ノヴァのものはひとまわり大きかった。
他人のものを見るのは初めてだ。恐る恐る触れればぴくりと跳ねて、まるで頭を撫でるように先端を擦ってやればすぐにぬるぬるとしたものが溢れてくる。
「すごい……、こんな……っ、いやらしいな……?」
ぬるぬると撫でながら、上気した顔で窺うようにノヴァを見る。彼は顔をしかめていたかと思うと、アレクシスを引き寄せ、膝の上に乗せた。腰を抱かれると、二人の間で屹立が擦れ合うほど密着する。
「あ、あっ! こんな……、あ、当たってしまう……」
こんなやり方、考えたことも無かった。互いの大事な部分が、直接擦れ合うだなんて。視覚的にもあまりにも刺激が強くて、アレクシスは腰が引けてしまうが、ノヴァの腕がそれを許さない。
逃げられないよう腰をしっかりと掴まれて、もう片方の手で二人のものをまとめて握られた。
「一緒に、しましょう」
「ひっ、あっ! し、信じられない……」
ただ擦られるだけでも気持ちがよかったのに、ノヴァの熱く膨らんだ欲望と直接擦れ合うと、痺れるような快感が走った。すぐに息が上がる。先端からとぷとぷと溢れる蜜が止まらず、ノヴァの手を濡らしている。
快楽に耐えかねて、アレクシスはノヴァに縋り付いた。
こんないやらしいこと信じられない、と思うのに、体はもっと、と求めて知らず知らずのうちに腰が揺れる。白い肌を薄紅に染めて、淫らに腰を揺らす痴態に、ノヴァが小さく笑った。
「かわいいです。かわいい……、気持ちいいですか?」
「ん……、んっ、いい……、いい……っ」
呼吸が早くなる。アレクシスが逃げないことが分かると、ノヴァは両手で扱き始めた。増した刺激に、アレクシスはノヴァの肩口で髪を振り乱してよがる。
「あっ! あ、だめ、だめだ、はぁ、ァ……っ、もう、出る、でる……っ!」
「出してください」
耳に吹き込まれる低い声が気持ちいい。促すように手の動きが速くなり、頭が真っ白になった。
「はぅ、う、ん、んン、でる、あっ! だめ、だめ……っ、もう、あ、ああ……っ!」
切羽詰まった嬌声を上げて、身体がびくんびくんと跳ねた。一人で慰めるのとは全く違う激しい絶頂に、達した後も脳がじんじんと痺れるような余韻が残る。
ノヴァの肩に頭を預けたまま、しばらくぐったりとして息を整えていたが、アレクシスは不意に身体を起こした。
達してしまったのは自分だけ。ノヴァのそこはまだ硬く張り詰めたままだった。しかも先に絶頂を迎えたアレクシスに気を使って、手を止めている。
「あ……、すまない、おれだけ先に……」
我慢させてしまった。謝るアレクシスに、ノヴァが軽く口付けてくる。
「すごく、かわいらしかったです。私も、すぐに……っ」
そう言って、アレクシスの吐き出した精液がかかった自身の屹立を、一人で扱き始める。まるでそこに擦りこんでいるような卑猥な光景に、眩暈がしそうだった。ごくりと生唾を飲み込む。
はぁはぁと息を荒げているのがひどく煽情的で、アレクシスはとろんとした目で、両手で自分の腹部を示した。
「ノヴァ……、出すなら、ここに、かけてほしい……」
ノヴァが軽く目を見開いてアレクシスの顔を見る。熱に潤んだ目が妙に力強くてたじろいだが、彼はすぐに俯き、先端をアレクシスの下腹部に当てて扱き始めた。
「えっ……、あ……」
そういうつもりではなかったのに、彼が手を動かすたびに先端がぬるぬると擦れくすぐったくて、また体温が上がる。
「っはぁ……、イきます……っ、アレクシス様……!」
「あ、ぁ……っ」
びくびくと震えて、ノヴァのものが白濁を吐き出す。先端から噴き出す勢いが、アレクシスの薄い肌に直接感じられて、その感触と熱に小さく声が漏れた。
白い腹にかかったぬるつく液体を見下ろし、アレクシスは無意識に指でなぞる。
「すごい……、いっぱい出たな……」
「すぐに拭くものを用意します」
ノヴァはアレクシスを膝から下ろして、ベッドから降りようとする。
「いい。これからもっと汚れることをするだろう」
背中を呼び止めると、ノヴァは眉間に皺を寄せて振り向いた。
「しません。騎士が主君に手を出すなんて、できるはずがない」
この期に及んで生真面目なことを言い出す男に、アレクシスは唖然とした。
「何? 手なら今もう出しただろう」
「……今ならまだ、アレクシス様のお手伝いをしただけと言」
「言えるつもりでいるのか? 本当に? お前はおれを怒らせるのが好きらしい」
言い訳を探すノヴァの言葉を遮る。アレクシスはもう一度、見せつけるように、汚れた腹を指でなぞった。
「これは……、おれに欲情した証じゃないのか。こんなことをしておいて、今更怖気づいたか」
淫らな指先を止めるように、手首を掴まれる。ノヴァは硬い顔をしていた。
「……臆病者とでも、お好きなように」
「ノヴァ。おれはお前が触れてくれて、嬉しかったのに。おれだけか? うそみたいに気持ちがよかった。あんな、あんな……いやらしいことがあるなんて……」
思い出すだけで頬が赤くなる。男同士のやり方については本で読んだことがあったが、男女ですることを男同士でするのだと思っていたから、まさか男性器同士を擦り合わせるなんて思ってもみなかった。
「アレクシス様、お願いですから、そんな……ことを、仰らないでください」
「どうしてだ」
アレクシスはノヴァに身を乗り出して、首に腕を回す。
「もっとしてくれ。もっと、……愛してほしい。お前に」
唇を押し当てる。誘うように舌を差し出せば、すぐに絡めとられた。くすぶったままの熱がじくじくと体を疼かせて、アレクシスの瞼がとろりと下がる。
甘い快感を与える唇が離れて、情欲をひそませた目がアレクシスを見た。
「だめです」
そう言いながら、何度も軽い口付けを繰り返す。本当にそれ以上する気はないようで、忍耐強さもここまで来たらもはや異常だった。
「ノヴァ」
「私は、こうして触れ合うだけでも充分に幸せです。それではいけませんか? もっとなんて、どんなことをされるか分かっているんですか」
「分かっている!」
ノヴァは妙に真剣な顔をしていて、アレクシスばかりが浅ましいおねだりをしているようで恥ずかしくなる。けれどアレクシスだって、我慢は十分したのだ。
「女に……するようなことを、おれに、してほしい。お前に……」
抱かれたい。
はしたないことを口にしている。恥ずかしさで声が震えた。
ノヴァは気難しい顔をしている。
「どうしてそこまで……。女性でないことを気にしているんですか?」
「女のまねごとがしたいわけじゃない!」
「ではどうして」
「どうしてだと」
少しも分かろうとしないノヴァに苛立って、反射的に声が荒くなった。
「理由がいるのか? 愛する男に触れたいと思うことに、触れられたいと思うことに、世の中の恋人というものはいちいち理由を説明するのか? 好きだ、好きだから欲しいと思う、おれはお前が欲しいし、お前のものにしてほしい。こんな、こんなことを言わせて、どうせお前は応える気もないくせに!」
感情が乱れて、目に涙が浮かぶ。
何度も求めてはかわされて、ここまで来たのにまだ駄目だなんて。無理矢理関係を持ちたいわけではないが、何がそこまでノヴァを踏みとどまらせているのか分からなかった。
「お前は、おれを欲しいと思わないのか……」
力なく呟くと、ノヴァの両手が頬を掴み、顔を仰のかせられた。
「これが欲していない男の顔に見えますか」
そう言うノヴァの目にはたしかにぎらつく光が宿っていて、視線だけで犯されるような心地さえした。
びくりと肩を揺らしたアレクシスに、ノヴァは眉を下げ、その顔に苦悩を滲ませる。
「アレクシス様。私は、抑えがきかなくなることが怖いのです。自分の体なのに、たまにいうことをきかなくなる。いつかあなたに取り返しのつかないことをしてしまうかもしれない。あなたは、私が何をしても抵抗してくださらないから……」
どこか悲しそうにそんなことを言われては、アレクシスにはそれ以上食い下がることができなかった。
抵抗なんてしない。彼になら、何をされたって構わないから。乱暴なことでも、痛いことでも。けれどそれが、ノヴァを悩ませていたのだ。
アレクシスはノヴァが人間でも化け物でもなんでもよかった。そばに居てくれるのなら、なんでも。
初めて、彼の化け物の身体の、不自由さを知った。
すっかり勢いを失ったアレクシスの汚れた体をきれいにする。食事をとる気分ではないと言うので、ノヴァは料理人にその旨を伝えに行った。もしかしたら夜に腹をすかせるかもしれないからと軽食だけ用意してもらって、居室に戻ると、アレクシスは静かに寝息を立てていた。
雨音に包まれた部屋で、ノヴァはベッドの傍らに立って、主人の顔を見下ろす。
美しいひとだ。
長い睫毛を伏せて眠る恋しい人。繊細な金の髪がシーツに乱れて散らばっている。薄紅に色付いた白い肌、情欲に濡れた水色の瞳が目に焼き付いていた。無垢で淫らな彼に無防備に求められるたび、自分の中の醜い獣欲が暴れだしそうになる。
求められるのは嬉しい。彼の肌をどれだけ夢見たことか。
いつか王となるアレクシスを支えたい、そばで守りたい、美しく聡明な伴侶を得て幸せになってほしい。心からそう願っているのに、彼の自分を乞う言葉ひとつで、眼差しひとつで、騎士の矜持など全て意味をなくしてしまう。
欲望のままに彼をベッドに縫い付けて、自分の手で乱してみたい。
アレクシスのすべてが欲しい。彼の知らない快楽を与えて、ぐずぐずに溶かして、爪の先から吐息まですべて飲み込んでしまいたい。
己のうちに乱暴な欲求が芽生えるのが怖い。
人間のシリウスとして生きていた頃はまだよかった。
化け物の身体を人間の形に保てるようになるまで一年、人間の形をした身体を意のままに動かせるようになるまで更に一年かかった。
外見は人間のように取り繕えても、心が自由にならない。自分の知らなかった強い欲求が湧き上がって、それがアレクシスを傷付けてしまいそうで恐ろしい。誰よりも大事にするべき人なのに。
眠るアレクシスの頬にかかる金髪を、指先でかきあげる。
欲しくて欲しくてたまらない。彼を前にするとひどい飢えを感じる。
抱きたいのか?
食べたいのか?
この飢えはなんだ?
区別がつかない。
空を映して青く輝く湖を左手に眺めながら、遊歩道を進む。燦々と照る太陽はまぶしいが、王都と比べて気温は低く、吹き抜ける風が心地いい。黒いリボンでゆるく結んだ金髪がなびく。
舗装されていない道を歩くときには、まるで女性をエスコートでもするようにノヴァが腰に手を添えてくるので、アレクシスは非常に上機嫌だった。女扱いされたいわけでも、過保護にされたいわけでもないが、デートのようではないか。
道の右側には青々と茂る木々の中に、白い壁に赤茶の屋根の建物がぽつぽつと見える。民家やレストラン、大きいものは宿泊所だ。
「小腹もすいたし、少し休もう」
「はい」
小奇麗なカフェのテラス席に案内され、腰を下ろす。ノヴァが傍らに立っていては、護衛を引き連れた貴族だと主張してかえって目立つからと、彼も向かいに座らせた。
今日のアレクシスは飾り気のない白いシャツに黒いズボンという簡素な出で立ちだったが、店員からも、ちらほらと居るほかの客たちからも一身に視線を集めていた。ひそひそと囁き交わされるのは気分が悪い。王城ではさすがに遠慮されてここまで不躾な視線に晒されることはなかった。
注文をして、先に運ばれてきた大雑把な味の紅茶を憮然として飲んでいると、ノヴァが声をひそめて聞いてきた。
「アレクシス様。持ち帰りにして、別の場所へ移動しますか?」
「いや」
そこまで気にすることではない、と返事をする前に、あのぉ、と浮足立った女性の声が割り込んでくる。
「お二人でご旅行ですか? よかったら、ご一緒してもいいですか」
露骨な猫なで声だった。傍らに立つ二人の女性が、アレクシスたちを見ている。自分だけならともかく、ノヴァのことまでそんな目で見ないでほしい。こいつはおれの男だ。
閉口するアレクシスに代わって、ノヴァが人好きのする笑みを浮かべた。
「失礼、主人はここに休暇で訪れているのです。そっとしておいて頂けませんか」
またご縁があったら、とかなんとか適当なことを言って追い返す。それからアレクシスを見て、なかなか落ち着けませんね、と困ったような笑みを浮かべたので、先ほどまでの不快な気分は一瞬で霧散した。ここに来てよかったと思った。
本当にデートみたいだ。
軽く昼食をとった後、またのんびりと散歩を続けた。しかし次第に空に灰色の雲が立ち込めてきて辺りが薄暗くなり、別荘に戻ろうと早足になって幾らもしないうちに、ぽつぽつと雨が降り出した。
いくら夏でも、涼しい地方で雨に濡れては体が冷える。ノヴァが貸してくれたジャケットを頭にかぶり、湖に雨粒が叩き付けられる音を聞きながら急いで帰ったが、別荘に辿り着いた頃にはずぶ濡れだった。こんな風になるのは久しぶりで、子供に戻ったようだと少しだけ愉快になる。玄関ポーチで、ノヴァにジャケットを返し、濡れた服や髪を絞った。
「随分と濡れてしまった」
笑い混じりに言うが、返事がない。
「ノヴァ?」
髪を絞りながら隣を見ると、彼は無表情にアレクシスをじっと見ていた。白いシャツが濡れて肌に張り付くさまを。アレクシスの視線に気付くと弾かれたように目を逸らした。
「風邪を引いてはいけません、早く入りましょう」
アレクシスが何か言うより先に、ノヴァが装飾された大きな玄関ドアを開く。すると心配して待ち構えていた使用人たちに乾いた布でもみくちゃにされ、湯を用意されていた浴室へと連れて行かれた。
すっかり温まって居室へ戻ると、すでにノヴァが待ち構えていた。
「アレクシス様、お体は冷えませんでしたか。大丈夫ですか。暖炉に火をくべましょうか」
「大丈夫だ。風呂で充分温まった」
「毛布はいりますか」
「夏だぞ。大丈夫だと言って……いや、たしかに体を冷やしてはいけないな」
アレクシスはベッドへ歩み寄ると乗り上げて、中央に腰を下ろした。心配顔のノヴァに向かって両手を広げる。
「毛布はいらないが、少し肌寒いようだ」
「アレクシス様」
とがめる声を出すノヴァに、アレクシスは口をとがらせて駄目押しする。
「おれが風邪をひいたらどうする」
ためらいは短かった。ノヴァは小さく溜息を吐いて、諦めたようにベッドに乗って隣に座ると、望みどおりにアレクシスを抱き締めてくれた。
雨で気温が下がった室内で、ノヴァの体のぬくもりに安心する。力を抜いて体を預けて、しばらくそうしていた。窓に打ち付ける雨の音だけが遠くに聞こえる。
「アレクシス様」
静寂を破って口火を切ったのはノヴァだった。
「うかがいたいことがあります」
「何だ」
「あなたが、かつて戦場で王国の金獅子と呼ばれていたと聞きました。私の知らない頃のあなたのことを、教えていただけませんか」
我知らず体が強張る。思い出したくもない、シリウスを失った頃の話だ。アレクシスの動揺を感じ取ってか、ノヴァの抱き締めてくる腕の力が、少しだけ強くなる。
「……べつに、面白い話は何もない」
「あなたのことを知りたいだけです。無理にとは言いません」
アレクシスはノヴァの肩に頭をもたれて、暗い記憶を辿った。
ノヴァが知っているのは、シリウスが死ぬ前までの出来事――アレクシスの三度目の戦場までのことだ。
甲冑を身に纏い、シリウスを傍らに険を振るう。命がぶつかり合う戦場は恐ろしくもあったが、彼と二人なら何でも斬り伏せられるような、一種の万能感と陶酔があった。騎士団長直々に鍛え上げられたシリウスの強さは格別で、彼が敗けるところなど想像もつかなかった。
その日は曇天で、一行は戦場となるはずの盆地に移動中の山間で奇襲に遭った。ただでさえ足元が悪い中煙幕が焚かれ、混戦状態だった。武器のぶつかる音と怒号が響く中、シリウスに守られながら逃げ、共に出陣していた魔法使いのハーヴィーが確保してくれた退路をひた走った。
途中、シリウスがよろめくように足を止めた。ぐらつく体を咄嗟に受け止めきれず、二人で地面に倒れ込む。呼吸の浅い彼は苦し気で、重い甲冑ごと運ぶこともできず脱がせてやると、脇腹が血でぬめっていた。彼はアレクシスを守るうちに負傷したことを、隠していたのだと知った。
置いて行ってください、かすれた声で囁くシリウスを引きずるようにして歩いた、あの絶望感。思い出すと今でも、胸が真っ黒に染まって、深海の底のように押しつぶされそうになる。
「おれは、あの頃、愛する騎士を……失って……」
抱き締めてくれるノヴァの存在を確かめるように縋り付く。
大丈夫。今はここに居る。届かない夜空など見上げなくとも、そばに居てくれる。
「すごく……怒っていた。おれからあいつを奪った奴らが憎くて、許せなくて、殲滅してやりたかった。それでおれは頻繁に戦場に出たがって、父上もカンテバルも良い顔はしなかったが、結局許してくれた。許さなければ、おれが勝手に一人で敵陣に突っ込んでいくとでも思ったんだろう」
「そんな。たかだか騎士一人のために、危ないことを」
「たかだかなどと言うな!」
思わず叫んでから、弱々しく、そんな風に言わないでくれ、と呟いた。
「おれの、ただ一人の騎士だ。愛する男だ。自分でだって、こんなに悲しいと思わなかった。自分は数多の命を奪っておいて、奪われる覚悟なんて少しも出来ていなかった」
ひきつりそうになる呼吸を整える。縋り付くノヴァの体は温かいのに、鼓動の音が少しも聞こえない。化け物の身体。そばに居てくれるなら些末なことだ。
「……それでおれは、毎日のように戦場に出た。おれの身を案じた父上がハーヴィーをずっとつけてくれていたから、お前が心配するほど命の危険は無かった」
致命傷は無かっただけで、怪我は山ほどした。ハーヴィーが即座に治癒してくれたが、それがなくとも、興奮状態であまり痛みを感じていたような記憶は無い。
何も怖くなかったから、無謀な戦い方をした。アレクシスにとって、いずれ王になって国を導くことこそが最も重要だと思っていたのに、シリウスが死んで、彼こそが自分の全てであったことを知ってしまった。だからもう恐れるものはなかったのだ。
「そうやって、戦いに身を置いていたら次第に強くなって、獅子とあだ名されるようになった。それだけだ」
「無茶をしたのでしょう」
自暴自棄になっていた話は、彼に聞かせるものではないと飲み込んだというのに、見透かしたかのようにノヴァが言う。少し苦し気な声音だった。
「もう二度と、そんな危ないまねはなさらないでください」
「お前がそばに居るなら、二度としない」
アレクシスは顔を上げて、間近からノヴァを見た。
あの時に失ったはずの男に、こうして抱き締められている。奇跡のようだ。
「二度と、おれのそばから離れるな」
声が震える。ノヴァの黒い目が切なげに細められた。
「この命続く限り、おそばにおります」
「そんな言い方はやめろ。命続く限りなど」
シリウスだって、命続く限りそばに居てくれたのだ。その命が、想像以上に、あまりにも早く終わってしまっただけで。
死なないで欲しい。そんなことは無理だと分かっている。けれど、また失うことなど耐えられない。たとえ嘘でも、ただの気休めでも、二度と離れないと、永遠に共にいると言ってほしかった。水色の目が、かすかに潤む。
ノヴァは困ったように微笑むばかりで、何も言わない。正直な男だった。主君に、できない約束はしたくないと、それが彼の誠実なのだ。
「ノヴァ……」
望む言葉をくれない唇に、そっと口付ける。嫌がるそぶりは見せなかったので、彼の下唇を軽く食み、舌でなぞった。
いつかまた失う日が訪れるかもしれないと思うと、不安で、恐ろしくてたまらなくなる。せめて少しでも彼が欲しいのに、やり方が少しも分からない。
「……うまくできない。教えてくれ……」
ほとんど吐息のような声で囁く。ノヴァの目に、炎が灯ったのが見えた気がした。
「アレクシス様」
頭の後ろに手を添えて、優しくベッドへと倒される。そのまま覆いかぶさってきたノヴァの唇に誘われるように薄く口を開けば、そこへ舌が侵入してきて、アレクシスは瞼を伏せた。
熱くぬめる舌が、アレクシスの舌を擦り、くちゅくちゅと音を立てて絡む。視覚が無い分、その生々しい感触に意識が集中して、舌を吸い上げられると背筋がぞくぞくと震えた。
「あ……ん、は、ぁ……」
頭がぼーっとして、口付けの合間にあえかな声が漏れる。ちゅっと音を立てて唇が離れた時には、すっかり息が上がっていた。見下ろすノヴァの瞳が欲情に濡れていて、ひどく興奮した。
ノヴァの手が、アレクシスのシャツのボタンを外していく。次第に露わになっていく滑らかな肌にノヴァの視線が注がれていて、恥ずかしさで白い肌は熱が灯ったように薄紅に染まった。
見られている。怪我は全て魔法で治されるから傷ひとつない上、鍛えても筋肉のつきにくい体だ。騎士のたくましい体を見慣れているであろうノヴァからしたら、あまりに男らしくない体つきだろうと思うと、余計に恥ずかしかった。
アレクシスは照れくささを誤魔化すように、ノヴァの服を引っ張る。
「……お前の体も見たい」
するとノヴァは、ひとの体は散々見ておいて、気まずそうに答える。
「男の体なんて、見ても面白くないでしょう」
「お前はおれの体を、つまらんと思いながら見ていたのか?」
あんまりな答えにアレクシスがむすっとすれば、ノヴァが宥めるような口調で返してきた。
「あなたの美しい体と一緒にしないでください」
苦笑しながらも、ノヴァが膝立ちになって自分のシャツを脱ぎ捨てる。着替えや入浴を手伝わせたことのあるアレクシスとは違い、ノヴァの裸身を目にするのは初めてだった。
服を脱ぐと、筋肉のでこぼこがはっきりと分かる。鍛えられて引き締まった、アレクシスの理想のような筋肉のつき方で、つい目を奪われた。そして視線を下ろすと、ズボン越しに、彼の興奮している証が目に入る。かーっと顔が熱くなった。
欲しがってくれていることが嬉しい。アレクシスは体を起こして、そのふくらみに指先で触れた。
「っ、アレクシス様!」
焦り声を上げるノヴァに、いたずらに笑った。
「すごい、ふふ、硬くなってる……」
そのまま指の背ですりすりと擦ると、更に質量を増したようで、窮屈そうに布地を押し上げる。
「あなたも」
「あっ!」
ノヴァの手が、アレクシスの下肢に触れる。太ももから撫で上げられて、足の付け根へ。そこにはノヴァと同じように、興奮に息づくものがあって、ノヴァの指先で撫でられるだけでびくりと震えた。
前を寛げられて、下着に押し込められていたものが取り出される。興奮ですでに先端から蜜を滲ませているのが晒されて、ひどく恥ずかしいのに、やめてほしいとはどうしても言えなかった。
ノヴァの手が、ゆるゆるとそこを擦り上げる。すぐに生まれた快感に、息が漏れた。
「っふ、く……、ぅ……ん……」
口を手の甲で押さえ、ぎゅっと瞼を閉じる。
「アレクシス様。我慢しないで、声を聞かせてください」
「っあ!」
昂りを隠そうともしない声が耳元で囁くと、それだけで感じてしまう。
「ゃ、あ……、へんな、声……、出てしま、……っ」
やだやだと子供のように首を振る。先走りを塗り広げるように扱かれて、水音までもがアレクシスの耳を犯す。絶え間なく湧き上がる快感をノヴァが与えてくれていると思えば、余計に身体の熱は増すばかりだった。
「聞かせてください。あなたの、かわいい声を……」
脳が煮える。かわいいなんて、女子供でもないのに、彼に言われるとどうしてか嬉しくなってしまう。かわいがってくれている。愛してくれているのだ。
「ぁ、ん……っ、ン……、ノヴァ……、ぁ……」
甘くとろけた声で名前を呼ぶと、アレクシスに触れているノヴァの手がぴくりと跳ねた。熱に浮かされた頭でふふ、と笑って、アレクシスは彼の中心へ手を伸ばした。
「お前も、一緒に……」
前を寛げて下着をずらしてやれば、待っていたとばかりに怒張が飛び出す。すっかり育ち切って天を向くそれの大きさに、一瞬怯んでしまった。
「……すごい……」
アレクシスとノヴァの背丈はそこまで違うわけではないのに、筋肉の付き方も違えば、こんな場所の大きさまで全然違う。アレクシスだって小さいわけではないが、ノヴァのものはひとまわり大きかった。
他人のものを見るのは初めてだ。恐る恐る触れればぴくりと跳ねて、まるで頭を撫でるように先端を擦ってやればすぐにぬるぬるとしたものが溢れてくる。
「すごい……、こんな……っ、いやらしいな……?」
ぬるぬると撫でながら、上気した顔で窺うようにノヴァを見る。彼は顔をしかめていたかと思うと、アレクシスを引き寄せ、膝の上に乗せた。腰を抱かれると、二人の間で屹立が擦れ合うほど密着する。
「あ、あっ! こんな……、あ、当たってしまう……」
こんなやり方、考えたことも無かった。互いの大事な部分が、直接擦れ合うだなんて。視覚的にもあまりにも刺激が強くて、アレクシスは腰が引けてしまうが、ノヴァの腕がそれを許さない。
逃げられないよう腰をしっかりと掴まれて、もう片方の手で二人のものをまとめて握られた。
「一緒に、しましょう」
「ひっ、あっ! し、信じられない……」
ただ擦られるだけでも気持ちがよかったのに、ノヴァの熱く膨らんだ欲望と直接擦れ合うと、痺れるような快感が走った。すぐに息が上がる。先端からとぷとぷと溢れる蜜が止まらず、ノヴァの手を濡らしている。
快楽に耐えかねて、アレクシスはノヴァに縋り付いた。
こんないやらしいこと信じられない、と思うのに、体はもっと、と求めて知らず知らずのうちに腰が揺れる。白い肌を薄紅に染めて、淫らに腰を揺らす痴態に、ノヴァが小さく笑った。
「かわいいです。かわいい……、気持ちいいですか?」
「ん……、んっ、いい……、いい……っ」
呼吸が早くなる。アレクシスが逃げないことが分かると、ノヴァは両手で扱き始めた。増した刺激に、アレクシスはノヴァの肩口で髪を振り乱してよがる。
「あっ! あ、だめ、だめだ、はぁ、ァ……っ、もう、出る、でる……っ!」
「出してください」
耳に吹き込まれる低い声が気持ちいい。促すように手の動きが速くなり、頭が真っ白になった。
「はぅ、う、ん、んン、でる、あっ! だめ、だめ……っ、もう、あ、ああ……っ!」
切羽詰まった嬌声を上げて、身体がびくんびくんと跳ねた。一人で慰めるのとは全く違う激しい絶頂に、達した後も脳がじんじんと痺れるような余韻が残る。
ノヴァの肩に頭を預けたまま、しばらくぐったりとして息を整えていたが、アレクシスは不意に身体を起こした。
達してしまったのは自分だけ。ノヴァのそこはまだ硬く張り詰めたままだった。しかも先に絶頂を迎えたアレクシスに気を使って、手を止めている。
「あ……、すまない、おれだけ先に……」
我慢させてしまった。謝るアレクシスに、ノヴァが軽く口付けてくる。
「すごく、かわいらしかったです。私も、すぐに……っ」
そう言って、アレクシスの吐き出した精液がかかった自身の屹立を、一人で扱き始める。まるでそこに擦りこんでいるような卑猥な光景に、眩暈がしそうだった。ごくりと生唾を飲み込む。
はぁはぁと息を荒げているのがひどく煽情的で、アレクシスはとろんとした目で、両手で自分の腹部を示した。
「ノヴァ……、出すなら、ここに、かけてほしい……」
ノヴァが軽く目を見開いてアレクシスの顔を見る。熱に潤んだ目が妙に力強くてたじろいだが、彼はすぐに俯き、先端をアレクシスの下腹部に当てて扱き始めた。
「えっ……、あ……」
そういうつもりではなかったのに、彼が手を動かすたびに先端がぬるぬると擦れくすぐったくて、また体温が上がる。
「っはぁ……、イきます……っ、アレクシス様……!」
「あ、ぁ……っ」
びくびくと震えて、ノヴァのものが白濁を吐き出す。先端から噴き出す勢いが、アレクシスの薄い肌に直接感じられて、その感触と熱に小さく声が漏れた。
白い腹にかかったぬるつく液体を見下ろし、アレクシスは無意識に指でなぞる。
「すごい……、いっぱい出たな……」
「すぐに拭くものを用意します」
ノヴァはアレクシスを膝から下ろして、ベッドから降りようとする。
「いい。これからもっと汚れることをするだろう」
背中を呼び止めると、ノヴァは眉間に皺を寄せて振り向いた。
「しません。騎士が主君に手を出すなんて、できるはずがない」
この期に及んで生真面目なことを言い出す男に、アレクシスは唖然とした。
「何? 手なら今もう出しただろう」
「……今ならまだ、アレクシス様のお手伝いをしただけと言」
「言えるつもりでいるのか? 本当に? お前はおれを怒らせるのが好きらしい」
言い訳を探すノヴァの言葉を遮る。アレクシスはもう一度、見せつけるように、汚れた腹を指でなぞった。
「これは……、おれに欲情した証じゃないのか。こんなことをしておいて、今更怖気づいたか」
淫らな指先を止めるように、手首を掴まれる。ノヴァは硬い顔をしていた。
「……臆病者とでも、お好きなように」
「ノヴァ。おれはお前が触れてくれて、嬉しかったのに。おれだけか? うそみたいに気持ちがよかった。あんな、あんな……いやらしいことがあるなんて……」
思い出すだけで頬が赤くなる。男同士のやり方については本で読んだことがあったが、男女ですることを男同士でするのだと思っていたから、まさか男性器同士を擦り合わせるなんて思ってもみなかった。
「アレクシス様、お願いですから、そんな……ことを、仰らないでください」
「どうしてだ」
アレクシスはノヴァに身を乗り出して、首に腕を回す。
「もっとしてくれ。もっと、……愛してほしい。お前に」
唇を押し当てる。誘うように舌を差し出せば、すぐに絡めとられた。くすぶったままの熱がじくじくと体を疼かせて、アレクシスの瞼がとろりと下がる。
甘い快感を与える唇が離れて、情欲をひそませた目がアレクシスを見た。
「だめです」
そう言いながら、何度も軽い口付けを繰り返す。本当にそれ以上する気はないようで、忍耐強さもここまで来たらもはや異常だった。
「ノヴァ」
「私は、こうして触れ合うだけでも充分に幸せです。それではいけませんか? もっとなんて、どんなことをされるか分かっているんですか」
「分かっている!」
ノヴァは妙に真剣な顔をしていて、アレクシスばかりが浅ましいおねだりをしているようで恥ずかしくなる。けれどアレクシスだって、我慢は十分したのだ。
「女に……するようなことを、おれに、してほしい。お前に……」
抱かれたい。
はしたないことを口にしている。恥ずかしさで声が震えた。
ノヴァは気難しい顔をしている。
「どうしてそこまで……。女性でないことを気にしているんですか?」
「女のまねごとがしたいわけじゃない!」
「ではどうして」
「どうしてだと」
少しも分かろうとしないノヴァに苛立って、反射的に声が荒くなった。
「理由がいるのか? 愛する男に触れたいと思うことに、触れられたいと思うことに、世の中の恋人というものはいちいち理由を説明するのか? 好きだ、好きだから欲しいと思う、おれはお前が欲しいし、お前のものにしてほしい。こんな、こんなことを言わせて、どうせお前は応える気もないくせに!」
感情が乱れて、目に涙が浮かぶ。
何度も求めてはかわされて、ここまで来たのにまだ駄目だなんて。無理矢理関係を持ちたいわけではないが、何がそこまでノヴァを踏みとどまらせているのか分からなかった。
「お前は、おれを欲しいと思わないのか……」
力なく呟くと、ノヴァの両手が頬を掴み、顔を仰のかせられた。
「これが欲していない男の顔に見えますか」
そう言うノヴァの目にはたしかにぎらつく光が宿っていて、視線だけで犯されるような心地さえした。
びくりと肩を揺らしたアレクシスに、ノヴァは眉を下げ、その顔に苦悩を滲ませる。
「アレクシス様。私は、抑えがきかなくなることが怖いのです。自分の体なのに、たまにいうことをきかなくなる。いつかあなたに取り返しのつかないことをしてしまうかもしれない。あなたは、私が何をしても抵抗してくださらないから……」
どこか悲しそうにそんなことを言われては、アレクシスにはそれ以上食い下がることができなかった。
抵抗なんてしない。彼になら、何をされたって構わないから。乱暴なことでも、痛いことでも。けれどそれが、ノヴァを悩ませていたのだ。
アレクシスはノヴァが人間でも化け物でもなんでもよかった。そばに居てくれるのなら、なんでも。
初めて、彼の化け物の身体の、不自由さを知った。
すっかり勢いを失ったアレクシスの汚れた体をきれいにする。食事をとる気分ではないと言うので、ノヴァは料理人にその旨を伝えに行った。もしかしたら夜に腹をすかせるかもしれないからと軽食だけ用意してもらって、居室に戻ると、アレクシスは静かに寝息を立てていた。
雨音に包まれた部屋で、ノヴァはベッドの傍らに立って、主人の顔を見下ろす。
美しいひとだ。
長い睫毛を伏せて眠る恋しい人。繊細な金の髪がシーツに乱れて散らばっている。薄紅に色付いた白い肌、情欲に濡れた水色の瞳が目に焼き付いていた。無垢で淫らな彼に無防備に求められるたび、自分の中の醜い獣欲が暴れだしそうになる。
求められるのは嬉しい。彼の肌をどれだけ夢見たことか。
いつか王となるアレクシスを支えたい、そばで守りたい、美しく聡明な伴侶を得て幸せになってほしい。心からそう願っているのに、彼の自分を乞う言葉ひとつで、眼差しひとつで、騎士の矜持など全て意味をなくしてしまう。
欲望のままに彼をベッドに縫い付けて、自分の手で乱してみたい。
アレクシスのすべてが欲しい。彼の知らない快楽を与えて、ぐずぐずに溶かして、爪の先から吐息まですべて飲み込んでしまいたい。
己のうちに乱暴な欲求が芽生えるのが怖い。
人間のシリウスとして生きていた頃はまだよかった。
化け物の身体を人間の形に保てるようになるまで一年、人間の形をした身体を意のままに動かせるようになるまで更に一年かかった。
外見は人間のように取り繕えても、心が自由にならない。自分の知らなかった強い欲求が湧き上がって、それがアレクシスを傷付けてしまいそうで恐ろしい。誰よりも大事にするべき人なのに。
眠るアレクシスの頬にかかる金髪を、指先でかきあげる。
欲しくて欲しくてたまらない。彼を前にするとひどい飢えを感じる。
抱きたいのか?
食べたいのか?
この飢えはなんだ?
区別がつかない。
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