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モブ、そう在ることを覚えていたくなる
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一向に陰る兆しのない日差しも、額に貼り付く前髪も、なんだか全部どうでも良くなった頃、いよいよ最終種目のクラス対抗リレーとなる。
この学校は縦割り意識が低いせいかあまり誰も意識していないのだが、一応チーム分けとしては、全学年共通クラス対抗となっている。簡単に言うと、私たちと同じチームなのは一年一組と、三年一組。ちなみに大抵のクラスは映えを狙ってハチマキを巻いているが、そのハチマキの色は各クラスが勝手に決めているため、例えば一年一組と三年六組が同じ色のハチマキをしていたりするので全く敵味方を見分けるのには当てにならない。ちなみにうちのクラスは被らないことを重視し緑色のハチマキに決まったので、見た目には全18クラス中に全く仲間がいないような状態である。
自作ゆえ、人によってちょっとずつ色味や長さが違ったりもする。特に女子は長めのサイズにして、編み込むのが今年の流行り。このハチマキは、家庭科の時間にミシンで作ることが定番となっている。もちろん家庭科の授業でハチマキを作るなんて単元はないが、体育祭前は伝統として先生が空気を読み、ミシンを使う授業を全学年全クラス一回は入れてくれる。噂によると、この被服室使用シフトを組むのが大変とかなんとか。
そんな与太話は置いておいて、このクラス対抗リレーの頃になると私たちの集団催眠も最高潮になり、もう暑さなんて忘れて皆叫びながら応援する。しかも今年のリレー、なんと二年一組の代表二人のうち一人が五央なのだ。
「うちのクラス、ひーわじゃなくて五央が出るんだね」
私がそんな今更な世間話を夢に振ると、
「なんかうちのクラスの男子百メートル走のトップは断トツでひーわらしいんだけど、ひーわはめちゃくちゃバトン渡すのが下手くそで走ってみたら津南くんと五央のがタイム良かったらしいよ」
と意外な新情報を教えてくれた。
「ひーわって料理したときとか見ても手先器用そうだったのに、バトンパス苦手なのは意外だな」
「バトン貰うのは上手いから、来年三年になったらアンカーだから出れるかもなーって言ってた」
そんな理由で責任重大なクラス代表になる五央も、譲ったひーわも複雑な気分だろうな……と一瞬思ったが、いや、あの二人はそんなこと考えてなさそうだな、とすぐに考えを改める。多分きゃっきゃきゃっきゃ楽しく練習していたんだろう。特にひーわはサッカーをやっているからか、自分個人のことよりみんなのためになることが嬉しい、みたいなところがある。心底良いやつなのだ。
「ちなみに、六組は真中くんが出るらしい」
「薄々そんな気はしてたけど、やっぱりそうかー。颯も足速いもんね」
「みんな運動神経良くて羨ましいよ。ひかるだって別に足遅いわけじゃないしさ」
まあ私は決してリレーの代表に選ばれるような人ではないが、夢みたいにマラソン大会で最下位争いをするタイプでもない。
「あ、そろそろ始まるんじゃない? せっかくだから二年がバトン渡す位置で待ってようよ」
と私は夢が変にナーバスになる前にと慌てて話題を逸らし、夢の腕を引っ張る。互いに体温が上がりきっているのかもう暑さもあまり感じなくて、だからか夢も何も言わずに黙って私に引き摺られるように着いてきたのだった。
ピコン、と夢がスマホで録画を開始した音が鳴ったほんの一瞬あと、パアン、と今日何度も聞いた空砲が鳴る。
「ねえ、一組の子早くない⁉︎」
と指差し夢がはしゃぐように、一組は今のところ僅差で二位につけている。いや、実際一番外側のレーンを走っているから、もしかしたら一位かもしれない。しかし他の組の走者も精鋭たちなので、徐々に差は縮まりバトンパスの頃には四人がほぼ同時という超接戦になっていた。他のレーンの人でよく見えないが、恐らく五央にもバトンが渡っただろう。私と夢は目配せをして、「五央~! ファイト!」と叫ぶ。
五央の足は速いが周りの足も速い。置いていかれることこそないけれど、抜かせもしない。そんなとき、
「真中くーん! 頑張ってー!」
という可愛い声が後ろからする。チラリと振り返りその声の主を確かめると、そこには以前グラウンドで見かけた茶色のボブヘアのあの子が居た。私が割と不躾な視線をぶつけてしまっているのに、彼女のその目には颯しか入っていない。眩しい。いいなぁ、と思っていると、今度は私に視線を感じ、ん? とその視線の主を探す。それはその女の子のすぐ隣、以前もその子の隣に居た女の子だった。
そりゃあ、親友の好きな人の元カノが親友のことを見ていたら、良い気はしないよね。
私は目線ですみません、と訴え慌てて頭を前に戻した。するとそれを図ったかのように、
「ひかる、やばいって真中くんに五央抜かされちゃう!」
と夢が私の肩を両手で掴んで揺らす。
「やめてやめて暑いし酔う!」
「やばいって六組最下位だったのに、真中くんめちゃ追い上げてる! せっかく五央がちょっと抜け出して一位につけたのに~!」
やっば五央ごめん、全然見てないときにお前そんな活躍してたんだな。あとでその場面、夢に動画見せてもらうから許して。
「五央ー! 負けんな!」
と私が贖罪の気持ちも込めて叫んで叫んだのとほぼ同時に、颯がスパートをかけ、五央はあっさりと颯に抜かされてしまった。タイミングわっる。なんかまじごめん、五央。
「真中くんやっぱすごいねえ。もうバトンパス来るよ」
「ねえ。まあそもそもひーわより颯のが足速いしね」
ハンデがあったとはいえ五央が負けるのは当然っちゃ当然で、でもそれがちょっとだけ悔しい。これもきっと体育祭の魔法なのだろうか。
「お、真中くん来た。おーい!」
夢が屈託なく声をあげ役目を終えた颯に手を振ると、颯も気付いたのだろう。お、とでも言いたげにこちらに顔を向ける。だから私も小さく手を挙げる。お疲れ、くらいは言いたくて。
でも挙げかけた手は、中途半端なところでフリーズすることとなった。
「真中くん、お疲れさま!」
と少し震えた可愛い声が、私たちと颯の間に飛び込んできたからである。
「あみちゃん、ありがと」
あみちゃん、は先程のボブヘアの女の子だった。
「颯モテる~」
と私が小声で夢に耳打ちすると、夢も小声で「そうなの?」と返してくる。
「あの子さっきも颯のことめっちゃ見てずっと応援してたの」
「ふうん……いやあ、甘酸っぱいねえ」
夢は何やら楽しそうにそう頷いたあと、「あ、五央~!」と目ざとく五央を見つけ、また私の腕を掴み引き摺るようにしながら、五央の元へと向かっていくのだった。
◆
一組の総合順位は三位。三位と言われると嬉しいが、六クラス中の三位なので真ん中ということだ。うん、微妙。でもクラス対抗リレーではあの後六組に次ぐ二位に着けてゴールしたので、五央たちは小さな銀メダルを貰って帰還した。帰宅前に担任によるホームルームがあるので慌ててエアコンの温度を下げたがまだほんのり涼しい教室で、みんなで記念撮影をしたりして私たちは祭りのあとを楽しんでいた。
「来年は絶対リレー出たい~」
というひーわに夢が、
「五央からバトン貰って最後アンカーで真中くんとデットヒートするの、めっちゃ盛り上がりそうじゃない? どう?」
とクラス替えがあることなんてすっかり忘れたみたいな夢を語る。
「熱い展開だなそれ、五央がちょっと差付けといてくれれば俺も颯に勝てるかもしれないし」
「ひーわって颯より足速いんじゃないの?」
と私が話に食い込むと、
「うーん、一人で50メートル走ったらそうなんだけど。ほら、颯って相手がいると燃えるタイプっていうか。タイム測定より競争のほうが断然速いんだよ」
と苦笑いで返してくれる。
その苦笑いの意味をしばらく考えて――あ、五央の存在ってことか、と合点がいく。
単に私と別れただけなら、案外さっきのあみちゃんとあっさり付き合ったりしたかもしれない。しかし五央というライバル(勿論私と五央はそんな関係じゃない)がいることで、颯はより私に対して燃えているんだろう、そうひーわは思っているらしかった。
しかし私からは何も言えない。何度考えたって、颯のことは人として好きだけど、やっぱり唯一の人には選べない。
「人としては好きっていうのは本当のことだとしても、酷いよなあ、やっぱり」
私が独り言のようにそう呟くと、夢もひーわも「うーん」と頭を抱えた。
ほんの少しだけ間があったあと、でもさ、と夢が話し始める。
「高校生のカップルってまあ相当な確率で別れるじゃん、結婚までの道のり長すぎて。そんな中で一回付き合っちゃったらもう結婚するか縁を切るかの二択はキツいよね。親友だった子たちが卒業後にただの友達くらいな関係になるのは許されるのにさ。そのくせ、異性だけど親友で居ようとすると、あーだこーだ言われるし」
夢の言うあーだこーだは、恐らくひーわとのことだろう。私から見れば悪ガキ同士仲良くしているように見えるのだが、どうにもそれを恋愛感情と結び付けたい人は多い。颯の想像する私と五央の関係だって、そういうことだろう。
そんな苦い顔をする夢と私を見てひーわは、
「結局自分と相手の関係によるかもね。友達じゃなくなってもまた戻れる人も居るし、一度距離を置いたらもう戻れなくなる人も居るだろうし。ひかるや颯に新しい彼氏彼女が出来たらその人が何か言ってくるかもしれないし。どうしたら最善だったかは、結局結果見ないとわかんないんだからさ」
と微笑む。
「そうだねえ。例えば私が音高受験出来なくて桜森に入ったのは人生の終わりだ~ってくらいの大失敗だと思ったけど、結果めちゃくちゃ楽しい学校生活送れてるから今思えば結構ラッキーって感じだし」
ね、と夢は私とひーわと、それからまだ教卓付近で囲まれている五央を見て、笑う。
「そっか。そうかも」
私の自分本位な、身勝手かもしれない選択をも、こうやって尊重してくれる友達が居る。颯には悪いけど、それはこういう状況にならなかったらきっとわからなかったことだ。そしてきっと颯にだって、ひーわを筆頭にそういう友達が沢山居るだろう。
だから、これが最善じゃないかもしれないけれど、でも自分で選んだ責任と覚悟を持ってしっかりと向き合っていこう。
私は颯と疎遠になりたいわけじゃない。そしてきっと、恋愛感情抜きにしたって颯もそうだ。
我ながら本当、自分勝手過ぎるな、と教卓の方へ目をやると、五央とばっちり目が合った。
こっち戻っておいで、と目だけで訴えて、私はハチマキを外す前に、夢とひーわと五央と、四人で写真を撮ろう、とスマホを取り出すのだった。
この学校は縦割り意識が低いせいかあまり誰も意識していないのだが、一応チーム分けとしては、全学年共通クラス対抗となっている。簡単に言うと、私たちと同じチームなのは一年一組と、三年一組。ちなみに大抵のクラスは映えを狙ってハチマキを巻いているが、そのハチマキの色は各クラスが勝手に決めているため、例えば一年一組と三年六組が同じ色のハチマキをしていたりするので全く敵味方を見分けるのには当てにならない。ちなみにうちのクラスは被らないことを重視し緑色のハチマキに決まったので、見た目には全18クラス中に全く仲間がいないような状態である。
自作ゆえ、人によってちょっとずつ色味や長さが違ったりもする。特に女子は長めのサイズにして、編み込むのが今年の流行り。このハチマキは、家庭科の時間にミシンで作ることが定番となっている。もちろん家庭科の授業でハチマキを作るなんて単元はないが、体育祭前は伝統として先生が空気を読み、ミシンを使う授業を全学年全クラス一回は入れてくれる。噂によると、この被服室使用シフトを組むのが大変とかなんとか。
そんな与太話は置いておいて、このクラス対抗リレーの頃になると私たちの集団催眠も最高潮になり、もう暑さなんて忘れて皆叫びながら応援する。しかも今年のリレー、なんと二年一組の代表二人のうち一人が五央なのだ。
「うちのクラス、ひーわじゃなくて五央が出るんだね」
私がそんな今更な世間話を夢に振ると、
「なんかうちのクラスの男子百メートル走のトップは断トツでひーわらしいんだけど、ひーわはめちゃくちゃバトン渡すのが下手くそで走ってみたら津南くんと五央のがタイム良かったらしいよ」
と意外な新情報を教えてくれた。
「ひーわって料理したときとか見ても手先器用そうだったのに、バトンパス苦手なのは意外だな」
「バトン貰うのは上手いから、来年三年になったらアンカーだから出れるかもなーって言ってた」
そんな理由で責任重大なクラス代表になる五央も、譲ったひーわも複雑な気分だろうな……と一瞬思ったが、いや、あの二人はそんなこと考えてなさそうだな、とすぐに考えを改める。多分きゃっきゃきゃっきゃ楽しく練習していたんだろう。特にひーわはサッカーをやっているからか、自分個人のことよりみんなのためになることが嬉しい、みたいなところがある。心底良いやつなのだ。
「ちなみに、六組は真中くんが出るらしい」
「薄々そんな気はしてたけど、やっぱりそうかー。颯も足速いもんね」
「みんな運動神経良くて羨ましいよ。ひかるだって別に足遅いわけじゃないしさ」
まあ私は決してリレーの代表に選ばれるような人ではないが、夢みたいにマラソン大会で最下位争いをするタイプでもない。
「あ、そろそろ始まるんじゃない? せっかくだから二年がバトン渡す位置で待ってようよ」
と私は夢が変にナーバスになる前にと慌てて話題を逸らし、夢の腕を引っ張る。互いに体温が上がりきっているのかもう暑さもあまり感じなくて、だからか夢も何も言わずに黙って私に引き摺られるように着いてきたのだった。
ピコン、と夢がスマホで録画を開始した音が鳴ったほんの一瞬あと、パアン、と今日何度も聞いた空砲が鳴る。
「ねえ、一組の子早くない⁉︎」
と指差し夢がはしゃぐように、一組は今のところ僅差で二位につけている。いや、実際一番外側のレーンを走っているから、もしかしたら一位かもしれない。しかし他の組の走者も精鋭たちなので、徐々に差は縮まりバトンパスの頃には四人がほぼ同時という超接戦になっていた。他のレーンの人でよく見えないが、恐らく五央にもバトンが渡っただろう。私と夢は目配せをして、「五央~! ファイト!」と叫ぶ。
五央の足は速いが周りの足も速い。置いていかれることこそないけれど、抜かせもしない。そんなとき、
「真中くーん! 頑張ってー!」
という可愛い声が後ろからする。チラリと振り返りその声の主を確かめると、そこには以前グラウンドで見かけた茶色のボブヘアのあの子が居た。私が割と不躾な視線をぶつけてしまっているのに、彼女のその目には颯しか入っていない。眩しい。いいなぁ、と思っていると、今度は私に視線を感じ、ん? とその視線の主を探す。それはその女の子のすぐ隣、以前もその子の隣に居た女の子だった。
そりゃあ、親友の好きな人の元カノが親友のことを見ていたら、良い気はしないよね。
私は目線ですみません、と訴え慌てて頭を前に戻した。するとそれを図ったかのように、
「ひかる、やばいって真中くんに五央抜かされちゃう!」
と夢が私の肩を両手で掴んで揺らす。
「やめてやめて暑いし酔う!」
「やばいって六組最下位だったのに、真中くんめちゃ追い上げてる! せっかく五央がちょっと抜け出して一位につけたのに~!」
やっば五央ごめん、全然見てないときにお前そんな活躍してたんだな。あとでその場面、夢に動画見せてもらうから許して。
「五央ー! 負けんな!」
と私が贖罪の気持ちも込めて叫んで叫んだのとほぼ同時に、颯がスパートをかけ、五央はあっさりと颯に抜かされてしまった。タイミングわっる。なんかまじごめん、五央。
「真中くんやっぱすごいねえ。もうバトンパス来るよ」
「ねえ。まあそもそもひーわより颯のが足速いしね」
ハンデがあったとはいえ五央が負けるのは当然っちゃ当然で、でもそれがちょっとだけ悔しい。これもきっと体育祭の魔法なのだろうか。
「お、真中くん来た。おーい!」
夢が屈託なく声をあげ役目を終えた颯に手を振ると、颯も気付いたのだろう。お、とでも言いたげにこちらに顔を向ける。だから私も小さく手を挙げる。お疲れ、くらいは言いたくて。
でも挙げかけた手は、中途半端なところでフリーズすることとなった。
「真中くん、お疲れさま!」
と少し震えた可愛い声が、私たちと颯の間に飛び込んできたからである。
「あみちゃん、ありがと」
あみちゃん、は先程のボブヘアの女の子だった。
「颯モテる~」
と私が小声で夢に耳打ちすると、夢も小声で「そうなの?」と返してくる。
「あの子さっきも颯のことめっちゃ見てずっと応援してたの」
「ふうん……いやあ、甘酸っぱいねえ」
夢は何やら楽しそうにそう頷いたあと、「あ、五央~!」と目ざとく五央を見つけ、また私の腕を掴み引き摺るようにしながら、五央の元へと向かっていくのだった。
◆
一組の総合順位は三位。三位と言われると嬉しいが、六クラス中の三位なので真ん中ということだ。うん、微妙。でもクラス対抗リレーではあの後六組に次ぐ二位に着けてゴールしたので、五央たちは小さな銀メダルを貰って帰還した。帰宅前に担任によるホームルームがあるので慌ててエアコンの温度を下げたがまだほんのり涼しい教室で、みんなで記念撮影をしたりして私たちは祭りのあとを楽しんでいた。
「来年は絶対リレー出たい~」
というひーわに夢が、
「五央からバトン貰って最後アンカーで真中くんとデットヒートするの、めっちゃ盛り上がりそうじゃない? どう?」
とクラス替えがあることなんてすっかり忘れたみたいな夢を語る。
「熱い展開だなそれ、五央がちょっと差付けといてくれれば俺も颯に勝てるかもしれないし」
「ひーわって颯より足速いんじゃないの?」
と私が話に食い込むと、
「うーん、一人で50メートル走ったらそうなんだけど。ほら、颯って相手がいると燃えるタイプっていうか。タイム測定より競争のほうが断然速いんだよ」
と苦笑いで返してくれる。
その苦笑いの意味をしばらく考えて――あ、五央の存在ってことか、と合点がいく。
単に私と別れただけなら、案外さっきのあみちゃんとあっさり付き合ったりしたかもしれない。しかし五央というライバル(勿論私と五央はそんな関係じゃない)がいることで、颯はより私に対して燃えているんだろう、そうひーわは思っているらしかった。
しかし私からは何も言えない。何度考えたって、颯のことは人として好きだけど、やっぱり唯一の人には選べない。
「人としては好きっていうのは本当のことだとしても、酷いよなあ、やっぱり」
私が独り言のようにそう呟くと、夢もひーわも「うーん」と頭を抱えた。
ほんの少しだけ間があったあと、でもさ、と夢が話し始める。
「高校生のカップルってまあ相当な確率で別れるじゃん、結婚までの道のり長すぎて。そんな中で一回付き合っちゃったらもう結婚するか縁を切るかの二択はキツいよね。親友だった子たちが卒業後にただの友達くらいな関係になるのは許されるのにさ。そのくせ、異性だけど親友で居ようとすると、あーだこーだ言われるし」
夢の言うあーだこーだは、恐らくひーわとのことだろう。私から見れば悪ガキ同士仲良くしているように見えるのだが、どうにもそれを恋愛感情と結び付けたい人は多い。颯の想像する私と五央の関係だって、そういうことだろう。
そんな苦い顔をする夢と私を見てひーわは、
「結局自分と相手の関係によるかもね。友達じゃなくなってもまた戻れる人も居るし、一度距離を置いたらもう戻れなくなる人も居るだろうし。ひかるや颯に新しい彼氏彼女が出来たらその人が何か言ってくるかもしれないし。どうしたら最善だったかは、結局結果見ないとわかんないんだからさ」
と微笑む。
「そうだねえ。例えば私が音高受験出来なくて桜森に入ったのは人生の終わりだ~ってくらいの大失敗だと思ったけど、結果めちゃくちゃ楽しい学校生活送れてるから今思えば結構ラッキーって感じだし」
ね、と夢は私とひーわと、それからまだ教卓付近で囲まれている五央を見て、笑う。
「そっか。そうかも」
私の自分本位な、身勝手かもしれない選択をも、こうやって尊重してくれる友達が居る。颯には悪いけど、それはこういう状況にならなかったらきっとわからなかったことだ。そしてきっと颯にだって、ひーわを筆頭にそういう友達が沢山居るだろう。
だから、これが最善じゃないかもしれないけれど、でも自分で選んだ責任と覚悟を持ってしっかりと向き合っていこう。
私は颯と疎遠になりたいわけじゃない。そしてきっと、恋愛感情抜きにしたって颯もそうだ。
我ながら本当、自分勝手過ぎるな、と教卓の方へ目をやると、五央とばっちり目が合った。
こっち戻っておいで、と目だけで訴えて、私はハチマキを外す前に、夢とひーわと五央と、四人で写真を撮ろう、とスマホを取り出すのだった。
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