33 / 104
気になる就職希望者
しおりを挟む
「わあぁぁぁぁぁ!? ひ、人さらい! レオンさん助けてーーー!」
反射的にそんな事を叫んでいた。
またあの感じの悪い貴族の元へ私を連れて行くために、この人が現れたと思ったからだ。
私の叫びを聞いて、レオンさんが駆けつけて来た。私は素早くその背中に隠れる。
「誰かと思ったらユリウスの所の使用人じゃねえか」
「先日は失礼をいたしました」
「なんだお前。まだユキのこと諦めてなかったのかよ」
「いえ、そうではありません。先程もユキ様にお伝えしました。求人の張り紙を拝見させていただいた、と。それに私はもうサリバン家を解雇された身なのです」
「は? 解雇?」
クロードさんはレオンさんを胡散臭げに眺める。
「あの日あなたが口にした『スライム食いのユリウス』という言葉。あれはサリバン家では最も口にしてはいけない言葉だったのです。『スライム食い』。それはユリウス様にとっては誰にも知られたくない過去の最大の汚点。ですが、誰かがうっかりと口にしてしまうかもしれない。なにしろ『スライム』に語感が近い『スライス』という言葉を聞いただけで不機嫌になられるようなお方ですからね。使用人達は真実を知っていながらも知らないふりをして、それはそれは気を遣っておりました」
な、なにそれ。そんなにスライムがトラウマだったのかな。
「ですがレオンハルト様。あの日あなたがユリウス様の前で『スライム食い』と暴露した結果、同じ部屋にいた私に『スライム食い』の過去について知られてしまったと思ったんでしょう。なにしろユリウス様自身は、その事実について誰も知らないはずだと思っていらしたようですからね。その結果、重大な秘密を公に知ってしまった私が邪魔になったのでしょう。口止め料という名の退職金とともに解雇されてしまったのです」
え、なにそれひどい。
クロードさんは肩をすくめる。
「おまけに紹介状もなし。『スライム食い』の事実が貴族社会に広まるのを恐れたんでしょうね。おかげで他の貴族のお屋敷で働く事も叶わず、働き口を探していたのです」
「はあ、それでうちの店で働きたいってか?」
「ええ、図々しいことは承知ですが、是非とも雇っては頂けませんでしょうか?」
レオンさんはクロードさんをじろりとねめつける。
「なんでうちの店なんだよ。あんたなら他に条件のいいところでも余裕で雇って貰えるだろ」
確かにそうかもしれない。貴族のお屋敷で働いていたくらいだし、ここよりもっと格式あるお店とかでも十分やっていけそうな気がする。
けれどクロードさんは首を振る。
「実をいいますと、私は少々恐れているのです。ユリウス様の秘密を知った結果、サリバン家から報復を受けるのではないかと。もちろん杞憂かもしれませんが。けれど、レオンハルト様という後ろ盾があれば、あちらも簡単に手出しできないのではないかと思いまして」
なるほどなあ。確かに私もレオンさんの持つ貴族の息子という肩書きに助けてもらったし、ここにいればユリウスさんもそうそう迂闊なことはできないかもしれない。
「俺の実家に頼ろうってか。図々しいな」
「そうでもしなければやっていけませんから」
クロードさんは悪びれる様子もなく微笑んだ。
「ちょっとその辺の椅子に座って待ってろ。おいネコ子、こっちに来い」
レオンさんはクロードさんに指示したのち、私を手招きした。
お店の奥で二人で小声で相談する。
「お前、どう思う? あいつを雇うべきかどうか」
「お話を聞く限りお気の毒だとは思いますけど……あんなことがあったし、ちょっと気まずいというか……」
「だよなあ。信用できるかもわかんねえし」
私はしばし考える。こんな時、マスターだったらどうするだろうかと。
「でも、きっとマスターだったら、そんな人達の事情も尋ねることなく受け入れていたんでしょうね」
雪道で倒れていた私を助けてくれて、仕事まで与えてくれて、マスターって器が大きかったんだなあ。
それを聞いたレオンさんは、しみじみといったようにため息を吐く。
「そうだな。マスターはすげえ人だよな。ほんとに。こうなりゃ二号店を任される身となった俺も見習わねえといけねえよな」
思い切ったように立ち上がるとクロードさんの元へ向かう。
「とりあえずディナータイムの仕事を手伝ってくれ。採用するかどうかはそれから決める」
そういうわけで、条件付きでクロードさんに働いてもらうことになったのだが……
これがまた素晴らしい仕事ぶりだった。
さすが貴族のお屋敷で働いていたからか、物腰柔らかでいながら礼儀正しく、かつ、てきぱきと仕事をこなしてゆく。
しかも黒髪美形眼鏡男子となれば女性客もざわめくというものだ。わざわざ
「ウェイターさん」
などと声をかけてくるお客様まで。ウェイトレスの私をスルーして。
おかげで私が給仕の合間に皿洗いを担当するはめになってしまった。
◇◇◇◇◇
「よし、採用だ。あんた、すげー仕事できるじゃん。ネコ子なんか目じゃねえな。」
閉店後の店内で、レオンさんがクロードさんに告げる。余計な一言と共に。
「ありがとうございます。レオンハルト様」
クロードさんも笑みで応じる。
「ただな、その『レオンハルト様』ってのはやめろ。今の俺はレオンって名前だからな」
「では、レオン様」
「『様』も却下だ」
「となると……レオンさん……でよろしいでしょうか?」
「まあそうだな。そのあたりが落とし所だな」
「それでは、レオンさん、ユキさん、これからもよろしくお願いいたします」
そういうわけで後輩ができた。
私より仕事のできる後輩が……
反射的にそんな事を叫んでいた。
またあの感じの悪い貴族の元へ私を連れて行くために、この人が現れたと思ったからだ。
私の叫びを聞いて、レオンさんが駆けつけて来た。私は素早くその背中に隠れる。
「誰かと思ったらユリウスの所の使用人じゃねえか」
「先日は失礼をいたしました」
「なんだお前。まだユキのこと諦めてなかったのかよ」
「いえ、そうではありません。先程もユキ様にお伝えしました。求人の張り紙を拝見させていただいた、と。それに私はもうサリバン家を解雇された身なのです」
「は? 解雇?」
クロードさんはレオンさんを胡散臭げに眺める。
「あの日あなたが口にした『スライム食いのユリウス』という言葉。あれはサリバン家では最も口にしてはいけない言葉だったのです。『スライム食い』。それはユリウス様にとっては誰にも知られたくない過去の最大の汚点。ですが、誰かがうっかりと口にしてしまうかもしれない。なにしろ『スライム』に語感が近い『スライス』という言葉を聞いただけで不機嫌になられるようなお方ですからね。使用人達は真実を知っていながらも知らないふりをして、それはそれは気を遣っておりました」
な、なにそれ。そんなにスライムがトラウマだったのかな。
「ですがレオンハルト様。あの日あなたがユリウス様の前で『スライム食い』と暴露した結果、同じ部屋にいた私に『スライム食い』の過去について知られてしまったと思ったんでしょう。なにしろユリウス様自身は、その事実について誰も知らないはずだと思っていらしたようですからね。その結果、重大な秘密を公に知ってしまった私が邪魔になったのでしょう。口止め料という名の退職金とともに解雇されてしまったのです」
え、なにそれひどい。
クロードさんは肩をすくめる。
「おまけに紹介状もなし。『スライム食い』の事実が貴族社会に広まるのを恐れたんでしょうね。おかげで他の貴族のお屋敷で働く事も叶わず、働き口を探していたのです」
「はあ、それでうちの店で働きたいってか?」
「ええ、図々しいことは承知ですが、是非とも雇っては頂けませんでしょうか?」
レオンさんはクロードさんをじろりとねめつける。
「なんでうちの店なんだよ。あんたなら他に条件のいいところでも余裕で雇って貰えるだろ」
確かにそうかもしれない。貴族のお屋敷で働いていたくらいだし、ここよりもっと格式あるお店とかでも十分やっていけそうな気がする。
けれどクロードさんは首を振る。
「実をいいますと、私は少々恐れているのです。ユリウス様の秘密を知った結果、サリバン家から報復を受けるのではないかと。もちろん杞憂かもしれませんが。けれど、レオンハルト様という後ろ盾があれば、あちらも簡単に手出しできないのではないかと思いまして」
なるほどなあ。確かに私もレオンさんの持つ貴族の息子という肩書きに助けてもらったし、ここにいればユリウスさんもそうそう迂闊なことはできないかもしれない。
「俺の実家に頼ろうってか。図々しいな」
「そうでもしなければやっていけませんから」
クロードさんは悪びれる様子もなく微笑んだ。
「ちょっとその辺の椅子に座って待ってろ。おいネコ子、こっちに来い」
レオンさんはクロードさんに指示したのち、私を手招きした。
お店の奥で二人で小声で相談する。
「お前、どう思う? あいつを雇うべきかどうか」
「お話を聞く限りお気の毒だとは思いますけど……あんなことがあったし、ちょっと気まずいというか……」
「だよなあ。信用できるかもわかんねえし」
私はしばし考える。こんな時、マスターだったらどうするだろうかと。
「でも、きっとマスターだったら、そんな人達の事情も尋ねることなく受け入れていたんでしょうね」
雪道で倒れていた私を助けてくれて、仕事まで与えてくれて、マスターって器が大きかったんだなあ。
それを聞いたレオンさんは、しみじみといったようにため息を吐く。
「そうだな。マスターはすげえ人だよな。ほんとに。こうなりゃ二号店を任される身となった俺も見習わねえといけねえよな」
思い切ったように立ち上がるとクロードさんの元へ向かう。
「とりあえずディナータイムの仕事を手伝ってくれ。採用するかどうかはそれから決める」
そういうわけで、条件付きでクロードさんに働いてもらうことになったのだが……
これがまた素晴らしい仕事ぶりだった。
さすが貴族のお屋敷で働いていたからか、物腰柔らかでいながら礼儀正しく、かつ、てきぱきと仕事をこなしてゆく。
しかも黒髪美形眼鏡男子となれば女性客もざわめくというものだ。わざわざ
「ウェイターさん」
などと声をかけてくるお客様まで。ウェイトレスの私をスルーして。
おかげで私が給仕の合間に皿洗いを担当するはめになってしまった。
◇◇◇◇◇
「よし、採用だ。あんた、すげー仕事できるじゃん。ネコ子なんか目じゃねえな。」
閉店後の店内で、レオンさんがクロードさんに告げる。余計な一言と共に。
「ありがとうございます。レオンハルト様」
クロードさんも笑みで応じる。
「ただな、その『レオンハルト様』ってのはやめろ。今の俺はレオンって名前だからな」
「では、レオン様」
「『様』も却下だ」
「となると……レオンさん……でよろしいでしょうか?」
「まあそうだな。そのあたりが落とし所だな」
「それでは、レオンさん、ユキさん、これからもよろしくお願いいたします」
そういうわけで後輩ができた。
私より仕事のできる後輩が……
0
お気に入りに追加
551
あなたにおすすめの小説
【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません
たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。
何もしていないのに冤罪で……
死んだと思ったら6歳に戻った。
さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。
絶対に許さない!
今更わたしに優しくしても遅い!
恨みしかない、父親と殿下!
絶対に復讐してやる!
★設定はかなりゆるめです
★あまりシリアスではありません
★よくある話を書いてみたかったんです!!
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる