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7月と8月
7月と8月 10
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目を閉じていたせいか、誰だかちっともわからなかった。普段と全然印象が違う。どちらが本当の彼の姿なんだろうか。
イザークは横たわったまま、いつものように王子様みたいな笑みを浮かべる。
「何か用?」
「いえ、特に用事はないんですが……もしかしてあなたが息をしてないんじゃないかと心配になって……」
「はあ? なにそれ。普通そんな事考える? 馬鹿馬鹿しい。昼寝してるだけでそんな事言われたら堪らないよ」
そういった途端、イザークは呻き声を上げて背を丸める。辛そうに顔を顰めて何かに耐えているようだ。
「だ、大丈夫ですか? どこか具合でも悪いとか? 誰か呼んできましょうか?」
「やめて!」
イザークが鋭い声で制する。
「……なんでもないよ。ほっといて」
「で、でも、顔色も良くないし……」
「しつこいなあ。ほんとになんでもないってば。早くどこかに行ってよ。ひとりになりたいんだ」
そうは言うが、どう見ても昼寝という感じでもない。
それに、そんなに鬱陶しいのなら、イザークのほうがここを立ち去れば良いはずだ。もしかして、それが出来ないほどに具合が悪いのでは……
正直、彼に対しては苦手意識を感じているのだが、このまま放っておくのは躊躇われた。
わたしがしゃがみこんだまま、どうしようかと考えていると、イザークが溜息をついてぼそりと呟く。
「……アスピリン」
「え?」
「保健室からもらってきてよ。頭が痛いんだ」
やっぱり具合が悪かったんだ。変な意地を張らなくても良いのに……
「わかりました。すぐに持ってくるので動かないでくださいね」
そうして保健室から薬をもらい、すぐにあずまやまで戻る。
もしかしたらその間にイザークはいなくなっているのではと思ったが、彼は相変わらず柱の傍に横たわったままだった。
薬と一緒に水の入ったコップを渡すと、イザークはようやく上半身を起こし、柱に背を預ける。その動作も緩慢で、辛そうな様子が伝わってくる。
「ほんとに持ってくるなんて……君って呆れるくらいお人好しだね。僕なんてほっといて、どこかに行っちゃえばよかったのに」
そう言いながらアスピリンの錠剤を口に放り込んで水を一口飲む。
薬を飲んで気が楽になったのか、イザークの顔色が少しよくなったみたいだ。
とりあえず胸を撫で下ろすと、唐突にイザークがコップの口をこちらに向けて腕を引いた。
水をかけられる……!
そう思って慌てて後ろに跳び退るが、飛んできたのは冷たい水しぶきではなくイザークの笑い声だった。
「今、本気で焦ったでしょ? 君ってばすごい顔してたよ、ああ、おかしい……!」
そう言ってくつくつと喉を鳴らす。
具合の悪いときでさえこんな意地悪を考えているなんて……やっぱりこの人性格悪い。
イザークはコップを逆さにすると、残っていた水を地面に捨てた。
「運動不足かなと思って少し手伝ってあげたんだよ。君さ、最近太ったよね?」
「え……?」
急に何を言い出すんだろう。
確かに最近お菓子ばっかり食べていたし、この学校に来てからは何もかもが美味しくて、つい食べすぎる事も多い。でも、制服が身体に合わなくなったという実感もないし、自分の体型がどうかなんて考えてもいなかった。
「あんまり太ると見苦しいよ。豚みたい。今度から『子豚ちゃん』って呼んであげようか?」
「そ、それはやめてください……」
そ、そこまで太ったかな……?
急に不安になってきた。
「それじゃあ、さっさとどこかに行って。これ以上目の前にいられると本当に呼んじゃいそうだからね」
そう言ってコップを押し付けるように返された。
釈然としない気持ちを抱えながらもその場を離れる。
わたしが子豚なら、イザークはなんなんだろう。『性悪王子』とか……? いや、『王子』の部分が蔑称らしくない。自分の語彙の貧弱さに溜息が出る。
あずまやを振り返るとイザークと目が合い、彼はにこやかに手を振った。この分なら大丈夫かな……
でも、そうしていると本当に王子様みたいなのに、惜しいなあ……
コップを返して部屋に戻ると、クルトが腕組みしたままうろうろと歩き回っていたが、わたしの姿を見ると足を止めた。
なにか言いかけようとしたが、それより早くわたしが口を開く。
「わたしって、最近太りましたか?」
「はあ?」
わけがわからないといった様子でクルトが声をあげる。戻ってきた途端そんな事を言われたら無理も無い。
「いえ、さっきイザークに会ったら、そんな事を言われたので少し心配になって……」
その言葉にクルトはわたしの頭のてっぺんから足の先までをまじまじと見つめて首を傾げる。
「……俺にはわからない」
「それって、言うほど太ってないって事ですか?」
それじゃあ、やっぱりイザークは嫌がらせのつもりであんな事を言ったんだろうか?
一瞬喜びかけるが、クルトは首を振る。
「いや、正直、おかしな格好さえしていなければ、お前が太ろうが痩せようが、どうでもいいと言うか……」
「うわ、興味ないって事ですか!? 冷たいなあ」
「それなら聞くが、俺だって前より少し背が伸びたんだぞ。お前、気付いてたか?」
「えっ、そ、そうだったんですか!? ……わかりませんでした」
言われて見ればなんとなく伸びたようなそうでないような……いや、やっぱりわからない。
「だったら俺がお前の体型の変化に気付かなくても別におかしくないし、文句を言われる筋合いはない……ちなみにねえさまは俺の背が伸びたことに、ちゃんと気付いたからな」
クルトはなんだか得意げだ。
ロザリンデさん、すごいな。そういう些細な違いがわかるのは、やっぱりきょうだいだから……?
それとも彼女自身が優れた観察眼の持ち主なんだろうか?
今度会ったらわたしも体型の事について尋ねてみようかな……
(7月と8月 完)
イザークは横たわったまま、いつものように王子様みたいな笑みを浮かべる。
「何か用?」
「いえ、特に用事はないんですが……もしかしてあなたが息をしてないんじゃないかと心配になって……」
「はあ? なにそれ。普通そんな事考える? 馬鹿馬鹿しい。昼寝してるだけでそんな事言われたら堪らないよ」
そういった途端、イザークは呻き声を上げて背を丸める。辛そうに顔を顰めて何かに耐えているようだ。
「だ、大丈夫ですか? どこか具合でも悪いとか? 誰か呼んできましょうか?」
「やめて!」
イザークが鋭い声で制する。
「……なんでもないよ。ほっといて」
「で、でも、顔色も良くないし……」
「しつこいなあ。ほんとになんでもないってば。早くどこかに行ってよ。ひとりになりたいんだ」
そうは言うが、どう見ても昼寝という感じでもない。
それに、そんなに鬱陶しいのなら、イザークのほうがここを立ち去れば良いはずだ。もしかして、それが出来ないほどに具合が悪いのでは……
正直、彼に対しては苦手意識を感じているのだが、このまま放っておくのは躊躇われた。
わたしがしゃがみこんだまま、どうしようかと考えていると、イザークが溜息をついてぼそりと呟く。
「……アスピリン」
「え?」
「保健室からもらってきてよ。頭が痛いんだ」
やっぱり具合が悪かったんだ。変な意地を張らなくても良いのに……
「わかりました。すぐに持ってくるので動かないでくださいね」
そうして保健室から薬をもらい、すぐにあずまやまで戻る。
もしかしたらその間にイザークはいなくなっているのではと思ったが、彼は相変わらず柱の傍に横たわったままだった。
薬と一緒に水の入ったコップを渡すと、イザークはようやく上半身を起こし、柱に背を預ける。その動作も緩慢で、辛そうな様子が伝わってくる。
「ほんとに持ってくるなんて……君って呆れるくらいお人好しだね。僕なんてほっといて、どこかに行っちゃえばよかったのに」
そう言いながらアスピリンの錠剤を口に放り込んで水を一口飲む。
薬を飲んで気が楽になったのか、イザークの顔色が少しよくなったみたいだ。
とりあえず胸を撫で下ろすと、唐突にイザークがコップの口をこちらに向けて腕を引いた。
水をかけられる……!
そう思って慌てて後ろに跳び退るが、飛んできたのは冷たい水しぶきではなくイザークの笑い声だった。
「今、本気で焦ったでしょ? 君ってばすごい顔してたよ、ああ、おかしい……!」
そう言ってくつくつと喉を鳴らす。
具合の悪いときでさえこんな意地悪を考えているなんて……やっぱりこの人性格悪い。
イザークはコップを逆さにすると、残っていた水を地面に捨てた。
「運動不足かなと思って少し手伝ってあげたんだよ。君さ、最近太ったよね?」
「え……?」
急に何を言い出すんだろう。
確かに最近お菓子ばっかり食べていたし、この学校に来てからは何もかもが美味しくて、つい食べすぎる事も多い。でも、制服が身体に合わなくなったという実感もないし、自分の体型がどうかなんて考えてもいなかった。
「あんまり太ると見苦しいよ。豚みたい。今度から『子豚ちゃん』って呼んであげようか?」
「そ、それはやめてください……」
そ、そこまで太ったかな……?
急に不安になってきた。
「それじゃあ、さっさとどこかに行って。これ以上目の前にいられると本当に呼んじゃいそうだからね」
そう言ってコップを押し付けるように返された。
釈然としない気持ちを抱えながらもその場を離れる。
わたしが子豚なら、イザークはなんなんだろう。『性悪王子』とか……? いや、『王子』の部分が蔑称らしくない。自分の語彙の貧弱さに溜息が出る。
あずまやを振り返るとイザークと目が合い、彼はにこやかに手を振った。この分なら大丈夫かな……
でも、そうしていると本当に王子様みたいなのに、惜しいなあ……
コップを返して部屋に戻ると、クルトが腕組みしたままうろうろと歩き回っていたが、わたしの姿を見ると足を止めた。
なにか言いかけようとしたが、それより早くわたしが口を開く。
「わたしって、最近太りましたか?」
「はあ?」
わけがわからないといった様子でクルトが声をあげる。戻ってきた途端そんな事を言われたら無理も無い。
「いえ、さっきイザークに会ったら、そんな事を言われたので少し心配になって……」
その言葉にクルトはわたしの頭のてっぺんから足の先までをまじまじと見つめて首を傾げる。
「……俺にはわからない」
「それって、言うほど太ってないって事ですか?」
それじゃあ、やっぱりイザークは嫌がらせのつもりであんな事を言ったんだろうか?
一瞬喜びかけるが、クルトは首を振る。
「いや、正直、おかしな格好さえしていなければ、お前が太ろうが痩せようが、どうでもいいと言うか……」
「うわ、興味ないって事ですか!? 冷たいなあ」
「それなら聞くが、俺だって前より少し背が伸びたんだぞ。お前、気付いてたか?」
「えっ、そ、そうだったんですか!? ……わかりませんでした」
言われて見ればなんとなく伸びたようなそうでないような……いや、やっぱりわからない。
「だったら俺がお前の体型の変化に気付かなくても別におかしくないし、文句を言われる筋合いはない……ちなみにねえさまは俺の背が伸びたことに、ちゃんと気付いたからな」
クルトはなんだか得意げだ。
ロザリンデさん、すごいな。そういう些細な違いがわかるのは、やっぱりきょうだいだから……?
それとも彼女自身が優れた観察眼の持ち主なんだろうか?
今度会ったらわたしも体型の事について尋ねてみようかな……
(7月と8月 完)
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