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三十八羽 ごきゅごきゅ 最高のお水

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「ここか?」

 シルケンタウラをアイドラに押し付け、精霊が遣わした風をまとう鳥の後に続く。
 木々の合間を抜け、道なき道をいけば目の前には泉が現れた。

「……」

 案内し終えた鳥は、再び天へと還る。
 間違いない。ここが目的地。
 手土産もなしに言いくるめなくてはならない、最後の試練の時だ。

「──!」

 再び歩を泉の方へ進めると、側にあった岩陰より一人の少女が現れた。

『……』

 彼女は何も話さない。

 ミララクラよりも深い青色をした髪を二つに結んだ、愛らしい少女。
 まるで魚の尾びれのように見えるその髪は、一部だけがピンク色に染まっている。

 微笑みを湛えたまま背を岩に預けると、カルナシオンを導くように手をこまねいた。

「……」

 辺りは静かだ。
 先ほどまで多く聴こえていた鳥たちは、この一部始終を絶対に見逃さないというかのように静かになり。
 泉は波紋を描くこともなくただただ在るのみ。

「メルティーヌ、すまないが──」

 世界樹への道を開いて欲しい。

 そう言う前に、彼女が口を開いた。

「────ったくよぉ! 人間ごときが手ぶらかよ!? ナメてんじゃねぇぞ!?」
「…………はあ」

 彼女は自称三女神の一人。
 厄介そうなベムネスラとアイドラ相手に、対等に口喧嘩をするのだ。
 口が悪いのも仕方のないことかもしれない。

 ただ、カルナシオンは少々自分の考えを改めねばならないと感じていた。
 ギャップ。
 それが、愛らしさの要因なのではないか?
 うさぎさんを見ていて、カルナシオンはそう思っていた。

 だが、この時ばかりはそう思えない。
 なにせ美少女といっても差し支えない顔立ちをしたメルティーヌの荒々しい口調。
 それを聞いたところで、何とも思わないからだ。

 ──時と場合による

 カルナシオンは、思いもよらない気付きを得た。

「あー……、久しぶり……だな」
「ああ!? ったく。ちっこい時に来てから、それっきりじゃねぇか!? てめぇが妙な魔力を持ってなかったら、忘れちまいそうだ!」
「あー……」

 ──うさぎさんに会いたい

 なぜかは分からないが、カルナシオンの脳内はこの一文で占められた。

「そ、その」
「たわけが、うさぎのために世界樹の枝だぁ? 世界樹ナメてんじゃねぇぞ!!」
「……あ、ああ」

 珍しく押されるカルナシオン。
 最初に彼女の元を訪れなかったのは、どうあがいても苦手なタイプだったからだ。

「おめーだってそう簡単に許されるとは思ってなかっただろ? ああん? だったら……手土産くらい、よこしやがれってんだ!」
「……す、すまない……」

 カルナシオンが謝る。
 これは大変に珍しい光景だ。
 彼は対話を最初から諦め、自分が明らかに悪いと強調することで『耐える』方向にシフトしているのである。
 これが最強の彼が考えうる、最良の戦術。
 なんとも悲しい結果だ。

「はー!! ったくよぉ。アツくなっちまったじゃねぇか!!」

 イライラが最高潮に達したのだろう。
 頭に血が上り、熱を感じたメルティーヌはその下半身を魚のように変えて泉へ飛び込んだ。

「あ~~~~、いい水~~」
「……──ッ!」

 カルナシオンはあることに気付いた。

「いい水……?」
「あ? そりゃぁおめー……世界樹の御許みもとにあるってんなら、聖なる水だろうがよ」
「ふむ」

 いつもうさぎさんに飲んでいただくお水は、ギルクライスかカルナシオンが魔法で生成したものだった。
 その辺の水よりはたしかに良い。

 だが、カルナシオンはうさぎさんに対して、常に最高品質のものをお届けしたい。
 そんな思いがあった。

「【我が呼び声に応じよ────うさぎさん!】」
「!? ハアアアアア!?!?」

 メルティーヌは驚いた。
 いきなり従魔を呼ぶという行為も意味不明であるし、何より現在この泉付近は彼女の魔力で満たされている。

 転移を伴う魔法である召喚。
 少なくとも、魔法陣や媒介のように、この場で『メルティーヌ以外の魔力』を示すものがなければ召喚対象が正確な場所を特定できない。

 それは、満席のレストランで勝手に「お邪魔しマース」と言って、勝手に席をしつらえるようなものだ。

 だが、カルナシオンにはできた。
 もうめちゃくちゃである。

『……でし?』
「はあああああああ、会いたかったあああああ!!」
『ミエーー!?!? ごしゅじん、いじめられたでしかーー!?』
「なんでそうなんだよ!!」

 うさぎさんは、いきなりうずくまって抱き着いてきた主人に驚いた。

「ハッ……!」
「ああん?」
「勢いあまって…………、うさぎさんにチューしてしまった!?」
「……あぁ?」
『きゃー』
「キャー!!」
「…………もう、なんか、あれだ。もう…………いいや」

 ──勝った

 実際のところただ呆れられただけなのだが、カルナシオンは状況を打破することには一応成功した。

『それでごしゅじん、いきなりどうしたでしか? びっくりしましたでし』
「ああ、すまないうさぎさん。私やギルのお水より、もっといいお水があるのでな」
『?』

 カルナシオンが示した先には、泉。

『ほあー!』
「落ちないように私が握っていよう」

 と言いつつ、うさぎさんの毛を堪能する魂胆のカルナシオン。

『これはいいおみずでし』

 もっちもちでふわっふわ。
 泉に落っこちないようにうさぎさんの身体を支えつつ、もちもちマッサージを堪能するカルナシオン。
 パンをこねるよう、ここぞとばかりにうさぎさんと触れ合う。
 時折おでこ付近を撫でてやると、うさぎさんは眼を細めた。
 カルナシオンはとても満足気だ。

 もはや何のためにここに来たのか忘れているかのようだ。

「…………」

 メルティーヌは、ベムネスラやアイドラとのやり取りを精霊から聞いた時にある程度の覚悟はしていた。

 していたが、人間最強ともうたわれる魔導師が、ここまでうさぎに本気を出しているとは……想像の遥か斜め上をいっていた。


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