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弓師とエルフ
九話 エルフと人間。伝統と変化
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村の中心の広場からそう遠くない場所に案内される。
エルフの村の印象は、秘境の中にある森と一体化した村。
その中に古代文明のような石造の建物もあったりして、不思議で独特な雰囲気だ。
恐らく聖樹前で行っていたような祭事が他にもあるんだろう。
祭壇のようなものもある。
だが、意外と小物に関しては多種多様な物があるように思う。
広大な森の中にひっそりとある村にも、行商人がやってくるんだろうか?
「わぁ……!」
半屋外となったテーブル席には、いくつか料理が並べられていた。
森の川で獲ったであろう魚のグリル、瑞々しい野菜……おそらく鶏肉のステーキ。
意外とエルフの食事も人間と近いんだな。
もしくは人間である俺のために用意してくれたのか。
「最後に来る予定だったんだが……、コーヤのお腹を満たすのが先だな」
どうやらこれらの料理は事前に手配してくれていたようだ。
さすが祭事の責任者も務めるミラウッドさん……気が利くなぁ。
『ホー』
「めずらしいのか?」
『人の様子をうかがうことはあるが、食卓を共にするというのはほとんどないからなぁ』
「コーヤ。遠慮せず食べてくれ」
「ありがとうございます……!」
着席を促すミラウッドさんに従って、指し示された席に座る。
セローは並んだ料理をいろんな角度で見てみたり、匂いをかいだりと忙しそうだ。
「精霊様もどうぞ」
『なんだぁ? 堅苦しい。セローと呼んだらいいだろ』
「いえ、そんな! 契約者でもないのにお名前を呼ぶなど……恐れ多い」
『他のヤツは知らんが、オレがイイっつってんだからイイんだよ』
「っ、……で、では。セロー様と」
『ハイハイ』
あのミラウッドさんが狼狽している姿は、なんだか貴重な瞬間を見せてもらっている気がして拝みたくなる。
「じゃあ……いただきます」
「『?』」
俺が手を合わせてさっそく食べようとすると、二人は不思議そうに俺を見た。
「えっと、食事前の祈りのようなもので……体が勝手に」
「なるほど。やはりこの辺りではない別の場所から召喚されたんだな」
『じゃ、オレも。いただきまー』
浮いていたセローは短い手足でちょこんと机に降り立ち、両前足を合わせると野菜を食べ始めた。
「俺も……」
まずは木の器に入れられた、サラダを食べてみることに。
俺の知っているレタスやベビーリーフなんかとは形状が若干ちがうものの、緑の葉物野菜、豆っぽいの、ニンジンを干したような野菜が混ぜられている。
サラダボウルってやつかな。
木杓子で大皿からすくって自分の皿へ。
フォークとナイフが用意されていたので、慣れないそれらを頑張って使って食べる。
「んー、元気出る……」
野菜は栄養的な意味で食事に必要な食材だが、大人になり簡単な自炊を始めてから改めて気付く。
バランスの取れた食事というのは、手間もお金もかかるのだ。
コンビニで『一週間〇〇円!』系のレシピ本を見掛けると、世の中の人はいろんな工夫をしていてすごいなぁと感心する。
俺は朝、せめてタンパク質を摂ろうと納豆は食べるが、どうしても手の込んだものを作るのは時間に余裕がある夕食くらいだ。
毎食手の込んだものは仕事の疲労もあって無理だし、休日に作り置きしようと意気込んでも大抵寝て一日が終わる。
ばあさんが生きていた時はその苦労も半分ほどしか分からなかったが、自分で全てをやるようになってからは色んなことが見え始めた。
そしてそれを作ってくれる生産者への感謝。
弓師としていえば、竹は自分でなんとかできてもその他の材料は人を頼らざるを得ない。
道具だってそうだ。
「ん?」
そんなことを考えながら口の中の野菜を噛みしめていると、緑の葉物野菜の情報がぼんやり視えるようになった。
「『バードリーフ』?」
「鑑定か? 鳥も好む植物なんだ」
「なるほど……」
『ンマンマ』
なら、鳥についばまれていない綺麗なこの野菜たちは、エルフの人が育てているのかな。
「? あの、一つうかがっても?」
「なんだ?」
「ミラウッドさんは食べないんですか?」
「私は朝に食べた」
エルフの人は小食……!?
「エルフにとっての食事は、人間とは少し違うかもしれないな」
「というと?」
「もちろん食べること自体が好きな者もいるが……。私たちにとって、食事は自身を自然……精霊たちに近付けるための手段の一つ。肉体維持のための食事は、魔力が不足していなければ日に一食で構わない。たとえば今朝は、聖樹の精霊へ拝謁するために森の果物を食べた」
「へぇ……」
「力の象徴でもある肉は、狩猟の前に食べることが多いな」
「おお」
「もちろん、あくまで前提としての話ではあるが」
この世界のエルフたちは肉も食べるのか。
森に棲んでいるから、勝手に菜食主義かと。
「今や、他種族の文明も多く入ってきた。食に関してもな。エルフとしての伝統や文化を守りつつも、変化が生じる部分も少なからずある。森と共生するように、どちらかだけを大切にするのではなく、そのどちらも大切にしている」
「……!」
意外だ。俺のイメージでは失礼ながらエルフはもっと頑固で、融通が利かなくて、自分たちの伝統を決して曲げないものだと思っていた。
きっと俺が知らない色んなことが彼らをそうさせているんだろう。
ミラウッドさんの話を聞いて、じいさんにスマホの使い方を教えていた時の記憶が蘇る。
──便利な世の中になったもんだなぁ。
──いいじゃないか。遠方の人からも依頼、来るようになって。
──それはもちろん。……だが、同時に昔ながらの製法で作る弓師や矢師、かけ師といった担い手は年々減り、グラスやカーボン製の弓が主流となればわしらの必要とする材料の調達にも一苦労だ。そうなればたとえ遠方からの依頼が増えても、対応できん。
──それはまぁ……。
──エアコンのおかげで季節に関係なく一部の作業ができるようにもなった。早く弓を届けられる点ではいいことだ。しかし、同時に寂しくもある。伝統というのは先人の知恵の結晶であり、また物語だ。彼らの試行錯誤を重ねた先だ。彼らの軌跡をたどって、想いを馳せる時間がずいぶんと減った。時折弓の声が聞こえなくならないか、不安になる。
──じいさん……。
──どちらがいいという話ではない。そのどちらにも良さがあるからな。時と場合で使い分け、後世に残したい伝統的な部分と進化させていきたい部分。それを同時に伝えていくしかない。ただ……
──ただ?
──……夢物語ではあるが、すべての人の『射』を見て、その人にあった弓を打つ。……それが、わたしの弓師としての理想なんだがなぁ。
「──コーヤ?」
「!」
いかんいかん。感傷に浸っていた。
『オレが食べ尽くすぞ?』
「え!? ちょ、ちょっと、残しといてくれよ」
理想と現実。
弓師として落ちこぼれの俺のみならず、素晴らしい弓師のじいさんですら理想が叶わないこともある。
難しいな。
でも、その中でどう足掻くのか。
それが人生なんだろうか。
エルフの村の印象は、秘境の中にある森と一体化した村。
その中に古代文明のような石造の建物もあったりして、不思議で独特な雰囲気だ。
恐らく聖樹前で行っていたような祭事が他にもあるんだろう。
祭壇のようなものもある。
だが、意外と小物に関しては多種多様な物があるように思う。
広大な森の中にひっそりとある村にも、行商人がやってくるんだろうか?
「わぁ……!」
半屋外となったテーブル席には、いくつか料理が並べられていた。
森の川で獲ったであろう魚のグリル、瑞々しい野菜……おそらく鶏肉のステーキ。
意外とエルフの食事も人間と近いんだな。
もしくは人間である俺のために用意してくれたのか。
「最後に来る予定だったんだが……、コーヤのお腹を満たすのが先だな」
どうやらこれらの料理は事前に手配してくれていたようだ。
さすが祭事の責任者も務めるミラウッドさん……気が利くなぁ。
『ホー』
「めずらしいのか?」
『人の様子をうかがうことはあるが、食卓を共にするというのはほとんどないからなぁ』
「コーヤ。遠慮せず食べてくれ」
「ありがとうございます……!」
着席を促すミラウッドさんに従って、指し示された席に座る。
セローは並んだ料理をいろんな角度で見てみたり、匂いをかいだりと忙しそうだ。
「精霊様もどうぞ」
『なんだぁ? 堅苦しい。セローと呼んだらいいだろ』
「いえ、そんな! 契約者でもないのにお名前を呼ぶなど……恐れ多い」
『他のヤツは知らんが、オレがイイっつってんだからイイんだよ』
「っ、……で、では。セロー様と」
『ハイハイ』
あのミラウッドさんが狼狽している姿は、なんだか貴重な瞬間を見せてもらっている気がして拝みたくなる。
「じゃあ……いただきます」
「『?』」
俺が手を合わせてさっそく食べようとすると、二人は不思議そうに俺を見た。
「えっと、食事前の祈りのようなもので……体が勝手に」
「なるほど。やはりこの辺りではない別の場所から召喚されたんだな」
『じゃ、オレも。いただきまー』
浮いていたセローは短い手足でちょこんと机に降り立ち、両前足を合わせると野菜を食べ始めた。
「俺も……」
まずは木の器に入れられた、サラダを食べてみることに。
俺の知っているレタスやベビーリーフなんかとは形状が若干ちがうものの、緑の葉物野菜、豆っぽいの、ニンジンを干したような野菜が混ぜられている。
サラダボウルってやつかな。
木杓子で大皿からすくって自分の皿へ。
フォークとナイフが用意されていたので、慣れないそれらを頑張って使って食べる。
「んー、元気出る……」
野菜は栄養的な意味で食事に必要な食材だが、大人になり簡単な自炊を始めてから改めて気付く。
バランスの取れた食事というのは、手間もお金もかかるのだ。
コンビニで『一週間〇〇円!』系のレシピ本を見掛けると、世の中の人はいろんな工夫をしていてすごいなぁと感心する。
俺は朝、せめてタンパク質を摂ろうと納豆は食べるが、どうしても手の込んだものを作るのは時間に余裕がある夕食くらいだ。
毎食手の込んだものは仕事の疲労もあって無理だし、休日に作り置きしようと意気込んでも大抵寝て一日が終わる。
ばあさんが生きていた時はその苦労も半分ほどしか分からなかったが、自分で全てをやるようになってからは色んなことが見え始めた。
そしてそれを作ってくれる生産者への感謝。
弓師としていえば、竹は自分でなんとかできてもその他の材料は人を頼らざるを得ない。
道具だってそうだ。
「ん?」
そんなことを考えながら口の中の野菜を噛みしめていると、緑の葉物野菜の情報がぼんやり視えるようになった。
「『バードリーフ』?」
「鑑定か? 鳥も好む植物なんだ」
「なるほど……」
『ンマンマ』
なら、鳥についばまれていない綺麗なこの野菜たちは、エルフの人が育てているのかな。
「? あの、一つうかがっても?」
「なんだ?」
「ミラウッドさんは食べないんですか?」
「私は朝に食べた」
エルフの人は小食……!?
「エルフにとっての食事は、人間とは少し違うかもしれないな」
「というと?」
「もちろん食べること自体が好きな者もいるが……。私たちにとって、食事は自身を自然……精霊たちに近付けるための手段の一つ。肉体維持のための食事は、魔力が不足していなければ日に一食で構わない。たとえば今朝は、聖樹の精霊へ拝謁するために森の果物を食べた」
「へぇ……」
「力の象徴でもある肉は、狩猟の前に食べることが多いな」
「おお」
「もちろん、あくまで前提としての話ではあるが」
この世界のエルフたちは肉も食べるのか。
森に棲んでいるから、勝手に菜食主義かと。
「今や、他種族の文明も多く入ってきた。食に関してもな。エルフとしての伝統や文化を守りつつも、変化が生じる部分も少なからずある。森と共生するように、どちらかだけを大切にするのではなく、そのどちらも大切にしている」
「……!」
意外だ。俺のイメージでは失礼ながらエルフはもっと頑固で、融通が利かなくて、自分たちの伝統を決して曲げないものだと思っていた。
きっと俺が知らない色んなことが彼らをそうさせているんだろう。
ミラウッドさんの話を聞いて、じいさんにスマホの使い方を教えていた時の記憶が蘇る。
──便利な世の中になったもんだなぁ。
──いいじゃないか。遠方の人からも依頼、来るようになって。
──それはもちろん。……だが、同時に昔ながらの製法で作る弓師や矢師、かけ師といった担い手は年々減り、グラスやカーボン製の弓が主流となればわしらの必要とする材料の調達にも一苦労だ。そうなればたとえ遠方からの依頼が増えても、対応できん。
──それはまぁ……。
──エアコンのおかげで季節に関係なく一部の作業ができるようにもなった。早く弓を届けられる点ではいいことだ。しかし、同時に寂しくもある。伝統というのは先人の知恵の結晶であり、また物語だ。彼らの試行錯誤を重ねた先だ。彼らの軌跡をたどって、想いを馳せる時間がずいぶんと減った。時折弓の声が聞こえなくならないか、不安になる。
──じいさん……。
──どちらがいいという話ではない。そのどちらにも良さがあるからな。時と場合で使い分け、後世に残したい伝統的な部分と進化させていきたい部分。それを同時に伝えていくしかない。ただ……
──ただ?
──……夢物語ではあるが、すべての人の『射』を見て、その人にあった弓を打つ。……それが、わたしの弓師としての理想なんだがなぁ。
「──コーヤ?」
「!」
いかんいかん。感傷に浸っていた。
『オレが食べ尽くすぞ?』
「え!? ちょ、ちょっと、残しといてくれよ」
理想と現実。
弓師として落ちこぼれの俺のみならず、素晴らしい弓師のじいさんですら理想が叶わないこともある。
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