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メーレンスの旅 王都周辺
【閑話】異国での生誕祭 ※記念SS
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更新日(8月5日)はヴァルハイトの誕生日です。
おめでとうヴァルハイト! という訳で、誕生日のお話です。
ぜひルカと一緒に祝ってあげてください。
周りの状況は本編と同じ。
だけど歳をとらない別の時間軸(ご都合)としてふんわりお読み頂けますと幸い。
本編に関わらない部分なので、一か月後を目安になろうの活動報告に移す予定です。
ぜひそれまでに本編を先に読んで頂けるとよりお話が分かりやすいと思います。
◆==========◆
王都でのとある一日。
休暇も兼ねてのんびりとした日程を過ごしている僕らは、今日別行動をとる予定だ。
ここ最近はどこか慣れてしまっていたが、元来僕は一人行動を好む。
今日は……そうだな。薬屋を中心に見て回るとするか。
「──おっはよー!」
「~っいい加減、ノックをしろ!」
宿の自室で出掛ける用意をしながら考えていると、扉が勢いよく開いた。
赤い髪の、黙っていれば見目麗しい剣士ヴァルハイト。
なぜこいつは毎回ノックをしないんだ。
というか朝からうるさい。
「ねぇねぇルカちゃん。今日って日付ナニ?」
「? 何を突然。風の月・第五の日だ」
「ンー」
「……なんだ?」
定位置の入り口横に背中を預け、腕組みしながら云々と唸る。
「な~んか、忘れてるよーな気がして……ムズムズする」
「ほう」
どうせいつもの、「やっぱ、気のせい!」というやつだろう。
全く、毎回思い付きで物を言うのには困ったものだ──
「あー、思い出した! オレ、誕生日だわ」
「──っ!?」
た、誕生日、……だと!?
妙にすっきりした顔でヴァルハイトは懐かしんで言う。
「いやー、毎年この時期はアレだったね~。アコールが大変そうだったなー」
「っ、アコールが?」
「そうそう。やっぱり人間、成長するとさ、出る杭になるっていうかさ~」
「……?」
「あー、まぁ王位に近付くにつれて、敵も増えるというか」
「!」
なるほど。
こいつにとって歳を重ねるというのは……危険が増す、ということだったのか。
それも、兄二人が光の魔法を覚えていない頃には、特に。
「そ、そのっ」
「あ! 誕生日だからって、ナニも要らないからね!?
オレたちは冒険者だから! お金のやりくり、大事!」
「いや、それはまぁ、そうなのだが……」
せめて好きなものを食べるだとか、ルーシェントに居た頃出来なかったことだとか、色々あるだろうに。
そういう欲は意外と無いのか。
しかし、誕生日……か。
中々、気の利いた言葉が出てこない。
(思えば、他人の誕生日というのも縁遠いものだったからな)
貴族としての付き合い、生誕パーティへの参加は黒持ちである故にむしろ歓迎されていなかった。
暗黙の了解として僕に招待状が届くことはほとんど無く、極々稀なことだった。
届くにしても王家や同じ公爵の位のもの、それに準ずる者くらいか。
これが他家ならまだしも、輝きの名を持つ一族だったからな……。
まぁ、致し方のないことだと割り切っていた。
なので、誕生日というものは自身かグランツ家の誰かのものか。
僕にとってはそのどちらか。自身の誕生日は拾われた日付に師匠が決めたらしいが。
同性の、それも歳のそう離れていない者の誕生日なんて……祝ったことがない。
(師匠には祝いの言葉と、自分で摘んだ薬草を贈ったりしていたが……)
ヴァルハイトは何も要らないというが、そういう訳にもいくまい。
まして、他国である程度羽根も伸ばせる状況で、いつもと変わらない一日……など。
だが、乏しい。
僕には経験が、全くない。
魔法のアイデアは沢山浮かぶのに、こういった案は全くと言っていいほど浮かんでこない。
物を贈るだけでいいのか?
それとも、あいつの言うように物は贈らずに、何か経験となるものか……?
経験? 経験になるって、何だ。
魔法を教えればいいのか……!?
いや、魔法はある程度使えるだろうし……調合?
分からん。
(どっ、どうすればいいんだ?)
「あースッキリした! んじゃ、今日は自由行動だったよね~?」
「っ!? あ、あぁ!」
しまった。少し声が上ずってしまった。
「ご飯ナニ食べよっかな~♪ あ、夜は一緒に食べるからね! んじゃ、お先ー!」
やはりというか、食べ物のことで頭が一杯のようだ。
さっさと出掛けていった。
「……参ったな」
いつものローブを身に纏い、出掛ける準備はできたものの。
一向に足が動かない。
魔法に関することで、こうも考えが行き詰ったことがない。
やはり僕にとって他人と関わるというのは、中々に大変なことらしい。
「……女将に聞いてみるか?」
同世代の同性。
ふと、宿でたまに見掛ける男性の姿を思い出した。
今世話になっている宿は主に家族で経営しているようで、受付で出迎えてくれる女将は息子がいるようだった。
ふむ。自分で思いつかないのならば、他人の意見を参考にするのが無難だろう。
早速階下の女将の所へ足を運んだ。
◇
「──おや、ルカ。おはようさん!」
「お、おはよう……。その、女将、聞きたいことが……」
「ん? なんだい、改まって」
僕がグランツ公爵家の者というのは、宿帳に名を記した時から把握している女将。
だが彼女の気さくな人柄とどこか似たヴァルハイトの性格もあり、僕らは砕けた話し方をしている。
恐らく、僕らの意向を尊重して冒険者として接してくれているのだろう。
「い、いや。その……なんと言えば、いいのか」
そもそも何と、問えばいいのか。
まずそこから分からない。
「いつもハッキリと物を言うルカが……めずらしいねぇ」
受付仕事に手を動かしながら、心底不思議そうな表情を浮かべる。
「その、だな。一緒に旅をする者が、今日、生誕の日でだな……」
「! ヴァルハイトの誕生日なのかい! そりゃぁイイねぇ」
「あ、あぁ。で、だな。こういった時は、普通。なっ、何をするものなんだ?」
「友人へのプレゼントに悩んでるってことかい?」
「ゆっ友人という程でも、ないのだがっ!」
「なーに言ってんだか、この子は」
元々問い辛い話題が、更に難易度を増した気がする。
早々に話題を変えた。
「女将はご子息の誕生日に、どのような贈り物をするんだ?」
「うちの息子に? うーーん、そうだねぇ……。事前に欲しい物があれば聞くけど。
ここ数年は、ご馳走を振る舞うくらいかねぇ?」
「ご馳走……?」
「そうさ。なんせ、うちは休みが中々取れない仕事だろう?
息子は日中休みにして好きなことしてもらって。夜はご馳走を作って一緒に祝う!」
「なるほど……」
日中好きなことをして過ごしてもらい、夜は食事でもてなす……か。
「そういえば、今日は一緒に出掛けないんだねぇ?」
「別行動なんだ」
「なら、ちょうどイイじゃないか」
「?」
「旦那が厨房にいるから、相談したらどうだい?」
「──なっ!?」
それはつまり……、僕が料理を作るということか!?
「むっ、無理だ!」
「おや。屋敷ではともかく、冒険者としてなら野営もするだろうに」
「あいつはっ、その」
さすがに身元を言うことは出来ないが、それにしたって舌は肥えているだろう。
冒険者として食べているものだって、料理人や食を生業とする者が作ったもの。
調合と料理は訳が違う。
祝いの席での料理だなんて、僕にはとても作れない。
「……そんなに、むずかしく考えなくていいんでないかい?」
「っ?」
「誕生を祝うってのは、つまり……自分の目の前に居てくれることが何より嬉しいってことだろう?」
「そういう、ものか?」
「そうさ! 出会ってない者の誕生を祝う機会なんて、お偉いさんくらいだ。それでも、存在してくださることがありがたいと思うワケさね。
だったら、目の前に居る……。そんな、奇跡のようなことに見合う物なんて、きっとないんだ。相手を想って行動する。それが、大事なんじゃないかい?」
「相手を想って……行動する、か」
確かに。物を贈るにしても、相手のことを考えて選ぶことだろう。
好きな色、興味のある物、好みの包み。
贈り物一つで、その者の情報が凝縮されているかのようだ
師匠への贈り物も、彼女の趣味であり仕事の一部である薬草。
希少な種を自ら摘みに行った。
相手の助け、喜びになる物。
それを想い巡らせる……その過程がなにより大切だということだろうか。
「ふむ……」
「だからさ。出来栄えはともかく、作って驚かせたらどうだい?」
「なるほど。意外性というやつか」
まさかこの僕が料理を作るなど、あいつは思うまい。
「ハハッ! まさか、ルカが誕生日に料理を作ってくれるなんて、あの子も思わないだろうねぇ」
「料理……。たしかに、あいつはいつも食欲に溢れているな」
「なら、決まりだね! ルカもヴァルハイトも、うちのもんはみーんな気に入ってる。
旦那も喜びこそすれ、イヤな顔はしないさね」
「そうか……、ならば世話になる」
「イイってことよ! なんなら、あたしらも混ぜてくれ。
食堂とは反対側の部屋に、あたしら用のダイニングテーブルがあるんだ」
「それはいいな」
「食堂だと他の連中に料理を獲られかねないからねぇ、遠慮せず使っとくれ」
「あぁ、助かる」
「旦那と、なにを作るか、なにが必要か。相談してみとくれ」
(何を作る……か)
正直、出来栄えに自信はないが。
少なくとも、ルーシェントには無いもの。メーレンスの料理。
それが、良いのではないかと思う。
◇
「なるほどねぇ、いいじゃないか!」
「すまない、手間を掛けるが……」
「遠慮すんなって! 今日はさほど宿泊の客は多くねぇ。
夜は俺と息子は手が空かないが、準備なら手伝ってやれる」
「よろしく、ルカ」
女将に言われるがまま厨房へと来ると、宿の主人と、たまに客室の清掃をしている彼らの息子も一緒にいた。
彼らに事情を話せば、協力してくれるという。
ありがたい限りだ。
「何を作るかは、決めてるのか?」
「あいつはルーシェント出身なんだ。メーレンス料理が良いと思うんだが」
「なるほどねぇ。特別価格でパンやバター、チーズにソーセージは用意してやれるが──」
「なら、ルカが作るのはパスタ生地にひき肉、玉ねぎなんかを詰めてスープに浮かべた料理はどう?
うちでは良く作るんだけど、冒険者が特に好んで食べてるかなぁって。こういう食べ方、珍しいんじゃないかな」
「いいじゃねぇか」
「ふむ」
「彼はお酒好き?」
「あぁ。どの町でも酒を飲んでいる印象だ」
「なら、生ハムもあるしちょうどいいね。お酒にピッタリだ」
「ルカもいるし、グランツ産のビールかワインが良いんじゃないか?」
「いいね! 父さんの仕入れ先、教えてあげれば?」
「おう!」
あれよあれよと言う間に諸々が決まっていく。
僕一人で考えていたら、日が暮れていたに違いない。
「──はい。必要な材料と、父さんの仕入れ先書いておいたよ。
買ってきてくれたら、一緒に作ってあげるね」
「助かる」
「いいねぇ、こういうの」
「ヴァルハイト、喜んでくれるといいね」
「そう、だな」
(……?)
不思議なことに、あいつが好きそうな物を考えるだけで。
……なぜだか、自分のことのように喜ばしくなる。
なんだ、これは。
◇
「出来たー!」
「で、できた……」
「大したもんだ」
午前中に指定された食材と酒を、宿の仕入れ先だという店で買ってきた。
昼食の時間帯は食堂の営業があるため、僕は外出して時間をつぶし。
監督者二人が休憩を終え、落ち着きを取り戻した午後四時から作業に取り掛かった。
細かく刻んだ肉に玉ねぎ。薬草なのか香草なのか、香りのある葉物。
それらを練り、それを生地へと包んで。
パセリと胡椒が効いたスープと共に煮て、火が通ったら完成。
野菜の出汁でやや黄色がかったスープの上に、白く浮かぶちいさな袋。
一口で食べるには少し大きいが、ナイフで半分に切るとちょうど良い大きさ。
味見を兼ねて一つスープと共に食べてみたが、中々美味しくできた……と思う。
弾力もありつつ噛み切り易い生地。
そこから肉汁と共に香草の匂いが広がって、それをスープがしっかりとまとめてくれる。
「まさか……調合の経験が、役立ったのか……?」
「ハハハッ! 冒険者をやるからには何事も経験。無駄なことってのは、何にもねぇよなぁ」
「それにしたって、手際がいいね」
「二人が手伝ってくれたおかげだ、……その。感謝する」
「おっ」
「父さん、お酒は食堂閉めてからね」
「わ、分かってるって」
「ルカー! テーブルの用意、出来たよ!」
「!? 女将、すまないっ」
料理に夢中になって、テーブルのセッティングをすっかり忘れていた。
慌てて奥のテーブルを見れば、ナイフやフォーク、スプーンはもちろん、酒からパン、チーズに生ハムも既に綺麗に皿に盛られていた。
「……二人分?」
しかし、六人掛けの広いテーブルに並べられたそれらは、向かい合う席に二人分だけが用意されていた。
「女将たちの分は──」
「混ぜてとは言ったけど、あたしらは食堂の営業があるからね。
一緒に準備できたら、それはもう一緒にお祝いしたってことだろう?」
「そうそう、僕たちのことは気にせずのんびりしていいからね」
「食器もそのまま置いてていいぞ?」
「……!」
祝う、というのは過程。誰かを想って行うことが大切……か。
なるほど。少しだけ、理解できたかもしれない。
「……あ、ありがとう」
「ルカって照れ屋さんだよね」
「もう一人息子が出来たみたいだねぇ」
「おいおい、畏れ多いこと言うなよな」
グランツ家も貴族の中では良好な家族関係にあるとは思うが、如何せん高位の身分。
中々家族が集まる機会も多くなく、こう……皆良くしてはくれたが、身近な存在と言えるのは師匠だけだった。
……家族、か。
『────!』
そうこうしていると、受付から女将を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あっ、帰ってきたんじゃないかい?」
「ヴァルハイトって、お調子者だけど良い声だよね」
「女が放っておかねぇんだろうなぁ」
「ほらほら、ルカ。行っといで!」
「っ」
女将に背中を押される形で、受付にヴァルハイトを迎えに行った。
◇
「その、……女将たちが一緒に手伝ってくれて……」
「!」
受付に行けば、「夜ご飯行こう!」と元気よく言われたので女将の用意してくれたテーブルへとヴァルハイトを案内する。
テーブルには普段は敷いていないであろう、白いレースが。
真ん中には宿の主人が用意してくれたものの盛り合わせ。
右端にはグランツ領産のワインが置かれ、更には女将のセンスで小瓶に入った花も置かれていた。
そして、それぞれの席の前には作った料理。
「……オレのために、作ってくれたの?」
手伝ってくれた、という言葉だけで理解したヴァルハイトは、おちゃらけた様子とは違う。
どこか驚きを堪えた様子で、やんわりと笑んで言った。
「別に。おっ、お前のためという訳では──」
「ハイハイ、もー照れ屋さんなんだから~」
だったら誰のためなんだ、と自分でも思ったが。
どこか気恥ずかしいのだから仕方がない。
「冷めないうちに、たっ食べたらどうだ」
「素直じゃないんだから~。でも、……たしかに! じゃぁ、いただきまーす!」
言われるがままスプーンですくった一口を、ゆっくりと味わっている。
その味が失われないよう、今度は素早くナイフで肉や野菜が包まれた生地を切って口元へ運ぶ。
一連の動作はとても戦い好きな剣士とは思えない、やはり綺麗な所作だ。
「……」
(ど、どうなんだ?)
緊張が走る。
魔法の修行ですらこんなことは無い。
ヴァルハイトはなぜか、黙っている。
そんなに味わい深かっただろうか。
「…………温かい、ね」
「?」
「スープって、お肉って、……こんなに温かいんだよねぇ」
「そう、だな?」
「うんうん♪ おいしー!」
「よ、良かったな」
「もーおニイさん嬉しい! ありがとールカちゃん!」
「お、女将たちにもお礼を言うんだぞ」
「分かってるって~♪」
(……?)
料理が受け入れられたことに安堵したは良いものの。
今朝のヴァルハイトではないが……なにか忘れているような。
(! しまった)
最も大事な祝いの言葉を伝えるタイミングを逃してしまった。
しかし……、今更言うのも何だか……。
よし、気付かなかったことにしよう。
「ぼ、僕も頂こう」
「おー! ワインも美味し~♪」
「グランツ領の、更に限られた地域で作られた銘柄だ。人口が少ない集落なんだが、醸造された半数以上は住民が消費するからな。まず、国外には出回らないだろう」
「どうりで美味しいワケだ!」
「せ、せっかくの日だ。メーレンスでしか味わえないものが良いかと思ってな」
宿の主人の仕入れ先にこれがあって、良かった。
グランツ領内と、セント・メーレンス以外でも中々お目にかかれない一品だ。
「……本当に、ありがとう」
「──ん? 何か言ったか?」
「ううーん、なんでもなーい」
祝いの言葉はいえなかったが……。
まぁ、こいつにとって悪くはない一日だった。
それで充分だろう。
おめでとうヴァルハイト! という訳で、誕生日のお話です。
ぜひルカと一緒に祝ってあげてください。
周りの状況は本編と同じ。
だけど歳をとらない別の時間軸(ご都合)としてふんわりお読み頂けますと幸い。
本編に関わらない部分なので、一か月後を目安になろうの活動報告に移す予定です。
ぜひそれまでに本編を先に読んで頂けるとよりお話が分かりやすいと思います。
◆==========◆
王都でのとある一日。
休暇も兼ねてのんびりとした日程を過ごしている僕らは、今日別行動をとる予定だ。
ここ最近はどこか慣れてしまっていたが、元来僕は一人行動を好む。
今日は……そうだな。薬屋を中心に見て回るとするか。
「──おっはよー!」
「~っいい加減、ノックをしろ!」
宿の自室で出掛ける用意をしながら考えていると、扉が勢いよく開いた。
赤い髪の、黙っていれば見目麗しい剣士ヴァルハイト。
なぜこいつは毎回ノックをしないんだ。
というか朝からうるさい。
「ねぇねぇルカちゃん。今日って日付ナニ?」
「? 何を突然。風の月・第五の日だ」
「ンー」
「……なんだ?」
定位置の入り口横に背中を預け、腕組みしながら云々と唸る。
「な~んか、忘れてるよーな気がして……ムズムズする」
「ほう」
どうせいつもの、「やっぱ、気のせい!」というやつだろう。
全く、毎回思い付きで物を言うのには困ったものだ──
「あー、思い出した! オレ、誕生日だわ」
「──っ!?」
た、誕生日、……だと!?
妙にすっきりした顔でヴァルハイトは懐かしんで言う。
「いやー、毎年この時期はアレだったね~。アコールが大変そうだったなー」
「っ、アコールが?」
「そうそう。やっぱり人間、成長するとさ、出る杭になるっていうかさ~」
「……?」
「あー、まぁ王位に近付くにつれて、敵も増えるというか」
「!」
なるほど。
こいつにとって歳を重ねるというのは……危険が増す、ということだったのか。
それも、兄二人が光の魔法を覚えていない頃には、特に。
「そ、そのっ」
「あ! 誕生日だからって、ナニも要らないからね!?
オレたちは冒険者だから! お金のやりくり、大事!」
「いや、それはまぁ、そうなのだが……」
せめて好きなものを食べるだとか、ルーシェントに居た頃出来なかったことだとか、色々あるだろうに。
そういう欲は意外と無いのか。
しかし、誕生日……か。
中々、気の利いた言葉が出てこない。
(思えば、他人の誕生日というのも縁遠いものだったからな)
貴族としての付き合い、生誕パーティへの参加は黒持ちである故にむしろ歓迎されていなかった。
暗黙の了解として僕に招待状が届くことはほとんど無く、極々稀なことだった。
届くにしても王家や同じ公爵の位のもの、それに準ずる者くらいか。
これが他家ならまだしも、輝きの名を持つ一族だったからな……。
まぁ、致し方のないことだと割り切っていた。
なので、誕生日というものは自身かグランツ家の誰かのものか。
僕にとってはそのどちらか。自身の誕生日は拾われた日付に師匠が決めたらしいが。
同性の、それも歳のそう離れていない者の誕生日なんて……祝ったことがない。
(師匠には祝いの言葉と、自分で摘んだ薬草を贈ったりしていたが……)
ヴァルハイトは何も要らないというが、そういう訳にもいくまい。
まして、他国である程度羽根も伸ばせる状況で、いつもと変わらない一日……など。
だが、乏しい。
僕には経験が、全くない。
魔法のアイデアは沢山浮かぶのに、こういった案は全くと言っていいほど浮かんでこない。
物を贈るだけでいいのか?
それとも、あいつの言うように物は贈らずに、何か経験となるものか……?
経験? 経験になるって、何だ。
魔法を教えればいいのか……!?
いや、魔法はある程度使えるだろうし……調合?
分からん。
(どっ、どうすればいいんだ?)
「あースッキリした! んじゃ、今日は自由行動だったよね~?」
「っ!? あ、あぁ!」
しまった。少し声が上ずってしまった。
「ご飯ナニ食べよっかな~♪ あ、夜は一緒に食べるからね! んじゃ、お先ー!」
やはりというか、食べ物のことで頭が一杯のようだ。
さっさと出掛けていった。
「……参ったな」
いつものローブを身に纏い、出掛ける準備はできたものの。
一向に足が動かない。
魔法に関することで、こうも考えが行き詰ったことがない。
やはり僕にとって他人と関わるというのは、中々に大変なことらしい。
「……女将に聞いてみるか?」
同世代の同性。
ふと、宿でたまに見掛ける男性の姿を思い出した。
今世話になっている宿は主に家族で経営しているようで、受付で出迎えてくれる女将は息子がいるようだった。
ふむ。自分で思いつかないのならば、他人の意見を参考にするのが無難だろう。
早速階下の女将の所へ足を運んだ。
◇
「──おや、ルカ。おはようさん!」
「お、おはよう……。その、女将、聞きたいことが……」
「ん? なんだい、改まって」
僕がグランツ公爵家の者というのは、宿帳に名を記した時から把握している女将。
だが彼女の気さくな人柄とどこか似たヴァルハイトの性格もあり、僕らは砕けた話し方をしている。
恐らく、僕らの意向を尊重して冒険者として接してくれているのだろう。
「い、いや。その……なんと言えば、いいのか」
そもそも何と、問えばいいのか。
まずそこから分からない。
「いつもハッキリと物を言うルカが……めずらしいねぇ」
受付仕事に手を動かしながら、心底不思議そうな表情を浮かべる。
「その、だな。一緒に旅をする者が、今日、生誕の日でだな……」
「! ヴァルハイトの誕生日なのかい! そりゃぁイイねぇ」
「あ、あぁ。で、だな。こういった時は、普通。なっ、何をするものなんだ?」
「友人へのプレゼントに悩んでるってことかい?」
「ゆっ友人という程でも、ないのだがっ!」
「なーに言ってんだか、この子は」
元々問い辛い話題が、更に難易度を増した気がする。
早々に話題を変えた。
「女将はご子息の誕生日に、どのような贈り物をするんだ?」
「うちの息子に? うーーん、そうだねぇ……。事前に欲しい物があれば聞くけど。
ここ数年は、ご馳走を振る舞うくらいかねぇ?」
「ご馳走……?」
「そうさ。なんせ、うちは休みが中々取れない仕事だろう?
息子は日中休みにして好きなことしてもらって。夜はご馳走を作って一緒に祝う!」
「なるほど……」
日中好きなことをして過ごしてもらい、夜は食事でもてなす……か。
「そういえば、今日は一緒に出掛けないんだねぇ?」
「別行動なんだ」
「なら、ちょうどイイじゃないか」
「?」
「旦那が厨房にいるから、相談したらどうだい?」
「──なっ!?」
それはつまり……、僕が料理を作るということか!?
「むっ、無理だ!」
「おや。屋敷ではともかく、冒険者としてなら野営もするだろうに」
「あいつはっ、その」
さすがに身元を言うことは出来ないが、それにしたって舌は肥えているだろう。
冒険者として食べているものだって、料理人や食を生業とする者が作ったもの。
調合と料理は訳が違う。
祝いの席での料理だなんて、僕にはとても作れない。
「……そんなに、むずかしく考えなくていいんでないかい?」
「っ?」
「誕生を祝うってのは、つまり……自分の目の前に居てくれることが何より嬉しいってことだろう?」
「そういう、ものか?」
「そうさ! 出会ってない者の誕生を祝う機会なんて、お偉いさんくらいだ。それでも、存在してくださることがありがたいと思うワケさね。
だったら、目の前に居る……。そんな、奇跡のようなことに見合う物なんて、きっとないんだ。相手を想って行動する。それが、大事なんじゃないかい?」
「相手を想って……行動する、か」
確かに。物を贈るにしても、相手のことを考えて選ぶことだろう。
好きな色、興味のある物、好みの包み。
贈り物一つで、その者の情報が凝縮されているかのようだ
師匠への贈り物も、彼女の趣味であり仕事の一部である薬草。
希少な種を自ら摘みに行った。
相手の助け、喜びになる物。
それを想い巡らせる……その過程がなにより大切だということだろうか。
「ふむ……」
「だからさ。出来栄えはともかく、作って驚かせたらどうだい?」
「なるほど。意外性というやつか」
まさかこの僕が料理を作るなど、あいつは思うまい。
「ハハッ! まさか、ルカが誕生日に料理を作ってくれるなんて、あの子も思わないだろうねぇ」
「料理……。たしかに、あいつはいつも食欲に溢れているな」
「なら、決まりだね! ルカもヴァルハイトも、うちのもんはみーんな気に入ってる。
旦那も喜びこそすれ、イヤな顔はしないさね」
「そうか……、ならば世話になる」
「イイってことよ! なんなら、あたしらも混ぜてくれ。
食堂とは反対側の部屋に、あたしら用のダイニングテーブルがあるんだ」
「それはいいな」
「食堂だと他の連中に料理を獲られかねないからねぇ、遠慮せず使っとくれ」
「あぁ、助かる」
「旦那と、なにを作るか、なにが必要か。相談してみとくれ」
(何を作る……か)
正直、出来栄えに自信はないが。
少なくとも、ルーシェントには無いもの。メーレンスの料理。
それが、良いのではないかと思う。
◇
「なるほどねぇ、いいじゃないか!」
「すまない、手間を掛けるが……」
「遠慮すんなって! 今日はさほど宿泊の客は多くねぇ。
夜は俺と息子は手が空かないが、準備なら手伝ってやれる」
「よろしく、ルカ」
女将に言われるがまま厨房へと来ると、宿の主人と、たまに客室の清掃をしている彼らの息子も一緒にいた。
彼らに事情を話せば、協力してくれるという。
ありがたい限りだ。
「何を作るかは、決めてるのか?」
「あいつはルーシェント出身なんだ。メーレンス料理が良いと思うんだが」
「なるほどねぇ。特別価格でパンやバター、チーズにソーセージは用意してやれるが──」
「なら、ルカが作るのはパスタ生地にひき肉、玉ねぎなんかを詰めてスープに浮かべた料理はどう?
うちでは良く作るんだけど、冒険者が特に好んで食べてるかなぁって。こういう食べ方、珍しいんじゃないかな」
「いいじゃねぇか」
「ふむ」
「彼はお酒好き?」
「あぁ。どの町でも酒を飲んでいる印象だ」
「なら、生ハムもあるしちょうどいいね。お酒にピッタリだ」
「ルカもいるし、グランツ産のビールかワインが良いんじゃないか?」
「いいね! 父さんの仕入れ先、教えてあげれば?」
「おう!」
あれよあれよと言う間に諸々が決まっていく。
僕一人で考えていたら、日が暮れていたに違いない。
「──はい。必要な材料と、父さんの仕入れ先書いておいたよ。
買ってきてくれたら、一緒に作ってあげるね」
「助かる」
「いいねぇ、こういうの」
「ヴァルハイト、喜んでくれるといいね」
「そう、だな」
(……?)
不思議なことに、あいつが好きそうな物を考えるだけで。
……なぜだか、自分のことのように喜ばしくなる。
なんだ、これは。
◇
「出来たー!」
「で、できた……」
「大したもんだ」
午前中に指定された食材と酒を、宿の仕入れ先だという店で買ってきた。
昼食の時間帯は食堂の営業があるため、僕は外出して時間をつぶし。
監督者二人が休憩を終え、落ち着きを取り戻した午後四時から作業に取り掛かった。
細かく刻んだ肉に玉ねぎ。薬草なのか香草なのか、香りのある葉物。
それらを練り、それを生地へと包んで。
パセリと胡椒が効いたスープと共に煮て、火が通ったら完成。
野菜の出汁でやや黄色がかったスープの上に、白く浮かぶちいさな袋。
一口で食べるには少し大きいが、ナイフで半分に切るとちょうど良い大きさ。
味見を兼ねて一つスープと共に食べてみたが、中々美味しくできた……と思う。
弾力もありつつ噛み切り易い生地。
そこから肉汁と共に香草の匂いが広がって、それをスープがしっかりとまとめてくれる。
「まさか……調合の経験が、役立ったのか……?」
「ハハハッ! 冒険者をやるからには何事も経験。無駄なことってのは、何にもねぇよなぁ」
「それにしたって、手際がいいね」
「二人が手伝ってくれたおかげだ、……その。感謝する」
「おっ」
「父さん、お酒は食堂閉めてからね」
「わ、分かってるって」
「ルカー! テーブルの用意、出来たよ!」
「!? 女将、すまないっ」
料理に夢中になって、テーブルのセッティングをすっかり忘れていた。
慌てて奥のテーブルを見れば、ナイフやフォーク、スプーンはもちろん、酒からパン、チーズに生ハムも既に綺麗に皿に盛られていた。
「……二人分?」
しかし、六人掛けの広いテーブルに並べられたそれらは、向かい合う席に二人分だけが用意されていた。
「女将たちの分は──」
「混ぜてとは言ったけど、あたしらは食堂の営業があるからね。
一緒に準備できたら、それはもう一緒にお祝いしたってことだろう?」
「そうそう、僕たちのことは気にせずのんびりしていいからね」
「食器もそのまま置いてていいぞ?」
「……!」
祝う、というのは過程。誰かを想って行うことが大切……か。
なるほど。少しだけ、理解できたかもしれない。
「……あ、ありがとう」
「ルカって照れ屋さんだよね」
「もう一人息子が出来たみたいだねぇ」
「おいおい、畏れ多いこと言うなよな」
グランツ家も貴族の中では良好な家族関係にあるとは思うが、如何せん高位の身分。
中々家族が集まる機会も多くなく、こう……皆良くしてはくれたが、身近な存在と言えるのは師匠だけだった。
……家族、か。
『────!』
そうこうしていると、受付から女将を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あっ、帰ってきたんじゃないかい?」
「ヴァルハイトって、お調子者だけど良い声だよね」
「女が放っておかねぇんだろうなぁ」
「ほらほら、ルカ。行っといで!」
「っ」
女将に背中を押される形で、受付にヴァルハイトを迎えに行った。
◇
「その、……女将たちが一緒に手伝ってくれて……」
「!」
受付に行けば、「夜ご飯行こう!」と元気よく言われたので女将の用意してくれたテーブルへとヴァルハイトを案内する。
テーブルには普段は敷いていないであろう、白いレースが。
真ん中には宿の主人が用意してくれたものの盛り合わせ。
右端にはグランツ領産のワインが置かれ、更には女将のセンスで小瓶に入った花も置かれていた。
そして、それぞれの席の前には作った料理。
「……オレのために、作ってくれたの?」
手伝ってくれた、という言葉だけで理解したヴァルハイトは、おちゃらけた様子とは違う。
どこか驚きを堪えた様子で、やんわりと笑んで言った。
「別に。おっ、お前のためという訳では──」
「ハイハイ、もー照れ屋さんなんだから~」
だったら誰のためなんだ、と自分でも思ったが。
どこか気恥ずかしいのだから仕方がない。
「冷めないうちに、たっ食べたらどうだ」
「素直じゃないんだから~。でも、……たしかに! じゃぁ、いただきまーす!」
言われるがままスプーンですくった一口を、ゆっくりと味わっている。
その味が失われないよう、今度は素早くナイフで肉や野菜が包まれた生地を切って口元へ運ぶ。
一連の動作はとても戦い好きな剣士とは思えない、やはり綺麗な所作だ。
「……」
(ど、どうなんだ?)
緊張が走る。
魔法の修行ですらこんなことは無い。
ヴァルハイトはなぜか、黙っている。
そんなに味わい深かっただろうか。
「…………温かい、ね」
「?」
「スープって、お肉って、……こんなに温かいんだよねぇ」
「そう、だな?」
「うんうん♪ おいしー!」
「よ、良かったな」
「もーおニイさん嬉しい! ありがとールカちゃん!」
「お、女将たちにもお礼を言うんだぞ」
「分かってるって~♪」
(……?)
料理が受け入れられたことに安堵したは良いものの。
今朝のヴァルハイトではないが……なにか忘れているような。
(! しまった)
最も大事な祝いの言葉を伝えるタイミングを逃してしまった。
しかし……、今更言うのも何だか……。
よし、気付かなかったことにしよう。
「ぼ、僕も頂こう」
「おー! ワインも美味し~♪」
「グランツ領の、更に限られた地域で作られた銘柄だ。人口が少ない集落なんだが、醸造された半数以上は住民が消費するからな。まず、国外には出回らないだろう」
「どうりで美味しいワケだ!」
「せ、せっかくの日だ。メーレンスでしか味わえないものが良いかと思ってな」
宿の主人の仕入れ先にこれがあって、良かった。
グランツ領内と、セント・メーレンス以外でも中々お目にかかれない一品だ。
「……本当に、ありがとう」
「──ん? 何か言ったか?」
「ううーん、なんでもなーい」
祝いの言葉はいえなかったが……。
まぁ、こいつにとって悪くはない一日だった。
それで充分だろう。
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