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第十話 兄貴分

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「ふう」

 今日も午前中の講義を終え、自室に戻る。

「俺も手伝いした方がいいんじゃないのか……?」

 いくら魔法の家庭教師で招かれたとはいえ、身分は平民の冒険者だ。
 貴族の屋敷でタダ飯、家賃ゼロの高待遇ってのもなぁ。

 まぁ、それよりもレイクのお手伝い内容だ。
 他にはどんな仕事が手伝えるだろう?

 使用人たちの仕事を奪うほど濃い内容では悪いし。
 かと言って、魔法を使わない手伝いをさせるわけにもいかない。
 魔法の修行なんだからな。

「庭と言えば、薬草園もあったか。土魔法、緑魔法は試せるな。
 うーん。あとは……風魔法で洗濯物を乾かす?」
『精が出ますね、モルド』
「──っ!? い、いたのか……セイレン」

 一人でブツブツ考え事をしていると、またもや部屋に来客があった。
 デジャヴ。

『はい。あなたの水魔法は、相変わらず素晴らしいものですね。つい来てしまいました』

 現れたのは、淡い水色の長髪が綺麗な美しい青年。……いや、精霊。

「水の大精霊たるあなたが言うことじゃないだろう」
『いえいえ。人が持つ魔力というのは、また少し違うのですよ』
「そういうものなのか?」
『ええ』

 博識で上品。穏やかで丁寧な物腰は、どこか頼れる雰囲気を醸し出す。
 俺は彼──セイレンを、どこか兄のような、年上の頼れる男性のように思っていた。

 どうやら今日、俺が二人に水魔法の手本を披露した際に魔力を感じ取って来てみたらしい。ほんとに精霊というのは謎が多いな。

「! そうだ、セイレン。知恵を貸してほしい」
『はい? 私で分かることでしたら、なんなりと』

 前世でいうと東洋風の服を着たセイレン。
 なんだか、時代ものドラマで役人とかやってそうなイメージだ。

「俺は今、ここの子息とその婚約者に魔法を教えていてな。
 子息はすでに水魔法を発動させるに至ってはいるが、いきなり戦闘用の魔法を教えるわけにもいかない。
 それで、修行も兼ねて屋敷内の手伝いを魔法でできないかと考えているんだが……」
『ふふ。モルド、精霊たる私にそれを聞くのですか?』
「っ! あ、いや。……なんか、セイレンなら何でも知ってそうな気がして」

 たしかに。人のことを精霊に聞くなよな、俺。

『ふむ。そうですねぇ……。お手伝い、とは少し違うかもしれませんが』
「なにかあるか?」
『まだ子供なのですよね? 楽しみながら修行するのがいいでしょう。
 水うさぎのお世話、はいかがでしょうか?』
「!」

 水うさぎ。一応魔物の分類ではあるが、いわゆる最弱の部類。
 その最大の特徴は前世のうさぎと違い、……泳ぐ。
 うん。うさぎが、泳ぐんだ。不思議だよな。
 潜りはしないんだろうけど。
 水うさぎは垂れ耳で、それを浮き輪のようにし水魔法で水流を作って泳ぐ。

「俺が従魔契約じゅうまけいやくを?」
『いえいえ、モルドのお手は煩わせませんよ』

 セイレンがそう言うと、近くにある椅子に目をやった。
 そこに手をかざすと、光があふれ魔力が集中しているのが分かる。

「──なっ」
『あ、屋敷の者に確認を取るのが先決でしたね』

 忘れていた、とでも言いそうな顔をしながら更に魔力を放出する。
 閉鎖された空間だというのに、眩しさを感じる間もなく光から現れたのは──

『ぷう!』
「……か」
『か?』
「か、かわ……」
『かわ?』

 かわえええええええええええ!!!???

 いや、水うさぎは見たことがある。
 見たことはあるが、こんな間近で毛繕いしている姿など見たことがない!!
 くしくし! 効果音はぜったい『くしくし』だ!!

 銀色の毛並み。首回りのモリッとしたまふまふ。
 つぶらな青の瞳。長い垂れ耳に、ちょこんとしたお手手。
 椅子の上にきょとんと座る小さな生き物。

 生命。
 これが、命の輝きなんだ……!!

 ──尊い。

『モルド? どうしましたか』
「悪い、持病だ」
『おやおや』

 さすがにセイレンは本気にしないだろうが、むしろ間違いではないのかもしれない。

「……というか、精霊も従魔契約とかあるのか?」
『ええと、人で言うところの……聖獣?』
「聖獣!?」

 そんな神聖な存在をポンッ、と出していいのか!?

『安心なさい。この者だけで人の世をどうこうできるような力はありませんよ。
 ……もちろん、人と比べれば大した力はあるのでしょうが』

 おいおい。簡単に言うなよな。

『しかし、これであなたとの縁がまた一つ増えました。
 加護を授けたというのに、モルドは私のことをちっとも呼んでくださらないので』

 どこか拗ねたように言う。

「わ、わるい。その、色々あって……」
『ふふ。困らせる気はないのです。
 ただ、出会った時のあなたも他人のために一生懸命でしたが……。
 それは今も、変わらないみたいですね』
「セイレン……」

 魔法師にとって、大精霊との対話とは満ちる魔力を使えるようになるということ。
 どの魔法を極める先にもそれがある。

 あの頃。大精霊たちを追い求めていたのは、ひとえに仲間のために強くなりたいと願っていたからだ。

 ……それが今や、パーティから道具扱いされ、疎まれる身。
 誤解や嫉妬心のような感情が重なってできた出来事とはいえ、そんな自分が彼らを呼び出すなど。

『安心いたしました。
 人の中には、強大な力を持つと変わってしまう者もおります。
 その変化が大きければ大きいほど、他者との間に軋轢あつれきを生むものです。
 あなたがそうであれば、私たちも加護を授けたことを悔いてしまうかもしれません』
「……それは無いと思う」

 ちょっと前までの俺なら迷ったのかもしれない。
 だが、人の心は移ろうものだと分かっていても、いざそれが目の前に突き付けられた時。

 それを「受け入れる」とすぐに言えるほど、人は強くない。
 痛いほど、わかった。

『ええ。だからこそ、我々はあなたを歓迎したのですから』

 にっこりとほほ笑めば、やはりそれはどこか兄のようで。
 この世界で血縁者はいないけど。
 頼れる。諭してくれる。理解してくれる。
 ……そういう存在がいるのは、こうも心強い。

「セイレン、ありがとう」

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