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第一話 弟子が優秀&かわいすぎてツライ(つらくない)
しおりを挟む突然だが、俺は一人っ子であった。
もし生まれ変わることがあるなら、兄でも姉でも、妹でも弟でも。
とにかく、『きょうだい』ができるといいなと漠然と思っていた。
結局は叶わなかった……、いや。厳密に言えば転生しても一人であったわけだが。
俺は少々、考え方を変えることにした。
『今なんつった、モルド』
『だから、俺はパーティを抜けるよ。今まで世話になった』
『ハァ!? ふざけんじゃねぇ!! そんな勝手──』
『…………俺がいなくとも、お前らなら問題ないさ。……じゃあな』
『なによ! 最後までエラそうに』
『拾ってやった恩も忘れたのかねぇ』
『忘れましょう、あんな人。一緒に居るだけで私たちの評判が落ちるわ』
別れの言葉が嫌に響く。
ゲームのような異世界に転生して。
ここでも『きょうだい』と巡り合わなかった俺は、『仲間』という繋がりを見付けた。
嬉しかった。楽しかった。
前世とちがい、魔物との戦いが身近にあるこの世界。
もちろん苦しいことも多くあった。
だが、それ以上に『仲間』と依頼をこなし、一つ一つステップアップしていく環境が新鮮で。
誰かと力を合わせ、乗り越える。そうして出来た『きずな』は素晴らしいものだと。
────そう、思っていたこともあった。
「弟子、か」
出会った頃の仲間は、もういない。
ならばこの世界で、『きょうだい』や『仲間』のような。
守りたい、共に居たい。そう思えるような関係性。
「さて、どうなるかな」
誰かに教えるなんて柄でもないが、渡りに船だ。
貴族からの依頼なんて面倒だが、ソロとなった今、そうも言ってられない。
俺はまだ見ぬ弟子に期待と不安を抱きながら、慣れ親しんだ街を後にした──
◆
「────っ、ああぁ!!」
「せんせーーーー!!??」
危ない。
尊みが爆発するところだった。
寸でのところで堪えた俺の体は、その謎の衝撃から身を守るため膝を折る。
「どっ、どうされましたかモルドせんせー?」
金髪碧眼の美少年が心配そうに俺を覗き込む。
さらさらと綺麗な髪が、俺の顔にもう少しでかかりそうだ。
「い、いや。失礼。持病が……」
魔法師のとっさの言い訳にしては、浅い。
「まぁ! モルドさま、びょうきを……わずらっていらっしゃいますの?」
これまたピンクの髪が鮮やかな、年の割に淑やかな美少女が心配そうに俺を覗き込む。
ここは……天国か?
「い、命までは影響ありません。こればかりは、仕方ないのです」
可愛い。かわいい。KAWAII。尊い。萌え。無理。
俺は魔法師である以上、どうしても物事の理屈を考えてしまう。
だが、いくら言葉を尽くしても、この胸の中にたぎる熱い想いを説明などできやしない。
いや、説明など必要ないのかもしれない。
俺のように、趣味の同輩を見付けるわけでもなく、ただ勝手に一人で悶えているだけのヤツには特に……な。
誰に対して納得させるものでもない。
胸の中に突然ギュッと現れる感情。
分からなくてもいい。
ただ、それは確実に今の俺の活力となっている。
その事実さえあれば充分だ。
しかし一応今は、『せんせー』であり、『師』という存在。
であれば、むやみやたらに人前で身悶えする様をみせることなく、冷静に振る舞えれば万事オーケーだ──
「……こほん。とにかく、今日はここまで」
「ハイっ、せんせー、ありがとうございます!」
「かんしゃいたしますわ」
「では、また明日。ゆっくり休むように」
「「ハーイ!」」
はぁ、かわいい。
笑顔。笑顔に癒される。
辺境伯の次男と、その婚約者である男爵家の娘。共に6歳。
魔法の家庭教師として雇われることになった時はどうなることかと思ったが……。
今や俺は、弟子バカだ。
先ほどは水の魔力を研ぎ澄ませ、ほんの粒ほどではあるが球状の水を掌に顕現させたレイクに、感激したフローリアが笑顔で駆け寄るというシーンがあってだな……。
拝まずにはいられなかった。
これだ、きっと。
守りたい、共に居たいという感情が無限に沸き起こる関係性。
俺には、『弟子』という存在が必要だったに違いない。
なぜ転生したかも今となっては分からないが、前世と今世の神に感謝。
ってか魔法もある世界ですら説明つかない感情なんて、萌えの力ってすげえよ。
前世でも謎のパワーがあったってことだよな。
「モルドラン様」
「──! ヴィクター殿」
授業を終え、屋敷内の自室へ戻ろうとすると、家令のヴィクターが声を掛けてきた。
五十代後半、だろうか。
まさにベテラン。使用人たちを統括するにふさわしい威厳に満ちた男性だ。
つか、気配なさすぎだろ。
「授業は終わりましたかな?」
「あぁ、滞りなく」
「それはようございました。ご夕食はいかがいたしましょうか」
「そこまで世話になっては申し訳ない。街で食べてくるさ」
「どうぞご遠慮はなさらずに。モルドラン様には礼を尽くすようにとのことですので」
「……、助かる。ならば、部屋で頂こう」
「はい。では後ほどご用意いたします」
一礼するとヴィクターは去っていった。
「……部屋に戻るか」
武功を立てウィンドローズ伯となったデュナメリ家。
そこの当主から直々にこの仕事を依頼された時は正直驚いた。
何の後ろ盾もない平民。
転生して直近の記憶がなかった俺が、魔力測定でとんでもない結果を残し、こっちの世界での名前をもらい、魔法を学び、冒険者となり、そしてAランクパーティの一員として活躍。
功績から王が直々に実力を認める、この国において魔法師としての最高の栄誉、『魔導師』の称号も得た。
ギルドカードにも刻まれ、冒険者としても、王宮勤めになるにしても。
この国で食いっぱぐれることは、ほぼないに等しいだろう。
何事もなければ、俺はあのまま仲間たちと冒険を続けていたにちがいない。
「人は、変わるんだよな」
それは他人事ではないのかもしれない。
ただ、俺は『弟子バカ』にはなったかもしれないが、他人を貶めるようなことだけはしたくない。
どんな世界にいても、それだけは冒したくないのだ。
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