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【四】聖女の思惑

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「おかしいと思ったのよ!」

 これまでずっとレーヴに対し臨戦態勢だったルーチェ。
 しかし、その艶やかな真の姿を目にした途端、敵意は完全に消え失せていた。

 というか、先程まで怖い思いをしていた少女とは思えない……。
 肝は据わっているということでしょうか。

「何か?」

「とぼけないで! そもそも勇者パーティーに女性が居る時点でおかしいとは思っていたけど、まさかこんなルートがあったなんて……」

「「?」」

「頭でも打ったか? もう一度打ち付けてやろうか」

 ラークがとんでもないことを言い始めたが、無理もない。
 ルーチェは何やら一人の世界で納得をしているようだが、こちらとしては全く理解できない。

「えっと……、とりあえず、ヴィッツの体を見て差し上げたらどうかしら?」

 ヘルティラノの魔力を帯びた強靭な肉体は、勢いづいたヴィッツを簡単に跳ね返した。
 攻撃を受けた訳ではないとはいえ、地面に叩きつけられた体を見てあげても良さそうだが。

「ルナさん、貴女のお兄様のお名前は!?」

「ーーは?」

 突然何を言い出すのかしら……。

「そ、ソルクス。ソルクス・フォン・シラーですわ」

「誰よそれ!? 全く、最初から違ってたんだわ」

「ルーチェ、一体……?」

 頭がおかしいのは元から、等と無慈悲なことまでは申しませんが。
 それにしたって、レーヴを見てからのルーチェの様子は、錯乱している様子だ。

「聖女殿、訳の分からないことを言っても事実は変わらない。貴女の役割はこれまでルナが前衛をこなしながら行っており、勇者殿もその事実に気付くことなく、仲間を敬うということが無かったのだな」

 当事者なもので、それはそれは、正確な分析だと思う。
 しかし、本来なら落ち込む(あるいは逆上する)はずの場面で、謎の気迫を見せるルーチェはどうしたのでしょう。

 本当に頭を打った?

「もう……、レーヴ。とぼけても無駄。分かってるのよ、貴方は、ナーー」

 何かを口にしようとした瞬間、周囲が凍てつくかのような殺気がレーヴより放たれた。
 魔術師、というよりは、まるで闇に生きる者。
 獲物を見付けた、狩る側のような殺気だ。

「ひっ」

 戦いの場において、そんな殺気を直で受けたこともないルーチェは、当然ながら怯える。

「なるほど、こちらも理解した。やはり、貴様は生かしてはおけん」

「ちょ、ちょっと待って!?」

 生かしてはおけないって、どういうことなの!?
 急な展開についていけないわたくしを差し置いて、目の前ではとんでもない会話が繰り広げられる。

「本当にヤるのか? ヤるなら僕がーー」

「ラークも何を言ってますの!?」

「な、何でよ!? 私は聖女よ! 間違いなく、光の先天属性。予言のあった日時に出生した者よ! だったら、貴方の運命の相手となる者よ!?」

「ええ!?」

 運命の相手、だなんて。
 もしかすると、わたくし以外、全員同じ土俵で話しているのでしょうか。
 わたくしだけが、何も知らないとでも……?

「貴様が……? 魔王討伐などという甘言かんげんで王に近しい者をそそのかした、貴様が?」

「!」

 そもそも魔王討伐と言い出したのは、ルーチェでしたのね。
 王がお決めになったにしては、随分性急だとは思っていた。

 何せ、魔王というのはヒトが勝手に名付けたもので、魔物が魔族と同一種族ではないのは分かっている。
 だが、ヒトより圧倒的な魔力を保有する魔族に、魔力の影響を受ける魔物たちが恐れをなしているというのも事実。

 それ故、丁度十年前に代替わりをしたという時期と、魔物が活性化した時期が重なったために、魔族は魔物の支配層であるという説が有力視されているのだ。

 魔族領は先の大戦以降、諸外国との交流を控えていると聞いた。
 それは、魔族領には魔力を有する地脈が豊富で、諸外国がそれを狙って起こった戦だったからだ。

「そ、それは。だって、確かめたいと思ったの! ここが本当に、空の契約者そらやくの世界かどうか!」

「そらの、……?」

「そんなものは知らん。だが、治世に悩む王たる者に、己の都合で進言したのが魔王討伐などと。愚かにも程がある。実力すら伴っておらぬのに」

「っ! でも、貴方を見て確信した。やっぱりここはそうなのね。……でも、好感度設定がおかしいし、イレギュラーなことも多い。同じようで、違う世界なんだわ」

 一人でブツブツと何かを言うルーチェは、もはや、怖い。
 何かに憑りつかれたかのようだ。

「と、とにかく! 仲間をどうこうするのは、無しですし! ルーチェは早くヴィッツの具合を見て頂戴!」

「ヴィッツ……? あぁ、それもそうね。そうしましょう」

 あれ……? いつもの「ヴィッツ!」って感じではなくなってますわ。

 もう訳が分からない。

「ルナ」

「え?」

「今は、訳のわからぬことが多いかと思うが。そのうち必ず分かる。今は、我慢してくれ」

「え? えぇ、まぁ。良く分かりませんけれど、レーヴが凄腕の魔術師というのだけは理解しましたわ」

「もう少し気の利いた言い方、ないんです?」

「うるさいぞ、ラーク」

 あれ、いつの間にラークとレーヴはここまで打ち解けていたのかしら。

 それほどまでにルーチェがショッキングだったのかしら……?

 一先ず依頼はレーヴの魔法で一瞬で片が付いた。
 パーティーの持ち物として共有している、闇魔法の一種である収納魔法マジック・バッグで魔物の遺骸の一部を仕舞い、証拠として持ち帰るためギルドへと戻った。

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