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第1章 風の大都市

神風 side:Prior

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眠りについた少年に小さな聖獣が寄り添っている。
見た目は平均的な聖獣に比べて小さくて、特有の真っ白な毛も持っていなければ羽も毛に埋もれている。
それでも少年を癒そうと必死に白魔法を使う姿は立派な聖獣そのものだ。

「あとは貴方に任せてもいいかしら。」

私はそっと彼を癒していた手を止め、聖獣の頭を撫でる。
ぴ、ぴ、とさっきよりちょっとだけ勇ましさを含んだ鳴き声が帰ってくる。

彼らに背を向け、大司教の方に向き直る。

隣には私が魔法で召喚した銀龍、頭上には聖獣の群れがワンワンと鳴き声を上げて飛び回っている。

それにしてもやっぱり大規模にやりすぎたせいか、見上げればぽっかりと空いた穴の向こうに空が広がっており、そのちょうど真ん中に月が輝いている。

屋敷はきっと見るも無惨な姿になっているだろう。一応訳ありの場所とはいえ歴史的な建築物だから半壊していると知ったら母になんと言われるだろうか。
ともかく奴が兵を撤退させていて本当によかった。

「くそっ、こんな筈では。銀龍がこの都市を訪れていると知ってわざわざ急いで弱体化させる魔法を練り上げたのにぃっっっ。」

優しい好青年の仮面が剥がれた男は、醜く叫び散らかしながら地団駄を踏む。

私はセレスで生まれ、彼の下で洗礼を受けた。 
冗談が好きで、明るい性格でセレスの民に愛される大司教エイモンド。
教会で礼拝があるたびに優しく人々に教えを説く彼を、同じ聖エメラルディアを崇めるものとして尊敬すらしていた。

妹とジョンを守るために必死で戦っていた私は、本当は心の中で話し合いで解決すればいいのにって思っていた。
結局話せば話すほど最悪な面ばかり露呈して聞くに堪えなかったけれど。


私が憧れた人はもうどこにも居ないみたい。


「もう終わりなの。わかるでしょ?」

「いいや、まだ、まだなんだ。後ちょっとなんだよぉ。そうだ、銀龍様は今代の当主とは仲が悪いならわかるでしょう。
こいつらの傲慢さを!他の大都市ではわざわざ大会まで開いて指導者を選んでいるというのに、セレスは自分達だけが主なんだと民を洗脳し、堂々と権力を意のままにしているのだ。崇高な貴方、私と共に憎き女を倒しましょう!」

「いや、セレスはこれでいいのだ。そもあの女は我を嫌っているが我はむしろ彼女は素晴らしい為政者だと思う。
それにこの都市の基盤は宗教、そして血によって交わされた数多くの契約もある。セレスの系譜だけがここを安定して運営させられることを大司教のお前が1番よくわかっているはずだが。」

「ぐぅっ。」

「今までお前の邪悪な思想はその綺麗に飾り立てた言葉でうまく隠せていたのだろうが、上位存在たる我には効かぬ。野望、欲望、それらの感情は話さずとも伝わってくるものなのだ。ただ……いや、これはもう良いな。今更だ。」

少しだけ銀龍様が悲しげに俯く。それでも目線は私の方に向け、次の行動を起こすように促す。

「聖獣達、押さえつけて。」

私の命令を聞いた彼らは空中をふわふわと飛ぶのを止め、意気揚々と大司教目掛けて急降下していく。いくら彼が強い力を持つとはいえ、上位存在より分かたれし獣の本気には叶わないだろう。

「お姉さま、聖女様みたい。」
いつのまにかジョンの隣で小さい聖獣と共に寄り添っていたタルファが熱を帯びた表情で声をあげる。
確かに彼女と同じ金髪で緑目の少女が銀龍様を従え、月のスポットライトを浴びながら聖獣に命令を下す様子は側からみれば聖女の再来に見えるだろう。

「う、動けない。よくも、よくも。」

惨めにもがき続けるこの男をこれ以上直視したくなかった私は短剣を握る手に力を込める。

「……殺してもいいかな。」

けれど、私は聖女にはなれない。
はじめて絵本を読んだ時、悪をも許すエメラルディア様に心酔し私もこんな人になりたいと夢見ていた。
民を傷つけ混乱に陥れようとした男を、セレスの人々に嘘をつき続けた男を、いつかは善人になるだろうと許すことができるだろうか。

無理だ。

私は意を決して短剣を持ち上げる。しかし、それが振り下ろされることはなかった。

「いや、やめておけ。その宝剣は人を刺すためのものではない。それにこれ以上お前が手を汚せばジョンが悲しむ。」

優しい声が私を諭す。
彼だってこの地を守るものとして男を許せないはずなのに、その目はどこまでも穏やかだった。
そしてそのまま彼は翼をはためかせ、呪文のような咆哮を響かせる。

「な、何をしたんだ。うわぁ、体、体が動かない。」

彼の声が途絶え、聖獣の群れがさっと彼から遠ざかる。

そこには氷漬けになった大司教が苦しそうな顔をしたまま時を止めていた。

「銀龍様は、風の龍ではなかったのですか?」

「別に、人間だって自分の得意な属性以外も使うだろう。」

「……そういうことにしておきましょうか。」

「お姉さま。もう全部終わりましたか?」

タルファがおずおずと私に話しかける。

「ええ、大蛇の後処理とか大司教への罰を考えるとか色々あるけどとりあえずは終わりよ。早くお家に帰りたいですわね。」

「や、やったあ。」

へなへなと崩れ落ちるタルファ。そして彼女はそのまますやすやと夢の中へと落ちてゆく。
この子はまだ9歳なのにここ数日で1番怖い目にあって、苦しくて痛い思いをしたのだ。
たくさん休んで心と体についた傷をしっかり治して欲しい。

「ん、んん。」

彼女と入れ替わるようにして少年が身じろぎ、目を覚ます。

「うわっ、お前ちび茶じゃないか!なんでこんなところに?うへへへ、もふもふだ。」
ボロボロの格好なのに気持ち悪い反応ではしゃぐジョン。銀龍様はうげえ、というような表情をしている。 

「其奴はずっと貴様のそばで癒やしの魔法を使い続けていたのだ。」

「そうなのか!?ちび茶はなんて偉いんだ。ありがとう、お父さんお前を産んだ身として成長が嬉しいよ。」

「ぴぴぴぃ」

「1日目で父親面ってなんて図太い精神をしているのかしら。」

「いやその前に人間の少年が聖獣を産むのは異常事態だろう。」

ほぼ同時に突っ込む私と銀龍様。母はこの方を嫌っていたけれど、私たちは案外相性がいいのかもしれない。
そしてその様子を見ていたほかの聖獣達も彼に群がってゆく。

「お前達も来たのかぁ。よーしひとりずつもふもふしてやるからな!」

さっきまでの緊迫した雰囲気が嘘のようにもふもふに飲み込まれてしまった。

私は大きくため息をつく。
それでもいつだって人を気遣って、みんなの行く先に光を灯してくれる彼を見ると思わず笑みが溢れるのだった。
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