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しおりを挟むレイリア・セラーフィム。
皆から神の御使い様、使徒様と崇められる少女の名である。
六歳の頃より、神の御使いであるとの神託が下され、神殿に上がった。
齢十七歳。金の髪に儚げな美貌を持つ彼女は、エボン神殿騎士団とともに魔獣を討伐し、この世の災厄を浄化する使命を背負っている。
少女はそんな自分の運命を呪った。
「使徒様。バアル騎士団長様がお見えになりました」
「そう、今行くわ」
使徒様とよばれた少女、レイリアは側付きの神子に素っ気なく返事を返したが、その声は微かにはずんでいた。
(私、髪変じゃないかしら?糸くずも付いてないわよね?)
鏡の前で何度もくるくると自分の姿を確認しては、少し地味すぎるんじゃないかとため息をつく。
だが、使徒であるレイリアは元々決められたものしか着ることができない為、いつものように肌の見えない白い神殿着で我慢するしかない。
しばらく鏡とにらめっこしていると、神子の急かす声が聞こえ、レイリアは仕方ないと急ぎ足で部屋を出た。
「レイリア様、お待ちしておりました」
「バ、バアル様。ごきげんよう。お待たせして申し訳ありません」
美しい黒髪に凛々しい眉、青く透き通った瞳はレイリアの心をぐっと掴んで離さない。
(心臓がうるさい…名前を呼ばれるだけで胸が苦しい)
レイリアはドキドキはねる心臓を抑え付けてなんとか本題にはいり、明日の魔獣討伐の件についての作戦に耳を傾け、意見を述べた。
話し合いが終わるとバアルは早々に立ち去る。用がないため、当たり前といえば当たり前なのだが…
「あっ、あの、ば、バアル様!」
気付けば声を掛けてしまった。レイリアは緊張のあまり声が裏返り、顔を真っ赤に染めた。
「どうかなさりましたか?」
少し驚いた顔を見せるバアルに緊張しながらもためらいがちに口を開いた。
「その…昔のように、様付けはなしで呼んでは下さいませんか…?」
「…昔のようにですか?」
レイリアとバアルが知り合ったのは九年ほど前になる。昔は少し年の離れた兄のように接してくれたバアルであったが、レイリアが成長し、それなりの年になると立場も立場で馴れ合うことすらままならなくなったのだ。
(何も返してくれない…私ったら何を期待してたのかしら。きっと困らせてしまったわ)
レイリアは明るい声で誤魔化した。
「やはり駄目ですよね…バアル様すみません、おかしな事を言いました。忘れて下さい」
俯いたレイリアはバアルの顔が見えないが、きっと困った顔をさせているのだろうと申し訳なさで一杯になる。
引き止めなければよかったと後悔した時、
「レイリア」
突然の不意打ちに胸がどきりと跳ねる。
(いま、私の名前を…どうしよう顔に熱が)
「とても美しく成長したね」
そして、レイリアの頭にポンっと大きな手が置かれる。それは間違いなくバアルの手のひらであった。
昔のように名前を呼び、頭を撫でるバアルはきっとレイリアの気持ちなんて知る由もないのだろう。
(すごく恥ずかしい…でもそれ以上に嬉しい。この気持ちをどこにぶつければいいの)
しかしそんな幸せも、パッと離れる手と、コツリと響く足音で消えてしまった。
「レイリア様、探しましたぞ。さあ、早うこと中にお戻り下さい…おや、バアル殿も一緒でありましたか」
優しい笑みを浮かべる老年の男性が二人の元に足を運んだ。
「ご無沙汰しております、ザビーダ教皇様」
ザビーダはバアルににこやかに頷くとレイリアに手を差し出した。
「暖かくなったとはいえまだ冷えますゆえ、部屋に戻りましょう。大事な御身に何かあってからでは遅いのです」
「ええ、そうですね。バアル様、失礼いたします」
レイリアはくるりとバアルに背を向けるとザビーダの手をとった。
本当はザビーダの手を取るのも恐ろしい。今すぐこの手を振り払ってバアルに抱きつき助けを求めたい。
しかし、それは叶わぬこと。
レイリアは暗い顔でその場を後にした。
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