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2 守護騎士ユージーン

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ヴィオラがペリシテリア王国を去り半月ほど経った。
  その間ヴィヴィアンの身の回りで変わったことといえば、守護騎士がつけられたことであろう。
  守護騎士の名はユージーン。健康的な褐色の肌に、銀に輝く髪を持つ何処か冷たさのある美丈夫だ。自ら志願してヴィヴィアン付きにしてもらったとの話だが、真実かどうかは定かではない。
  今まで守護騎士など付いた試しのないヴィヴィアンはどういう風の吹き回しか、彼はタイミングを見計らって自分を殺すように指示されているのではないか、と無感情に考えていたのだが、どうも違うらしい。
  ヴィオラが国を去ってからというもの、王都中心が物騒になったのである。彼方此方で階級制度へのデモ活動や商会が襲われるなどの暴動が後を絶えない。そして大問題となったのが、王族への殺害予告。予告を出した犯人は捕まっておらず、王宮内は皆城の主人を守ろうとピリピリしている。
  突然短期間でこんな問題が度々、どこかしこで起こるものかと大臣達もうんうん唸り頭を痛ませたが解決の糸口も掴めず、結局権力で抑えつけるという乱暴な手立てに出るしか他なかった。
  そんな物騒な中で、一応王族という身分を持つヴィヴィアンにも守護騎士が付けられたのである。
  
  しかし最早こんな事はヴィヴィアンにとっては、さしたる問題ではない。
  あの日から、この世全てのものが色を無くしてしまったかのように暗く見えるのだ。

  「いつまでウジウジしてんですかい、姫さんは」

  「…ユージーン」

  布団から少し顔を出すと、手に水を持ったユージーンが立っていた。

  「あなた不憫ね、騎士団では物凄く優秀だったんでしょう?それなのに私のような化け物に仕えなければいけなくなって…嫌だったらサボったっていいのよ、私誰にも言わないわ」

  ニヒルな笑みを顔に張り付けて、ユージーンから水を受け取る。

  「相変わらずの卑屈姫ですねぇ、それにオレはオレなりに忠義を返すだけなんで」 

  「忠義?誰に?」

  「はは、さぁ誰でしょう」  

  「そう、私なんかに教えたくないわよね、不快よね、ごめんなさい」

  水をコクリと飲みながら、ヴィヴィアンは余計な口を叩いてしまったと後悔する。

  「だぁー!!あんたってめんどくさすぎ!どういう頭のつくりしてんだ、この卑屈根暗姫!オレはある女に命を救われた、だからその恩返しで此処にいる。分かったりました?」

  「なぜ恩返しが私の守護騎士になることなのか分からないけど。そう、命を…きっと私と違ってとても素敵な女性なんでしょうね」

  ユージーンは顎に手を当てて、少し考える仕草をみせると、その綺麗な顔に飛びっきりの笑顔を浮かばせた。

  「確かにいい女だ。少なくとも今のあんたみたいな度が過ぎた根暗持ちじゃかったですし、濁りのない瞳が美しい」

  ユージーンの様子から、愛おしくて堪らないといった暖かな感情が読み取れた。

  「好き、なの?」

  「好き、じゃなくて、愛してるんです。それこそ世界で一番ね。」

  「驚いた…貴方見かけと違って情熱的だわ」

  「オレに惚れないでくださいよ?」

  彼なりの冗談で、ほんの少しだけ心が安らいだ。
  あいも変わらず暗い感情が心中を渦巻いているが、ユージーンと居ると気が抜けてしまう。
  
  「姫さん、あんたには感情ってもんがある。傷付いたなら言い返せばいい、辛いならそう言え、笑いたければ笑え、少しは感情の赴くまま素直に従った方が生きやすいんじゃないですかい」

  ユージーンはそれに、と少し困った笑みを見せた。

  「そのうち時間が解決してくれる事だってあります。気持ちが回復するまで気長に待てばいいんです。あんたは一つのものに囚われ過ぎて視野が狭い、世の中には楽しい事が数え切れないほどあるのを知ってください。そしてもっと強く生きる術を身に付けるんですよ」

  ユージーンは優しい。こんな自分にも救いの手を差し伸べてくれるのだから。
  彼の言葉はきっと人を暗闇から引っ張り上げる力を持っている。本当に心が軽くなったもの。
  でも、

  「心に留めておくわ」

  素直に受け入れ切れない自分が憎らしい。  彼の事は、メルキオールの事は、何があっても忘れられない。多分私は永遠とこの気持ちに囚われ続ける。
 
  少し哀しげな顔を見せるユージーンに心がチクリと痛むが、さっと顔を逸らして誤魔化す。

  「オレは何があってもあんたに一生付いて行く所存なんで…まぁ、良い相談相手にはなってやれる。覚えておいてくれ、オレは、いつでもあんたの味方だ」
 
  その俄かには信じ難い言葉は、どうしてか胸に刺さる。
  私が何より一番望んでいる言葉…きっとこのまま辛いことを忘れてユージーンと一緒にいれば、楽に生きていける気がする。
  ふと無意識に手が胸元に伸びた、しかし其処にあるはずの銀の指輪は勿論ない。
  とんだ愚か者ね…いったいまだ何に縋ってるというのよ私は。
  そのまま迷子になった手を下に落とした。

  「姫さん、誰かこっちに向かってきます」

  ユージーンの声で、はっと意識が引き戻された。
  確かにガチャガチャと鎧が音を立てて廊下を駆けてくる音がする。
  誰だと少し身構えると、部屋にやってきたのは焦った様子の、王付きの守護騎士であった。

  「ライオネル陛下が王座の間にヴィヴィアン姫をお呼びであります!!」

  焦りながらもきっちりと敬礼を見せる守護騎士は、身支度はいいから早く付いてきて下さいとばかりに背を向ける。

  どういう事…陛下が私を呼び出すなんて…次はどんな絶望を味わえばいいの…?
  確実に悪い報告だとしか思えない。不安と頭痛でぐちゃぐちゃになった感情が押し寄せる。

  「姫様、参りましょう……安心して下さい姫、オレが付いてますから」

  ユージーンは馴染みのある口調を止めて、本来の礼儀正しい騎士に戻るが、小さくヴィヴィアンを気遣う声を掛けてくれる。

  「ええ…分かりました」

  王の守護騎士だという彼とユージーンに挟まれる形でヴィヴィアンは長い長い王座の間への廊下を無心で歩いた。



  食卓の場より何倍も大きく、中央に獅子が描かれた金の扉がヴィヴィアンを圧倒させる。
  何も考えるなと自分に言い聞かせ、ヴィヴィアンはゆっくりと押し開かれる重い扉の前でぎゅっと両手を握りしめた。

  気合いを入れ直してパッと顔を上げると、完全に開かれた扉の赤いカーペットの先には、心なしか喜びを顔に張り付けたライオネル王が玉座に腰掛けていた。

  「やっと参ったか、遅いぞ!」

  「ま、誠に申し負け御座いません、陛下」

  「まぁよい、多少の無礼は許そう」

  いつもの冷たい視線を向ける事ないライオネル王にヴィヴィアンは戸惑った。何を言われるのか、その口が開かれる瞬間を冷や汗を垂らしながら待った。

  「フェニシギア王国より、貴様をヴィオラの所持金の代わりにと所望だ、これより、貴様をフェニシギアへと送る」

  ──ドクン

  心臓が大きな波をうった。
  
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