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第二十六夜 落としどころ

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第二十六夜 落としどころ



 いくら牙狼がフレでも、お仕事には守秘義務ってやつがあるんだなぁ。

 メッセを閉じ、牙狼に向き直る。

「わるい、ちょっと事情があって俺の話はまだ言えない。少し時間くれ。なあところでさ、記憶があやふやって話ししてたけど、ナイミリ以外にリアルの事ってどこまで思い出した? 実は俺、お前と飲みに行く約束してたんだけど、お前ブッチしててさ。更に連絡も取れないし、その後ログインもしてなかったから心配してたんだよ。」

「ナイミリ…? リアル…? 飲み会…? ろぐいん…?」

 あれ? そこ微妙?

「んー、そうだな。えっと、牙狼は俺とリアルでも友達で、」
「サイと俺が?」

 えっ、なんか今地味にショックなワードが…。いやいや、多分まだ記憶喪失範囲ってとこだよな?

「…うん。たまに飲みに行く仲だったよ?」

「…たまに飲みに行く仲…? いや、確か俺達は『結婚』してたよな?」

 ………は?

「ちょ、待って。いまの話だけど? 牙狼、記憶と言うかアタマ大丈夫か?」

「リアルは何かわからないが、俺とサイは前世では宣誓を交わした正式な夫婦だった記憶があるぞ?」

 いやいやいやいや、確かにナイミリで結婚が実装された時お試し夫婦はやった事あるけど、リアル夫婦とかどっからきたよ?!

「待て、牙狼。それはナイミリ内の話で、リアルは普通の友達だ。確かにナイミリで一瞬夫婦だったけど、特典の旨みがなさすぎて3日で離婚したからな?!」

 ナイミリで結婚すると、夫婦特典で手持ちアイテムと倉庫共有、パーティーバフ、ステータスアップがつく。
 が、アイテム共有はギルドでもフレでもある程度出来るし、パーティーバフは魅了無効で二人一緒のパーティー時にしかかからない。そして一番の売りであるステアップだが、個人の一番低いステ一つだけ相手との差でパーセンテージ上乗せする。しかし、同職同士で低いのが同じステだと上乗せなんか微々たるモノすぎて全く旨みゼロだ。
 ここまでくるとメリットなくて二人はラブラブ♡既婚アピール出来るくらいなんだなぁ…。

 尚、牙狼と俺は職的に一応ステの恩恵はあったが、プロフィールとアイコンに既婚の印である♡マークが丸見えになり、道端で出会うフレ達にいちいち結婚おめ♡と言うチャを浴びせられる苦行を強いられ速攻離婚した。

「ナイミリ…? いや待ってくれ、前世では俺はサイを伴侶として愛してたんじゃないのか? いつも一緒に旅をしてた筈。………このリッデリアでの、俺の前世の記憶は…なんなんだ?」

 牙狼は信じられないと言う顔と言うか、絶望顔で額を押さえている。

「いや、お前思い出す記憶中途半端すぎんだろ!!」

「そんな、…この記憶が、サイを愛していた記憶が中途半端…だと…?」

 あー、一発ぶん殴れば思い出すかな…?

「とりあえずだな、まず聞け! お前の前世の記憶だと言ってる『牙狼』の話は半分当たりだ。だが、前世は前世でもソイツはナイツオブミリオンって言うゲーム内の記憶で、お前本体は牙狼じゃなく『いぬい朝陽あさひ』。牙狼ってのは乾のいぬから進化した名前だよ。俺の高校時代からの友達でナイミリのフレ。ちな卒業後は飲み友に進化した。尚、お前の前世追加情報はまあまあイケメンだったが結婚もしてないし彼女もいない、だ。はっはっはっはー!」

 ズビシッと前世の記憶を突き付ける。

「…乾、朝陽…? あさ…ひ、俺の名前……? え、サイは、………もしかして斉藤大和やまと、ヤマト?」

 アサヒはふるふると震えながら、ゆっくりと俺を指差した。

「はいはい、やっと正解ー。俺ヤマトだ、ヤマト。ったくもー、アサヒは前世でも寝ぼけ癖酷かったけど、死んでもそれ治んねえなぁ。」

 やっと思い出したか親友め!
 やっぱチェストの角如きじゃコイツは目が覚めないんだな。前世でもよく寝ぼけてて、泊めてやった朝イチなんかはアサヒんちの飼い猫(めっちゃ可愛い黒猫ちゃん)の名前で呼ばれたもんな。ココ、おいで~って。
 どうやったら人間と猫を見間違えるんだ、お前は…。

 ある意味ひと仕事終えた俺がやれやれとエスプレッソに口をつけようとしたら、アサヒがふらふらこちらにやってきて隣りにボスンっと座った。
 横並びに座ったせいで高級レストランの個室と言うのに、なんだかいつもの居酒屋のカウンターみたいになった。但し絵面はキラキラエルフと黒の石油魔王と言うラノベもびっくり絵面だが。

「…うう、マジか~。うわ、なんか全部思い出してきた…。」

 色々思い出したらしく頭を抱えるアサヒ。
 はは、黒歴史でも思い出したかな?
 居酒屋ならまあまあビールでも飲みなとすすめるレベルの落ち込みっぷりだ。

「まあ人生色々あるさ。今世も頑張っていこうぜ。」

 とりあえず励ましとこう。
 今世は残念ながら魔王だけどな!

 ポンポンと肩を叩くとアサヒは顔を上げこちらに向き直った。

「……つーか、ヤマト! マジ会いたかった…っ! 俺、俺、多分あの時、飲み会の約束の日に死んだっぽい…。」

「え、マジ?」

 あの日、アサヒが…?

「そう。あの日は…、いやまず、ヤマトと久しぶりに会うから、飲みで潰れてもいいように次の日有給取れるよう仕事調整してこれでもかと詰め込んでて、そのせいかいつも疲れが取れなくてずっと調子悪くて…。でも今日はヤマトに会うからってエナドリ飲んで頑張って定時に上がったんだけど、待ち合わせまでまあまあ空き時間ができてさ。なんとなくナイミリにログインしたんだ…。軽くダンジョン潜ってる時に、突然頭が締め付けられように痛くなって目の前が真っ白になった。今思えば多分、脳の血管がイカれて死んだと思う。…ごめんな、待ち合わせに行けなくて…。あの駅前のドトーチェで…、ヤマトはずっと待っててくれたんだろ…?」

 駅前のドトーチェ、先に来たらコーヒーでも飲んで待ってる事、それがいつものお約束。仕事帰りの待ち合わせ故にお互いしょっちゅう遅刻するので、外で待ちぼうけよりはなっていつの間にかそうなってた。
 あの日も先に来た俺はコーヒーを飲みながらアサヒを待っていた。…一応閉店まで。

「…いやまあ、確かに待ってたけど…。でも、アサヒがそんな事になってるなんてしらな、」
「俺は! 俺は死ぬ前にヤマトに会いたかった!! 最後にヤマトが好きって言いたかった!! ほんとは離婚なんてしたくなかったぁぁぁ!!」

 アサヒはダンっとテーブルに手を叩きつけ、だーっと滝のように涙を流した。

 え、ちょ、アサヒ?! なんか記憶が大混乱してますけどぉぉぉっ?!

「ちょっと待ったぁぁぁーーーッッッ!!」

 突然部屋に響き渡るストップコール!

「エル?!」

 振り返るとエルがいた。

 但し、この部屋への侵入を阻む見えない壁に鬼の形相をしながらビッタリくっ付いた状態で…。

 うわっ、何これ、パニックホラーかなんか…?

「牙狼さんッ! …いや、牙狼ッ!! サイは俺の嫁だーーーッッッ!! 愛想つかされて離婚されたヤツは引っ込んでろーーーッッッ!!」

 エルは壁に引っ付きながら吠えた。


 ………今、それ?


「…お前は、確かサイにちょっかいかけてたヤツ…、ウルド(※エル所属のギルド)のエルだったな。思い出したよ。」

 アサヒはふらりと席を立ち、エルの方へゆっくり歩いて行った。…何故か威圧だしながら。
 アサヒの進行方向のドアの近くにいたせいで、威圧のとばっちりをまともにくらってしまった宰相さんがヒィッと言いながらその場にへたり込んだ。

「ウェラム、貴様は下がっておれ。」

 魔王様然としたアサヒが宰相さんに命令する。
 命令されて若干恐慌状態から回復した宰相さんは、魔王様アサヒの前に両手を広げひざまずきこれ以上進むのを阻止する。

「…わ、我が君、お待ちを! これ以上はお進みくださるな! この魔狼族は危険、」
われがこの獣程度に土をつけられると申すか? このがか?」

「み、御心のままにっ…!」

 ちょ、アサヒさん、魔王パワー出し過ぎっすわ…。
 恐怖で再び腰を抜かした宰相さんはガタガタ震えながら、ケツ移動でズサササと隣りの部屋の隅っこまで逃げて行った。

 邪魔がなくなった戸口でエルとアサヒが向かい合う。

「まさかお前も転生してるとは思わなかったよ。死んでもまだヤマトに付き纏いしてるんだな。凄い執念だ。」

「…ふはっ、転生とか笑えるわ。転生したのアンタだけだし。俺とサイはコッチに仕事できただけ。あはは、魔王にぼっち転生おめでとーごさいますー。」

「は? 誰がぼっちだと? このストーカーが。」

「いやいや、それ牙狼サンの方が界隈で有名ですけど? 自己紹介おつでーす。」

 …ダメだ、こいつら。イキりキッズ並みの会話レベルなんだが。
 つーか、お前らストーカーって…まさかゲーム内で俺の事ストーキングしてたの…?…マジ?

「やっぱり一度お前とはPvPしなきゃと思ってたが…。表に出ろよ、この駄犬が。」

「はっ、駄犬はお前だろ。自己紹介が尽きないな。来いよ、くそ犬ヤロウ。」

 ヤンキーの如きメンチを切りあう一触即発なバカ犬が二匹…。

「…やめろーーーーッ!!このバカどもーーーッッッ!!」

スバーンッズバーンッ

 うらぁっ、ハリセンならぬバトルファン(※戦扇)をおみまいじゃーッ!!

「「痛ぁっ!!」」

「うっさい! お前らとりあえず正座しろっ!」

 叩かれた頭をさすりながらバカ二匹は素直に正座した。
 …つーか、お前らバトルファンで殴られたのにダメージ浅すぎない? DEF(※防御力)どうなってんの?




<次回予告>

再び巡り会うのは運命、いや想いの強さだ。
望まぬ未来に抗う為に戦ってもいい筈なのだ。
次回、変わる道に。『第二十七夜 ボーダーレス』
お楽しみにね?

「アダルトタッチで正社員になぁれ!」

※次回予告はあんまり本編に関係ありません。
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