勇者は浮気する

仁科

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勇者は浮気する 1

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 世界は彼によって救われた。彼のことを、皆は『勇者』と称えた。『勇者』は非常に勇敢で、魔王に体一つで立ち向かい、見事その首と体を切り離してやった。王国じゅうの人々が、彼の帰還を歓迎した。

 城の前で、勇者と王が握手する。

「本当に君には感謝するよ。君のおかげで、この国に平和が訪れた。皆、彼に拍手を!」

 王の一言で、国じゅうに割れんばかりの拍手が鳴り渡る。誰も彼もが、手が痺れんばかりに両手をぶつけ合った。鳴り止まぬ拍手に一段落すると、王のもとに、その側近が走り込んできた。

「報告がございます」
「どうした」
「情報によると、王女さまと勇者さまを結婚させようという動きが民衆にあるようです。なんともう結社まで発生しているとか」
「なるほど。いいんじゃないか。私は、お似合いだと思うぞ」

 王は言い終わると、また視線を民衆の方に向けた。そして、一瞬だけ目を勇者に向けてから、また民衆の方を向いて言い放った。

「突然だが、皆にサプライズがある」

 人々がどよめいているのがありのままに伝わる。王はニヤニヤと小さな笑みを浮かべ、いいこと考てるなと言わんばかりの表情だ。

「ここに、勇者殿と我が国の王女の婚約を宣言しよう!!」

 王の野太い声に、一瞬民衆全体が静まり返る。だが、それも一瞬である。

「おぉーー!!」

 静まりに反発するかのように、星が割れてしまうかと思えるほどの歓声が沸き立った。国民は、喜びに声を荒げ、泣き、笑い、手を叩いた。ただ一人を除いては。

 王女は窓から王の演説を眺めていた。すると、驚愕させられた。

「婚約!?」

 驚きが、思わず声となって出ていく。聞いていない。何一つとして聞いていない。なぜ自分があの勇者と結婚しなければならない。私は私が選んだイケメンとかと結婚がしたかったのに。あまりの突然の出来事に、本音が滝のように湧き出てくる。

「王女さま、いかがなさいましたか」

 突然の大声に違和感を覚えたのか、執事が王女のもとに駆けつけてきた。王女は振り向く。その形相は、彼女の美貌を全く打ち消してしまったような、まさしく鬼と呼べるものだった。

「うっ」

 執事は思わずビビる。

「アンタ、今の聞いてなかったの?」
「……ええ、まあ」
「だったらよくそんな顔ができるわね」
「いや、でも、国民の皆様は王女さまと勇者さまの婚約を祝福していますよ」
「じゃあ、アンタはどうなの?」
「いやっ、それはまあ、勝手に婚約なんてっ、ひどいなあー、と」

 執事は悲観した。自分の演技の酷さに。もうだめだ、殺される。気づけば先程まで紅茶が乗っていた皿で顔面をガードしていた。しかし、王女の反応は、思い描いていたものとは随分違っていた。

「そうよ! 勝手に婚約させるなんておかしいのよ。だいたいあの勇者、顔も別にそんなにだし、私に見合わないって認めるべきよ!」

 執事は学習した。この人の前では、多少の嘘なら大丈夫そうだと。

 2日が過ぎ、正式に婚姻を結び、無事に式は執り行われ、ケーキとかも切った。切ってしまった。

「うわあああ!! やだあ! 結婚したくないいい!!!」

 王女がどんな行動をしていても、執事たるもの冷静沈着に行動しなければならない。それはいかなる場合にも同じである。例えば、王女に正論をぶつけたくなっても。

「だったら断ればよかったんじゃないですか」

 ぶつけてしまった。ぶつけてしまったのなら、結果は一つである。

「そんなことできるわけないじゃない! アンタ以外の国民がみーんな私の結婚を歓んでるのよ。こんなので私が断っちゃえば、私が悪者みたいじゃない! もう、国民みんな敵じゃん、ひどい!」

 そんなにキレられても、執事にとっては対応し難い。何より執事は、未だに自分の大根演技が見破られていないことに驚きを感じている。祝福だとか共感だとか、まるでそれどころではないくらいの衝撃が走っているのだ。

「せめてキスはしたくない! 政略結婚にキスはいらないでしょ!」
「いや、国民の皆さんはお二人が愛し合っていると思っていますよ」

 王女の演技は上手い。幼い頃の習い事が功を奏したのだろうか。ともかく、民衆の目には、勇者が王女を好いており、王女も勇者を好いているようにしか見えなかった。事情を知っている執事にも、そう見えてしまうほどだった。

「残念ながら、国民にとって、あなたがた二人は愛し合っているんです」
「嘘でしょ」

 たった一秒、沈黙が訪れる。しかし、この王女、うるさくないのは一秒だけだ。

「嫌だああ!! キスすんじゃあん!!」

 執事は耳をふさいだ。

 2ヶ月が経ち、民衆のざわめきも落ち着いた頃。ついに勇者と王女の同居生活が始まった。

「なんで私は何も言ってないのに手続きだけが進んでいくの!」
「明日から勇者さまが城に来ますよ」

 執事は至って普段と変わらぬ表情だ。そう、表情は変わらない。全身に貼り巡らされる湿布や、額のみならず首や脇にも手を伸ばす冷えピタや、どこでぶつけたのっていうあざについては、普段と変わる。

「アンタ大丈夫? それ」
「まあなんとか。最悪でも五徹までは許容範囲なので」
「ああ、強いな」

 王女は思わず感心する。湿布の数だけ痛みがある彼には、なんとも表し難い感謝しかない。

「そんなことより!」

 王女は話を切り替える。今、何よりも、自分が知る必要のある、絶対に知りたい情報が、彼女にはあった。

「アイツはどの部屋に来るの!」

 そう、アイツだ。勇者だ。あの勇者の野郎がどの部屋に住み、寝て、食うのか。それをこの執事から聞きださなければ、今後の安寧は保証されない。

「どの部屋って、この部屋ですよ」
「へっ?」
「王女さまのお部屋に、勇者さまが来るのです」
「えええぇぇぇえええ!!!???」

 あまりの大声に、執事の耳は破れ、王城は二度前後傾いた。

 勇者は王女との同棲を待ち望んでいた。何よりこのでっかいお城に住むことができる。これが何より幸せなことか、彼には知れなかった。無言で開いた門をくぐると、そこには王が待ち構えていた。

「王城へようこそ。初めての場所もあるだろうから、私が直々に案内するよ」
「ありがとうございます、王様」
「いやあそんな礼儀なんていいよ。君は私の息子だ。お父さんと呼んでくれても構わないんだぞ」

 勇者は実感した。そういえば、自分は王家の人間になったのだと。これまでなかなか感じてこなかったが、王の息子だと思うと、なんだか気が変わったかのように緊張してくる。

「さあ、こっちが玄関だ──」
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