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第3章 佐藤眞耶 - 球技大会の前に
第26話 一緒に練習しませんか?
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「みんな、休憩にしましょう」
練習開始から三十分後、佐藤先輩の一声で部員全員が休憩に入る。
練習が始まった途端、テスト明けで体育の授業が一週間なかったこともあって、上級生を含めて参っているのだろうかと心配しながら見ていた。
しかし、コンビニで買い物をしてから全員の演技を見ると僕の不安は見事に覆された。佐藤先輩をはじめとして、全員が伸び伸びと動いている。休みを挟んだとはいえ、トゥタッチジャンプをはじめとしたチアの演技には欠かせない動きを見事なまでにこなしていた。もはや体が覚えているということなのだろうか……などと考えていると、佐藤先輩が僕の隣に座って僕にスポーツドリンクを差し出してくれた。
「優汰君、買い物お疲れさまでした。はい、これ」
「ありがとうございます」
僕は佐藤先輩からスポーツドリンクを受け取ると、蓋を開けてから軽く口にした。さわやかな甘さと塩分が身に染みる。
僕の隣に座っている佐藤先輩のユニフォームは暑い中練習したせいもあって、汗まみれになっていた。体からは汗とフルーツ系のデオドラントの混じった臭いが僕の鼻腔を刺激する。
彼女の体つきは小泉さんにも似て、均整が取れている。願わくは彼女とも、と思ったのだが、僕には高橋さんたちがいることを思い出して我に返った。
すると、僕のことを気になったのか佐藤先輩が僕に話しかけた。
「優汰君って、どうしてチア部に来たんですか?」
「どうって言われても……」
僕はここ最近のことを思い出して、佐藤先輩の問いに落ち着いた口調で答え始めた。
「吹奏楽部に所属していたんですが、家族ぐるみで付き合っていた幼なじみから突然のサヨナラを言い渡されて……。傷心のあまりどうしようかと思っていたら、小泉さんから高橋さんがお礼をしたいと聞いて、気がついたら入っていましたね」
本当は僕の事情を汲み取った高橋さんたちが僕に対する配慮でチア部に入ったんだけど、そのことを彼女に話すわけにはいかなかった。それで気がついたらチア部に入っていたと答えたが、佐藤先輩は僕の思わせぶりな口調に気づいたためか、ちょっと考え込んでから僕にこう問いかけた。
「優汰君、もしよろしければ、本当のことを教えてくれませんか? 私は口が堅いですから、このことは誰にも話しませんから」
佐藤先輩は口を真一文字に結んだ表情で僕を見つめた。これはごまかしが利かないだろうと思い、僕は彼女にすべての事情を打ち明けることにした。
「実は、幼なじみに別れを告げられた途端吹奏楽部に行きづらくなったんです。中学校の頃から吹奏楽をやっていたのですが、本当は小学校でリコーダーがうまかったからやってみようと思って入ったんです。そうしたら幼なじみも一緒に入部しました。無論、高校でも一緒でした。だけど……」
「だけど?」
「あの日、彼女が僕と一緒にいたのは友達作りのためだったということを口にしました。今まで僕と親しくしていたのも、親がうるさかったからだって話しました」
「ホント?」
僕は無言でうなずいた。
「それで小泉さんたちからチア部へ誘われた日に、吹奏楽部を辞めようと思ったんです。最初はブラック企業の上司だと生徒たちから揶揄されている西村先生のことだから反対されるだろうと思いました。事実その通りでした」
「確かに、あの先生だったら仕方ないですよ。私のクラスの生徒でも吹奏楽部に入っている生徒が居ますけど、なかなか辞めさせてくれずに泣く泣く続けているって話していましたよ。その子、成績が悪くなって母親から吹奏楽部を辞めて別の部活に入れと言われて相談したら、西村先生が『部員を欠かすことはできない』と固辞したとか……」
「ええ、僕もそうなるところでしたよ。ただ、軽音楽部と掛け持ちしている小泉さんのことを口にしたら一転退部を許可しました。もしもあのままだったら、僕は幼なじみと気まずい雰囲気のままでずっと部活動をしなければならず、陰鬱な高校生活を送っていたかもしれません」
西村先生に関しては聞くに堪えない噂が数多く、中には吹奏楽部の女子とともにホテルに入っていった姿を目撃したというものまである。荒唐無稽とはいえ、音楽の授業での先生の態度を見るとそう思われても仕方ないだろう。
小泉さんもそんな西村先生に勧誘されたものの、自らの意志を貫いた。それでいて軽音楽部にも顔を出し、なおかつ学業成績も割と優秀な小泉さんの活力は、一体どこから来るのだろうか。
「そうですね。でも、笑っていられるから良いじゃありませんか」
「ええ。すべては小泉さんのおかげですが、それ以上に高橋さんのおかげです」
僕はそう話すと、ステージの下の場所で一年生たちと談笑をしている高橋さん一行に目をやった。
「里穂、テストはどうだった?」
「まずまずといったところかな。奈津美ちゃんはどうなの?」
「いつも通り、かな。奏音は?」
「今回は現国と言語文化で同じクラスの子に助けてもらったから、前回よりは手応えはあるわね」
小泉さんは笑顔でそう答えると、他の一年生の部員から一斉に驚きの声が上がった。無論、チアのレクチャーをしていたとき隣に座っていた里穂ちゃんもだ。幸いにも、小泉さんは僕のことは一切伝えていない。僕に気を遣ってくれたのだろうか。
僕が一安心すると、佐藤先輩はさらにその身を寄せて、僕に話しかけてきた。
「ところで話は変わりますが、優汰君って球技大会に出るんですか?」
「球技大会……ですか?」
「はい。私はチアリーディング部の部員なので演技披露には顔を出しますけど、バスケにも出ますよ」
「僕もバスケで出ますけど、あまり自信はないです」
「どうしてですか?」
「ペーパー試験は得意なんですが、実技はちょっと苦手意識が強いんです。頭では覚えている割には、うまく動けないというか……」
そう話すと、僕はちょっと複雑な表情を見せる。僕の脳裏には運動会の徒競走の結果で柚希にからかわれた小学校の頃の記憶が蘇った。
柚希はああ見えてスポーツが得意で、友達も多い。吹奏楽部に入ったのも、僕をうまく利用して友人作りのきっかけにしようと思ったからだ。
そんな僕の気持ちを読み取ったのか、佐藤先輩は僕にそっと囁く声で何かを提案した。
「それならば今度の週末、私たちと一緒にバスケの練習をしませんか?」
「えっ……?」
佐藤先輩のその一言を聞いた途端、僕は言葉を失った。思考停止した、とでもいうのだろうか。
ただ、先輩の話している「私たち」というセリフがちょっと気になる。高橋さんたちなのか、はたまた二年生の先輩方なのか気になるところだ。
「ダメ、ですか?」
不安そうな表情で佐藤先輩が僕の顔を覗き込んだ。あざとそうな仕草を見せる佐藤先輩を見て、僕は一瞬胸がドキッとした。
「いえ、そんなことはありません! 大歓迎です!」
「クスッ、良かったです。後で詳細はお伝えしますね。それでですが、連絡先を交換しませんか?」
「は、はい! 喜んで!」
僕はスマホをポケットから取り出すと、佐藤先輩と連絡先を交換した。
「それじゃあ、そろそろ練習に戻りますね。土曜日、楽しみにしていてくださいね!」
「はい!」
佐藤先輩は笑顔を見せながら、僕の傍を離れた。
先輩たちと一緒にバスケの練習をすると決まった途端、不思議に顔がほころんだ。ただ、いつまでも笑顔でいると不思議がられてしまう。
すぐに真顔に戻って、運動着のポケットに手を突っ込んで日野先生からもらったメモに目を通す。
「さてと、先生に頼まれたことは……」
「ユータ、何やってんのよ! 体育館倉庫からマットをもう一枚持ってきて!」
「今すぐに?」
「すぐによ! これからタンブリングの練習をするんだから、早く!」
「は、ハイッ!」
小泉さんに怒鳴られながらも、僕は大急ぎで体育館倉庫へと向かった。土曜日のことを気にしながら。
練習開始から三十分後、佐藤先輩の一声で部員全員が休憩に入る。
練習が始まった途端、テスト明けで体育の授業が一週間なかったこともあって、上級生を含めて参っているのだろうかと心配しながら見ていた。
しかし、コンビニで買い物をしてから全員の演技を見ると僕の不安は見事に覆された。佐藤先輩をはじめとして、全員が伸び伸びと動いている。休みを挟んだとはいえ、トゥタッチジャンプをはじめとしたチアの演技には欠かせない動きを見事なまでにこなしていた。もはや体が覚えているということなのだろうか……などと考えていると、佐藤先輩が僕の隣に座って僕にスポーツドリンクを差し出してくれた。
「優汰君、買い物お疲れさまでした。はい、これ」
「ありがとうございます」
僕は佐藤先輩からスポーツドリンクを受け取ると、蓋を開けてから軽く口にした。さわやかな甘さと塩分が身に染みる。
僕の隣に座っている佐藤先輩のユニフォームは暑い中練習したせいもあって、汗まみれになっていた。体からは汗とフルーツ系のデオドラントの混じった臭いが僕の鼻腔を刺激する。
彼女の体つきは小泉さんにも似て、均整が取れている。願わくは彼女とも、と思ったのだが、僕には高橋さんたちがいることを思い出して我に返った。
すると、僕のことを気になったのか佐藤先輩が僕に話しかけた。
「優汰君って、どうしてチア部に来たんですか?」
「どうって言われても……」
僕はここ最近のことを思い出して、佐藤先輩の問いに落ち着いた口調で答え始めた。
「吹奏楽部に所属していたんですが、家族ぐるみで付き合っていた幼なじみから突然のサヨナラを言い渡されて……。傷心のあまりどうしようかと思っていたら、小泉さんから高橋さんがお礼をしたいと聞いて、気がついたら入っていましたね」
本当は僕の事情を汲み取った高橋さんたちが僕に対する配慮でチア部に入ったんだけど、そのことを彼女に話すわけにはいかなかった。それで気がついたらチア部に入っていたと答えたが、佐藤先輩は僕の思わせぶりな口調に気づいたためか、ちょっと考え込んでから僕にこう問いかけた。
「優汰君、もしよろしければ、本当のことを教えてくれませんか? 私は口が堅いですから、このことは誰にも話しませんから」
佐藤先輩は口を真一文字に結んだ表情で僕を見つめた。これはごまかしが利かないだろうと思い、僕は彼女にすべての事情を打ち明けることにした。
「実は、幼なじみに別れを告げられた途端吹奏楽部に行きづらくなったんです。中学校の頃から吹奏楽をやっていたのですが、本当は小学校でリコーダーがうまかったからやってみようと思って入ったんです。そうしたら幼なじみも一緒に入部しました。無論、高校でも一緒でした。だけど……」
「だけど?」
「あの日、彼女が僕と一緒にいたのは友達作りのためだったということを口にしました。今まで僕と親しくしていたのも、親がうるさかったからだって話しました」
「ホント?」
僕は無言でうなずいた。
「それで小泉さんたちからチア部へ誘われた日に、吹奏楽部を辞めようと思ったんです。最初はブラック企業の上司だと生徒たちから揶揄されている西村先生のことだから反対されるだろうと思いました。事実その通りでした」
「確かに、あの先生だったら仕方ないですよ。私のクラスの生徒でも吹奏楽部に入っている生徒が居ますけど、なかなか辞めさせてくれずに泣く泣く続けているって話していましたよ。その子、成績が悪くなって母親から吹奏楽部を辞めて別の部活に入れと言われて相談したら、西村先生が『部員を欠かすことはできない』と固辞したとか……」
「ええ、僕もそうなるところでしたよ。ただ、軽音楽部と掛け持ちしている小泉さんのことを口にしたら一転退部を許可しました。もしもあのままだったら、僕は幼なじみと気まずい雰囲気のままでずっと部活動をしなければならず、陰鬱な高校生活を送っていたかもしれません」
西村先生に関しては聞くに堪えない噂が数多く、中には吹奏楽部の女子とともにホテルに入っていった姿を目撃したというものまである。荒唐無稽とはいえ、音楽の授業での先生の態度を見るとそう思われても仕方ないだろう。
小泉さんもそんな西村先生に勧誘されたものの、自らの意志を貫いた。それでいて軽音楽部にも顔を出し、なおかつ学業成績も割と優秀な小泉さんの活力は、一体どこから来るのだろうか。
「そうですね。でも、笑っていられるから良いじゃありませんか」
「ええ。すべては小泉さんのおかげですが、それ以上に高橋さんのおかげです」
僕はそう話すと、ステージの下の場所で一年生たちと談笑をしている高橋さん一行に目をやった。
「里穂、テストはどうだった?」
「まずまずといったところかな。奈津美ちゃんはどうなの?」
「いつも通り、かな。奏音は?」
「今回は現国と言語文化で同じクラスの子に助けてもらったから、前回よりは手応えはあるわね」
小泉さんは笑顔でそう答えると、他の一年生の部員から一斉に驚きの声が上がった。無論、チアのレクチャーをしていたとき隣に座っていた里穂ちゃんもだ。幸いにも、小泉さんは僕のことは一切伝えていない。僕に気を遣ってくれたのだろうか。
僕が一安心すると、佐藤先輩はさらにその身を寄せて、僕に話しかけてきた。
「ところで話は変わりますが、優汰君って球技大会に出るんですか?」
「球技大会……ですか?」
「はい。私はチアリーディング部の部員なので演技披露には顔を出しますけど、バスケにも出ますよ」
「僕もバスケで出ますけど、あまり自信はないです」
「どうしてですか?」
「ペーパー試験は得意なんですが、実技はちょっと苦手意識が強いんです。頭では覚えている割には、うまく動けないというか……」
そう話すと、僕はちょっと複雑な表情を見せる。僕の脳裏には運動会の徒競走の結果で柚希にからかわれた小学校の頃の記憶が蘇った。
柚希はああ見えてスポーツが得意で、友達も多い。吹奏楽部に入ったのも、僕をうまく利用して友人作りのきっかけにしようと思ったからだ。
そんな僕の気持ちを読み取ったのか、佐藤先輩は僕にそっと囁く声で何かを提案した。
「それならば今度の週末、私たちと一緒にバスケの練習をしませんか?」
「えっ……?」
佐藤先輩のその一言を聞いた途端、僕は言葉を失った。思考停止した、とでもいうのだろうか。
ただ、先輩の話している「私たち」というセリフがちょっと気になる。高橋さんたちなのか、はたまた二年生の先輩方なのか気になるところだ。
「ダメ、ですか?」
不安そうな表情で佐藤先輩が僕の顔を覗き込んだ。あざとそうな仕草を見せる佐藤先輩を見て、僕は一瞬胸がドキッとした。
「いえ、そんなことはありません! 大歓迎です!」
「クスッ、良かったです。後で詳細はお伝えしますね。それでですが、連絡先を交換しませんか?」
「は、はい! 喜んで!」
僕はスマホをポケットから取り出すと、佐藤先輩と連絡先を交換した。
「それじゃあ、そろそろ練習に戻りますね。土曜日、楽しみにしていてくださいね!」
「はい!」
佐藤先輩は笑顔を見せながら、僕の傍を離れた。
先輩たちと一緒にバスケの練習をすると決まった途端、不思議に顔がほころんだ。ただ、いつまでも笑顔でいると不思議がられてしまう。
すぐに真顔に戻って、運動着のポケットに手を突っ込んで日野先生からもらったメモに目を通す。
「さてと、先生に頼まれたことは……」
「ユータ、何やってんのよ! 体育館倉庫からマットをもう一枚持ってきて!」
「今すぐに?」
「すぐによ! これからタンブリングの練習をするんだから、早く!」
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