上 下
26 / 40
第3章 佐藤眞耶 - 球技大会の前に

第26話 一緒に練習しませんか?

しおりを挟む
「みんな、休憩にしましょう」

 練習開始から三十分後、佐藤先輩の一声で部員全員が休憩に入る。
 練習が始まった途端、テスト明けで体育の授業が一週間なかったこともあって、上級生を含めて参っているのだろうかと心配しながら見ていた。
 しかし、コンビニで買い物をしてから全員の演技を見ると僕の不安は見事に覆された。佐藤先輩をはじめとして、全員が伸び伸びと動いている。休みを挟んだとはいえ、トゥタッチジャンプをはじめとしたチアの演技には欠かせない動きを見事なまでにこなしていた。もはや体が覚えているということなのだろうか……などと考えていると、佐藤先輩が僕の隣に座って僕にスポーツドリンクを差し出してくれた。

「優汰君、買い物お疲れさまでした。はい、これ」
「ありがとうございます」

 僕は佐藤先輩からスポーツドリンクを受け取ると、蓋を開けてから軽く口にした。さわやかな甘さと塩分が身に染みる。
 僕の隣に座っている佐藤先輩のユニフォームは暑い中練習したせいもあって、汗まみれになっていた。体からは汗とフルーツ系のデオドラントの混じった臭いが僕の鼻腔を刺激する。
 彼女の体つきは小泉さんにも似て、均整が取れている。願わくは彼女とも、と思ったのだが、僕には高橋さんたちがいることを思い出して我に返った。
 すると、僕のことを気になったのか佐藤先輩が僕に話しかけた。

「優汰君って、どうしてチア部に来たんですか?」
「どうって言われても……」

 僕はここ最近のことを思い出して、佐藤先輩の問いに落ち着いた口調で答え始めた。

「吹奏楽部に所属していたんですが、家族ぐるみで付き合っていた幼なじみから突然のサヨナラを言い渡されて……。傷心のあまりどうしようかと思っていたら、小泉さんから高橋さんがお礼をしたいと聞いて、気がついたら入っていましたね」

 本当は僕の事情を汲み取った高橋さんたちが僕に対する配慮でチア部に入ったんだけど、そのことを彼女に話すわけにはいかなかった。それで気がついたらチア部に入っていたと答えたが、佐藤先輩は僕の思わせぶりな口調に気づいたためか、ちょっと考え込んでから僕にこう問いかけた。

「優汰君、もしよろしければ、本当のことを教えてくれませんか? 私は口が堅いですから、このことは誰にも話しませんから」

 佐藤先輩は口を真一文字に結んだ表情で僕を見つめた。これはごまかしが利かないだろうと思い、僕は彼女にすべての事情を打ち明けることにした。

「実は、幼なじみに別れを告げられた途端吹奏楽部に行きづらくなったんです。中学校の頃から吹奏楽をやっていたのですが、本当は小学校でリコーダーがうまかったからやってみようと思って入ったんです。そうしたら幼なじみも一緒に入部しました。無論、高校でも一緒でした。だけど……」
「だけど?」
「あの日、彼女が僕と一緒にいたのは友達作りのためだったということを口にしました。今まで僕と親しくしていたのも、親がうるさかったからだって話しました」
「ホント?」

 僕は無言でうなずいた。

「それで小泉さんたちからチア部へ誘われた日に、吹奏楽部を辞めようと思ったんです。最初はブラック企業の上司だと生徒たちから揶揄されている西村先生のことだから反対されるだろうと思いました。事実その通りでした」
「確かに、あの先生だったら仕方ないですよ。私のクラスの生徒でも吹奏楽部に入っている生徒が居ますけど、なかなか辞めさせてくれずに泣く泣く続けているって話していましたよ。その子、成績が悪くなって母親から吹奏楽部を辞めて別の部活に入れと言われて相談したら、西村先生が『部員を欠かすことはできない』と固辞したとか……」
「ええ、僕もそうなるところでしたよ。ただ、軽音楽部と掛け持ちしている小泉さんのことを口にしたら一転退部を許可しました。もしもあのままだったら、僕は幼なじみと気まずい雰囲気のままでずっと部活動をしなければならず、陰鬱な高校生活を送っていたかもしれません」

 西村先生に関しては聞くに堪えない噂が数多く、中には吹奏楽部の女子とともにホテルに入っていった姿を目撃したというものまである。荒唐無稽とはいえ、音楽の授業での先生の態度を見るとそう思われても仕方ないだろう。
 小泉さんもそんな西村先生に勧誘されたものの、自らの意志を貫いた。それでいて軽音楽部にも顔を出し、なおかつ学業成績も割と優秀な小泉さんの活力は、一体どこから来るのだろうか。

「そうですね。でも、笑っていられるから良いじゃありませんか」
「ええ。すべては小泉さんのおかげですが、それ以上に高橋さんのおかげです」

 僕はそう話すと、ステージの下の場所で一年生たちと談笑をしている高橋さん一行に目をやった。

「里穂、テストはどうだった?」
「まずまずといったところかな。奈津美ちゃんはどうなの?」
「いつも通り、かな。奏音は?」
「今回は現国と言語文化で同じクラスの子に助けてもらったから、前回よりは手応えはあるわね」

 小泉さんは笑顔でそう答えると、他の一年生の部員から一斉に驚きの声が上がった。無論、チアのレクチャーをしていたとき隣に座っていた里穂ちゃんもだ。幸いにも、小泉さんは僕のことは一切伝えていない。僕に気を遣ってくれたのだろうか。
 僕が一安心すると、佐藤先輩はさらにその身を寄せて、僕に話しかけてきた。

「ところで話は変わりますが、優汰君って球技大会に出るんですか?」
「球技大会……ですか?」
「はい。私はチアリーディング部の部員なので演技披露には顔を出しますけど、バスケにも出ますよ」
「僕もバスケで出ますけど、あまり自信はないです」
「どうしてですか?」
「ペーパー試験は得意なんですが、実技はちょっと苦手意識が強いんです。頭では覚えている割には、うまく動けないというか……」

 そう話すと、僕はちょっと複雑な表情を見せる。僕の脳裏には運動会の徒競走の結果で柚希にからかわれた小学校の頃の記憶が蘇った。
 柚希はああ見えてスポーツが得意で、友達も多い。吹奏楽部に入ったのも、僕をうまく利用して友人作りのきっかけにしようと思ったからだ。
 そんな僕の気持ちを読み取ったのか、佐藤先輩は僕にそっと囁く声で何かを提案した。

「それならば今度の週末、私と一緒にバスケの練習をしませんか?」
「えっ……?」

 佐藤先輩のその一言を聞いた途端、僕は言葉を失った。思考停止した、とでもいうのだろうか。
 ただ、先輩の話している「私」というセリフがちょっと気になる。高橋さんたちなのか、はたまた二年生の先輩方なのか気になるところだ。

「ダメ、ですか?」

 不安そうな表情で佐藤先輩が僕の顔を覗き込んだ。あざとそうな仕草を見せる佐藤先輩を見て、僕は一瞬胸がドキッとした。

「いえ、そんなことはありません! 大歓迎です!」
「クスッ、良かったです。後で詳細はお伝えしますね。それでですが、連絡先を交換しませんか?」
「は、はい! 喜んで!」

 僕はスマホをポケットから取り出すと、佐藤先輩と連絡先を交換した。

「それじゃあ、そろそろ練習に戻りますね。土曜日、楽しみにしていてくださいね!」
「はい!」

 佐藤先輩は笑顔を見せながら、僕の傍を離れた。
 先輩たちと一緒にバスケの練習をすると決まった途端、不思議に顔がほころんだ。ただ、いつまでも笑顔でいると不思議がられてしまう。
 すぐに真顔に戻って、運動着のポケットに手を突っ込んで日野先生からもらったメモに目を通す。

「さてと、先生に頼まれたことは……」
「ユータ、何やってんのよ! 体育館倉庫からマットをもう一枚持ってきて!」
「今すぐに?」
「すぐによ! これからタンブリングの練習をするんだから、早く!」
「は、ハイッ!」

 小泉さんに怒鳴られながらも、僕は大急ぎで体育館倉庫へと向かった。土曜日のことを気にしながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。

電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。 ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。 しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。 薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。 やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

高校では誰とも関わらず平穏に過ごしたい陰キャぼっち、美少女たちのせいで実はハイスペックなことが発覚して成りあがってしまう

電脳ピエロ
恋愛
中学時代の経験から、五十嵐 純二は高校では誰とも関わらず陰キャぼっちとして学校生活を送りたいと思っていた。 そのため入学試験でも実力を隠し、最底辺としてスタートした高校生活。 しかし純二の周りには彼の実力隠しを疑う同級生の美少女や、真の実力を知る謎の美人教師など、平穏を脅かす存在が現れ始め……。 「俺は絶対に平穏な高校生活を守り抜く」 そんな純二の願いも虚しく、彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。 やがて純二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。 実力を隠して平穏に過ごしたい実はハイスペックな陰キャぼっち VS 彼の真の実力を暴きたい美少女たち。 彼らの心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。

クラスの双子と家族になりました。~俺のタメにハーレム作るとか言ってるんだがどうすればいい?~

いーじーしっくす
恋愛
ハーレムなんて物語の中の事。自分なんかには関係ないと思っていた──。 橋本悠聖は普通のちょっとポジティブな陰キャ。彼女は欲しいけど自ら動くことはなかった。だがある日、一人の美少女からの告白で今まで自分が想定した人生とは大きくかわっていく事になった。 悠聖に告白してきた美少女である【中村雪花】。彼女がした告白は嘘のもので、父親の再婚を止めるために付き合っているフリをしているだけの約束…の、はずだった。だが、だんだん彼に心惹かれて付き合ってるフリだけじゃ我慢できなくなっていく。 互いに近づく二人の心の距離。更には過去に接点のあった雪花の双子の姉である【中村紗雪】の急接近。冷たかったハズの実の妹の【奈々】の危険な誘惑。幼い頃に結婚の約束をした従姉妹でもある【睦月】も強引に迫り、デパートで助けた銀髪の少女【エレナ】までもが好意を示し始める。 そんな彼女達の歪んだ共通点はただ1つ。 手段を問わず彼を幸せにすること。 その為だけに彼女達は周りの事など気にせずに自分の全てをかけてぶつかっていく! 選べなければ全員受け入れちゃえばいいじゃない! 真のハーレムストーリー開幕! この作品はカクヨム等でも公開しております。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

なんか美少女が転校してきて、チラチラ見てくるんだが

黒の底力
恋愛
平凡な毎日を過ごしていたとある男子高校生に降りかかる様々な幸運なのか災難なのか、現実ではほぼあり得ないストーリー展開に全米が泣いた・・・(かもしれない) 小説家になろうでも投稿しています

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...