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第2章
10.
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「った……」
ズキッとした痛みでキーリは目を覚ました。キーリの意識が戻り、目を開くとそこは見知らぬ小屋の中だった。辺りに散乱する敷き藁と充満する獣特有の匂いに、馬小屋だという所まではキーリにもわかった。
───に、逃げないと!
すぐに逃げようと、腕を使おうとして気付く。後ろ手にきつく縛られており、身動きが出来ない。キーリは縛られたまま床に転がされていた。
しかし、キーリの見える範囲には見張りの人影はない。キーリだからと油断して見張りがいないのか、隠れているのか。どちらにせよ都合が良かった。
「……今のうちに、ロードをしてしまえば」
頭はズキズキと痛むが死につながる程のものではないとキーリは判断する。ロードをすれば、この状況からは抜けられるので問題ない。気を失って実行できなかったロード画面を再度開く。
キーリにしか見えない画面が目の前に浮かび『はい』を選ぼうとして、固まる。
「あれ……?」
キーリは『はい』を選ぶ事が出来ない。しかし、選ぶ事が出来ないのは当たり前だった。キーリはいつも画面を操作するのに指を使う。指でタッチする事によって操作が可能なのだ。
だが、今は後ろ手に縛られているために手が使えない。
「嘘、だろ」
どう見ても現状は最低最悪だというのがキーリにもわかる。ここに連れて来たのは間違いなくギザットだろう。どういうつもりで連れてきたのか、キーリにも理解出来ていないが良くない事なのは確かだった。
今すぐ逃げる事が出来なければ本気で危ないと焦りを覚える。
理由は知らないが、殺される確率は間違いなく高い。何故なら、キーリはこの世界では死ぬべき存在のはずだからだ。
全身の血の気が引いていく。慌てて縛られている縄を解こうと、指先に力を入れた。歯を食いしばって全力を込めるが、ビクともしない。
それでも諦めずに何度も繰り返していると、小屋の扉が開いた。
バンッと大きな音を立てて開いたので、キーリの肩が跳ねる。
「おお。もう目が覚めたのか、見た目よりは丈夫だな」
「……ぎ、ギザット、さん」
小屋に入ってきたのは間違いなくギザットだった。不気味にもキーリを見てへらへらと笑っている。
床に転がるキーリに近付くと、前触れもなくそのまま蹴りつけた。眉を顰めて、キーリは咳き込む。
蹴りつけた、といっても勢いはあまりなく軽い。それでもギザットの足は、キーリの腹部を蹴り付けたので痛みに呻く。
ギザットは、それを見て満足そうに笑うと、屈んでキーリの顔を覗き込んできた。
「見ろ、キーリ」
ギザットがキーリに見せつけて来たのは掌だった。ギザット自身の広げた掌、そこに深い傷跡がある。中央あたりに、まるで貫かれたかのように手の甲まで傷が残っていた。
「これはボスにやられたんだ。お前と友人なんて信じられる訳ねえだろ? だから何でお前なんかを気に入ったんですか、って聞いたんだ。その返答がこれだ、ナイフでグサッ」
キーリの背筋が粟立つ。キーリとしては、まさかそんな事になっているとは思ってもいなかったからだ。
ギザットは思い出すのも忌々しいとばかりに舌打ちをする。
ギザットは弱いモノに強く、強いものに弱い。彼の中でキーリは絶対的な弱いモノであり、それが彼の尊敬するサラディに気に入られているという事はギザットの自尊心を傷付けた。
しかし、サラディに命令されれば従うしかない。ギザットはキーリには手を出せないはず、だった。
「俺も死にたがりじゃねえからな。お前の事はとりあえず置いておいて、アレンの野郎に復讐するつもりだったんだよ。でもなあ、キーリ。お前『夜の狼』の関係者だろ?」
「なっ! ちが、違います!」
「嘘ついてんじゃねえよ! 俺だけじゃねえ、仲間も聞いてた。お前……『夜の狼』に用があるんだろう?」
それは、間違いなくアレンに問いかけられた言葉だった。足元から這い上がってくるような寒気が全身を震わせる。
確かにキーリはそうやって問いかけられていた。そして、違うと答えられなかった。答えなかった。
それを潜んでいたギザット達に聞かれていたのだ。トーマック一家のボスであるサラディ、彼の友人であるキーリが『夜の狼』に接触しようとしている。
それは、裏切ろうとしていると捉えられても仕方のない現状だった。
「きたねえ野郎だなあ。ボスの弱味でも知って、高値で売ろうとしてたのか?」
「ちが、違う! 俺は、サラディを裏切ろうなんて!」
「黙れ、クズ虫が!」
ギザットが再びキーリを蹴り付ける。今度も腹部を狙い蹴り付け、ただその勢いは強い。身を縮めて出来る範囲の防御をしたが、痛みと吐き気がキーリを襲う。咳き込んで唾液を吐き出し、キーリは痛みに身を丸める。
それを見ながらギザットはへらへらと笑った。そして、キーリの耳元にそっと唇を近づけて囁いた。
「安心しろよ、キーリ。ボスをここに呼んでる所だ。しっかりと俺が説明してやるよ」
その言葉にキーリは凍り付いた。サラディがもうすぐここにやってくる。人を嫌い、憎み続けている男がここにくる。
キザット達に言われ、サラディが裏切りだと感じればキーリの言い分などどれだけ聞いてくれるだろう。
その恐怖に怯えながらもキーリが願ったのは、ただサラディの心を傷付けたくないという事だった。
ズキッとした痛みでキーリは目を覚ました。キーリの意識が戻り、目を開くとそこは見知らぬ小屋の中だった。辺りに散乱する敷き藁と充満する獣特有の匂いに、馬小屋だという所まではキーリにもわかった。
───に、逃げないと!
すぐに逃げようと、腕を使おうとして気付く。後ろ手にきつく縛られており、身動きが出来ない。キーリは縛られたまま床に転がされていた。
しかし、キーリの見える範囲には見張りの人影はない。キーリだからと油断して見張りがいないのか、隠れているのか。どちらにせよ都合が良かった。
「……今のうちに、ロードをしてしまえば」
頭はズキズキと痛むが死につながる程のものではないとキーリは判断する。ロードをすれば、この状況からは抜けられるので問題ない。気を失って実行できなかったロード画面を再度開く。
キーリにしか見えない画面が目の前に浮かび『はい』を選ぼうとして、固まる。
「あれ……?」
キーリは『はい』を選ぶ事が出来ない。しかし、選ぶ事が出来ないのは当たり前だった。キーリはいつも画面を操作するのに指を使う。指でタッチする事によって操作が可能なのだ。
だが、今は後ろ手に縛られているために手が使えない。
「嘘、だろ」
どう見ても現状は最低最悪だというのがキーリにもわかる。ここに連れて来たのは間違いなくギザットだろう。どういうつもりで連れてきたのか、キーリにも理解出来ていないが良くない事なのは確かだった。
今すぐ逃げる事が出来なければ本気で危ないと焦りを覚える。
理由は知らないが、殺される確率は間違いなく高い。何故なら、キーリはこの世界では死ぬべき存在のはずだからだ。
全身の血の気が引いていく。慌てて縛られている縄を解こうと、指先に力を入れた。歯を食いしばって全力を込めるが、ビクともしない。
それでも諦めずに何度も繰り返していると、小屋の扉が開いた。
バンッと大きな音を立てて開いたので、キーリの肩が跳ねる。
「おお。もう目が覚めたのか、見た目よりは丈夫だな」
「……ぎ、ギザット、さん」
小屋に入ってきたのは間違いなくギザットだった。不気味にもキーリを見てへらへらと笑っている。
床に転がるキーリに近付くと、前触れもなくそのまま蹴りつけた。眉を顰めて、キーリは咳き込む。
蹴りつけた、といっても勢いはあまりなく軽い。それでもギザットの足は、キーリの腹部を蹴り付けたので痛みに呻く。
ギザットは、それを見て満足そうに笑うと、屈んでキーリの顔を覗き込んできた。
「見ろ、キーリ」
ギザットがキーリに見せつけて来たのは掌だった。ギザット自身の広げた掌、そこに深い傷跡がある。中央あたりに、まるで貫かれたかのように手の甲まで傷が残っていた。
「これはボスにやられたんだ。お前と友人なんて信じられる訳ねえだろ? だから何でお前なんかを気に入ったんですか、って聞いたんだ。その返答がこれだ、ナイフでグサッ」
キーリの背筋が粟立つ。キーリとしては、まさかそんな事になっているとは思ってもいなかったからだ。
ギザットは思い出すのも忌々しいとばかりに舌打ちをする。
ギザットは弱いモノに強く、強いものに弱い。彼の中でキーリは絶対的な弱いモノであり、それが彼の尊敬するサラディに気に入られているという事はギザットの自尊心を傷付けた。
しかし、サラディに命令されれば従うしかない。ギザットはキーリには手を出せないはず、だった。
「俺も死にたがりじゃねえからな。お前の事はとりあえず置いておいて、アレンの野郎に復讐するつもりだったんだよ。でもなあ、キーリ。お前『夜の狼』の関係者だろ?」
「なっ! ちが、違います!」
「嘘ついてんじゃねえよ! 俺だけじゃねえ、仲間も聞いてた。お前……『夜の狼』に用があるんだろう?」
それは、間違いなくアレンに問いかけられた言葉だった。足元から這い上がってくるような寒気が全身を震わせる。
確かにキーリはそうやって問いかけられていた。そして、違うと答えられなかった。答えなかった。
それを潜んでいたギザット達に聞かれていたのだ。トーマック一家のボスであるサラディ、彼の友人であるキーリが『夜の狼』に接触しようとしている。
それは、裏切ろうとしていると捉えられても仕方のない現状だった。
「きたねえ野郎だなあ。ボスの弱味でも知って、高値で売ろうとしてたのか?」
「ちが、違う! 俺は、サラディを裏切ろうなんて!」
「黙れ、クズ虫が!」
ギザットが再びキーリを蹴り付ける。今度も腹部を狙い蹴り付け、ただその勢いは強い。身を縮めて出来る範囲の防御をしたが、痛みと吐き気がキーリを襲う。咳き込んで唾液を吐き出し、キーリは痛みに身を丸める。
それを見ながらギザットはへらへらと笑った。そして、キーリの耳元にそっと唇を近づけて囁いた。
「安心しろよ、キーリ。ボスをここに呼んでる所だ。しっかりと俺が説明してやるよ」
その言葉にキーリは凍り付いた。サラディがもうすぐここにやってくる。人を嫌い、憎み続けている男がここにくる。
キザット達に言われ、サラディが裏切りだと感じればキーリの言い分などどれだけ聞いてくれるだろう。
その恐怖に怯えながらもキーリが願ったのは、ただサラディの心を傷付けたくないという事だった。
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