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第1章

6.

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「どうするか……」

 キーリは、悲しい現実と向き合い打ちひしがれていた。
 貯蓄していた食料が底を尽きそうなのだ。悲しい事に金もない。当たり前ではあるが、盗みをして生計を立てている小悪党のキーリには成人男性を養う財力はないのだ。
 彼の傷も良くなってはいるが、まだ完治には程遠い。今この状態で外へ放り出す選択肢はキーリにもない。
 しかし、このままでは二人そろって餓死となる。そうならないようにも金持ちの獲物を探しに行かなければならない。

「キーリ、どうした?」
「あ、いや、何もない」

 名前を呼ばれて振り返ると、ベッドにいた彼が真っ直ぐにキーリを見ていた。前までは警戒していたせいか表情一つ動かさなかった彼だが、今では少し笑ったりする事も増えた。
 今も小首を傾げて訝し気にしている。キーリが先程から固まっているのを見て、気にかけてくれたのだろう。
 しかし、ここで実は食料がほとんど無いなんて伝えて無駄に不安にさせるのはキーリが嫌だった。身体にも良くないだろう。

「えと、アカ。俺、今日は帰るの遅くなると思うけど気にしないでくれ」

 アカというのは、火傷痕の男の仮名だ。
 流石に呼び名がないと勝手が悪いとキーリが適当に付けたものだった。それは、単純に瞳の色を見てつけた名前だったが、アカが文句を言う事はなかった。彼自身も本名は言いたくないのだろう、丁度良かったのかもしれない。

「……わかった」

 アカはキーリの言葉に、暫し黙り込んでから素直に頭を縦に振った。
 アカの他者に対する警戒度は異常だ。確かにここに住む人間はある程度の警戒心は必要だとはキーリも思っている。
 しかし、アカはキーリが毒見したものしか絶対食べない。キーリより先に絶対寝ない、更に必ず先に起きる。
 それは、人間不信に近い程に他人を信用していない証拠だ。全て疑って、信用しているのは自分だけだといわんばかりの態度なのだ。
 キーリと話していても、アカの目はいつも鋭く、どこか本心を探っている。ここでは賢い生き方なのかもしれないが、キーリからすれば随分と疲れそうな生き方だとは思う。

 ──まあ、幼い頃に騙されまくって財産を奪い取られた俺が言えた事ではないか。

 大体、キーリ自身は他人を心配している余裕なんてない。
 キーリは言葉にし辛い感情に胸奥を埋め尽くされながらも、家から外へと出ていった。


 今日はどの辺りで獲物を探すか、キーリはそこから考えないといけなかった。
 最下層の貧民窟は、一般街へと続く橋が東部と西部にある。キーリはその東部を拠点にして活動している。橋から離れている地方は治安が更に悪化していくので、キーリもそちら側には近寄らないようにしている。
 東部は治安が良いが、それと同時に王国騎士団の目に止まりやすい。彼らに盗みを見つけられればよくて鞭打ち、悪くて首吊りだ。
 だからこそ何をするにも場所を考えなくてはいけない。

「……つってもこの前あの場所でやったら、筋肉魔人に捕まったしな」

 今回はキーリだけではなくアカの食事分も必要だ。あんな風に奪われたら足りないだろう。それだと困るのだ。

「そうなると賭けではあるが、もう少し南方面へ向かうか……?」

 そちら方面にいくと治安が悪くはなるが、悪だくみをする商人たちも増えるのだ。彼らは金を奪われても、それを騎士団へ訴える事さえ難しい者ばかりだ。
 騎士団に、何故そんな所に? など聞かれたら答えられない事をしている者が多い。
 大抵は違法な人身売買や薬剤の取引だ。つまりキーリにとってはいいねらい目だ。ただし奪い過ぎない事が重要だ。やり過ぎは恨みを買う。

「……仕方ない。行くか」

 くるりと踵を返してキーリは南方面へ足を進めた。出来る事ならいい獲物が見つかりますようにと願いながら。
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