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第1章

3.

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 家、といっていいものなのかわからないが、キーリの住まいは廃墟だ。
 既に持ち主は死んだか、捨てて出ていったのかで誰もいない所に勝手に住まわせてもらっていた。
 廃墟、というのに相応しく壁は罅だらけ。天井に至っては穴が空いており、雨漏りなんていつもの事だ。
 寝泊りするだけなので、キーリに不満はないが部屋が大きい訳でもない。中にあるものもベッドと机に水場、主にそれくらいしかない。
 その唯一のベッドを占拠しているのは火傷痕の男だ。相変わらず意識は無い。そして、キーリといえば空腹での重労働は思った以上に辛く、ベッドの側で床に座り込んでいた。

「っはぁ、はあ……死ぬ。こんな事なら先に飯食っとけば良かった…………」

 息を暫く整えながら、自分の判断の無さを悔やむ。しかし、それで腹が膨れる訳もない。今は何よりも彼の傷の具合だ、と悲鳴を上げている四肢に鞭を打って動かす。
 そして、キーリは彼の身体を確認するが、

「あれ?」

 血で全身が染まってはいるが、傷自体はそこまで深くはなかった。この血の量からだと死の直前だと考えていたキーリだが、一番深い傷といえば足にある刺し傷くらいだ。太腿辺りに残っている大きな傷跡は見ているだけで痛々しい。
 しかし、それ以外は思っていた以上に軽めの傷だ。

「……これなら何とかなるか?」

 キーリは家の中をひっくり返すように探して、自分用の治療道具で手当てを始めた。

◾︎◾︎◾︎


「……ふ、が?」

 ふっと意識が戻ってくる。目蓋をゆっくりと開くとキーリの目に天井から差し込んでくる陽光が飛び込んできた。
 その眩しさに眉を顰めながら、キーリは身体を起こす。

「……あれ、朝か?」

 寝起きで鈍い頭は、現状を思いだすのに少しの時間が必要だった。
 キーリは昨晩、路地に転がっていた傷だらけの男を拾って手当てをした。ぐるりと近くを見渡すと、キーリが寝ていたのは床だと気付く。
 手当てが終わり、気が緩んだと同時に襲い来る睡魔に耐えきれずその場で寝たのだろう。
 首元を掻いてから、欠伸をする。それと同時に腹の虫が鳴き始めたのでキーリは、のろのろと腰を上げた。

「何はともあれ、飯だ。飯にしよう」

 顔を上げた瞬間、視線が合う。
 視線が合う、というのはキーリ以外に第三者がいなければならない。鏡もあるが、そんなものは彼の家にはないのであり得ない。
 今、キーリと見つめ合う事が出来るのはキーリ自身が連れて来た男だけだった。そう、火傷痕の男はしっかりと身体を起こして、ベッドの上でこちらを見下ろしていたのだ。
 血の様な真っ赤な瞳は綺麗だが感情が一切読み取れない程に無機質だ。それがしっかりと、逃さないとばかりにキーリを捉えていた。
 一瞬、ひゅっと息を吸って固まる。心臓も縮こまり、キーリの背筋も反射的に真っ直ぐに伸びる。

 ──も、もう起きたのか!

 思ったより軽い傷だったとはいえ、簡単に治る傷ではない。その為に暫くは目覚めないだろうとキーリは思っていたのだが、暫く所かキーリより早く目が覚めている。

「……え、ええと」
「……」
「そ、その、おはようございます」
「……」

 キーリと見つめ合うも、彼は一言も発する事なく時間だけが流れていく。更に、にこりとも笑わずに無表情なので雰囲気はかなり重い。

 ──なんか、喋ってくれよ。

 キーリの心の叫びに気付いてくれる訳もなく、火傷痕の男は無言を貫く。愛想笑いを浮かべているキーリの口角は引きつりそうだ。

「俺の事、覚えてるか? 外で倒れてたから、その、俺がここまで連れて来たんだ」
「……」
「今から飯を買ってくるんだが、何か希望があるならそれを買ってくる、けど……」
「……」

 返ってくるのは沈黙のみだ。
 キーリとしてはせめて首を振る程度はしてくれと願うが、彼は微動だにしない。しかし、ここまで全身で拒否を示されると、キーリも逆に吹っ切れるというものだ。
 キーリは諦めて、食事を買いに外へ向かう。その際に、火傷痕の男の視線はずっとキーリを追っており、逸らす事すらしない。そんな視線に追い立てられるようにキーリは小さくなって、自分の家から出ていった。
 それは家の主がどちらなのかわからなくなりそうな光景だった。
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