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第一章 代筆屋と客じゃない客
第一片 ようこそ、代筆屋カレンへ
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王都の次に大きい港町・レナン。
活気あふれる人々が集う街の中心部、生活や荷運びの足である馬車が行き交う。そんな港町で最もにぎわう時計塔通りの最南端に、その店はあった。
『代筆屋 カレン』
この世界において、主な伝達手段は手紙である。
きれいに削られた石の平面に、特殊なインクで文字を書き記す「連絡板」なるものは存在するが、その重さ故に持ち運びは容易でない。
日常生活において、手紙は貴重な伝達手段なのだ。
代筆屋という職業は、レナンでは五十年以上前から存在する。
国民全員の約半分は、文字が書けないこと(読める人間はもっと居る)、紙そのものが貴重であり失敗できないこと、手紙でやりとりすることが少ないため文字が書けたとしても文章のコミュニケーション能力が低いこと。
これらの理由から、代筆屋はその生業を安定的なものとしてきた。
庶民はもちろん、上流階級になればなるほど手紙のやりとりは増える。よって、知性や財力を誇る一端としても、代筆屋の存在は必要不可欠なのだ。
今日もまた、『代筆屋 カレン』には幾人もの客が訪れる。
(なんで俺がこんなところに……)
上品な身なりをした青年・ロイは、今日、上司の依頼という名の命令で代筆屋にやってきていた。
彼はレナン屈指の警吏隊に勤めている若手隊員だ。警吏の仕事は主に街の巡回や揉め事の後始末、反社会組織との戦闘など。
代筆屋で手紙を書くことが仕事ではない。
さらりと流れる金髪に、凛々しい顔立ち。これまでの二十三年間の人生で、女性から手紙をもらうことはあっても、恋文を出そうなど思うことはなかった。
ロイは上司の顔を思い出して、深いため息をつく。
『代筆屋をやっているカレンという女がどんな人物か調べてきてくれ』
早朝、夜勤明けのロイに突如告げられた命令。任務かと思いその目的を尋ねたロイに返ってきたのは、なんとも断りたくなる内容だった。
『娘の恋人が、代筆屋の女に懸想しているらしい』
ロイが思わず「は?」と聞き返してしまったのも無理はない。要は、娘の恋人が浮気しているらしいから、その相手を探ってきてくれという完全なる私用だった。
もちろん、夜勤明けのタイミングで話したからには、これから寝ずに行ってこいということだ。
(知るかよ!娘の恋人が浮気してるかどうかなんて!どんだけ過保護なんだ、あのおっさん!)
ロイが所属する第七部隊は、「赤獅子」と呼ばれるひとりの豪傑が精鋭たちを束ねている。その赤獅子ことルベルト・ジーニアこそ、彼に代筆屋に行けと命令してきた上司だ。
裏社会に潜ることも厭わない特別な隊を束ねる男も、所詮はただの父親だったということか。ロイは無駄な抵抗することなく、ため息交じりに代筆屋へと重い足を運んだ。
(それにしても……こんな一等地で代筆屋をやれる女がいるとはね。そういう意味では、ルベルトじゃなくても気になるな。人の男を盗る女ってのが本当だったら、どんな美女が出てくるか)
ロイは仕事柄、一方から入ってきた噂をそのまま信じることはないが、男として藪をつついてみたい気持ちがないわけではない。男を惑わす稀代の悪女がいるとすれば、一度は会ってみたいものだと思っていた。
(ま、ルベルトの娘の勘違いっていうのもあるしな)
あまり期待せずに行こう、そう思ったロイはゆっくりと代筆屋の扉を開く。
――カラン……。
涼しげな鐘の音が小さく響いた。
今どきめずらしい静かな音色だな、ロイはそう思いながら店に足を踏み入れる。
「ようこそ、代筆屋カレンへ」
アイボリーに近い木製テーブルと椅子が二脚。そして同じ色合いのカウンターには、黒目・黒髪というめずらしい容姿の女がいた。
活気あふれる人々が集う街の中心部、生活や荷運びの足である馬車が行き交う。そんな港町で最もにぎわう時計塔通りの最南端に、その店はあった。
『代筆屋 カレン』
この世界において、主な伝達手段は手紙である。
きれいに削られた石の平面に、特殊なインクで文字を書き記す「連絡板」なるものは存在するが、その重さ故に持ち運びは容易でない。
日常生活において、手紙は貴重な伝達手段なのだ。
代筆屋という職業は、レナンでは五十年以上前から存在する。
国民全員の約半分は、文字が書けないこと(読める人間はもっと居る)、紙そのものが貴重であり失敗できないこと、手紙でやりとりすることが少ないため文字が書けたとしても文章のコミュニケーション能力が低いこと。
これらの理由から、代筆屋はその生業を安定的なものとしてきた。
庶民はもちろん、上流階級になればなるほど手紙のやりとりは増える。よって、知性や財力を誇る一端としても、代筆屋の存在は必要不可欠なのだ。
今日もまた、『代筆屋 カレン』には幾人もの客が訪れる。
(なんで俺がこんなところに……)
上品な身なりをした青年・ロイは、今日、上司の依頼という名の命令で代筆屋にやってきていた。
彼はレナン屈指の警吏隊に勤めている若手隊員だ。警吏の仕事は主に街の巡回や揉め事の後始末、反社会組織との戦闘など。
代筆屋で手紙を書くことが仕事ではない。
さらりと流れる金髪に、凛々しい顔立ち。これまでの二十三年間の人生で、女性から手紙をもらうことはあっても、恋文を出そうなど思うことはなかった。
ロイは上司の顔を思い出して、深いため息をつく。
『代筆屋をやっているカレンという女がどんな人物か調べてきてくれ』
早朝、夜勤明けのロイに突如告げられた命令。任務かと思いその目的を尋ねたロイに返ってきたのは、なんとも断りたくなる内容だった。
『娘の恋人が、代筆屋の女に懸想しているらしい』
ロイが思わず「は?」と聞き返してしまったのも無理はない。要は、娘の恋人が浮気しているらしいから、その相手を探ってきてくれという完全なる私用だった。
もちろん、夜勤明けのタイミングで話したからには、これから寝ずに行ってこいということだ。
(知るかよ!娘の恋人が浮気してるかどうかなんて!どんだけ過保護なんだ、あのおっさん!)
ロイが所属する第七部隊は、「赤獅子」と呼ばれるひとりの豪傑が精鋭たちを束ねている。その赤獅子ことルベルト・ジーニアこそ、彼に代筆屋に行けと命令してきた上司だ。
裏社会に潜ることも厭わない特別な隊を束ねる男も、所詮はただの父親だったということか。ロイは無駄な抵抗することなく、ため息交じりに代筆屋へと重い足を運んだ。
(それにしても……こんな一等地で代筆屋をやれる女がいるとはね。そういう意味では、ルベルトじゃなくても気になるな。人の男を盗る女ってのが本当だったら、どんな美女が出てくるか)
ロイは仕事柄、一方から入ってきた噂をそのまま信じることはないが、男として藪をつついてみたい気持ちがないわけではない。男を惑わす稀代の悪女がいるとすれば、一度は会ってみたいものだと思っていた。
(ま、ルベルトの娘の勘違いっていうのもあるしな)
あまり期待せずに行こう、そう思ったロイはゆっくりと代筆屋の扉を開く。
――カラン……。
涼しげな鐘の音が小さく響いた。
今どきめずらしい静かな音色だな、ロイはそう思いながら店に足を踏み入れる。
「ようこそ、代筆屋カレンへ」
アイボリーに近い木製テーブルと椅子が二脚。そして同じ色合いのカウンターには、黒目・黒髪というめずらしい容姿の女がいた。
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