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249.霊縁(14)ミンリン

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真っ暗な新月の空を見上げたリーファが、少しツラそうにつぶやいた。

「勇吾を召喚した呪符じゅふを、改めて解読してたの……」

あの呪符じゅふは研究途中のものを、やむなく使ったと言っていた。

「あの召喚でひとつも命が失われてなかったのが不思議だったんだけど……。近くで人獣じんじゅうの牙に倒れて亡くなった剣士のたましいを引き寄せて、使ってたんだと思う」

「そうか……。そんなつもりじゃなかったのはツラいな……」

「そうなのよ……」

激戦の最中さなかの出来事であったわけだし、どうせ亡くなる命なら……。とは、考えないのがリーファであり里佳だ。

そっと抱き締める。

「お陰で俺は里佳と幼馴染になれた」

「うん……」

「今はそれだけ想って、感謝しておこう……」

リーファは元々、浄化と託宣たくせん呪術じゅじゅつが使える。けれど祖霊は何を聞いても「天帝てんていの願いを……」としか示してくれなくなっていた。

俺たちの未来は、とても明るい光と、先の見えない真っ暗闇が、まだら模様に渦巻いているみたいだった――。

 ◇

望楼ぼうろうの改築が終わりミンリンさんと2人で並んだ。高くなった望楼からは、第3城壁も超えて遠く見晴らすことが出来た。

「最初から、こうして見通すことが出来れば、もっとお役に立てたのに」

と、ミンリンさんが悔しそうに言った。

「いやあ、どうでしょう?」

「……?」

「最初からこの高さだと、城を取り囲んでる人獣じんじゅうの群れに、一発で心がくじけてたかもしれません。それに、他の街を喰い尽くした人獣じんじゅうが後から後から増えてくるのも見えてたかもしれません」

「……そうですね」

「目の前のことに集中できたから、なんとか乗り越えられたんだと思いますよ」

「そう言っていただけると……」

と、ミンリンさんは遥か遠くの景色に目をやった。

夏の訪れとともに緑も目に入るようになっている。まもなく召喚されてから1年。あの頃、城の外ではこんな景色が広がってたんだと、不思議な気持ちにもなった。

ふと、ミンリンさんが顔を真っ赤にして口を開いた。

「いつも、はだかの私を思い出して下さってましたよね……?」

「へ……?」

「大浴場でお会いした日から、外でお会いしても、いつも重ねて見て下さいました……」

と、自分の腕を抱くミンリンさんの豊かなふくらみが、むにゅうと盛り上がった。

バ、バレてた……。

「とても……、嬉しかったのです……」

「えっ……?」

「湯船で初めてご挨拶させていただいた時……、私を女子として見て下さるマレビト様に……、生まれて初めて胸が高鳴りました」

湯船の中をつんいで近付いて大きな胸がドンっと目に入る、当時の俺には衝撃的な初対面でしたからね。

その後すぐ、三卿一亭の会同で顔を合せても大浴場の裸体がチラついて、顔を赤くしてしまいましたよ。

「学問に夢中で過ごし、私をそのような目で見てくださる殿方とのがたとお会いしたのは、初めてのことでした……」

そ、そりゃ、初対面が全裸で女子を感じないわけが……。

「大浴場につどう女子たちの中で、私を初めて名指しで呼んでいただき、ドキドキと舞い上がってしまい、同じようにお近付きすると、やっぱり私の身体ことを熱い視線で見てくださる……」

だって、ミンリンさん、四つん這いで近付いてくるし……。

「ある時、重用ちょうようされるシーシをうらやましく思う自分に気が付いて……。ああ、これが世に聞く、恋というものかと……。私も何かお役にと、望楼ぼうろうにまで押しかけてしまいました……」

それで、荷運び櫓を考案してくれましたよね。激しい戦闘をずっと支えたミンリンさんの傑作は、シーシへのヤキモチから来てたんだぁ……。

「とはいえ生まれて初めて湧き上がる感情を、自分ではどうして良いかも分からず、途方に暮れておりましたところ、メイファンが……」

と、ミンリンさんが首まで赤くした。

「お胸で……、お背中を姿を目にし、これだっ! ……と」

これだっ! って、思ってたんだあ。

「けれど、図面を引くしかのうのない不器用な私ごときでは、メイファンのように達者たっしゃ出来るはずもなく。自分の不甲斐なさを恥じるばかりで……」

いや、丁寧過ぎるくらいゆっくりとゆっくりとてくれてましたよ……。

「ところがっ! ……そんな私を思いってくださった優しいマレビト様が、一夜城のお話をしてくださったのです……」

ゆっくりのがむしろ、エロすぎる感じになってた照れ隠しに話しただけだったんですけど……。

「とてもとてもとても、嬉しくて……。ああ、せっかく私にだけしてくださった宝物のようなお話を、なにか形にして残したい、と……、回廊かいろう戦を考案いたしました」

人獣じんじゅう撃退の切り札になった回廊かいろう戦は、いわば俺へのだったんですね。さすがに、気が付きませんでした。

「でも、大浴場ではがらにもないことを仕出しでかしてしまい、自分でやっておきながらマレビト様にお会いすると、お背中やお腕の心地ごこちが肌にジーンッと思い起こされ、赤面せきめんしてしまう始末……」

あ、うんうん。2人で顔を赤くして固まってましたよね。

「あまりに恐れ多いと恐縮し切っていた私を、見かねたシーシが翌日も同じように……」

あぁ……。確かに次の日はシーシでした……。あれ、ミンリンさんへのフォローだったんだ。3日連続になって、完全に定例化しました。キーマンはミンリンさんだったんだぁ……。

「そんな私なのに、マレビト様はいつも変わらず女として見てくださいました」

え、ええ……。お色気大作戦とか、見ちゃってましたよ……。

「もっと見ていただきたいと、出来るだけ最初にお会いしたときと同じ姿勢でお迎えし……」

なにかと四つん這いだったの、ミンリンさんなりの頑張りだったんだあ……。

「そして、こんな私を側室そくしつにまで……」

「……ミンリンさんは」

「はっ、はいっ!」

「とても……、魅力的な女性ですよ」

「えっ! ……そんな、……そんな、……もったいない」

照れて真っ赤な顔をフルフルさせてる美人の陰キャって……、いいですよね!

そっと腰に手を回すと、一瞬、ビクッとしてから、身体からだを俺に預けてきた。

「……何事も図面でしか語れなかった私が、こうして言葉でおもいを伝えられるようになったのは、マレビト様のお陰でございます」

そして、大きく息を吸い込んで身を震わせた。

「期待して……、しまいますよ……?」

「はい」

もらっていただけるのですか……? 私の純潔はじめて……」

「俺で良ければ……」

「……そんな、……そんな」

と、そのまま寝室で、ゆっくりとゆっくりと丁寧に肌を重ね合い、霊縁れいえんは結ばれた――。

視界に入る紋様もんようの輪が、互いにゆっくりと激しく絡み合った。

「ずっと、おそばに……」

と、真っ赤な顔を俺の腕に伏せたミンリンさんが口を開いた。

「……いたいです」

背中にそっと手をあてると、身体からだをクルッと回して俺に寄せ、むにゅうとた。

これだけ喜んでもらえると、俺の胸までいっぱいに満たされたようで、思わずギュウッと抱きめてしまった――。
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