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209.里佳の事情①

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「えっ?」

私は女の人にかれて、泣き声を上げていた。疲れた表情の女の人は、優しげなみで話し掛けてくる。

「よしよし、私の赤ちゃん。私がお母さんよ。これから、よろしくね。名前は決めてあるの。里佳っていうのよ」

――私はマレビト召喚の呪術じゅじゅつを行使したはず……。

なのに、見ず知らずの女性の子供に転生していた。

「えっ?」

幼稚園に入園した。

「えっ?」

小学校に入学した。

「えっ?」

中学生になった。

「えっ?」

高校受験に合格した。

確かに私のマレビト召喚の呪符じゅふは、術者じゅつしゃの命を用いずとも召喚出来ないか、研究の途上とじょうにあった。

不完全なことは分かってたし、思わぬ副作用も覚悟してた。

いやいや。

なんか、第2の人生をエンジョイしちゃってますけど?

「里佳――ぁ? 入学式、遅れるぞ――?」

「今、行く――!」

と、私がこたえたのは隣の家に住む幼馴染の勇吾だ。

赤ん坊だけど中味は18歳の王女という私が、年相応としそうおうで平民の子供らしい振る舞いをするのに、随分ずいぶん参考にさせてもらった。

私が里佳に転生してから、ずっと一緒に育った。

「今日から高校生だろ? まだ、あんなちっこい犬が怖いのかよ?」

と、勇吾は笑うが、私には切実せつじつだ。

犬を見ると、どうしても狼型人獣じんじゅうに頭からわれた城主の姿がフラッシュバックしてしまう。

勇吾の背中に隠れさせてもらって、おそおそる道を進む。

からかいながらも、嫌がることなく私を守ってくれる勇吾はいいヤツだ。

あの晩のことは忘れられない。ジーウォの剣士長、フェイロンの背に守られ、侍女のシアユンと一緒にわけも分からず宮城きゅうじょうに逃げ込んだ。

以来、死者をみ重ね、多くのたみわれ、私はマレビト召喚のおよんだ。

今ごろ、彼らはどうしているだろう?

マレビトは無事に召喚されているのだろうか?

それとも、祖霊それいは私にマレビトを連れて帰れと言っているのだろうか?

幼い頃は会う人会う人みんな「この人がマレビトではないか?」と思って、随分、目付きの悪い子供だった。

けれど16年も音沙汰おとさたなしでは、さすがに「なるようになる」としか思わなくなった。

「あの途中に出てきた銀髪が主人公の結末けつまつ暗示あんじしてたと思うんだよな」

と、晩ごはんの後に観た映画の感想を勇吾が話してる。

この高度な文明の異世界に最初はとても驚いたけど、それもすっかり馴染なじんだ。

なにより驚いたのは医療だ。

もし、いつかダーシャンに戻れるなら、医療や医学の知識を持ち帰りたいと医学部をこころざした。

が、壊滅的かいめつてきに数学や物理が苦手だった。

みなが文系に進むことをすすめてくる中、勇吾だけが応援してくれた。

根気こんきよく私の勉強に付き合ってくれて、何度も基礎から説明してくれて、イヤな顔ひとつしない。高校ではんなをまとめて文化祭の企画を仕切しきったり、たよ甲斐がいのある男子に成長していた。

なにせ生まれた時点で中味なかみは18歳のリーファが、赤ん坊のころからきっりで見てきたのだ。私ごのみの男に育たないわけがない。

いつか、祖霊に呼ばれて帰ってしまうかもしれないけど、それまではずっと一緒にいてほしい。そう願うようになってた。

楽しい高校生活はあっという間に過ぎ、勇吾のサポートもあって無事に医学部に合格できた。

ギリギリの成績だったので、県外の大学を選ばざるをず、しばらく勇吾とはなばなれになるのは残念だったけど、私はこころざしつらぬいた。

そして、卒業式のあと、勇吾から校舎の裏に呼び出された。

「笑わないで聞いてほしいんだけど」

と、顔を赤くしてる。

あっ、これ告白されるヤツだ。と、すぐにピンときた。

仕方しかたないなぁ! 18歳を2回目のお姉さんが恋人になってあげよう! 大切にするんだぞ!

と、思ったとき、勇吾の身体からだが足元から白い光につつまれ始めた。

モジモジと愛をける勇吾は、まだ気が付いていない。

――勇吾がマレビトだったんだ……。

私は呆然ぼうぜんとすると同時に、あの過酷かこくなジーウォ城に勇吾を送り込んでしまうことに愕然がくぜんとした。

私の主観しゅかんでは18年も前の出来事なのに、人獣じんじゅうたちの恐ろしさは克明こくめいに思い出せる。第2城壁は陥落かんらくしただろうか? 最終城壁だけで守り切れるだろうか?

あんなところに、私の可愛かわいい勇吾を行かせてしまうなんて――。

「ごめんなさい――」

あふれる涙と一緒に、私は思わずあやまった。

勇吾は、ハッとした顔で私の瞳を見詰めた。

「勇吾……」

私はきっと死ぬ。マレビトの召喚は術者じゅつしゃの命とえだ。今まで楽しい楽しい18年間をありがとう。ジーウォ城のんなをよろしくね。勇吾だったらきっと大丈夫。んなをまとめて、すくってくれるよね?

そう思うと、それ以上に言葉が出てこなかった。

完全に勇吾をつつんだ光は、やがて小さくなり、……消えた。

見上げた空は快晴で、雲ひとつない。

……いい人生、だったことにしておこう。

……。

……。

「えっ?」

私、死んでないんだけど……。

とりあえず、友達と約束してた、制服で最後になるパフェを食べに行った。

美味おいしかった。

「里佳の大食いも見納めかあ」

「なに言ってるのよ! 卒業しても、また遊びに行こうよぉ! このこの!」

なんてジャレ合ってから、家に帰った。

晩ご飯は一人で食べた。

風呂に入った。

布団に入った。

「えっ?」

これ……、どうしたらいいの……?

勇吾を異世界あっちに送っちゃって、私の日常は続いていくとか……。

翌朝、勇吾の両親には適当に誤魔化ごまかした。大学入学前に旅したいらしいですよって伝えると、息子の成長を喜んでた。

……後ろめたい。

卒業式翌日。引っ越しの準備とか、家族旅行の準備とか、やらないといけないことが沢山たくさんあるのに何も手につかず、モンモンとして過ごした。

そして、就寝しゅうしん前。昔、勇吾にもらった手鏡が白く光り始めた。

「里佳!!!」

「ゆ、勇吾……?」

光の中にうつし出されていたのは、見覚えあるジーウォ城のリーファの寝室に立つ勇吾だった。

「里佳なのか……?」

勇吾は昨日よりも、はるかにたくましい顔付きで私を見詰みつめている。

「お、俺……、なんか……、異世界に召喚されちゃって……」

それ、私のせいなの……。と、思いつつ、どこから話せばいいか分からない。

「ごめんな。いきなり恋人になってくれなんて言って……」

それは、今、どうでもいいわ。

別に嬉しかったし問題ない。

やっぱり、最初から説明しないといけないよね……。

「私なの……」

「えっ?」

「私が……、リーファなの……」
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