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最終章 聖山桃契

287.聖山桃契

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 昼夜を分かたず駆けた強行軍で、聖山に到着するや、三姫はすぐに狩りにとりかかった。

 供物の狩りは神聖な儀式でもあり、限られた人数で行われる。

 ロマナ、リティア、アイカ、チーナ。

 昨年と同様のメンツとなった。


「聖山の森で〈総候参朝〉の供物を狩りできるのは、王家にも許されてない西南伯家の特権なんだから、光栄に思いなさいよねっ」

「西南伯家の供物の狩りを、第3王女様が手伝ってあげるっていうんだから、光栄に思うのはそっちでしょ?」


 と、昨年とまったく同じ会話を交わし笑い合うロマナとリティア。

 もちろん、にこやかだったのは最初だけである。


「8種の獣を7匹ずつと、4種の鳥を7羽ずつ。種の数が合ってれば、種自体は問われないけど、猪とワシは入ってる方が望ましいわね」


 という狩りは、当然に過酷で、大半はアイカとチーナで狩り出したが、

 どうにか狩りを終えた夕刻には、4人ともヘトヘトであった。

 余分な獲物をアイカが捌いて、焚火を囲む。


「わたし? わたしは即位しないぞ?」


 と、夕日に照らされるリティアが、焼き立ての鹿肉をモグモグと頬張りながら言った。

 ロマナの眉間にしわが寄る。


「え? なんで?」

「だって、わたしはルーファの首長様の嫁になるんだ。国王には相応しくないだろう?」

「じゃあ、どうするのよ? え? ほかに誰がいるの? ……アイカ?」

「アイカは、ザノクリフの女王陛下だぞ? ……まあ、やってやれんことはないだろうが」

「イヤですね」


 と、アイカもモグモグしながら頷く。


「ザノクリフだけでもどうかと思ってるのに、テノリアもだなんて、勘弁してください」

「じゃあ、誰よ? ……サヴィアス殿下?」

「……ロマナの旦那様になる人に悪いが、無理だろう」

「無理よね」

「無理ですね」


 リティアの言葉に、ロマナとアイカがしみじみと頷く。

 心を入れ替えたからといって、急に有能になるわけではない。

 混乱しているテノリア王国を治めることが、サヴィアスの手に余るのは明らかであった。

 また、サヴィアスは、動乱中にアルナヴィスに敗れ、ファウロスから賜ったアルニティア騎士団を壊滅させている。

 列候たちから侮られており、その上に立つことは三姫からの推戴すいたいがあったとしても不可能にちかい。


「結局、どうするのよ? ステファノス殿下? まさか、ルカス殿下を呼び戻すつもり?」


 と、眉間のしわを深くするロマナに、

 ゴクリと鹿肉を飲み込んで、口元を拭いたリティアが顔を向けた。


「ロマナ。お前が即位しろ」

「は? ……はあぁぁぁぁぁぁ!?」

「……この動乱で、もっとも血を流したのは西南伯家だ。異議を唱える者はおるまい」

「ちょ、ちょっと待ってよ。わたし、王家の人間じゃないし、当然、王位の継承権も持ってないのよ!?」

「ステファノス兄上の養女になれ」

「はあぁぁぁ!? ……なに? もう、すっかり根回しは終わってるってこと?」

「いや、そんなことはないが……、あのステファノス兄上が、ウラニア姉様の孫娘であるロマナを養女にすることを断ると思うか?」

「それは、そうね……」

「だろ?」

「だ、だけど……」

「ステファノス兄上とユーデリケ妃殿下の間には子供ができなかった。……ユーデリケ妃殿下は、きっと良き養母ははとして、ロマナ女王陛下の治政を支えてくださるぞ?」


 アイカが〈上品ハイソ美魔女〉と評したユーデリケ。

 ロマナの気持ちを思い遣り、優しく抱きしめてくれた温かな感触は、まだロマナの身体に残っている。


 ――こんな母親がほしかった。


 という思いで、心の内に張り詰めているものが、裂けて吹き出しそうになったのも事実であった。

 リティアは、すこし寂しげな表情をして夕陽を見詰めた。


「……わが母エメーウにも、アナスタシア陛下にも聞かせられんことだが」

「うん……」

「わが父にして、偉大なる王であったファウロス陛下が、本当に愛した女性は亡くなられた側妃テオドラ様おひとりであったのだと思うのだ……」

「テオドラ様……」


 ステファノスとウラニアの実母であり、はやくに亡くなったテオドラ。

 出自の低いテオドラは、世襲貴族たちの激しい反発で正妃の座に就けず、

 その早逝は、ファウロスに深い悔いを遺した。


「テオドラ様の血を受け継ぐロマナが王位に就くことは、王位をに戻すことになると思うのだ……」


 そう語るリティアの眼差しは、


 ――自分は望まれて生まれた娘ではなかった。


 と、物語る憂愁に満ちていた。

 ファウロスが、息子バシリオスから略奪し、側妃とした母エメーウ。

 しかし、テオドラが正妃となり健在であれば、

 いや、健在でなくとも正妃の座に就けてやり、ステファノスを王太子とすることができていれば、

 あの略奪劇は起きなかったのではないか。

 あるいは側妃サフィナでさえ――。

 ロマナの視線に気付いたリティアは、穏やかな笑みを浮かべた。


「だからこそ、わたしは父のようにありたかったのだろうな。……ファウロスの気性を最も色濃く受け継ぐと言われて、こんなに嬉しいことはなかった」

「リティア……」

「今は違うぞ!?」

「え?」

「今の私は、アイカが誇れる義姉あね、ロマナが誇れる親友ともでありたいと願っている!!」

「はいっ! リティア義姉ねえ様は私の誇りですし、リティア義姉ねえ様の親友であるロマナさんも、私の誇りです!!」


 と、アイカも満ちたりた笑顔をロマナに向けた。

 その肩を抱いて、桃色の頭をグリグリするリティア。


「だろう!?」

「はいっ!!」

「父ファウロスが最後に愛したサフィナ殿。その息子であるサヴィアス兄を王配に迎えれば、言うことなしだ。……勝手気ままな、とんでもない国王であったが、わたしには大切な父。ロマナにとっても外曾祖父ひいおじいさんだ。どうか、その想いを汲んでやってはもらえないだろうか?」

「……うん」

「もちろん、われら三姫は一体だ。ロマナだけに苦労を押し付けるつもりはない。わたしとアイカも〈共同統治者〉として支えよう。な? アイカ」

「はいっ! ロマナさんとリティア義姉ねえさまが望んでくださるのなら、わたしは喜んでお手伝いします!」


 優しげな微笑みでロマナを見詰めるリティアとアイカの義姉妹しまい

 ふいにロマナが眉間にしわを寄せた。


「ずるい!!」

「は?」

「ず――る――い――っ!」


 と、その場で足をバタバタさせるロマナに、

 リティアとアイカは困惑の表情を浮かべた。


「な、なんの話だ? ……なにがずるい?」

「ふたりだけ義姉妹しまいなんて、ずるい!」

「しかし、ロマナ……」

「わたしも入れて!」

「「はあっ!?」」

「もちろん、いちばん歳上の私が長女よね? 女王になるんだし!」


 ロマナはリティアの2歳年上、18歳になる。

 ビシッとふたりを指差すロマナに、リティアが悪戯っぽい笑みを返した。


「わかった、わかった。ロマナ義姉ねえさまっ♡ 義妹いもうとのリティアを可愛がってくださいませね♡」

「ふふん~♪ よろしい」


 その時、アイカが「あっ!!」と、なにかを思い出したように、大きな声を出した。

 とがめるような表情で、アイカを見るロマナ。


「なに? アイカ? ……わたしの義妹いもうとになるのがイヤなの?」

「そうじゃなくて……、なんだったかなぁ……?」

「なに?」

「なんだ?」


 と、ロマナとリティアが、アイカの顔を見つめる。


「えっとぉ~、……あっ! 『我ら三人、生まれし時は違えども兄弟の契りを結んだ以上、死ぬときは同じとなることを願わん!』だ! ……たぶん」

「……なんだそれは?」


 と、ひとり得心のいった表情をするアイカに、リティアが尋ねた。


「へへっ。……わたしので、有名な三兄弟の誓いです」

「いいじゃない」


 と、ロマナが息を抜く。


「叶わなくても、願うくらい」

「桃の花が咲き乱れてる桃園で誓ったらしいんですけど……」

「桃ならここにあるじゃないか」


 と、リティアがアイカの桃色の髪を撫でた。


「いいわね。じゃあ、誓いましょう。チーナが証人ね」


 と、ロマナが立ち上がると、リティアとアイカも続いた。

 チーナは姿勢を改めて片膝を突き、3人を見あげる。


「ヴールの主祭神、狩猟神パイパルに」

「我らが父神、天空神ラトゥパヌに」

「えっと、ヒメ様に……」


 というアイカを、ロマナとリティアが二度見する。


「「……誰?」」

「あっ……、今度、紹介します」

「紹介?」

「まあ、いいじゃないか。アイカが紹介してくれると言ってるなら、それでいい。それよりも、これで我らの契誓は成った。晴れて私たちは三義姉妹さんしまいだ」

「そ、そうね」

「よろしくね、ロマナ義姉ねえさまっ♡」


 と、ウインクして見せるリティア。

 アイカも丁寧に頭を下げた。


「よ、よろしくお願いします。ロマナ義姉ねえ様……」

「……こちらこそ、よろしく」


 と、ロマナは聖山を見あげる。

 思いがけず女王の座を引き受けたロマナ。

 まさか自分が《聖山の民》の頂点に立つことになるとは、考えたこともなかった。

 しかし、リティアとアイカの援けがあるならば、その重責もやり遂げられると確信していた。

 そして、夕陽に染まるの凛々しい横顔を、リティアもアイカも誇らしげに見詰めた。


   *


 三姫に託されていた王座の行方は、ロマナが座ると決まった。

 三義姉妹さんしまいとなった三姫は、王国の祝祭、総候参朝のため、慌ただしく王都へと戻る――。
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