上 下
288 / 307
最終章 聖山桃契

272.マジかよ……

しおりを挟む
 ラヴナラでの敗戦後、消息を絶った王弟カリストスは、秘かに旧都テノリクアに身を寄せた。

 そして長兄である廃太子アレクセイと共に、老いた母、王太后カタリナに孝養を尽くす日々を送っていたのだ。

 現在、旧都の主座に就くアイカの求めに応じ、王都を包囲する三姫の軍に姿を見せた。


「へっへ~、ビックリしました?」


 と、悪戯っ子のような笑みを浮かべるアイカに、リティアが片眉をキュッと寄せて笑った。


「ああ、ビックリした」

「王都を造ったのはカリストスさんだって聞いてます! だから、なにかいいお知恵を借りれるんじゃないかなぁ~? って、カタリナ陛下にお願いしてたんですよぉ!」


 聖山戦争中に、旧都テノリクアからヴィアナへの遷都を献言したのは、若き日の王弟カリストスである。

 交易の要地になり得ることを見出し、世界の富の半分が通ると言われることになる大路を整備し、テノリア王国発展の礎を築いた。

 しかし、すべてを失ったカリストスの容貌からは、かつての陰謀家めいた陰がすっかり消えていた。


「リティア。……わしが残したサーバヌ騎士団を潰しおって」


 と、浮かべた笑みにも曇りがない。

 そして――、


「だが、正しい」


 と、王宮を見あげた。


「王都を殺さず、リーヤボルクを締め出すには、ただ包囲するほかない」

「恐れ入ります」


 あたまを下げるリティアも《王国の黄金の支柱》が、現状をどう見ているのか興味がある。

 続く言葉を待った。


「……リーヤボルクから調略の手が伸びている列候もあろう。長引けば動揺も出る。自領に籠ったまま、包囲に参加していない列候はなおさらだ。……メテピュリアを攻めよ、ヴールを攻めよと唆されている者もおろう」

「おそらくは」

「そこで、サーバヌの騎士が散らした万の命が活きる……」


 口元にだけ微笑を浮かべたカリストスが、リティアに顔を向けた。


「リーヤボルクより、無頼姫の方がからな」


 リーヤボルクが占拠する王都を攻略するにあたって、リティアの考えが最後に行き詰ったところを、

 カリストスは的確に見抜いた。

 まがりなりにも即位を済ませたルカスを擁するリーヤボルク。

 西方会盟やアスミルたちのように、そちらに傾く列候が、背後に現われては包囲にほころびが出る。

 できれば採りたくなかった策ではあるが、新生第六騎士団の初戦となったサーバヌ騎士団を相手に、圧倒的な武威と、

 情け容赦のない殲滅を、王国全体に鮮烈に見せ付けておくしかない。


 ――王都を生かし、王国を生かす。


 そのために、同胞であるサーバヌ騎士団に無慈悲な攻撃を加えたのであった。

 カリストスは、リティアの心中を労わるように、目をほそめた。


「……リーヤボルク兵自体は弱い」

「お言葉ですが、王弟殿下……」


 と、ロマナが口をはさんだ。


「なにかな? 蹂躙姫ロマナ殿?」

「……リーヤボルク兵は、スパラ平原でヴィアナ騎士団を撃破しました。侮りは禁物かと思うのですが」

「うむ。侮りはいつも禁物だ。……しかし、スパラ平原の決戦ではヴィアナ騎士団は戦う前からズタズタであった。……万騎兵長のスピロは寝返り、ピオンは暴走。バシリオスも我を失っておった」

「……はい」

「ヴィアナ騎士団が弱かったというのではございませんぞ」

「えっ?」

「ルカスに合力した時点でリーヤボルク兵は8万5千。うち3万が、そのズタズタのヴィアナ騎士団に討たれたのです」

「……そうか」

「単純に撃破すればよいというだけであれば、我がサーバヌ騎士団2万だけでも、のこり5万5千を討て申した」


 カリストスの声は自嘲的な響きを帯びる。


「……いまさら詮無きことながら、リーヤボルク兵など、その程度のもの。ザイチェミア騎士団は多少やっかいでも、真正面から勝負できれば、負ける方が難しい」

「そのことを、サミュエルとやらも……?」

「分かっておるでしょうな。だから王都から一度も動こうとはしなかった。いや……、一度だけリーヤボルク本国との通信が断たれる恐れが出たときにだけ、出兵の構えを見せましたが、それも所詮は列候の兵を相手にしたものです」


 交易の大路沿いにあるフィエラが西方会盟に参画したとき、サミュエルは出兵の構えをみせた。

 しかし、テノリア王国内の軍閥を各個撃破されることを恐れたペトラが、妹ファイナを人質に送ることで、その動きを止めさせた。


「……あの時、恥ずかしながら、我らはすでに内紛を起こしておりました」


 と、過去を振り返るカリストスの横顔は、王都にある頃よりもはるかに老け込んで見えた。

 リティアが快活な笑みを浮かべる。


「カリストス叔父上! 王都攻略の要諦はなんでしょう!?」


 急に元気のよい声を発したリティアに目を見開いたカリストスは、若き姪の気遣いに顔をほころばせた。


「神々だ。……神々を押さえた方が勝つ」

「それはつまり、神々を信ずる人々の心を押さえた方が勝つということですね!?」

「そうだ。360ある列候たちの神殿を押さえる。王宮も大神殿も、その後でよい」

「分かりました! 肝に銘じます!」

「……リティア。娼婦を動かしリーヤボルク兵の数を削るとは、見事な策だ」

「恐れ入ります!」

「しかし、それでも残ったリーヤボルク兵は暴発しかねんぞ? あの手の者どもが酒だけで満足するとは思えんからな」

「それは《無頼の束ね》にお任せください!」


 と、胸を張ったリティアが視線を向けた先には、白い薄絹をまとった女性たちの列が見えた。

 カリストスが目をほそめる。


「……草原の踊り巫女か?」

「はいっ! 彼女たちは総候参朝の華ですから! バシリオス兄上に書状を出し、送ってもらいました!」

「先に王都に入れ、春をひさがせるのか?」

「……そんなことはいたしませんよ。うら若き乙女に、なんということを言われるのです? ただ、彼女らの踊りを見せてやるだけです」

「なるほど……。儂などより遥かに無頼の習性が分かっている」


 と、カリストスは苦笑を漏らす。

 話が見えないロマナとアイカは互いに目を見あわせ、首をかしげた。

 カリストスは、孫娘に教えるように優しい口調でふたりに語りかける。


「踊り巫女たちの官能的な踊りを見て、女を抱きたくなれば、暴れるよりも、抱ける場所に行こうとするであろう。大軍に重囲されているとはいえ、黙って通してくれるとあらば、なおさらな」

「……あ、ご丁寧に、どうも」


 と、ロマナは少しほほを赤くして眉をしかめた。

 カリストスは、真剣な眼差しをリティアに向ける。


「ステファノス同様、儂もそなたら三姫にすべてを委ねる。アレクセイ兄上も同じ考えだ。……もちろん、王位の行方もだ」

「かしこまりました」


 テノリア王国で国王に即位するには〈王の子〉からの賛同を要する。

 ステファノスだけではなく、すでに第1王女ソフィア、第2王女ウラニア、そして第4王子サヴィアスも、三姫への白紙委任を表明している。

 先代王スタヴロスの子であるカリストスとアレクセイも、同様の意向を表明したことで、

 即位に賛同を与える権利を持つ者すべてが、リティア、ロマナ、アイカに王位の行方を委ねたことになる。


「分かりました! 王都を奪還した後、3人でよく話し合って決めます!」


 リティアが悪戯っぽい笑みでカリストスに応えると、

 ロマナとアイカは「マジかよ……。そんな重責、聞いてませんでしたけど?」という顔で、再び目を見あわせた――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅

散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー 2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。 人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。 主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m

処理中です...