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最終章 聖山桃契

272.マジかよ……

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 ラヴナラでの敗戦後、消息を絶った王弟カリストスは、秘かに旧都テノリクアに身を寄せた。

 そして長兄である廃太子アレクセイと共に、老いた母、王太后カタリナに孝養を尽くす日々を送っていたのだ。

 現在、旧都の主座に就くアイカの求めに応じ、王都を包囲する三姫の軍に姿を見せた。


「へっへ~、ビックリしました?」


 と、悪戯っ子のような笑みを浮かべるアイカに、リティアが片眉をキュッと寄せて笑った。


「ああ、ビックリした」

「王都を造ったのはカリストスさんだって聞いてます! だから、なにかいいお知恵を借りれるんじゃないかなぁ~? って、カタリナ陛下にお願いしてたんですよぉ!」


 聖山戦争中に、旧都テノリクアからヴィアナへの遷都を献言したのは、若き日の王弟カリストスである。

 交易の要地になり得ることを見出し、世界の富の半分が通ると言われることになる大路を整備し、テノリア王国発展の礎を築いた。

 しかし、すべてを失ったカリストスの容貌からは、かつての陰謀家めいた陰がすっかり消えていた。


「リティア。……わしが残したサーバヌ騎士団を潰しおって」


 と、浮かべた笑みにも曇りがない。

 そして――、


「だが、正しい」


 と、王宮を見あげた。


「王都を殺さず、リーヤボルクを締め出すには、ただ包囲するほかない」

「恐れ入ります」


 あたまを下げるリティアも《王国の黄金の支柱》が、現状をどう見ているのか興味がある。

 続く言葉を待った。


「……リーヤボルクから調略の手が伸びている列候もあろう。長引けば動揺も出る。自領に籠ったまま、包囲に参加していない列候はなおさらだ。……メテピュリアを攻めよ、ヴールを攻めよと唆されている者もおろう」

「おそらくは」

「そこで、サーバヌの騎士が散らした万の命が活きる……」


 口元にだけ微笑を浮かべたカリストスが、リティアに顔を向けた。


「リーヤボルクより、無頼姫の方がからな」


 リーヤボルクが占拠する王都を攻略するにあたって、リティアの考えが最後に行き詰ったところを、

 カリストスは的確に見抜いた。

 まがりなりにも即位を済ませたルカスを擁するリーヤボルク。

 西方会盟やアスミルたちのように、そちらに傾く列候が、背後に現われては包囲にほころびが出る。

 できれば採りたくなかった策ではあるが、新生第六騎士団の初戦となったサーバヌ騎士団を相手に、圧倒的な武威と、

 情け容赦のない殲滅を、王国全体に鮮烈に見せ付けておくしかない。


 ――王都を生かし、王国を生かす。


 そのために、同胞であるサーバヌ騎士団に無慈悲な攻撃を加えたのであった。

 カリストスは、リティアの心中を労わるように、目をほそめた。


「……リーヤボルク兵自体は弱い」

「お言葉ですが、王弟殿下……」


 と、ロマナが口をはさんだ。


「なにかな? 蹂躙姫ロマナ殿?」

「……リーヤボルク兵は、スパラ平原でヴィアナ騎士団を撃破しました。侮りは禁物かと思うのですが」

「うむ。侮りはいつも禁物だ。……しかし、スパラ平原の決戦ではヴィアナ騎士団は戦う前からズタズタであった。……万騎兵長のスピロは寝返り、ピオンは暴走。バシリオスも我を失っておった」

「……はい」

「ヴィアナ騎士団が弱かったというのではございませんぞ」

「えっ?」

「ルカスに合力した時点でリーヤボルク兵は8万5千。うち3万が、そのズタズタのヴィアナ騎士団に討たれたのです」

「……そうか」

「単純に撃破すればよいというだけであれば、我がサーバヌ騎士団2万だけでも、のこり5万5千を討て申した」


 カリストスの声は自嘲的な響きを帯びる。


「……いまさら詮無きことながら、リーヤボルク兵など、その程度のもの。ザイチェミア騎士団は多少やっかいでも、真正面から勝負できれば、負ける方が難しい」

「そのことを、サミュエルとやらも……?」

「分かっておるでしょうな。だから王都から一度も動こうとはしなかった。いや……、一度だけリーヤボルク本国との通信が断たれる恐れが出たときにだけ、出兵の構えを見せましたが、それも所詮は列候の兵を相手にしたものです」


 交易の大路沿いにあるフィエラが西方会盟に参画したとき、サミュエルは出兵の構えをみせた。

 しかし、テノリア王国内の軍閥を各個撃破されることを恐れたペトラが、妹ファイナを人質に送ることで、その動きを止めさせた。


「……あの時、恥ずかしながら、我らはすでに内紛を起こしておりました」


 と、過去を振り返るカリストスの横顔は、王都にある頃よりもはるかに老け込んで見えた。

 リティアが快活な笑みを浮かべる。


「カリストス叔父上! 王都攻略の要諦はなんでしょう!?」


 急に元気のよい声を発したリティアに目を見開いたカリストスは、若き姪の気遣いに顔をほころばせた。


「神々だ。……神々を押さえた方が勝つ」

「それはつまり、神々を信ずる人々の心を押さえた方が勝つということですね!?」

「そうだ。360ある列候たちの神殿を押さえる。王宮も大神殿も、その後でよい」

「分かりました! 肝に銘じます!」

「……リティア。娼婦を動かしリーヤボルク兵の数を削るとは、見事な策だ」

「恐れ入ります!」

「しかし、それでも残ったリーヤボルク兵は暴発しかねんぞ? あの手の者どもが酒だけで満足するとは思えんからな」

「それは《無頼の束ね》にお任せください!」


 と、胸を張ったリティアが視線を向けた先には、白い薄絹をまとった女性たちの列が見えた。

 カリストスが目をほそめる。


「……草原の踊り巫女か?」

「はいっ! 彼女たちは総候参朝の華ですから! バシリオス兄上に書状を出し、送ってもらいました!」

「先に王都に入れ、春をひさがせるのか?」

「……そんなことはいたしませんよ。うら若き乙女に、なんということを言われるのです? ただ、彼女らの踊りを見せてやるだけです」

「なるほど……。儂などより遥かに無頼の習性が分かっている」


 と、カリストスは苦笑を漏らす。

 話が見えないロマナとアイカは互いに目を見あわせ、首をかしげた。

 カリストスは、孫娘に教えるように優しい口調でふたりに語りかける。


「踊り巫女たちの官能的な踊りを見て、女を抱きたくなれば、暴れるよりも、抱ける場所に行こうとするであろう。大軍に重囲されているとはいえ、黙って通してくれるとあらば、なおさらな」

「……あ、ご丁寧に、どうも」


 と、ロマナは少しほほを赤くして眉をしかめた。

 カリストスは、真剣な眼差しをリティアに向ける。


「ステファノス同様、儂もそなたら三姫にすべてを委ねる。アレクセイ兄上も同じ考えだ。……もちろん、王位の行方もだ」

「かしこまりました」


 テノリア王国で国王に即位するには〈王の子〉からの賛同を要する。

 ステファノスだけではなく、すでに第1王女ソフィア、第2王女ウラニア、そして第4王子サヴィアスも、三姫への白紙委任を表明している。

 先代王スタヴロスの子であるカリストスとアレクセイも、同様の意向を表明したことで、

 即位に賛同を与える権利を持つ者すべてが、リティア、ロマナ、アイカに王位の行方を委ねたことになる。


「分かりました! 王都を奪還した後、3人でよく話し合って決めます!」


 リティアが悪戯っぽい笑みでカリストスに応えると、

 ロマナとアイカは「マジかよ……。そんな重責、聞いてませんでしたけど?」という顔で、再び目を見あわせた――。
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