上 下
286 / 307
最終章 聖山桃契

270.やらしいわね

しおりを挟む
 王都北郊の森。

 三姫が毎朝ひらく茶会で、ロマナが眉をひそめた。


「……娼館?」

「そうだ」

「なによ……、やらしいわね」

「無頼姫なもんでな」


 と、悪戯っぽく笑うリティア。

 アイカは素知らぬ顔をして、お茶を飲んでいる。

 妓館とも呼ばれる、女性たちが春をひさぐ王都の娼館は《無頼の束ね》たるリティアの管轄下にあった。

 アイカも王都でのリティアの侍女時代には、娼婦たちと多少の接触があった。


 ――みなさん、おキレイでした。


 しかし、列候筆頭たる西南伯ヴール候の公女として育ったロマナには免疫がない。

 眉をしかめて、ほほを赤くした。


「だが、ロマナ。リーヤボルクの蛮兵どもにとって娼館の存在は大きい」

「……そうなんでしょうね」

「王都の治安が維持できているのに、娼婦たちの働きを認めない訳にはいかないほどだ」

「それで、その娼館をどうしようっていうのよ?」

「すべてメテピュリアに移転させる。そのための用地も確保してある」

「もう……、《無頼の束ね》の権限ってことでしょ? 勝手にしたらいいじゃない。なんで、わたしにまで聞かせるのよ?」


 ロマナが、そっぽを向くと、リティアは苦笑いした。


「蹂躙姫様が初心なのはよく分かったから、話は最後まで聞いてくれんか?」

「……なによ」

「娼婦が王都から去れば、付いて行くリーヤボルク兵が出てくる。それも、結構な数になるはずだ」


 王都にリーヤボルク兵が入った際、西域の大隊商マエルが最初に打った手が、娼館を格安で開放させることであった。

 西の元締ノクシアスを使い、柄の悪いリーヤボルク兵たちを娼館に収めることで、極端な治安の悪化を防いだ。

 それから、すでに1年近い月日が流れようとしている。


「素直に通して、メテピュリアに行かせてやってくれ」


 と、リティアがロマナの瞳をジッと見詰めた。


「それはいいけど……、メテピュリアは大丈夫? あんな連中を街に入れて?」

「メテピュリアの住民の多くは、元砂漠の賊だ」

「ええ……、それは聞いてるけど」

「その、おかみさんたちはスゴいぞぉ? どんな悪タレたちでも、しっかりと躾けてくれるはずだ」


 リティアは東の空に目をやり、苦笑いを浮かべた。


「……賊とは言うが、彼らは彼らなりに生業なりわいにしていたのだ」

「賊を生業なりわい……?」

「痩せた土地でほそぼそと農地を拓き、家畜を育て、足りぬものを隊商から奪う。それも、すべて奪えば次がない。必要なものだけを奪う。……褒められたものではないが、地に足付けた生活を営んでいた」

「へぇ~」

「子を育て、孫を慈しみ、彼らなりにに生きていた」


 アイカが、パッと笑貌をひらいた。


「だからなんですね!? ジョルジュさん、悪い人な感じがしないんですよね! お孫さんのこと大好きですし!」

「そういうことだ」


 と、野原でフェティの相手をしてやるジョルジュに、リティアが目をほそめた。


「だから、若い者たちほど、わたしと新しい街をつくるという考えに賛同してくれたのだ。……決して、いまの生き方が良い生き方だとは思っていなかったからな」

「なるほどね」


 ベスニクを載せた馬車がヴールに向かう途中、ペノリクウス軍に襲撃された際に見せたジョルジュの活躍は、

 ロマナもアーロンとチーナから報告を受けていた。

 主君を守るため、自らを囮として命を棄てようとした行為と〈元賊の大将〉という触れ込みが重ならず、不思議に思ったものであった。

 また、草原での大戦おおいくさでは一軍を率いて武功を上げたとも聞く。


「……《天衣無縫の無頼姫》の面目躍如といったところね」


 と、ロマナは口の端を上げた。

 賊と聞いて、彼らがどう暮らしているか、なにを考えているかなど、ロマナが疑問を抱くことはない。

 単に討伐対象として認識するだけである。


「だって、砂漠で数万の賊が暮らしていて、孫までいるって、それはもう〈賊〉というより〈族〉だ。興味をそそられるだろ?」


 と、悪戯っぽく笑うリティアに、ロマナは両手を挙げた。


「まったく、リティアには叶わないわね。……分かった。王都を出るリーヤボルク兵を見つけても、そのまま通すように触れを出すわ」

「頼む。……ただ、これに乗じてリーヤボルク側がなんらかの計略を仕掛けてくる可能性もある」

「分かってるわよ。警戒は緩めさせないわ」

「アイカも頼んだぞ」

「はいっ! ……あの、……わたしからも、ひとついいですか?」


 と、上目遣いに見あげたアイカに、リティアが微笑んだ。


「うん。なんだ?」

「……ナーシャさん、……アナスタシア陛下ですけど」

「うん」


 三姫の軍が王都に集結して以降、アイカがなにかを言いにくそうにするのは初めてのことであった。

 リティアはゆったりとした笑みでアイカを見つめ、ロマナも雰囲気を和らげた。


「……鎮東将軍だなんて仰ってますけど、……ほんとうはルカスさんを救けたくて、いても立ってもいられなくて、ご自分で兵を率いて来られたんだと思うんです」

「そうか……」


 と、リティアとロマナは虚を突かれたように口をポカンとあけた。

 王都で摂政サミュエルから国王として祭り上げられているルカスは、元王妃アナスタシアの実子である。

 煌びやかな鎧を身にまとい、コノクリア草原兵団を率いて着陣して以降、アナスタシアの振る舞いは常に明るく、

 胸の奥に秘めた想いにまで、リティアとロマナの考えがいたることはなかった。

 それは、ザノクリフからコノクリアへと旅をともにしたアイカと異なり、リティアとロマナにとって、アナスタシアが遠い存在であることも大きい。

 ロマナはアイカの手の上に、みずからの手を重ねた。


「アイカ、よく言ってくれたわ。……わたしは、アナスタシア陛下の想いにまで気が回っていなかった」

「それは、わたしも同じだ。ありがとう、アイカ」


 と、リティアもアイカの手をとった。


「え、えへへ……」

「……いま、ゼルフィアが大神殿を守る儀典官メニコスの調略にかかっている。ルカス兄を王都から救出したいという思いは、わたしも同じだ」

「はいっ! ……リティア義姉ねえ様も、いちどナーシャさんとお話してあげてください」

「うむ。わかった」

「わたしもご一緒させてもらっていいかしら?」

「はいっ! ロマナさんもぜひ! ナーシャさんも喜ばれると思います!!」


 アイカは、ほほを赤くして会心の笑顔を見せた。

 旅のあいだ、自分を母親のように慈しんでくれたナーシャ。

 そして、実子バシリオスとルカスのことを常に案じていた。

 できれば、無事にルカスと再会させてあげたい。

 現在の混乱の元凶ともいえるルカスであるが、リティアとロマナが、アナスタシアの想いに同情を寄せてくれたことが、嬉しくて仕方なかった。


   *


 アイカたちが朝の茶会を終え、それぞれの本陣にもどった頃、

 王都ヴィアナの北街区、かつて〈孤児の館〉であった建物を、アイラが訪れた。

 以前、ベスニク虜囚の一報がヴールに漏れていたことを訝しんだリーヤボルク兵に目をつけられたことから、

 ガラの弟レオンをフェトクリシスに逃がした後、

 孤児たちにはひとりずつ〈里親〉を見付けてゆき、いまでは無人となっている。

 アイラにとっても懐かしいその建物の奥には、王都の顔役たちがそろっていた――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

転生してしまったので服チートを駆使してこの世界で得た家族と一緒に旅をしようと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
俺はクギミヤ タツミ。 今年で33歳の社畜でございます 俺はとても運がない人間だったがこの日をもって異世界に転生しました しかし、そこは牢屋で見事にくそまみれになってしまう 汚れた囚人服に嫌気がさして、母さんの服を思い出していたのだが、現実を受け止めて抗ってみた。 すると、ステータスウィンドウが開けることに気づく。 そして、チートに気付いて無事にこの世界を気ままに旅することとなる。楽しい旅にしなくちゃな

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

処理中です...