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第十一章 繚乱三姫
248.おすそ分け
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アイカを狩りに誘ったロマナ。
聖山で一緒に狩りをしたときのような、生き生きとした笑顔で駆けている。
「お祖父様の帰還を祝う祭礼で、ヴールの主祭神〈狩猟神パイパル〉様に捧げる供物にするのだ」
「へぇ~! それは頑張らないといけませんね!」
「とはいっても総候参朝ほどの量は要らないし、内容に定めがあるわけではない」
「あ~、あのとき大変でしたもんね~」
リティアも誘った聖山での狩り。
朝から日が落ちる寸前まで駆け回って、ようやく必要な量を狩り終えた。
アイカとロマナが最初に近い距離で接した共通の思い出で、ふたりとも自然とその話題に触れてしまう。
ベスニク虜囚というヴールとロマナの最大の危機は、アイカがベスニクを連れ帰ったことで一応の幕を閉じた。
ただそれは、ロマナがもっとも険しい表情を浮かべていた頃をアイカは知らないということでもある。
そして、同行してるロマナの侍女ガラからすれば、初めて目にする主君の屈託のない笑顔でもあった。
「やはり、狩りたての焼きたては美味いな!」
と、アイカが捌いた鹿肉をほおばるロマナが相好をくずした。
ゆったりとした時間の流れる、物見遊山かスポーツのような狩り。
焚火の火に近づくには気温の高い季節になっていたが、ジュウッと肉汁のたてる音は皆の食欲をかきたてる。
輪をつくるのはロマナとアイカのほか、それぞれの従者。
ロマナはガラとチーナを連れ、サヴィアスも誘った。
アイカはカリュとアイラのほか、カリトンとサラナを連れてきた。
カリュの目に、サヴィアスの変貌は驚愕の一言であった。
元の主君である側妃サフィナが王座に就けようと執着していた、高慢な第4王子。
しかし、アルナヴィスに敗れヴールまで落ち延びる旅の間中、女官ソーニャから、
「あら~? そんなことも出来ないんですか~?」
「あらあら、そんなこともご存じないのですか~?」
と、こまかくこまかく自尊心を削られ、折られ、自己肯定感を完全に喪失していた。
卑小な我が身を思い知り狂親王アメルは前を向いたが、サヴィアスは下を向いていた。
それは、この狩りでもいかんなく発揮され、もともと得意とは言いがたいサヴィアスの弓矢は1頭も仕留めることができなかった。
アイカが、
「はい! サヴィアス殿下も食べてください!」
と、さし出す焼き立ての鹿肉にも卑屈な遠慮をみせる。
「いや……、私ごときが……」
「さし出されたものを断れるようなお立場ですか!? せっかくの鹿肉! 食べて力をつけて、次また頑張ればよいのです!」
と、ロマナはアイカの手から鹿肉をさした枝をひったくり、サヴィアスに押し付ける。
ただ、ロマナの眼差しは柔らかく憐憫にみちている。
――断れるような立場か?
とはキツイ言い回しだが、ロマナの明るい口調と笑みがそうとは感じさせなかった。
「サヴィアス殿下。知らないことは、知ってしまえばそれでおしまい。むしろ知らなかった頃には戻れません。できないことも、できるようになればよい、ただそれだけのことなのですよ?」
「私ごとき……、できるようになるなど……」
「できるようになろうとする、その心がけが大事なのですよ?」
「心がけ……」
「うまれたばかりの赤子だった頃、サヴィアス殿下は歩けましたか? いまは歩けるようになっているではありませんか」
「……はい」
「弓矢にしてもおなじこと。今日、お手に取られたということ、ひとつまた出来たではありませんか?」
内心ではソーニャの入念な《仕事》に舌を巻く思いさえするロマナであったが、王国の第4王子たる者このままにしておけないと、なにかれとなく世話を焼くようになっていた。
そして、アイカがカリュの耳元に口をよせる。
「な……、なんか……、いい感じですよね?」
「ええ……、意外な取り合わせですね……」
アルナヴィス出身のカリュには、その候家の血を継ぐサヴィアスに思い入れがない訳ではない。
ただ、それを凌駕するほどに《アホ》だと思っていた。
しかし、いま目にするサヴィアスは、自分の記憶とはあまりに違う。
「……完全に別人になられてますが、……きっと生まれ変わられる途中なのですよ」
「なるほど~。ロマナさんが世話焼き女房タイプなのも意外でした」
「ヴールの者は情にあついと聞きますから」
「へぇ~」
ロマナとサヴィアスを興味津々に眺めるふたりの横では、アイラが別の取り合わせをそれとなく観察している。
アイカから〈カリサラ〉と言われてから、妙に気になるカリトンとサラナのペアだ。
ヴールに入り、サラナの雰囲気が変わったことはアイラにも、アイカにも感じられていた。
それは、もちろんエカテリニと話せたためであったが、本人も同席したカリュもアイカたちに伝えることはなかった。
ただ、心の重石がひとつとれたサラナは徐々に心のハリも取り戻し、もとの《学級委員長タイプ》なハキハキとテキパキした性格がより表に出るようになっていた。
逆に表情に翳が見られるようになったのがカリトンである。
元の上官であるスピロが、ファイナ妹内親王と共にペノリクウスに滞在していることを知ったからである。
姉ペトラのはからいによって、表向きは人質として王都から逃がされたファイナ。
ペノリクウス候の参朝が無事終わった今、王都にもどっておかしくない身の上だが、姉内親王の意を汲みいまだ滞在を続けている。
そして、自らを《ペトラの騎士》と任じるスピロもまた、ヴィアナ騎士団4,000と共に妻でもあるファイナのもとにいた。
しかし、カリトンからすれば、スピロは主君バシリオスに叛いた上官である。
スパラ平原の決戦では、スピロがルカス側についたことが勝敗を決したと言っても良い。
その際、カリトンはスピロのあり方が許せずに戦場から離脱した。
スピロがペトラ姉内親王に従い、ファイナ妹内親王を夫として護っていることに、複雑な感情を抱かずにはいられない。
スピロを討ちたいかと言われれば、そうではない。
伏せられてはいるが、王位に就いたバシリオスのもとに戻ってほしいかと言えば、そうでもない。
純情に過ぎたかつての上官スピロ。
カリトン自身、彼のことを自分の心のなかの、どこに置いておけばよいのか決めあぐねている感じであった。
要するに、スッキリしない顔をしている。
そうなると、《学級委員長タイプ》としては放っておけず、なにかれとなく世話を焼くのが常となっていた。
「世話焼き女房が、ふたりいますね」
と、アイラが、アイカとカリュに悪い笑いを見せるのも無理からぬ景色が、鹿肉を焼く焚火のまわりで展開されていた。
その視線に気付いたわけではなかったが、ロマナが柔和な笑みを浮かべてアイカをみた。
「アイカ……、いや、アイカ殿下」
「はっ、はい!」
「ヴールは、アイカ殿下に大恩を受けた」
「いや、そんなぁ……」
「アイカ殿下の民を慈しむ心が、ガラをすくいあげ、ヴールに走らせた」
主君ロマナの言葉に、嬉しさと気恥ずかしさの入り交じった笑みを見せるガラ。
王都にいた頃とは比べものにならない上等であでやかな服を着せてもらっている。
時を経て再会できた恩人アイカと自分は、それぞれに立場が変わりすぎていて、喜びと同時に気恥ずかしさも隠せない。
そんなガラの頭を、突然ロマナがつかんでグリグリ回す。
「おかげで、わたしは最高の侍女を得た!」
「ロ、ロマナ様……、お戯れを……」
あたまをグルングルン回されて、うろたえながら応えるガラに、ロマナが抱きついた。
「返せと言われても、もう手放さぬぞ? アイカ殿下」
「も、もちろんです! ずっと、ふたり仲良くしてください!」
「ふふっ。……それにもちろん、お祖父様を救出していただいた。報告を聞くかぎり、お祖父様の救出にいたったのは《運が良かった》としか言いようがない」
「はい。ほんとラッキーでした」
「そうだ。アイカの《ラッキー》をおすそ分けしてもらったようなものだ。ほんとうに感謝している」
「いや、そんな……」
「そこでだ。なにでお礼をすればよいか、ずっと考えていたのだが、どうだろう? チーナをアイカ殿下の臣下の列に加えていただけないだろうか?」
「えっ? チーナさんを……?」
ヴールに帰り、西南伯軍にもどっていた眼帯美少女チーナがちいさくアイカに頭をさげた――。
聖山で一緒に狩りをしたときのような、生き生きとした笑顔で駆けている。
「お祖父様の帰還を祝う祭礼で、ヴールの主祭神〈狩猟神パイパル〉様に捧げる供物にするのだ」
「へぇ~! それは頑張らないといけませんね!」
「とはいっても総候参朝ほどの量は要らないし、内容に定めがあるわけではない」
「あ~、あのとき大変でしたもんね~」
リティアも誘った聖山での狩り。
朝から日が落ちる寸前まで駆け回って、ようやく必要な量を狩り終えた。
アイカとロマナが最初に近い距離で接した共通の思い出で、ふたりとも自然とその話題に触れてしまう。
ベスニク虜囚というヴールとロマナの最大の危機は、アイカがベスニクを連れ帰ったことで一応の幕を閉じた。
ただそれは、ロマナがもっとも険しい表情を浮かべていた頃をアイカは知らないということでもある。
そして、同行してるロマナの侍女ガラからすれば、初めて目にする主君の屈託のない笑顔でもあった。
「やはり、狩りたての焼きたては美味いな!」
と、アイカが捌いた鹿肉をほおばるロマナが相好をくずした。
ゆったりとした時間の流れる、物見遊山かスポーツのような狩り。
焚火の火に近づくには気温の高い季節になっていたが、ジュウッと肉汁のたてる音は皆の食欲をかきたてる。
輪をつくるのはロマナとアイカのほか、それぞれの従者。
ロマナはガラとチーナを連れ、サヴィアスも誘った。
アイカはカリュとアイラのほか、カリトンとサラナを連れてきた。
カリュの目に、サヴィアスの変貌は驚愕の一言であった。
元の主君である側妃サフィナが王座に就けようと執着していた、高慢な第4王子。
しかし、アルナヴィスに敗れヴールまで落ち延びる旅の間中、女官ソーニャから、
「あら~? そんなことも出来ないんですか~?」
「あらあら、そんなこともご存じないのですか~?」
と、こまかくこまかく自尊心を削られ、折られ、自己肯定感を完全に喪失していた。
卑小な我が身を思い知り狂親王アメルは前を向いたが、サヴィアスは下を向いていた。
それは、この狩りでもいかんなく発揮され、もともと得意とは言いがたいサヴィアスの弓矢は1頭も仕留めることができなかった。
アイカが、
「はい! サヴィアス殿下も食べてください!」
と、さし出す焼き立ての鹿肉にも卑屈な遠慮をみせる。
「いや……、私ごときが……」
「さし出されたものを断れるようなお立場ですか!? せっかくの鹿肉! 食べて力をつけて、次また頑張ればよいのです!」
と、ロマナはアイカの手から鹿肉をさした枝をひったくり、サヴィアスに押し付ける。
ただ、ロマナの眼差しは柔らかく憐憫にみちている。
――断れるような立場か?
とはキツイ言い回しだが、ロマナの明るい口調と笑みがそうとは感じさせなかった。
「サヴィアス殿下。知らないことは、知ってしまえばそれでおしまい。むしろ知らなかった頃には戻れません。できないことも、できるようになればよい、ただそれだけのことなのですよ?」
「私ごとき……、できるようになるなど……」
「できるようになろうとする、その心がけが大事なのですよ?」
「心がけ……」
「うまれたばかりの赤子だった頃、サヴィアス殿下は歩けましたか? いまは歩けるようになっているではありませんか」
「……はい」
「弓矢にしてもおなじこと。今日、お手に取られたということ、ひとつまた出来たではありませんか?」
内心ではソーニャの入念な《仕事》に舌を巻く思いさえするロマナであったが、王国の第4王子たる者このままにしておけないと、なにかれとなく世話を焼くようになっていた。
そして、アイカがカリュの耳元に口をよせる。
「な……、なんか……、いい感じですよね?」
「ええ……、意外な取り合わせですね……」
アルナヴィス出身のカリュには、その候家の血を継ぐサヴィアスに思い入れがない訳ではない。
ただ、それを凌駕するほどに《アホ》だと思っていた。
しかし、いま目にするサヴィアスは、自分の記憶とはあまりに違う。
「……完全に別人になられてますが、……きっと生まれ変わられる途中なのですよ」
「なるほど~。ロマナさんが世話焼き女房タイプなのも意外でした」
「ヴールの者は情にあついと聞きますから」
「へぇ~」
ロマナとサヴィアスを興味津々に眺めるふたりの横では、アイラが別の取り合わせをそれとなく観察している。
アイカから〈カリサラ〉と言われてから、妙に気になるカリトンとサラナのペアだ。
ヴールに入り、サラナの雰囲気が変わったことはアイラにも、アイカにも感じられていた。
それは、もちろんエカテリニと話せたためであったが、本人も同席したカリュもアイカたちに伝えることはなかった。
ただ、心の重石がひとつとれたサラナは徐々に心のハリも取り戻し、もとの《学級委員長タイプ》なハキハキとテキパキした性格がより表に出るようになっていた。
逆に表情に翳が見られるようになったのがカリトンである。
元の上官であるスピロが、ファイナ妹内親王と共にペノリクウスに滞在していることを知ったからである。
姉ペトラのはからいによって、表向きは人質として王都から逃がされたファイナ。
ペノリクウス候の参朝が無事終わった今、王都にもどっておかしくない身の上だが、姉内親王の意を汲みいまだ滞在を続けている。
そして、自らを《ペトラの騎士》と任じるスピロもまた、ヴィアナ騎士団4,000と共に妻でもあるファイナのもとにいた。
しかし、カリトンからすれば、スピロは主君バシリオスに叛いた上官である。
スパラ平原の決戦では、スピロがルカス側についたことが勝敗を決したと言っても良い。
その際、カリトンはスピロのあり方が許せずに戦場から離脱した。
スピロがペトラ姉内親王に従い、ファイナ妹内親王を夫として護っていることに、複雑な感情を抱かずにはいられない。
スピロを討ちたいかと言われれば、そうではない。
伏せられてはいるが、王位に就いたバシリオスのもとに戻ってほしいかと言えば、そうでもない。
純情に過ぎたかつての上官スピロ。
カリトン自身、彼のことを自分の心のなかの、どこに置いておけばよいのか決めあぐねている感じであった。
要するに、スッキリしない顔をしている。
そうなると、《学級委員長タイプ》としては放っておけず、なにかれとなく世話を焼くのが常となっていた。
「世話焼き女房が、ふたりいますね」
と、アイラが、アイカとカリュに悪い笑いを見せるのも無理からぬ景色が、鹿肉を焼く焚火のまわりで展開されていた。
その視線に気付いたわけではなかったが、ロマナが柔和な笑みを浮かべてアイカをみた。
「アイカ……、いや、アイカ殿下」
「はっ、はい!」
「ヴールは、アイカ殿下に大恩を受けた」
「いや、そんなぁ……」
「アイカ殿下の民を慈しむ心が、ガラをすくいあげ、ヴールに走らせた」
主君ロマナの言葉に、嬉しさと気恥ずかしさの入り交じった笑みを見せるガラ。
王都にいた頃とは比べものにならない上等であでやかな服を着せてもらっている。
時を経て再会できた恩人アイカと自分は、それぞれに立場が変わりすぎていて、喜びと同時に気恥ずかしさも隠せない。
そんなガラの頭を、突然ロマナがつかんでグリグリ回す。
「おかげで、わたしは最高の侍女を得た!」
「ロ、ロマナ様……、お戯れを……」
あたまをグルングルン回されて、うろたえながら応えるガラに、ロマナが抱きついた。
「返せと言われても、もう手放さぬぞ? アイカ殿下」
「も、もちろんです! ずっと、ふたり仲良くしてください!」
「ふふっ。……それにもちろん、お祖父様を救出していただいた。報告を聞くかぎり、お祖父様の救出にいたったのは《運が良かった》としか言いようがない」
「はい。ほんとラッキーでした」
「そうだ。アイカの《ラッキー》をおすそ分けしてもらったようなものだ。ほんとうに感謝している」
「いや、そんな……」
「そこでだ。なにでお礼をすればよいか、ずっと考えていたのだが、どうだろう? チーナをアイカ殿下の臣下の列に加えていただけないだろうか?」
「えっ? チーナさんを……?」
ヴールに帰り、西南伯軍にもどっていた眼帯美少女チーナがちいさくアイカに頭をさげた――。
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