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第十一章 繚乱三姫

244.にぎやかな妹

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 《草原の民》によるコノクリア王国の建国は、テノリアに対して厳重に秘匿されている。

 王都ヴィアナのサミュエルとリーヤボルク本国が連携し挟撃されることを警戒しているためだ。

 万にひとつの漏洩も防ぐため、

 建国とバシリオスの王位登極は、アイカ自身が密使となり必要と思われる者にだけ口頭で伝えることを取り決めた。


「だが、情報を封鎖できるのは、おそらく2~3ヶ月が限度」


 というのがバシリオスの見立てである。

 交易の大路を北にという荒技で情報を遮断したバシリオス。

 ノルベリ率いる草原兵団1万が、西域からの隊商を追い返している。

 しかし、かれらもそのまま家に帰って寝ているわけではない。

 北に大回りして、あたらしくファガソニア公国経由で設けた大路を通り、東に向かうはずである。

 そのにかかる時間が2~3ヶ月。

 この迂回してきた隊商まで追い返しては、陸の交易を死滅させ、【海の道】を栄えさせるだけである。


「それゆえ、期限は2ヶ月。この間に決着をつけなくてはならない」


 と、草原にひろがる地平線を睨んだバシリオス。

 アイカも険しい表情でうなずいた。


「リティア義姉ねえ様、それからロマナさんにも伝えます」

「テノリアの決着だけではない」

「はい。……サラリスさんが頑張ってくれてますもんね」

「うむ。わがコノクリア臣民である《草原の民》を取り返し、リーヤボルク王国と和議を結ぶ。……難事業だがやり遂げるほかない」


 国王アンドレアス虜囚の情報を遮断し、サミュエルとの連携を防いでいる間しか、有利な交渉は望めない。

 サミュエルが帰国の動きを見せたら、その瞬間に守勢に回らざるを得なくなる。


「サミュエルの帰国と聞けば、一見テノリアには朗報のように聞こえるかもしれぬ」

「……は、はい」

「が、テノリアがバラバラのままであれば、コノクリアを破ったのちに、また王都ヴィアナに帰ってゆくだけだ」

「あ、そうか……」

「コノクリアとしては、捕虜交換の交渉を加速させる必要がある」


 そのためリーヤボルク本国に大使として乗り込んだサラリスだけではなく、ロザリーもまた西域諸国に対して熾烈な外交戦を仕掛けていた。

 リーヤボルクが国境を接するすべての国に揺さぶりをかけてゆく。

 交易ルートの地殻変動で起きる利権構造の変化を巧みに利用し、有利な条件を匂わせて味方につけるのだ。

 国王侍女の策謀は《聖山の大地》を超え、はるか西域をも揺るがしはじめていた。

 ちなみにダイナミックな国際政治の動きは、マエルがノクシアスに自慢した『4%の利益』を一瞬ですり潰している。

 リーヤボルクには、経済的にも大打撃を与えた。


「この夏が勝負だな」


 と、アイカの話を聞き終えたロマナが浴槽のヘリに腰かけて唸った。

 経緯の説明は長くなり、みな浴槽からあがり、涼みながら話を聞いている。

 同腹の兄バシリオスの即位を知り、ソフィアは異腹の姉ウラニアの胸に顔を埋めてシクシク泣き続けた。


「ずっと、心配してたんだけど……」

「そうよね、ソフィアは優しいだもの……」

「そう……? ウラニア姉様はそう思ってくださる?」

「だって、ベスニク様不在の私たちを案じてヴールに駆け付けてくれたのよ? ……ソフィアは優しいよ?」


 と、はかげな微笑みを浮かべたウラニアが優しく背中をさすると、

 ソフィアは鼻をすすり上げた。


「だってぇ……、お父様が死んで……、バシリオス兄上とルカス坊やが喧嘩をはじめて……、王国をメチャクチャにして。……ウラニア姉様にまで迷惑をかけた。……わたしくらい駆け付けないと、申し訳が立たないわよ……」

「だけど、ベスニク様もお帰りになられたし、もうソフィアもに帰ってもいいのよ……?」

「でも……、レオノラちゃんのことだって……」

「もうソフィアがひとりで抱えることないの」

「えっ……?」

「ロマナだって、アイカちゃんだっているわ。リティアも帰って来た。もう大丈夫」


 包みこむような笑顔をむけたウラニアは、急に「そうだ!」と手を打った。


「エカテリニちゃんにも、知らせてあげなきゃ! ……いい? アイカちゃん?」

「もちろんです!」

「わたし、呼んでくる!」


 すっくと立ち上がり、脱兎のごとく駆け出すソフィア。


 ――えっ? ……まだ、大浴場ここで?


 と、その場にいる女子全員が思った。

 が、引き止めるより速く、ソフィアは浴室を出ていた。


「なんだか……、ごめんね。そそっかしい妹で」


 と、眉を八の字にして笑うウラニア。

 
「あれでも第1王女様なんだけどね」

「いえ……、ソフィア大叔母上の心の内を知れて、大変に感銘を受けました」


 と、ロマナが神妙な顔をウラニアに向けた。


「あら、そう?」

「あれほど思い詰められてヴールに滞在してくださっているとは思いもよらず……」

「うるさいから、あの

「そうなのです。……いえいえ、笑いごとではなくて」

「でも、ソフィアの明るさには助けられたわ」

「……はい」

「うるさいけど」

「はい。……いえいえ」

「……わたしたちだけじゃ、この試練を乗り越えられなかったかもしれないわ。どこかで心が折れたか、病んだか……」

「ソフィア大叔母様には、ずっと、ヴールを賑やかにしていただきました……」

「ほんとうはアナスタシア陛下のところか、バシリオスのところか……、ソフィアだって駆け付けるなら、実の母や兄のところに行ってあげたかったと思うの」

「……はい」

「けど、その気持ちをグッと押し殺して、わたしたちを側で支えてくれた。……そろそろ、解放してあげなきゃね」


 異腹の妹ソフィアを思いやるウラニアの、はにかむような微笑みに、


 ――天使っ!


 と皆がキュンとなったとき、

 キャアキャアと賑やかなソフィアの声が、扉の向こうから聞こえてきた。

 ウラニアは口のまえに指を立て、片目をつむる。


「いまの話も内緒よ? あのしちゃうわ」


 ウラニアが悪戯っぽく笑った――。
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