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第十一章 繚乱三姫

242.めでた尽くし

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 ガラ率いるヴール軍は、アイカたち一行を護りつつ西南伯領内に急いで入った。

 その後は速度を落とし、ベスニクの体調を考慮しゆるゆるとヴールに向かう。

 すでにヴールには急使を飛ばしており、ロマナは祖母ウラニアと公宮でベスニクの帰りを待っている。

 夏の彩りが濃くなる南への旅路。

 レオンは馬上で姉ガラの前に座らせてもらい、壮大な旅の経験を興奮して語りつづけた。


「それでロザリーがね!」

「ちょ、ちょっと待って、レオン。……ロザリーって?」

「王様の侍女様だよ! 怪我で片目なくなってるけど、やさしいよ!」

「ふ、ふ~ん……」

「でも、なくなった方の目をね、黒い布でしばってて、すごくカッコいいんだぁ!」

「へぇ~、そうなんだ~」


 国王侍女ロザリーは、王国の侍女すべての憧れである。

 ヴールで侍女の地位を得たガラは、当然会ったこともない。

 そのロザリーが弟レオンに情けをかけ、自分のところに送り届けようとしてくれていたとは、まるでお伽噺でも聞いているかのようだった。


「あっ……」

「なに?」

「……ロザリーのことは、まだあんまり話したらダメなんだった」

「そうなんだ……」

「じゃあ、アレクがね!」

「アレク?」

「大親分だよ! 大親分のアレク!」

「ふ、ふ~ん……」


 無邪気に見たこと聞いたことすべてを語りたいレオンと、弟の思わぬ大冒険に目を丸くするガラ。

 そんなふたりを、みなが温かく見守る。

 身分の上下にうるさいヴールにあって、かつてはガラを侮る者もいた。

 しかし、今回のベスニク救援でみせたガラの見事な采配に、少なくともここで従う2000名の兵士は皆、完全に心服させられた。

 特に偵騎の報せを受けた深夜、ただちにペノリクウス侵攻を決断したことは驚嘆に値する。

 歴戦の将であっても独断での他領侵攻は躊躇って当然だ。それを果断に実行し、やり遂げた。

 あの武力衝突をも恐れない急行がなければ、今頃ベスニクの身柄はアイカともどもペノリクウス候の手に落ちていたかもしれない。

 主君をふたたび虜囚の身とする危機から、間一髪で救い出した。

 卓越した判断力と決断力。

 しかも「侍女ガラの名において」と宣言して実行に移した。

 ガラの立場ならば「公女ロマナの名において」と宣してもおかしくはない。しかしそれをせず、すべてをみずからの責任において完遂させたのだ。

 兵士たちは熱い尊敬の眼差しをガラに送る。


 やがて、ヴールの城門にならぶウラニア、ロマナ、ソフィア、それに多くの重臣たちに出迎えられ、ベスニクはついに帰還を果たす。

 大きな歓声にヴールの街全体が沸き立つなか、

 ベスニクは、ウラニアとソフィアに付き添われて居室へと向かった。

 それを見送ったロマナが、満面の笑顔でパンッと手を打ち、ヒラリとふり返る。


「アイカ――ぁ!! なにから『ありがとう』と言い、なにから『おめでとう』と言えばよいか分らぬぞ!?」

「えへへへ……、お久しぶりです」

「さあ、お茶にしよう! ガラも来い! おお、チーナ、それにアイカの侍女殿たちも皆んなでお茶にしよう!! リアンドラも来い! 聞きたい話は山ほどある!」


 ロマナの弟セリムが「自分も……」と言い出そうとしたとき、もう一度ロマナがパシッと手を打った。


「いや! まずは旅の汚れを落とすか!? そうだ、皆で風呂にしよう! 女子同士、ゆるりと湯につかり、疲れを癒して旅の話を聞かせてくれ!!」


 と、喜色いっぱいのロマナに、セリムは言葉を呑み込んだ。

 さすがに行く先が風呂では「ボクも一緒に……」とは言えない年齢だ。

 もう少しガラと一緒にいたいセリムは、すこし恨めしい気持ちにもなったが、久しぶりに見る姉ロマナの弾けるような笑顔が嬉しくもある。

 アイカは《女子大入浴会 in ヴール》に惹かれつつも、遠慮がちに口をひらいた。


「……あの、……ベスニクさんの側にいてあげなくていいんですか?」

「ふふっ。久方ぶりに再会できた夫婦の邪魔をするほど、わたしは野暮ではないぞ。いまは、お祖母さまとふたりにしてさしあげたい」

「なるほど……」

「そうだ!! アイカも結婚したのだったな!?」

「え、えへへ……、そうなんです……」

「ようし、そのあたりの話も洗いざらい聞かせてもらうぞ!!」


 と、胸を張って空を見上げたロマナは、おだやかで寂しげな笑顔を浮かべた。


「祖父ベスニクの帰還を迎えてなお、ヴールは慶事に飢えておる! リティアと義姉妹しまいの契りを結び、ザノクリフの女王に即位し、婿を射止めて結婚までした! めでた尽くしのアイカ殿下の話をたっぷりと聞かせてくれ!!」


   *


 リティア宮殿に勝るとも劣らない豪壮な大浴場が、女子たちの黄色い声で満ちる。

 恐縮するアイカを押さえつけるようにしてロマナが背中を流し、

 ガラもチーナも、戦塵をおとす。

 また、カリュ、サラナ、アイラと、アイカの侍女たちも一緒であり、近衛兵のリアンドラもいた。

 カリュの胸にリアンドラの目が点になり、リアンドラの8つに割れた腹筋に皆の手が伸びる。


 ――ふおぉぉぉぉぉぉ! キレイです! みなさんとてもおキレイです! ロマナさん、お風呂でもお姫様です! 脱いでもお姫様です!! 最高です。最高のお風呂です!!


 アイカの心の中で雄叫びが響き渡った。

 みなの肢体を包んだ白い泡が流され、ひろい大理石の浴槽に浸かって初夏の汗で冷えた身体をあたためる。

 しばしの間、ゆったりとした湯気と静穏が戦いに疲れた女子たちをやさしく包みこむ。

 アイカにすれば山奥で浸かった《ヒメ様温泉》以来の至福の時間。

 ふわっと身を浮かべて、疲れが溶け出していくままに任せた。

 和やかな時間。

 しかし、ロマナがアイカたちを風呂に誘ったのには疲れを癒してもらう以外に、もうひとつ目的があった――。
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