上 下
255 / 307
第十一章 繚乱三姫

240.勝利の先にある景色

しおりを挟む
 ペノリクウス軍の将兵は虚をつかれたようにピクリとも動かない。

 単騎その前に立つガラの、澄んだ声だけが響く。


「わがヴールが迎える客人の見送り、誠にご苦労にございました。これより先は、われらにてお送り申し上げます。どうぞペノリクウス候にも、よろしくお伝え願います」


 なめらかで友好的に語りかけるガラの背後では、ヴール軍の全員が抜剣し臨戦態勢にある。

 ペノリクウス領内に無断で侵入しているのはヴール側だ。

 戦闘になれば大義はペノリクウス側にある。

 しかし、ややあってからペノリクウス軍は兵を退きはじめた。


 ――ペノリクウス軍はヴールに伍す強兵。


 と評したのはカリュであるが、ヴール兵2000とペノリクウス兵3000では、互角か、ややヴールの方に軍配があがる。よくて双方全滅。

 しかも、追っていた300の兵もヴールに加わり、これも手ごわい。


 ――主君の許しもなしに戦端を切るには、想定される損害が大きすぎる。


 そう考えたペノリクウスの将は、ガラに返答もせずに立ち去った。

 自領侵入に対し勝手に許しを与えることもできず、かといって許さないとなれば即戦闘でなければ筋が通らない。

 一軍を率いる将程度の身分では、こたえる言葉がなかったのだ。

 ペノリクウス軍が完全に姿を消したのを確認し、

 ふう~っ!! と、ガラは大きく息をぬいた。


   *


 ガラがアイカたちを救ったおなじ頃、

 ラヴナラに向けて出兵直前のリティアのまえでミトクリア候が平伏していた。

 かつてリティアの命をねらい、逆に惨敗を喫して制圧されたミトクリア候。

 その際に心酔したリティアのメテピュリア建設を聞き付け、手勢を率いて馳せ参じたのだ。

 ミトクリアは王都の北東に位置し、メテピュリアに近い。


「久しいな! ミトクリア候よ!」


 と、駆け寄ったリティアは満面の笑みでミトクリア侯の手を取る。

 顔をあげたミトクリア侯の表情からは、敬慕の念さえ窺えた。


「リティア殿下に過日のご恩をお返ししようと、わずかながら配下の兵を引き連れ参上いたしました。どうぞ、いかようにもお使いくださいませ」

「ちょうど良かった!」

「え……?」

「西南伯公女ロマナ殿から密書が届いたところだったのだ! ……ミトクリア候。ご令嬢は敗れたサヴィアス兄を、なんとひとりで匿い、無事にヴールに送り届けたそうだぞ!?」

「なんと……」

「良かったな。ご令嬢のソーニャ殿はヴールでご無事だ」

「……サヴィアス殿下がアルナヴィスに敗れたと聞き、娘のことはすでに諦めておりました」

「人質とかわらぬ身の上でありながら見事、主君を守り抜いたのだ。ミトクリアの英名があがったな! 立派なご令嬢だ! 帰ってこられたら、たっぷり褒めてやるのが良かろう!」

「はっ。ありがたき幸せ……」


 ロマナがミトクリア候に直接ではなく、あえてリティアに報せたのは、情報を武器にさせるためである。

 この辺りは阿吽の呼吸であった。

 リティアは、ミトクリア候の肩に手をおき、いたわるように微笑んだ。


「しかも、逃避行中にはサヴィアス兄を、し――っかりと躾けてくれたそうだ。ロマナ殿はじめ、ヴール滞在中のわが姉、第1王女ソフィアもいたく感心しているそうだぞ?」

「はは……、気のつよい娘で……」

「おお、そうだ! もうひとつ、ちょうど良かった!」

「はっ。なんなりと」

「わたしは、いまから第六騎士団全軍を率いてサーバヌ騎士団を討ちにゆく。ミトクリア候がお手すきならメテピュリアの警護をお願いできぬか?」

「な……、なんと……。そのような大事なお役目を、われらに……? い、いや。王都のリーヤボルク兵が動いたらなんとされます? われらだけの守備では、さすがに……」

「リーヤボルクは動かぬ。いや、動けぬのよ」

「それは……」


 リティアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ま、もっとも……。メテピュリアの留守を守るおかみさんたちは、元は砂漠の賊のおかみさんだ。ミトクリア候の手を煩わせずとも、リーヤボルク兵のごときは追い返してしまうかもしれんがな?」

「そうだよーっ! 姫様! わたしらに任せときなーっ!」


 と、大荷物をかかえて通りかかった恰幅のよい女性たちが明るい声をあげた。

 リティアも手を振って応える。

 まだ謁見の間がないメテピュリア。

 通りからも丸見えの広場でミトクリア候からの拝謁を受けていた。


「とはいえ、賊の襲撃などあれば、兵士でもない女性を矢面に立てるのは心苦しい。頼まれてくれると嬉しいのだがな」

「……わたしなどに篤き信頼を寄せていただき光栄のいたり。この身に替えてもリティア殿下の新都をお守りいたします!」

「そうそう。ラヴナラから戻れば、ミトクリア侯にはもうひとつ頼みたいことがある」

「かしこまりました。お帰りの際には、なんなりとお申し付けくださいませ!」

「うむ。頼りにしているぞ!」


 快活に笑ったリティアは、自分が使う公宮がわりの仮小屋をミトクリア候に任せ、そのまま出陣していった。

 留守居役の侍女ゼルフィアから宿舎に案内されるミトクリア候。

 その表情からは高揚が隠せず、恍惚としていると言ってもよい。

 またひとり《天衣無縫の懐》に包み込んだリティアは、進軍してくるサーバヌ騎士団を討つため全軍を率いて出兵してゆく。

 指揮を執るのは、3人の万騎兵長。

 筆頭万騎兵長ドーラは、かわらぬ寡黙な佇まいで屈強な兵士たちを従え、赤黒い髪を無造作に揺らす。

 かつて、祭礼騎士団にあって女の身ながら強すぎるが故に浮いていたところをリティアにスカウトされた。

 感情の起伏を見せないタチだが、息子とも再会でき意気軒昂である。

 アイラの母でリティアの従姉妹でもある万騎兵長ルクシアは馬上に片脚をあげ、楽しげに配下の兵たちとの雑談に興じている。

 無頼の大親分アレクの娘として育ったルクシアは末端の兵士たちとも同じ目線で語らい、周囲には笑いが絶えない。

 そしてアイカの推薦で登用した万騎兵長パイドル。こけたほおに細剣レイピアのような鋭い視線。

 独特の緊張感を身にまとい、元賊の兵士たちからも仰ぎ見られている。

 その個性豊かな軍勢を背に率い、天衣無縫の笑みで晴天を見上げる第3王女、――無頼姫リティア。

 最強剣士である三衛騎士を従え、軽快に馬をすすめる。

 新生第六騎士団の初陣である。

 しかし、夕暮れ色をしたリティアの瞳が映すのは、目先の勝利ではない。

 その先にある景色であった。


 ――悪いが、サーバヌ騎士団にはどうしても潰滅してもらわねばならぬ。


 唇をキュッと結び、赤茶色の髪を陽に輝かせながら南へと駆ける――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

結婚式で王子を溺愛する幼馴染が泣き叫んで婚約破棄「妊娠した。慰謝料を払え!」花嫁は王子の返答に衝撃を受けた。

window
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の結婚式に幼馴染が泣き叫んでかけ寄って来た。 式の大事な場面で何が起こったのか? 二人を祝福していた参列者たちは突然の出来事に会場は大きくどよめいた。 王子は公爵令嬢と幼馴染と二股交際をしていた。 「あなたの子供を妊娠してる。私を捨てて自分だけ幸せになるなんて許せない。慰謝料を払え!」 幼馴染は王子に詰め寄って主張すると王子は信じられない事を言って花嫁と参列者全員を驚かせた。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

処理中です...