上 下
254 / 307
第十一章 繚乱三姫

239.風にたなびく紋章は

しおりを挟む
 ヴール北方の原野に、アイカの咆哮が響きわたる。


「どっしぇぇぇぇぇ――――っ!!」


 と、実際に声にすることは一生ないと思っていた叫び声をあげながら、急旋回するタロウの背から矢を放つ。

 ペノリクウス軍が兵を分け、横合いから突然現れたのだ。

 相手は10倍の兵力。造作もなく別働隊を繰り出してくる。

 アイカの矢が敵の出鼻をくじくと、先頭のジョルジュが隊列を急角度に方向転換させ攻撃をかわす。

 サラナは次の進路を読む。

 すでに近辺の地形はすべて頭に入っており、なんども敵の目から隊列を見失わさせている。

 しかし、そのたびに展開する敵の偵騎に発見され、思うようにふり切れない。

 アーロンとチーナは、ベスニクが乗る馬車の両脇をかため、時折飛んでくる流れ矢を払い落とす。

 殿しんがりを指揮するカリトンの舞うような剣技が冴え渡り、鬼神の如き強さで敵を寄せ付けない。また、ヴィアナの騎士とザノクリフ兵も奮戦している。

 ネビの暗器は確実に敵を仕留め、

 ニコラエの職人のように正確な剣も着実に屍を増やす。

 だが、敵の数が多すぎる。

 カリトンの脳裏には、


 ――こちらも兵を二分し、敵の目をくらます。


 という策も浮かぶ。

 が、いかんせんアイカの桃色髪は目立つ。なにかかぶって頭を隠しても、二頭の狼までは隠せない。

 それにベスニクの馬車もある。

 アイカとベスニク、どちらか一方だけを救けるという選択肢もない。

 いまは、隊列を乱さず一丸となって逃げるほかない。

 頼りはサラナの異能だけだ。

 地形を見抜いて有利な戦場をつくりだす。できれば敵からアイカとベスニクを乗せた馬車を見失わせ逃げ切りたい。

 それが解っているサラナも、頭のなかにある地形と、目に映る地形から、地の利を得ようと目と頭を全力で回転させている。

 しかし突然――、


「わ、わ、わ……」


 と、アイカの身体が後ろにクンッともっていかれ、タロウがスピードを上げた。

 そして、ジロウと一緒に隊列の先頭まで出てから、グンッと右方向に地面を蹴った。


「アイカ殿下!! そちらは敵に有利! お戻りください!!」


 サラナが叫ぶ。

 が、間髪入れずカリュが声を上げた。


「サラナ殿! タロウとジロウには《道案内の神》の守護聖霊があります! カタリナ陛下の審神みわけにございます! われらも救われたことが何度もございます!」

「分かりました!!」


 と、サラナも《聖山の民》である。守護聖霊と聞けば切り替えは速い。

 隊列をグンッと曲げ、アイカのあとを追う。

 うしろから敵兵の『しめた!』と色めき立つ気配が伝わる。

 が、ここは《道案内の神》を信じ、やや上り坂になった行く手を駆ける。その間もサラナの頭脳は回転し続け、万が一の場合に挽回できる進路の検討がやまない。

 しかし、坂をのぼり切った瞬間――、

 サラナの鳩尾みぞおちに冷たいものが走った。

 行く手を埋め尽くす大軍勢が、真正面からこちらに向けて砂塵をあげている。


 ――最初から挟み討ちが狙いであったか。


 思わず親指を噛むサラナ。

 地勢を読むのに長けていても、軍事の専門家ではない。

 新たな敵の出現までは想定できなかった。前後をはさまれて隊列の足がとまり、白兵戦に持ち込まれたら万事休すだ。

 そのサラナの横で、

 落ち着いた物腰のジョルジュが、馬上で剣を払った。


「やむを得ません。斬り開きます。サラナ殿はうしろへ」

「しかし!」

「あとは頼みましたぞ」


 ここが死に場所と定めたのか、元賊の老将が発する声には淀みがない。

 グッと奥歯を噛みしめるサラナ。

 先をゆくアイカを止め、隊列の旋回を指示しようと息を吸ったそのとき――、


「あれは西南伯軍の軍旗!! お味方です!!」


 カリュの声に、ハッとしたサラナが赤縁眼鏡をクイッと上げて、眼前の軍勢を見定める。

 たしかにヴールの主祭神《狩猟神パイパル》に由来する紋章が風にたなびいていた。

 パアッと表情を明るくしたアイカが声をあげる。


「ガラちゃん!!!」

「アイカちゃ――ん!!!」


 青みがかった反射光を放つ銀色の鎧に身を包み、見違えるほどに凛々しい姿ではあったが、先頭を駆けるのはたしかにガラだ。

 リティアが王都を脱出する前夜、一緒に入浴し、食事を囲んで夜遅くまで騒いだ惜別の女子会以来の再会は――、

 お互い全速力だった。


「アイカちゃん!! とりあえず、奥へ――っ!!」

「わかったぁ――っ! ありがと――っ! 鎧、似合ってるよぉぉぉぉおお!!」

 
 ドップラー効果で、ガラの耳には低く届くアイカの声。

 ガラは率いる兵に道をあけさせ、ペノリクウス軍に追われるアイカたち約300を自陣に収めてから行軍を止めた。

 坂をのぼったペノリクウス軍も、西南伯軍の軍旗を認めて急停止する。

 ヴール軍2000と、ペノリクウス軍3000が高台で睨みあう。

 両軍に一触即発の緊張感が漂う。

 そんな中を落ち着き払ったガラが単騎、まえに進み出た。


「ペノリクウスの将に申し上げる! わたしは西南伯公女《清楚可憐の蹂躙姫》ロマナ様が侍女、ガラである!!」


 戦場には不釣り合いな、清らかでむらのないガラの声がこだました――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

結婚式で王子を溺愛する幼馴染が泣き叫んで婚約破棄「妊娠した。慰謝料を払え!」花嫁は王子の返答に衝撃を受けた。

window
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の結婚式に幼馴染が泣き叫んでかけ寄って来た。 式の大事な場面で何が起こったのか? 二人を祝福していた参列者たちは突然の出来事に会場は大きくどよめいた。 王子は公爵令嬢と幼馴染と二股交際をしていた。 「あなたの子供を妊娠してる。私を捨てて自分だけ幸せになるなんて許せない。慰謝料を払え!」 幼馴染は王子に詰め寄って主張すると王子は信じられない事を言って花嫁と参列者全員を驚かせた。

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

処理中です...