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第十章 虜囚燎原

233.救国姫の物語

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 吟遊詩人リュシアンは、《詩人の束ね》たる王太后カタリナからの伝言をたずさえていた。

 それは、西候セルジュを紹介したことを詫びるものであり、いずれ訪れる決起の際、第2王子ステファノスをアイカの指揮下に加えるというものであった。


「ス、ステファノスさんを……?」

「王太后陛下の思し召しにございます。ステファノス殿下もご了承なさっておられます」

「そ、そいつは……弱った」


 ぺちっと、額をうつアイカ。

 あの格闘家のような体躯を誇る第2王子を、自分の配下にすることなど想像だにできない。


「なにを弱られることがあります?」

「いやぁ~、……義兄あに上? ……だし、つよそうだし……」

「ふふっ。アイカ殿下ともあろうお方が」

「ええ~っ?」

「カタリナ陛下の命を受け、アイカ殿下の事績を収集するためにタルタミア、ザノクリフ、コノクリアと旅をしてまいりました。すでに殿下は、そこにおられるミハイ殿、さらにはバシリオス殿下……、いえ、バシリオス陛下をも率いられた」

「え、いや、率いたっていうか……」

「数多の偉丈夫たちを従え、ふたつの国を救われた。う~ん、私の詩藻はかき立てられるばかりです」


 ハッと目をまるく見開いたアイカが、リュシアンの顔をみつめた。


「ま、また、詩にして言いふらすつもりですか!?」

「言いふらすとは心外です。アイカ殿下はすでに《聖山の大地》に名をのこす英雄のおひとり」

「えっ……いゆぅ……」

「そうですね……、救国……、救国姫アイカ。……うん、いいですね。救国姫アイカの物語は聖山神話の一節を彩るべきです。むしろ、そうでなくてはいけません。このリュシアン、非才の身ながら心を込めてうたい上げさせていただきます」


 そのとき、バシバシバシッと、なにかを叩く音がアイカのうしろから聞こえた。


「い、痛いです……、カリュ様?」

「あれ! ……あれ! ……リュシアン様では?」


 ふり返ると、目がハートマークになったカリュが、サラナの背中をしきりに叩いている。

 リュシアンが優雅にお辞儀した。


「これはこれは、アイカ殿下の偉業を支える侍女様方。カリュ様にサラナ様。お目にかかれて光栄にございます。ご活躍はすでに、この吟遊詩人の耳にまで届いております」

「そ、そんなぁ~」


 かおを赤らめモジモジするカリュ。


 ――そうか。アイドルみたいな扱いでしたね、リュシアンさんって。


 と、アイカは、かつて旧都で先輩侍女クレイアが見せた恥じらいの表情を思い返す。

 王都詩宴で自分の名前がうたわれたときは、涙さえみせた。


 ――けど、サラナさんは平然としてるんですね。……好きです! そういうの! 学級委員長タイプ赤縁眼鏡美少女! いいです! 大好きです!


 完全に舞い上がっているカリュが、サラナを盾にするようにうしろから押し、リュシアンに近づいてゆく。とても迷惑そうだ。


「この先は、アイカ殿下の偉業を見届けるため、ぜひ旅に同行させていただきたく存じます」

「ええ~っ!? それはぜひぜひ~!」


 リュシアンの申し出を、アイカの意思も確認せずに承諾するカリュ。


 ――パ、パパラッチつきになった……。


 と、眉を寄せるアイカの方を見もしない。

 もり上がるカリュとリュシアンから、そっと離れると、ニタニタ笑うアイラが近寄ってきた。


「ま、いいんじゃねぇの? 《無頼姫の狼少女》はとっくに王国の有名人だ。いまさら隠すことないだろ?」

「……で、でもぉ」

「ベスニク様のお身体が回復したら、次はヴールだな」


 と、アイラはたかい空を見上げた。

 ハラエラからコノクリアに遷されたベスニクは、アーロン、チーナに介抱され、ヴールまでの移動に耐えられる体力を養っている。

 それまでの間、アイカやサラナたちもバシリオスの国づくりを手伝う。

 ミハイが運んだ木材は、捕虜収容所の柵になる。その場所はサラナが『灌漑農業の適地』と見抜いた土地で、捕虜たちの労働力で用水路を掘り、開墾をすすめる予定だ。

 奴隷として連れ去れらた《草原の民》たちとの捕虜交換が成立するまでの間、無駄飯を喰わせておく必要はないと、サラナが冷然と言い放ったものだ。


「奴隷の気持ちを思い知ってから帰国させてやればいいのです」


 みずからも虜囚の身とされていたサラナに容赦はなかった。

 すでにリーヤボルク王アンドレアスには見張りをつけて、鍬を振らせている。

 ただし、それ以上に虐げることは固く禁じた。捕虜交換が成立すれば、アンドレアスは国境を接する隣国の王となる。必要以上の辱めを与えることはない。

 新鮮な草原の空気をたのしむように、アイラは息をおおきく吸い込んだ。


「山々の次は草原。あっという間だったな」

「そうですね」


 アイカもとおく地平線に目をむけ、スゥ――っと息を吸った。

 どこまでも続く大草原。大陸的な風景を目にするのが初めてであることに、アイカはあらためて気がついた。

 目のまえの人たちを救うことだけを考え、景色にまでまわす気持ちの余裕がなかった。


「いきなり戦争からはじまって大変だったけど、草原もいいところだった。なにより、おつかいに行ってたせいで、ザノクリフでは見逃したアイカの女王姿も見れたし」

「や、やめてくださいよ~」


 と、水戸黄門のように登場した自分を思い返して、顔を真っ赤にするアイカ。

 アイラが耳元に口をよせた。


「アイカの美しさを語らせたら、一晩中でも語り続けることができるぞ?」

「も、もう! からかわないでくださいよぉ!!」

「いや。真剣な話だ。……そうだ! リュシアン殿に聞いてもらおう!」

「えええっ!?」

「あの美しさは、あまねく《聖山の民》に知ってもらうべきだ!」


 と、リュシアンの方に歩き始めた背中を、アイカが追う。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ~っ! 私、殿下で陛下ですよ? 分かってます? 殿下で陛下ですよ? 侍女さんが勝手なことしないでくださいよぉ~! も、もぉ~!!」


   *


 アイカがつかの間の休息をたのしみ、ロマナがサヴィアスを庇護したころ、

 テノリア王国の東端、交易の大路がプシャン砂漠に入る地点に、突如、大軍が姿をあらわした。

 天衣無縫の無頼姫、第3王女リティアの帰還である――。
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