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第十章 虜囚燎原
217.そうそう変わらない
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リティアとは同い年だが、アメルの方が一か月ほど早く生まれた。
その上、両親ともが聖山王スタヴロスの血統に連なる自分の方が、《砂漠の民》の側妃から生まれた第3王女より尊ばれてしかるべきだと考えていた。
当然、王都詩宴での選定詩の披露順でもゴネた。しかし、リティアはいつもあっけらかんと、自分に譲る。
風下においたはずなのに、それが何故かリティアの名声を高める。
《天衣無縫》などと称され、いつも能天気に笑っているだけのリティアのことが気に喰わず、アメルは何かと張り合ってきた。
だが――、
「……リティアはわずか1,000の第六騎士団を率いて、倍以上の兵を抱えるミトクリアを制圧した。その後も、ひとりの脱落者も出さず砂漠を越えルーファに入った。それに比べて、俺はどうだ――」
と、夜空を見上げたアメルの視線に、悲観したものはない。
《狂親王》と陰口をたたかれるほどの暴れ馬がみせる澄んだ瞳。侍女のサラリスは目を見張り、母アリダは表情の強張りを解いた。
「……カリストス大お祖父様が遺された言葉が胸に刺さった。『兄あっての支柱。支えるものなく、自ら立とうとしたのが、我が過ち』……、サラリスに話されていたが、俺に向けての言葉でもあったと思う。……人には器というものがある」
「それでは、リティア殿下のもとに行かれますか?」
目のまえで膝をつくサラリス。自嘲ぎみの苦笑いを返したアメルが地面に腰をおろした。
「とはいえだ……。俺にもメンツというものがある。いまさら、ちっぽけなプライドに振り回されるつもりもないが、手土産もなしにのこのこ顔を出せるほどには、自分を諦められぬ」
「……手土産」
「ははっ」と笑ったアメルが、あたりを見回した。
まもなく夜明けを迎えようかという荒野。アメルの周囲にいるのはサラリスとアリダ、それに僅かな近侍の者たちだけである。
虚勢のはりようもない。
「……父ロドスに降れぬのも、偽王ルカスに参朝できぬのも、くだらぬプライドか」
「アメル殿下に進言いたします」
姿勢をあらためたサラリスに、アメルが顔を向けた。
「身軽になったのを奇貨とし、王都ヴィアナの情勢を窺うのが現状の最善手と考えます」
「王都の情勢……」
「はっ。リーヤボルク進駐後の王都ヴィアナがどのようになっているか、我らは肌身で知る訳ではございません。それはリティア殿下にしても、旧都にこもるステファノス殿下、ヴールのロマナ公女にしても同じこと。……私にお命じくだされば、王都に潜入し、ルカス体制の弱点を調べあげてまいります」
「情報を手土産に……、か」
アメルは眉根に力をこめ、思案を巡らせる。
「しかし、王都にはリーヤボルク兵があふれている。隊商の出入りは従前通りとはいえ、見付かればただでは済まぬのではないか?」
「地下水路を用いて潜入いたします」
「……地下水路」
「リティア殿下のご差配で孤児たちが退去した地下水路は、おそらく無人。リーヤボルク兵の目につかず王都の中心部に潜入することは容易かと」
アメルは、母アリダの顔をチラと窺った。
否とも応ともつかぬ表情で、自分を見詰めている。
「わかった。俺も行く」
「い、いや……、それは」
立ち上がったアメルを、狼狽えたサラリスが止めようとする。
しかし、そばにいるアリダは顔色ひとつ変えることなく、自分も同行の準備をはじめた。
「ア、アリダ殿下まで……」
「人数が多ければ、人目につく。近侍の者たちはここで待たせるぞ」
「はははっ。大丈夫だ、サラリス。落ちぶれたとはいえ、リーヤボルクの雑兵に後れをとる俺ではない。それに、手土産になるほどの情報は、俺自身が肌で感じたものでなくてはなるまい?」
すでに王都に向けて歩き始めたアメルとアリダを、サラリスが追う。
腹を決めたアメルの背中がサラリスには、ひと回り大きく見えた。
しかし、そうそう人の性情が変わるものではない。
潜入した王都で因縁をつけてきたリーヤボルク兵に、むきになって歯向かうアメルを必死で止めたが聞く耳を持ってくれない。
アリダの無表情も、破落戸兵どもを煽っているかのようである。
――アメル殿下とアリダ殿下の正体が知れては……。
と、なんとかコトを収めようとするサラリスを救ってくれたのは、西南伯軍の近衛兵アーロンとリアンドラであった。
おなじく身分を隠して王都に潜入しているふたり。
「ご事情は分かりかねますが……」
と、自分たちの館に案内してくれた。
ベスニク救出の命を受けるアーロンとリアンドラ。しかし、今の王都をプラプラと無防備に歩いている王族を捨て置くことも出来なかった。
それに、アメルとアリダはともかく、カリストスの侍女長であったサラリスから助力を得られれば、より調査の手を広げられるかもしれない。
――とはいえ……、ヤンチャな母と息子に振り回されているようだが……。
ともあれ、見捨てることも出来ず、自分たちの住処をアメルたちに提供することとした。
*
アメルとサラリスが王都での拠点を確保できた頃、リティアは南方巡遊を終えてルーファに帰還した。
新リティア宮殿から駆けて出迎えてくれる婚約者フェティを抱き上げ、ほおずりしながら宮殿の中へと向かう。
「旦那様は、ちゃんとお勉強なさっていましたかぁ?」
「うん! 勉強してたよ! 剣術のお稽古もしてたしねぇ、お絵かきの練習もしてた!」
「いい子にして待っててくれたんですねぇ~!」
「そうだよ! ぼく、いい子にしてたんだよぉ!!」
至福のリティアのまえに、見覚えのないおっさんが平伏していた。
痩せぎすで、目は陰険そうに窪んでいる。しかし、表情に濁ったところは感じさせない。権謀家めいた容姿でありながら、どこか漂白されたような雰囲気も感じさせる。
フェティを膝に抱き、書状を手にとる。
「……パイドルと申すか」
「はっ……」
「アイカが、そなたを取り立てよと言うてきておる」
リティアの言葉に顔を上げたのは、ザノクリフ王国で西候セルジュの家老をつとめていたパイドルであった。
アイカに降伏し、リティアのもとに『流刑』として送られた。
「我が義妹に、随分と悪辣なことをしてくれたようだが……」
リティアが悪戯っぽい笑みをパイドルに向けた――。
その上、両親ともが聖山王スタヴロスの血統に連なる自分の方が、《砂漠の民》の側妃から生まれた第3王女より尊ばれてしかるべきだと考えていた。
当然、王都詩宴での選定詩の披露順でもゴネた。しかし、リティアはいつもあっけらかんと、自分に譲る。
風下においたはずなのに、それが何故かリティアの名声を高める。
《天衣無縫》などと称され、いつも能天気に笑っているだけのリティアのことが気に喰わず、アメルは何かと張り合ってきた。
だが――、
「……リティアはわずか1,000の第六騎士団を率いて、倍以上の兵を抱えるミトクリアを制圧した。その後も、ひとりの脱落者も出さず砂漠を越えルーファに入った。それに比べて、俺はどうだ――」
と、夜空を見上げたアメルの視線に、悲観したものはない。
《狂親王》と陰口をたたかれるほどの暴れ馬がみせる澄んだ瞳。侍女のサラリスは目を見張り、母アリダは表情の強張りを解いた。
「……カリストス大お祖父様が遺された言葉が胸に刺さった。『兄あっての支柱。支えるものなく、自ら立とうとしたのが、我が過ち』……、サラリスに話されていたが、俺に向けての言葉でもあったと思う。……人には器というものがある」
「それでは、リティア殿下のもとに行かれますか?」
目のまえで膝をつくサラリス。自嘲ぎみの苦笑いを返したアメルが地面に腰をおろした。
「とはいえだ……。俺にもメンツというものがある。いまさら、ちっぽけなプライドに振り回されるつもりもないが、手土産もなしにのこのこ顔を出せるほどには、自分を諦められぬ」
「……手土産」
「ははっ」と笑ったアメルが、あたりを見回した。
まもなく夜明けを迎えようかという荒野。アメルの周囲にいるのはサラリスとアリダ、それに僅かな近侍の者たちだけである。
虚勢のはりようもない。
「……父ロドスに降れぬのも、偽王ルカスに参朝できぬのも、くだらぬプライドか」
「アメル殿下に進言いたします」
姿勢をあらためたサラリスに、アメルが顔を向けた。
「身軽になったのを奇貨とし、王都ヴィアナの情勢を窺うのが現状の最善手と考えます」
「王都の情勢……」
「はっ。リーヤボルク進駐後の王都ヴィアナがどのようになっているか、我らは肌身で知る訳ではございません。それはリティア殿下にしても、旧都にこもるステファノス殿下、ヴールのロマナ公女にしても同じこと。……私にお命じくだされば、王都に潜入し、ルカス体制の弱点を調べあげてまいります」
「情報を手土産に……、か」
アメルは眉根に力をこめ、思案を巡らせる。
「しかし、王都にはリーヤボルク兵があふれている。隊商の出入りは従前通りとはいえ、見付かればただでは済まぬのではないか?」
「地下水路を用いて潜入いたします」
「……地下水路」
「リティア殿下のご差配で孤児たちが退去した地下水路は、おそらく無人。リーヤボルク兵の目につかず王都の中心部に潜入することは容易かと」
アメルは、母アリダの顔をチラと窺った。
否とも応ともつかぬ表情で、自分を見詰めている。
「わかった。俺も行く」
「い、いや……、それは」
立ち上がったアメルを、狼狽えたサラリスが止めようとする。
しかし、そばにいるアリダは顔色ひとつ変えることなく、自分も同行の準備をはじめた。
「ア、アリダ殿下まで……」
「人数が多ければ、人目につく。近侍の者たちはここで待たせるぞ」
「はははっ。大丈夫だ、サラリス。落ちぶれたとはいえ、リーヤボルクの雑兵に後れをとる俺ではない。それに、手土産になるほどの情報は、俺自身が肌で感じたものでなくてはなるまい?」
すでに王都に向けて歩き始めたアメルとアリダを、サラリスが追う。
腹を決めたアメルの背中がサラリスには、ひと回り大きく見えた。
しかし、そうそう人の性情が変わるものではない。
潜入した王都で因縁をつけてきたリーヤボルク兵に、むきになって歯向かうアメルを必死で止めたが聞く耳を持ってくれない。
アリダの無表情も、破落戸兵どもを煽っているかのようである。
――アメル殿下とアリダ殿下の正体が知れては……。
と、なんとかコトを収めようとするサラリスを救ってくれたのは、西南伯軍の近衛兵アーロンとリアンドラであった。
おなじく身分を隠して王都に潜入しているふたり。
「ご事情は分かりかねますが……」
と、自分たちの館に案内してくれた。
ベスニク救出の命を受けるアーロンとリアンドラ。しかし、今の王都をプラプラと無防備に歩いている王族を捨て置くことも出来なかった。
それに、アメルとアリダはともかく、カリストスの侍女長であったサラリスから助力を得られれば、より調査の手を広げられるかもしれない。
――とはいえ……、ヤンチャな母と息子に振り回されているようだが……。
ともあれ、見捨てることも出来ず、自分たちの住処をアメルたちに提供することとした。
*
アメルとサラリスが王都での拠点を確保できた頃、リティアは南方巡遊を終えてルーファに帰還した。
新リティア宮殿から駆けて出迎えてくれる婚約者フェティを抱き上げ、ほおずりしながら宮殿の中へと向かう。
「旦那様は、ちゃんとお勉強なさっていましたかぁ?」
「うん! 勉強してたよ! 剣術のお稽古もしてたしねぇ、お絵かきの練習もしてた!」
「いい子にして待っててくれたんですねぇ~!」
「そうだよ! ぼく、いい子にしてたんだよぉ!!」
至福のリティアのまえに、見覚えのないおっさんが平伏していた。
痩せぎすで、目は陰険そうに窪んでいる。しかし、表情に濁ったところは感じさせない。権謀家めいた容姿でありながら、どこか漂白されたような雰囲気も感じさせる。
フェティを膝に抱き、書状を手にとる。
「……パイドルと申すか」
「はっ……」
「アイカが、そなたを取り立てよと言うてきておる」
リティアの言葉に顔を上げたのは、ザノクリフ王国で西候セルジュの家老をつとめていたパイドルであった。
アイカに降伏し、リティアのもとに『流刑』として送られた。
「我が義妹に、随分と悪辣なことをしてくれたようだが……」
リティアが悪戯っぽい笑みをパイドルに向けた――。
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