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第九章 山湫哀華

209.ひとりじゃないんだ

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 ザノヴァル湖の湖畔。

 黄色い花が咲き乱れる草原に、アイカは寝転がった。そばには、《愛で友》にして侍女のアイラが腰を降ろしている。

 アイカはザノクリフ王国に滞在するうちに、この小さく咲く花が、大好きになっていた。

 ひとつひとつは小さく儚げなのに、全体としては生気あふれる花畑になっている。

 アイラの顔を見上げたが、


 ――お、おっぱいが邪魔で見えねぇ……。


 と、身体をおこした。

 密使として王都ヴィアナに行ってもらっていたアイラと、ふたり切りの時間をもつのは久しぶりであった。

 アイカの顔をみたアイラが、ちいさく微笑んだ。


「迷ってるのか?」

「……はい。私が行って、なにが出来るって訳でもありませんし……」


 ラウラとイエヴァは憔悴しきっており、しばらく休ませた後、とおくザノクリフまでアイカを訪ねてきた訳を聞いた。


 ――ニーナさん……。


 正体不明の軍隊にさらわれた、踊り巫女。

 クレイアの親友で、リティアの王都脱出にも協力してくれた。

 ラウラとイエヴァのふたりは、《草原の民》の宗教文化にしたがって、『祖霊の託宣』をもとに、アイカを頼ってきてくれた。

 大路を避け、とりあえず旧都テノリクアに向かう途中、北の元締シモンの若頭ピュリサスと偶然再会して、アイカがザノクリフにいることを知った。

 ぼろぼろの姿であらわれたところをみても、苦難の旅であったことがしのばれる。


「でも、とりあえず行ってやりたいんだろ?」


 アイラが悪戯っぽく笑った。


「あ……、はい……」

「いいんじゃない? ……ザノクリフでは、私たちの眼鏡にかなう美男美女には、あまりお目にかかれなかった。けど、ラウラやイエヴァのいる国だぜ? ……期待できると思わない?」

「ふふっ……、そんな理由でいいんでしょうか?」

「アイカの中で『ニーナを救けに行きたい!』って理由はもう充分だろ? あと一歩を踏み出すのに、くだらない理由の方がいいってもんだろ?」

「そうか……」

「そうだよ」

「そうですねっ! うん……、待ってろ、小麦色の肌をした美男美女たち! アイカが愛でに行ってやるぞお!」


 と、立ち上がったアイカの行動は速い。

 囚われの身となったニーナのことを思えば、一刻もはやく駆け付けたい。

 王城にむかって、駆け出すアイカの背中を、アイラが目をほそめて見守った。


  *


 深夜、テノリアから付き従ってくれている面々を、自室にあつめた。

 ――すばらしい間諜の技を見せつけ、バルドル城で多くの命を救ってくれた、侍女カリュ。

 ――尖塔の最上階にある小さな窓を正確に射抜く神技で、幽閉されたアイカたちを救い出してくれた、眼帯美少女チーナ。

 ――卓越した暗器づかいで、城兵を殺さず戦闘不能にとどめる戦いをしてくれた、百騎兵長ネビ。

 ――舞い踊るように流麗な剣技で、血路を切り拓いてくれた、千騎兵長カリトン。

 ――賊の本分を発揮して、あやうく偽のイエリナ姫に仕立て上げられそうだったエルを救い出してくれた、ジョルジュ。

 ――母親代わりのように優しく、ときに厳しく導いてくれた女官ナーシャこと、王妃アナスタシア。

 そして、ずっと心をかよわせる親友であり、侍女になってくれたアイラ。

 みなの顔を見渡し、アイカは静かに頭をさげた。


「リティア義姉ねえ様と私をたすけてくれた、大切な友だちがピンチなんです」


 みな、アイカを見つめて、うなずいた。


「たぶん……、私ひとりじゃ、なにもできません」


 ザノヴァル湖でアイラと話し、心を決めたアイカは、ヴィスタドル太守のセルギウを訪ねていた。

 ヴィスタドルは、《草原の民》が住む草原地帯に、いちばん近い。

 なにか知っていることはないかと、聞きに行ったのだ。

 ふかく刻まれた老貌のしわを軽くゆがめたセルギウは、ながい顎ひげをなでた。


「……たしかな話ではありませんが」

「はい。なんでもいいので知りたいんです」

「どうも、リーヤボルク王国の本軍が、大規模な奴隷狩りをおこなっておるようですな」

「リーヤボルク……」


 テノリア王国にも進駐した、にくき仇敵ともいえる名前がでて、アイカは顔をこわばらせた。

 アイカ自身、王都ヴィアナに着いた当日、西域――おそらくはリーヤボルクに、奴隷として売り飛ばされそうになった。


いくさを好まない《草原の民》をしても、散発的なゲリラ戦を展開しはじめたようで、我が所領ヴィスタドルにも、ポツポツと避難民がながれ着いておる様子です」

「……そんなことが起きてたんですね」

「我らとしても避難民を受け入れる余裕などなかったのですが、イエリナ陛下が食糧輸入の道筋をつけてくださり、なんとかおるようですわい。いまは、領民たちと一緒になって、毛皮を得るための獣狩りに精をだしてくれておるとか」


 セルギウは、しわの刻まれた目元をあげ、アイカに微笑んだ。


「イエリナ陛下の施策が、とおく《草原の民》をも救っておりますな」

「いや……、そんなぁ……」


 と、照れたアイカだったが、事態は深刻だった。


 ――リーヤボルクの……、本軍?
 

 うわさでは、国王みずからが率いて、大軍で乗り込んできているとのことだった。

 とても、アイカひとりで太刀打ちできるような話ではない。


 ――タロウとジロウと忍び込んで、ニーナさんだけでも救け出す……。


 とも考えたが、現実的とは思えない。

 だからといって、復興がはじまったばかりのザノクリフ王国を巻き込むこともできない。

 ずっと自分にしたがってくれた7人に、頭をさげた。


「どうか、私に力を貸してもらえませんでしょうか?」


「確認だが」と、アイラが口を開いた。

 それを見つめるアイカの真剣な面持ち。アイラは、あえて軽い口調で尋ねた。


「ザノクリフ王国の女王イエリナとしてではなく、テノリア王国の第3王女リティア殿下の義妹いもうとアイカとして《草原の民》のもとに向かう……ってことだよな?」

「はいっ! そうです。私とリティア義姉ねえ様のに、ザノクリフ王国の皆さんを巻き込むわけにはいきません」

「分かった。じゃあ、アイカ殿下の侍女である私は、もちろんついて行く。いくらでもこき使ってくれ」


 つづいて、カリュが微笑みながら、うなずいた。


「私はリティア殿下からアイカ殿下に付けられておりますから、おふたりのであれば、私にとってそれは。もちろん、お供させていただきます」


 ネビとジョルジュも、立場はおなじであり、カリュの意見に同意した。

 西南伯軍所属のチーナは、


「ロマナ様への土産話がふえます」


 と、静かになんどもうなずいた。

 アイカは、穏やかに微笑んですわるカリトンに目をむける。


「……ニーナさんや、ラウラさん、イエヴァさんは、……リティア義姉ねえ様が王都を脱出するときに協力してくれました」


 カリトンが脱出を図るリティアを発見したとき、踊り巫女姿で駆けていた。

 その際、カリトンの太ももを射抜いて、動きを封じたのはアイカである。


「もし……、カリトンさんが複雑な想いをお持ちでしたら、無理にとは……」

「アイカ殿下のお心づかいに感謝いたします。しかし、私はバシリオス殿下幕下のヴィアナの騎士であるという以上に、テノリアの騎士にございました。《山々の民》と交わるこの旅で、あらためてその想いを強くいたしました」

「カリトンさん……」

「また、ザノクリフ王国の内戦を終わらせ、復興へと進ませるアイカ殿下の鮮やかな手腕。心の底から感銘を受けております」

「いや、そんなぁ…………」

「……どうか、私めもアイカ殿下の次の旅に、お供させてくださいませ」


 アイカは深くうなずき、カリトンに感謝をつたえた。

 そして、最後はナーシャに目をむけた。


「私? 私は当然、行くわよ」

「……でも、ナーシャさん」

「だって、旧都に帰っても、また鬱々としてすごすだけよ? ましてや、今度の相手はリーヤボルク、しかもかもしれないんでしょ? ここはひとつ、ひと泡ふかせてやりたいじゃない!」


 ヤンキー気質のテノリア王家のファウロス。その嫁は、アイカを見つめて不敵な笑いを浮かべた。

 アイカは泣きそうな笑顔になって、なんども頭をさげる。


 ――わたしは、もう、ひとりじゃないんだ……。


 先のまったく見えない旅に、心強い仲間がみんな付いてきてくれる。胸いっぱいになったアイカに、タロウとジロウが近寄って、身体をすりつけた。


「もちろん、タロウとジロウも一緒だよ!」


  *


 翌日、さっそく主要太守5公と中堅太守22公をあつめ、旅立ちの意思をあきらかにした。

 ヴィツェ太守のミハイが、ニヤリと笑った――。
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