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第八章 旧都邂逅
189.幸運の女神
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微笑んだウラニアが、ガラの話に応えた。
「よく報せてくれました。情報へ感度と素早い行動。往年の国王侍女長ロザリーを彷彿とさせます」
「いや……そんな……。言い過ぎです……」
「ロザリーは自身も卓越した才覚を持っていましたが、なにより自分の手に余ることは素早く人を頼り、動かしました。王国の侍女のあるべき姿は、すべてロザリーがつくったのです」
「……心いたします」
「ふふっ。なにもなければ、それで良いのです。……ただ、なにかあればロマナを深く傷つけてしまう」
ガラは真剣な表情で、深く頷いた。
「……ロマナは、母から顧みられぬことに、心を痛めて育ちました。ただでさえ母親の愛情に飢えたあの娘に、自ら母を処断させたくありません。……ロマナであれば、母であろうと分け隔てなく裁くでしょうからね」
ウラニアは窓から見える離宮に目をやった。
「離宮には私が顔を出して確認いたします」
「ありがとうございます」
「……ガラ」
「はい」
「ロマナを、よろしく頼むわね」
「……はっ」
ガラは胸騒ぎを覚えた。ウラニアにではない。なにか、とんでもない不幸が起こるのではないかという胸騒ぎ。
この嗅覚があればこそ、地下水路での過酷な孤児生活を生き抜けたという自負もある。危険な場所に無鉄砲に飛び出して、命を落とした孤児仲間たちの顔も頭をよぎる。
しかし、今の自分に出来ることは、ひとまずやり終えた。
大恩あるロマナに災厄が降りかからないことを祈って、ウラニアの前から退出した。
「アイカちゃん……」
こういう時、ガラは密かにアイカを想う。
アイカに出会ってから自分の人生にはいいこと続きだ。ガラにとっては《聖山の神々》より、アイカの方がよっぽど幸運の女神である。
公宮の高い壁から顔をのぞかせた朝陽に、目を細めた――。
*
ガラがアイカを想って見上げた朝陽が、夕闇の中に姿を隠す頃――、
2人の女子が、背の高い草むらに隠れて、やはりアイカのことを想っていた。
どこまでも続く夜の草原。
あたり一帯が白い煙に薄く覆われ、2人の視線の先では炎があがっている。
「くそっ……、ニーナが拐われた」
拳を地に打ちつけたのは、踊り巫女のイェヴァであった。
リティアの王都脱出に協力したあと、ニーナ、ラウラと共に無事帰国していた。しかし、突然現れた軍隊に集落を焼き払われ、住民たちは囚われてしまった。
ニーナが逃してくれなければ、自分たちも捕らえられていたはずだ。
やはり取って返そうとしたイェヴァをラウラが押さえた。
「……行っても、捕まるだけ」
「だからって、このままじゃ……」
軍隊の正体は分からない。
ただ、戦を好まない《草原の民》は時折、奴隷にしようとする西域の兵や賊に襲われることがあった。
恐らくは、その類の襲撃であろう。
草むらから燃える集落を見詰めるラウラが、つぶやくように言った。
「アイカちゃん……」
「……アイカ? ……あの《無頼姫の狼少女》がどうした?」
「将来、草原の民を救うって、祖霊の託宣が降りた……」
「……たしかに」
リティアの王都脱出に協力すべきかどうか、祖霊を降ろして伺いをたてた時のことだ。
イェヴァも、その言葉をハッキリと聞いていた。
ラウラがイェヴァに顔を向けた。
「アイカちゃんに、助けてもらいに行こう」
「いや、アイカは砂漠だろ? 呼びに行っても間に合わないって」
遠く《草原の民》まで最新情報が届くのには時間がかかる。2人にとって、アイカはまだルーファにいる。
しかし、ラウラは左右に首を振った。
「ううん。きっと、大丈夫」
いつもと変わらぬおっとりと聞こえる口調。
だが、確信めいたものも感じられる。
「今までニーナの降ろした祖霊の託宣に間違いはなかった。言う通りにしてれば、きっと降ろしたニーナも守ってくれる」
「……っ!」
目の前で連れ去られていく同胞。
大切な草原を焼く炎。
イェヴァの心は焦燥感でいっぱいだったが、ラウラの言葉の正しさも認めていた。
その気持ちも分かるラウラが、そっと身を寄せた。
「ニーナが助けてくれた」
「ああ……」
「今度は、私たちが助ける番」
「……そうだな」
「大丈夫。このまま奴隷にされるのと、着の身着のまま草原を渡ってテノリア王国を横断して、さらにプシャン砂漠を渡るのと、……どっちが苦難の道か分からない」
「ははっ。……妙な励ましだな」
「……夜が明けたら、アイカちゃんに会いに行こう」
覚悟を定めたイェヴァは、黙って頷いた。焼け落ちる集落を見詰めながら。
*
アイカの重ねた出会いの煌めきが、旧都にとどまらず各地に広がりはじめた頃――、
公子クリストフと待ち合わせた交易の中継都市タルタミアに、アイカたち一行が到着した。
「よく報せてくれました。情報へ感度と素早い行動。往年の国王侍女長ロザリーを彷彿とさせます」
「いや……そんな……。言い過ぎです……」
「ロザリーは自身も卓越した才覚を持っていましたが、なにより自分の手に余ることは素早く人を頼り、動かしました。王国の侍女のあるべき姿は、すべてロザリーがつくったのです」
「……心いたします」
「ふふっ。なにもなければ、それで良いのです。……ただ、なにかあればロマナを深く傷つけてしまう」
ガラは真剣な表情で、深く頷いた。
「……ロマナは、母から顧みられぬことに、心を痛めて育ちました。ただでさえ母親の愛情に飢えたあの娘に、自ら母を処断させたくありません。……ロマナであれば、母であろうと分け隔てなく裁くでしょうからね」
ウラニアは窓から見える離宮に目をやった。
「離宮には私が顔を出して確認いたします」
「ありがとうございます」
「……ガラ」
「はい」
「ロマナを、よろしく頼むわね」
「……はっ」
ガラは胸騒ぎを覚えた。ウラニアにではない。なにか、とんでもない不幸が起こるのではないかという胸騒ぎ。
この嗅覚があればこそ、地下水路での過酷な孤児生活を生き抜けたという自負もある。危険な場所に無鉄砲に飛び出して、命を落とした孤児仲間たちの顔も頭をよぎる。
しかし、今の自分に出来ることは、ひとまずやり終えた。
大恩あるロマナに災厄が降りかからないことを祈って、ウラニアの前から退出した。
「アイカちゃん……」
こういう時、ガラは密かにアイカを想う。
アイカに出会ってから自分の人生にはいいこと続きだ。ガラにとっては《聖山の神々》より、アイカの方がよっぽど幸運の女神である。
公宮の高い壁から顔をのぞかせた朝陽に、目を細めた――。
*
ガラがアイカを想って見上げた朝陽が、夕闇の中に姿を隠す頃――、
2人の女子が、背の高い草むらに隠れて、やはりアイカのことを想っていた。
どこまでも続く夜の草原。
あたり一帯が白い煙に薄く覆われ、2人の視線の先では炎があがっている。
「くそっ……、ニーナが拐われた」
拳を地に打ちつけたのは、踊り巫女のイェヴァであった。
リティアの王都脱出に協力したあと、ニーナ、ラウラと共に無事帰国していた。しかし、突然現れた軍隊に集落を焼き払われ、住民たちは囚われてしまった。
ニーナが逃してくれなければ、自分たちも捕らえられていたはずだ。
やはり取って返そうとしたイェヴァをラウラが押さえた。
「……行っても、捕まるだけ」
「だからって、このままじゃ……」
軍隊の正体は分からない。
ただ、戦を好まない《草原の民》は時折、奴隷にしようとする西域の兵や賊に襲われることがあった。
恐らくは、その類の襲撃であろう。
草むらから燃える集落を見詰めるラウラが、つぶやくように言った。
「アイカちゃん……」
「……アイカ? ……あの《無頼姫の狼少女》がどうした?」
「将来、草原の民を救うって、祖霊の託宣が降りた……」
「……たしかに」
リティアの王都脱出に協力すべきかどうか、祖霊を降ろして伺いをたてた時のことだ。
イェヴァも、その言葉をハッキリと聞いていた。
ラウラがイェヴァに顔を向けた。
「アイカちゃんに、助けてもらいに行こう」
「いや、アイカは砂漠だろ? 呼びに行っても間に合わないって」
遠く《草原の民》まで最新情報が届くのには時間がかかる。2人にとって、アイカはまだルーファにいる。
しかし、ラウラは左右に首を振った。
「ううん。きっと、大丈夫」
いつもと変わらぬおっとりと聞こえる口調。
だが、確信めいたものも感じられる。
「今までニーナの降ろした祖霊の託宣に間違いはなかった。言う通りにしてれば、きっと降ろしたニーナも守ってくれる」
「……っ!」
目の前で連れ去られていく同胞。
大切な草原を焼く炎。
イェヴァの心は焦燥感でいっぱいだったが、ラウラの言葉の正しさも認めていた。
その気持ちも分かるラウラが、そっと身を寄せた。
「ニーナが助けてくれた」
「ああ……」
「今度は、私たちが助ける番」
「……そうだな」
「大丈夫。このまま奴隷にされるのと、着の身着のまま草原を渡ってテノリア王国を横断して、さらにプシャン砂漠を渡るのと、……どっちが苦難の道か分からない」
「ははっ。……妙な励ましだな」
「……夜が明けたら、アイカちゃんに会いに行こう」
覚悟を定めたイェヴァは、黙って頷いた。焼け落ちる集落を見詰めながら。
*
アイカの重ねた出会いの煌めきが、旧都にとどまらず各地に広がりはじめた頃――、
公子クリストフと待ち合わせた交易の中継都市タルタミアに、アイカたち一行が到着した。
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