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第八章 旧都邂逅

185.友だちのままで

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 ――ザノクリフの女王になる。


 チーナの問いは、アイカにとって想定外の言葉であった。

 言われてみれば公子クリストフはイエリナ――アイカのことを『唯一の正当な王位継承者』と言っていた。王位をめぐる争乱を鎮めるのに自分イエリナの存在が必要とされていることも理解していた。

 しかし、


 ――じょ、女王っスか……。


 アイカの中で、ようやくその意味がつながった。

 しかし、《山々の民》の王国、ザノクリフには行ったこともなかったし、クリストフとカタリナのほかには国民にも会ったことがない。

 まったく実感が湧かないし、心の整理がつかない。

 激しく動揺していたが、こういうときアイカは心の中だけ騒がしくして、顔には出さないを身に付けていた。

 チーナは珍しく苦笑い気味に話しを続けた。


「リティア殿下の義妹いもうと君がザノクリフの女王になられる。しかも、ロマナ様から紋入りの弓矢を授けられた狼少女殿でもある。その場に立ち会う機会を見逃して帰国したりすれば、ロマナ様から叱られてしまいます。なんと、もったいないことをしたのか、と」

「……わ。……分かりました。じょ、女王はともかく、弓の名手であるチーナさんが一緒に行ってくれるのは心強いです」


 口を開くと動揺を隠しきれない。

 が、ともかくチーナも同行することが決まった。

 最後に残ったアイラは、むずかしい顔をして考え込んでいた。しかし、返事をしてないのが自分だけであることに気が付き、背筋を伸ばした。

 ルーファに戻れば十数年ぶりに再会した母ルクシアもいるはずである。

 アイカはずっと仲良くしてくれた《愛で友》といえど、引き留めることは出来ないと、奥歯を噛みしめていた。

 しかし、アイラの返答もまた、思わぬものであった。


「私は……、アイカ殿下に仕えたいと思う」

「…………はあ?」

「私はリティア殿下に良くしていただいてはいたが、臣下という訳ではない。《無頼の束ね》に従う無頼の一人でしかない」

「はあ…………」

「アイカ殿下の臣下としていただくのに、なんの問題もない」

「いや、…………えっ? ……なんで? 私は友だちのままで問題ないんですけど」

「ずっと考えていたことだ。……どう考えても、この先、アイカ殿下には苦難の道が待ち受けている。テノリア王国の動乱、義姉あね君であるリティア殿下は、いずれその中心に戻ってこられよう。それに加えてザノクリフ王国の争乱の中心にも飛び込もうとされている」

「あ……はい…………」

「アイカ殿下にも、側に仕える者が必要だ……と、私は思う。自分で言うのはおこがましいが、アイカ殿下と付き合いの長い私は、それに相応しい者の一人であると思う」

「でも、アイラさん……。無頼として生きていきたいんじゃ……?」

「これと決めた主君に忠誠を捧げることは、無頼の道となんの矛盾もない」


 アイラは威儀を正して、片膝を突いた。


「アイカ殿下。このアイラを家臣としてくださいませ」

「え、えっとぉ……」


 戸惑うアイカに、カリュが微笑みを向けた。


「侍女となさいませ」

「じ、侍女……?」

「ええ。アイラ殿であれば、その資格は充分。正式な沙汰はリティア殿下に復命された際のこととしましても、今は気持ちに応えてあげてはどうでしょうか?」

「……わ、分かりました」

「ありがたき幸せ……」


 と、声を張って応えるアイラを、アイカが遮った。


「さ、最初のめいです!」


 アイカはドキドキしていた。


 ――私、めいとか言っちゃってるよ……。


 しかし、変なところで動揺してはリティアの名前に泥を塗るような気がして、大きく息を吸い込んで呼吸を整えた。


「今まで通りに接しなさい」

「え? いや……それは……」

「ええ――っ!? いきなり命令に背いちゃう感じですか? 無頼の忠誠ってそんなもんっスか?」

「うぐっ……」

「正式な場以外では、今まで通りアイカって呼ぶこと。……も今まで通り」

「サバト?」


 聞き逃すチーナではなかった。


「ひ、秘密です! 女子の秘密です!」

「……私も女子ですが」


「ふふっ」と、カリュが笑った。


「主君と侍女の間に、ほかの誰にも知らせぬ秘密があるのは当然のことですね」

「なるほど……。これは失礼した」

「い、いえ……」


 軽く頭を下げるチーナに、アイカの方が慌ててしまった。

 カリュは笑みを浮かべて、アイラを見た。


「アイラ殿も、それでよろしいですね? よもや主命に背くようなことはありませんね?」

「……はっ」

「こう見えても私は側妃サフィナ様の侍女長を務めていたのです。先輩侍女として、アイラにはビシバシ仕込んであげます。……私がロザリー様から教えていただいたように」

「ありがとうございます」

「……よ、よろしくお願いします。アイラさん……」


 蚊の鳴くような声でアイカが言うと、アイラも軽く微笑んだ。


「ありがとう、アイカ」

「はいっ!」


 珍しい主従の誕生を、ジョルジュとネビも微笑ましく見守っていた。

 そして、旧都の酒宴を張り、新しい旅を前にしたパーティは大いに盛り上がった。

 座を開くと女子たちだけで《女子大入浴会》を催し、2人でヒソヒソ話すアイカとアイラを、チーナが怪訝な顔で見詰めていた。

 翌朝、旧都を出発する前、アイカにはまだ再会が待ち受けていた。

 ただし、その一つ目は決して快いものではなかった。

 道行く人々の中に、ヴィアナ騎士団の千騎兵長カリトンの姿を認めたのだ――。
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