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第八章 旧都邂逅
170.ヒメ様との再会
しおりを挟む「はい、はーい――っ! ちゅうも――っく!」
めずらしく大きく張り上げたアイカの声が、深い森の中に木霊した。
刃と刃が激しくぶつかり合っていた音がピタッと止まる。
「情報が渋滞しすぎで――っす! 全員、武器をしまって集合――っ!」
先ほどまで、剣と剣を突きつけ合っていたもの同士が、互いに顔を見合わせる。
「殿下命令で――っす! はい、しゅうご――っ!」
桃色髪の少女が自ら「殿下」と名乗ったことに、困惑する者もいたが、とりあえず皆、剣をおろし鞘にしまった。
いずれにしても「渋滞し過ぎ」ということに関しては、皆、同感だったからだ。
皆がぞろぞろ集まる中、アイカは空を見上げる。大木に囲まれた半年前ほどまでサバイバルしていた山奥。
そこに着いて、感慨にふける間もなく起きた出来事を整理しようと、試みて眉間に皺を寄せる――。
*
アイカ思い出の泉に到着した時、みんなヘトヘトだった。
とりあえず、旅の汚れを落とそうと、女性陣から先に泉で水浴を始める。
――ふ、ふおぉ……。
皆の肢体に、アイカが心の雄叫びを短めに切り上げるほどには、疲れていた。
まもなく春という時期ではあったが、水は冷たい。皆、少し身を震わせながら背中を流し合う。
ところが、不意に水が熱を帯びる。
見ると泉の淵に、光り輝く女性が呑気な風情で浸かっている。
目をむいたアイカが、思わず呼びかける。
「か、神様!?」
『久しいの、愛華』
アイカを異世界に転生させた神功皇后が、光り輝きながら、薄絹をまとって気持ち良さそうに湯に浸かっていた。
アイカの言葉に、カリュたちの視線も驚きに満ちる。
『我は気長足姫尊とも呼ばれる。故にヒメと呼ぶことを許すぞ』
「ヒ、ヒメ……様……、どうして?」
『うむ。異界とはこの泉でしか繋がっておらんのだが、思いのほか強い結界が張られて、愛華の様子を窺えなんだ。晴れたらと思うや、飛ぶように去って行ってしまってのう……』
「ああ……嬉しくて……、なんか、すみません」
『よいよい。愛華が異界で得た新しい生を謳歌するなら、それが一番じゃ……と、自分に言い聞かせておったのだが、気になって仕方なくてのう。なにせ、これまで我が異界に送ったは愛華のみ』
「あ、そーなんですね」
『そうするとじゃ。久方ぶりに愛華の声が聞こえた。耳を澄ませば、契りを結ぶ義姉を大切にすると誓っておる』
「あっ。……あのとき、ヒメ様のこと思ってました」
『我に祈ってくれるとは、嬉しかったぞよ。すっかり忘れられたものだとばかり……』
「あ、いえ……、異世界はヒメ様の管轄外かなぁ……って」
『うむうむ。それで、そのうちこの泉にも顔を見せてくれまいかと張っておったのじゃ』
「張って……」
と、ヒメ様は、驚きの表情のまま自分を見つめるカリュ、アイラ、チーナに気が付いた。
『驚かせて済まんかったの。我は異世界の言葉で言えば、愛華の守護聖霊であるぞよ。そう堅くならずに、湯に浸かれ。女同士ではないか』
「……こ、この泉の水を湯に変えたのは……?」
と、カリュの後ろに隠れたアイラが言った。アイラは山を越える旅の間に、9つ年上の先輩巨乳カリュにすっかり懐いた。
『うむ。我が御業ぞ。なにせ、我は《神様》……、であるからの。良いから浸かれ。女子が身体を冷やすものではないぞ』
状況が飲み込めないままに、肩まで浸かる女子たち。たしかに温かい。ふわあっと、息を漏らした。
タロウとジロウも続いて湯に浸かる。
アイカがおずおずとヒメ様に語りかける。
「あの、それで、どういったご用件で……?」
『うむ! 顔を見に来ただけじゃ!』
「あ、そういう……」
『……元気そうでなにより。ミレーヌとかいった、精霊を使役して我を呼んだ娘も満足であろう』
「ミレーヌ……?」
『ミレーナじゃったかな?』
「その方は……?」
『そうか……。あの娘……、名を名乗るほどの猶予もなかったか……』
ヒメ様は不憫げに目を伏せた。
『……ミレーナは、愛華の今の身体の母親じゃ』
「眼鏡の?」
『そうそう』
「小柄な?」
『そうじゃ。あの幼き顔立ちをした母親の哀切な求めに、我は応えずにはおれんかったのじゃ……』
――娘になってくれて、ありがとう。
アイカは自分を異世界に呼んで、霧のように消え去った娘の声を忘れたことはない。
あの時から自分の人生が始まったのだと痛切に思う。胸に湧き上がった熱の熱さは、今も自分の身体を巡り続けているように思える。
ヒメ様が眉をピクリとさせた。
『なんじゃ。せっかく愛華に会えたというに、無粋な連中じゃ……』
チーナが温泉と化していた泉を、ザバッと飛び出す。それにカリュも続く。
アイカの耳にも剣で撃ち合う音が小さく響いてきた。
アイカとアイラも飛び出し、手早く濡れた身体を拭き、服と防具を着込む。
『はよう済ませて、戻ってこいよー』
ヒメ様の声に見送られるように、戦いの音がする方に女子4人が駆けた。
タロウとジロウは何故か湯に浸かったまま動かない。ヒメ様が蕩けたような顔をした狼二頭に話しかける。
『愛華も、たくましくなったのう……』
ヒメ様と狼二頭は、嬉しそうに目を細めた――。
それが、大渋滞の始まりだった。
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