170 / 307
第七章 姉妹契誓
159.駄々っ子
しおりを挟む
砂漠を渡り、新リティア宮殿に入った後も、リティアは毎晩アイカの部屋を訪れていた。
くだらない話をして、抱き締めて眠る。
ただ、それだけのことであったが、アイカはリティアの心情を危惧し始めていた。
――お母さんと同じようになり始めてるんじゃ……。
もちろん、絶世の美少女王女リティアに頼られることは嬉しい。毎晩、その美しい寝顔がそばにあることは、アイカの特別感も満たしてくれる。
しかし、自分という存在に、惰性で依存し始めているのではないかという不安はぬぐえなかった。
美貌の王女の『持ち物』として異世界ライフを生きていくのも悪くはないと思うこともあったが、いつかリティアが心の柔軟さを失い、自分の愛した《天衣無縫》が消えるならば、それは避けたいと考えるようになっていた。
かつて、日本の母が変貌してしまったようなことが、リティアに起きるのではという恐怖は、アイカを心底震わせる。
だから、旧都への使者がいないということであれば、自分が行くべきだとアイカは思った。
エメーウがリティアと距離を置かされたように、リティアも自分と距離を置くべきだと考えた。それも、他の誰にも知られないうちに行われるのが望ましい。
「アイカか……」
リティアが、おずおずと手を挙げるアイカを見てつぶやいた。
「私も、殿下の侍女ですし……」
「それは、そうだが……、また、砂漠を渡らなくてはならない。来たときと同様、大路を進むことは叶わないだろう……」
「だ……、大丈夫ですよ! 私には、タロウとジロウもいますし!」
「それは、そうだが……」
「それでは、私がアイカの供をつとめましょう」
と、進み出たのは無頼の娘アイラであった。
「集落の建設も目途が立ちました。あとは第六騎士団の皆様にお任せしても問題ないかと」
「うわぁ! アイラさんが一緒なら、心強いですぅ!」
アイカの弾むような笑顔に、リティアがピクッと眉を動かした。
リティア自身、自分の眉の筋肉がなぜそのように反応するのか、理解できていない。
「分かった……」
と、リティアがつぶやくように言った。
「護衛は付けるとして、その方向で準備を進めよ」
リティアは、アイラが廃太子アレクセイの孫であることを密かに聞かされている。やんわりと止めるべきだと考えていたが、湧き上がる不可解な感情に心の動きが縛られていた。
「やっと、お仕事もらえました!」
と、笑顔になったアイカに、リティアがハッとした表情を見せた。
「だって、殿下に忘れられてましたしぃ~」
「だから、忘れてなかったってば。タロウとジロウも、その目で見るのをやめないかっ」
リティアが、いつもの快活な笑顔を見せた。
*
アイカの出発準備が進む。
そんな中、大首長セミールが曾孫フェティの顔を見に、新リティア宮殿に足を運んだ。
ひとしきり言葉を交わした後、ジョルジュと走り回って遊ぶフェティを、リティアとテーブルを囲んで眺めた。
「さすがは、《天衣無縫の無頼姫》よ。賊を、あのように手懐けるとは」
「ふふっ……。大お祖父様は、私のことを《天衣無縫》と呼ぶとき、すこしツラそうな表情になられますね?」
「ん……、むっ……。そうかな?」
「私のことを、お母様からの愛に飢えた子供のように思っておられる。愛情を求めて《天衣無縫》に振る舞っておるのだと……、感じておられる」
リティアの視線は、祖父と戯れるようなフェティの笑顔に注がれている。
セミールは、一呼吸おいて口を開いた。すでにリティアの慧眼に驚くことはなくなっていたが、それでも本音を衝かれたようで、威儀を正す時間が必要であった。
「違う、……ということですかな?」
「愛には飢えておりましょう。しかし、私の《天衣無縫》は、母エメーウに見出された天賦の才」
セミールは黙って、リティアの言葉を待った。
「……母に見付けられ、大切に大切に伸ばしていただいた、私の恵質なのです。権謀術数渦巻く、テノリアの王宮を生き抜くために」
「そうで……あられたか……」
「はいっ!」
リティアは、とびきりの笑顔をセミールに向けた。
「実に回りくどい教育でございましたが、ご自身でさえどうにもできない不自由なお心を、必死に働かせて、私を守ろうとしてくださっていたのです! 『絶対に王位に色気があるように見られちゃダメよ』と駄々をこねる母エメーウの姿を、幾たび目にしたことか」
「そうであったか……」
「親にあれほど見事に駄々をこねられては、娘が《天衣無縫》になるほか、ないではありませんかっ!」
と、悪戯っぽく笑ったリティアに、セミールは軽く頷くだけであった。
*
やがて、アイカが旧都に向けて出立する日が訪れた――。
くだらない話をして、抱き締めて眠る。
ただ、それだけのことであったが、アイカはリティアの心情を危惧し始めていた。
――お母さんと同じようになり始めてるんじゃ……。
もちろん、絶世の美少女王女リティアに頼られることは嬉しい。毎晩、その美しい寝顔がそばにあることは、アイカの特別感も満たしてくれる。
しかし、自分という存在に、惰性で依存し始めているのではないかという不安はぬぐえなかった。
美貌の王女の『持ち物』として異世界ライフを生きていくのも悪くはないと思うこともあったが、いつかリティアが心の柔軟さを失い、自分の愛した《天衣無縫》が消えるならば、それは避けたいと考えるようになっていた。
かつて、日本の母が変貌してしまったようなことが、リティアに起きるのではという恐怖は、アイカを心底震わせる。
だから、旧都への使者がいないということであれば、自分が行くべきだとアイカは思った。
エメーウがリティアと距離を置かされたように、リティアも自分と距離を置くべきだと考えた。それも、他の誰にも知られないうちに行われるのが望ましい。
「アイカか……」
リティアが、おずおずと手を挙げるアイカを見てつぶやいた。
「私も、殿下の侍女ですし……」
「それは、そうだが……、また、砂漠を渡らなくてはならない。来たときと同様、大路を進むことは叶わないだろう……」
「だ……、大丈夫ですよ! 私には、タロウとジロウもいますし!」
「それは、そうだが……」
「それでは、私がアイカの供をつとめましょう」
と、進み出たのは無頼の娘アイラであった。
「集落の建設も目途が立ちました。あとは第六騎士団の皆様にお任せしても問題ないかと」
「うわぁ! アイラさんが一緒なら、心強いですぅ!」
アイカの弾むような笑顔に、リティアがピクッと眉を動かした。
リティア自身、自分の眉の筋肉がなぜそのように反応するのか、理解できていない。
「分かった……」
と、リティアがつぶやくように言った。
「護衛は付けるとして、その方向で準備を進めよ」
リティアは、アイラが廃太子アレクセイの孫であることを密かに聞かされている。やんわりと止めるべきだと考えていたが、湧き上がる不可解な感情に心の動きが縛られていた。
「やっと、お仕事もらえました!」
と、笑顔になったアイカに、リティアがハッとした表情を見せた。
「だって、殿下に忘れられてましたしぃ~」
「だから、忘れてなかったってば。タロウとジロウも、その目で見るのをやめないかっ」
リティアが、いつもの快活な笑顔を見せた。
*
アイカの出発準備が進む。
そんな中、大首長セミールが曾孫フェティの顔を見に、新リティア宮殿に足を運んだ。
ひとしきり言葉を交わした後、ジョルジュと走り回って遊ぶフェティを、リティアとテーブルを囲んで眺めた。
「さすがは、《天衣無縫の無頼姫》よ。賊を、あのように手懐けるとは」
「ふふっ……。大お祖父様は、私のことを《天衣無縫》と呼ぶとき、すこしツラそうな表情になられますね?」
「ん……、むっ……。そうかな?」
「私のことを、お母様からの愛に飢えた子供のように思っておられる。愛情を求めて《天衣無縫》に振る舞っておるのだと……、感じておられる」
リティアの視線は、祖父と戯れるようなフェティの笑顔に注がれている。
セミールは、一呼吸おいて口を開いた。すでにリティアの慧眼に驚くことはなくなっていたが、それでも本音を衝かれたようで、威儀を正す時間が必要であった。
「違う、……ということですかな?」
「愛には飢えておりましょう。しかし、私の《天衣無縫》は、母エメーウに見出された天賦の才」
セミールは黙って、リティアの言葉を待った。
「……母に見付けられ、大切に大切に伸ばしていただいた、私の恵質なのです。権謀術数渦巻く、テノリアの王宮を生き抜くために」
「そうで……あられたか……」
「はいっ!」
リティアは、とびきりの笑顔をセミールに向けた。
「実に回りくどい教育でございましたが、ご自身でさえどうにもできない不自由なお心を、必死に働かせて、私を守ろうとしてくださっていたのです! 『絶対に王位に色気があるように見られちゃダメよ』と駄々をこねる母エメーウの姿を、幾たび目にしたことか」
「そうであったか……」
「親にあれほど見事に駄々をこねられては、娘が《天衣無縫》になるほか、ないではありませんかっ!」
と、悪戯っぽく笑ったリティアに、セミールは軽く頷くだけであった。
*
やがて、アイカが旧都に向けて出立する日が訪れた――。
22
お気に入りに追加
439
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!
さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ
祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き!
も……もう嫌だぁ!
半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける!
時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ!
大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。
色んなキャラ出しまくりぃ!
カクヨムでも掲載チュッ
⚠︎この物語は全てフィクションです。
⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!
転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
転移術士の成り上がり
名無し
ファンタジー
ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。
【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る(旧題|剣は光より速い-社畜異世界転生)
丁鹿イノ
ファンタジー
【ファンタジア文庫にて1巻発売中!】
深夜の職場で人生を終えた青桐 恒(25)は、気づいたらファンタジーな異世界に転生していた。
前世の社畜人生のお陰で圧倒的な精神力を持ち、生後から持ち前の社畜精神で頑張りすぎて魔力と気力を異常に成長させてしまう。
そのうち元Sクラス冒険者である両親も自重しなくなり、魔術と剣術もとんでもないことに……
異世界に転生しても働くのをやめられない!
剣と魔術が存在するファンタジーな異世界で持ち前の社畜精神で努力を積み重ね成り上がっていく、成長物語。
■カクヨムでも連載中です■
本作品をお読みいただき、また多く感想をいただき、誠にありがとうございます。
中々お返しできておりませんが、お寄せいただいたコメントは全て拝見し、執筆の糧にしています。
いつもありがとうございます。
◆
書籍化に伴いタイトルが変更となりました。
剣は光より速い - 社畜異世界転生 ~社畜は異世界でも無休で最強へ至る~
↓
転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる