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第六章 蹂躙公女

147.桃色髪の少女を従えて

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 一座の笑いが途切れたとき、ソフィアの胸の中に顔をうずめるようにして、ロマナがつぶやいた。


「私だって……、本当は怖いのです……」

「ロマナちゃん……」

「お父様は無惨に殺され、私はエズレアに同じことをしてしまいました……。狩猟神パイパルは私をお許しになるでしょうか……? 哀しみを広げる私のことを……」


 ソフィアは黙ってロマナの頭をなでた。


「お祖父様が囚われたというのに、私自身は救けに行くこともせず、自分の権威を守るのに汲々としている。西南六〇列候の親と子を離れ離れにしている私は、同じ哀しみを味あわせているだけなのではないでしょうか……」


 ロマナを囲む大人たちはその背にのしかかる重責を思い遣り、側に控えるガラは思いがけないロマナの弱音に驚き、やがて小さな涙をこぼした。

 王都に潜伏するリアンドラからは、ガラに宛てた書状も届いていた。

 ベスニク虜囚の一報がヴールに漏れていたことを訝しんだリーヤボルク兵の目が、孤児の館を探り当てていた。ガラの存在まで暴かれていた訳ではなかったが、弟レオンは身の安全を図るために逃がされた。

 北の元締シモンの指図で、若頭ピュリサスが付き添いレオンは辺境のフェトクリシスに送られた。

 ガラに教えられていたアーロンとリアンドラが孤児の館に訪れる直前の出来事で、ちょうど入れ違いになってしまった。

 書状にはシモンがレオンの無事を保障していると書かれていたが、姉弟は聖山の大地の西南の果てと、北東の果てに別たれることになった。リティアへの恩に報いるためにした行動であったが、このような結果を招くことまでは、ガラには想像できていなかった。

 そして、ロマナが自分をヴールに引き止めていた理由も、ようやく理解することができた。

 そのロマナが胸中に秘めていた苦しさを、大人の胸に顔をうずめて吐き出している。


 ――私も、強くならなければ。私を助けてくれたロマナ様のお役に立てるように。私を助けてくれたリティア殿下のお役に立てるように。


 生きていればレオンとは、きっとまた会える。

 ピュリサスに守られているレオンと違い、ロマナの祖父は所在不明に囚われている。どのような扱いを受けているかも分からない。ロマナの不安の大きさを思えば、自分の不安など耐えられるレベルのものだ。

 その思いと決意とが、小さな滴になって目からこぼれた。


「リティアなら……」


 と、ロマナが言葉を継いだ。


「リティアが私なら、王都に飛んで行ったでしょうか? お祖父様を救けるために、自分が飛んで行ったでしょうか……? お祖父様はどこかに幽閉され、塗炭の苦しみを味あわされているかもしれないというのに、私はヴールの高い城壁に守られてぬくぬくと暮らしている……」

「ロマナちゃんは頑張ってるわよ……?」


 ソフィアは「えらい、えらい」と、ロマナの頭をなで続けた。


「……大叔母様の辞書に、静かに労わるという項があるとは、驚きです」

「え? ひどくない?」

「ふふっ」


 ロマナはソフィアの胸に顔をうずめたまま、笑い声をこぼした。


「ていうか、ロマナちゃんから見たらリティアだって『大叔母様』でしょ? リティアは私の妹なのよ? なのに、私だけオバサンって言わないでほしいなあ」

「リティアは年下ですし」

「リティア殿下……、でしょ?」


 と、ウラニアが悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「リティアはリティアです」

「はやく、会いたいわねぇ……」

「…………はい」

「あのは、いちばんお父様の血を色濃く受け継いでるから……。帰って来たら、リーヤボルクなんてあっと言う間に追い出しちゃうわよ」


 ソフィアが、ロマナを強く抱き締めた。

 その様に、ウラニアが浮かべる笑みも優しいものへと変わる。


「不思議なものね。砂漠の民との間に生まれたリティアが、いちばん強くお父様の気性を受け継ぐなんて」


 ソフィアに抱き締められたロマナ、そしてその場にいる皆が、砂漠を渡っているリティアの笑顔を思い浮かべた。

 きっと、初めて乗る駱駝の背でキャッキャとはしゃいでいるに違いない。

 傍らに二頭の狼と、桃色髪の少女を従えて――。
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