上 下
154 / 307
第六章 蹂躙公女

144.蹂躙公女

しおりを挟む
 ロマナが、王弟カリストスおよびアルナヴィスの軍とにらみ合った滞陣中、ヴールには続々と幕下六〇列候からの人質が送られていた。

 新エズレア候が差し出した妻子が手厚くもてなされていることが知れ渡り、また、カリストスを相手に一歩も退かないロマナの背中に、諸列候はヴールの本気を見た。

 ロマナ率いるヴール軍は、カリストスに交渉を持ちかけることもなく、一度も臨戦態勢を解かなかった。

 列候たちは、その姿に屈したと言ってもよい。


 ――ベスニク不在であっても、ヴールの牙は衰えぬ。


 ロマナの狙い通りであった。

 ヴールに帰着したロマナの最初の公務は、それら人質たちとの謁見であった。


「よく参られた。ヴールは兵の勇猛さで知られるが、学問の街でもある。ごゆるりと修学に励まれるのがよかろう」

「はは――っ」

「決して不自由な思いはさせません。なにかご要望があれば、遠慮なくお申し付けください」


 と、にっこり微笑む美しいロマナからは華がこぼれるようで、人質たちは立場を忘れて魅了されていく。

 あの即座にエズレア候の首を落とした、狂気の公女と同一人物とは思えない。


 それでも人質を出し渋る列候には、ロマナ自らがに兵を発した。

 そのひとつに、西南伯領北端に位置するチュケシエがあった。


「我が家からは、叛太子バシリオスに公女エカテリニを妃として差し出しておりました。現在の王国の混乱は、我が家にも責任の一端があると考え、深い憂慮に沈んでおります。つきましては、身を慎み、ヴールへの出仕も控えさせていただきたく存じます」


 というのが、断りの口上であった。


「エカテリニ様も、ご実家で肩身の狭い思いをされておろうな……」


 ロマナは紅のようなピンク色の髪をたなびかせ、いつも優しくしてくれた王太子妃エカテリニのことを想い、眉間に皺を寄せた。

 ただちに兵を発し、チュケシエを包囲するとエカテリニをもらい受けてヴールに戻った。


 *


「しかし、蹂躙公女という綽名は、あんまりではないか……?」


 と、ロマナは浴室で背中を流してくれているガラにぼやいた。

 西南伯領各地に縦横無尽に軍を走らせ、並み居る列候を威圧し屈服させ、人質をもらい受けて帰るロマナのことを、領民たちはいつしか「蹂躙公女」「蹂躙姫」と呼ぶようになっていた。


「リティアの『無頼姫』に比べても……、なんだ? そう、可愛げがない!」

「ふふ」

「笑いごとではないぞ、ガラ」


 ロマナはガラを手元から放さなくなっており、今では出兵の際にも連れて行く。2人の間の気持ちの垣根は随分低くなった。


「それにだな。リティアには『天衣無縫の』という枕言葉まで付いているではないか。天衣無縫の無頼姫。……なんだ? こう、……愛されてる感じがする」

「ふふっ。リティア殿下は、王都の民から愛されておりますから」

「むうっ……。気に食わん。リティアだって、従わなかった無頼を300人も撫で斬りにしたんだぞ? それに比べたら、私など可愛いものではないか。それを『蹂躙姫』などと……、こんなに可愛い姫をつかまえて」

「それでは『清楚可憐の蹂躙姫』と呼ばせてはいかがですか……?」

「はあ?」

「あっ、『花顔玉容の蹂躙姫』も、いいかも」

「……私の美しさを褒めてくれるのは嬉しいが、むしろ、怖くなってないか?」

「あれ? 怖いですよ? ロマナ様は」

「ガラまで、そんな……」

「お美しくて、怖ろしくて、お祖父様のために剣を振るわれて……。だから、皆さん、ロマナ様のことが好きなんだと思います」

「むっ……。ならそれでもいいが……」

「ふふっ。清楚可憐の蹂躙姫様。いいではないですか」

「……なんだか言い包められたような気もするが」


 ガラは猛将ダビドの養女ということになっている。

 身分にうるさいヴールで、正式にロマナの側で仕えるための措置であった。弟レオンの消息は気になっていたが、ロマナの好意を素直に受けることにした。

 やがて、王都に潜伏しているアーロンとリアンドラから密使が届いた。

 ガラの弟レオンの消息と共に、摂政サミュエルの使者がヴールに向かったという報せであった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

4層世界の最下層、魔物の森で生き残る~生存率0.1%未満の試練~

TOYA
ファンタジー
~完結済み~ 「この世界のルールはとても残酷だ。10歳の洗礼の試練は避ける事が出来ないんだ」 この世界で大人になるには、10歳で必ず発生する洗礼の試練で生き残らなければならない。 その試練はこの世界の最下層、魔物の巣窟にたった一人で放り出される残酷な内容だった。 生存率は1%未満。大勢の子供たちは成す術も無く魔物に食い殺されて行く中、 生き延び、帰還する為の魔法を覚えなければならない。 だが……魔法には帰還する為の魔法の更に先が存在した。 それに気がついた主人公、ロフルはその先の魔法を習得すべく 帰還せず魔物の巣窟に残り、奮闘する。 いずれ同じこの地獄へと落ちてくる、妹弟を救うために。 ※あらすじは第一章の内容です。 ――― 本作品は小説家になろう様 カクヨム様でも連載しております。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

転生してしまったので服チートを駆使してこの世界で得た家族と一緒に旅をしようと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
俺はクギミヤ タツミ。 今年で33歳の社畜でございます 俺はとても運がない人間だったがこの日をもって異世界に転生しました しかし、そこは牢屋で見事にくそまみれになってしまう 汚れた囚人服に嫌気がさして、母さんの服を思い出していたのだが、現実を受け止めて抗ってみた。 すると、ステータスウィンドウが開けることに気づく。 そして、チートに気付いて無事にこの世界を気ままに旅することとなる。楽しい旅にしなくちゃな

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

処理中です...