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第六章 蹂躙公女
144.蹂躙公女
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ロマナが、王弟カリストスおよびアルナヴィスの軍とにらみ合った滞陣中、ヴールには続々と幕下六〇列候からの人質が送られていた。
新エズレア候が差し出した妻子が手厚くもてなされていることが知れ渡り、また、カリストスを相手に一歩も退かないロマナの背中に、諸列候はヴールの本気を見た。
ロマナ率いるヴール軍は、カリストスに交渉を持ちかけることもなく、一度も臨戦態勢を解かなかった。
列候たちは、その姿に屈したと言ってもよい。
――ベスニク不在であっても、ヴールの牙は衰えぬ。
ロマナの狙い通りであった。
ヴールに帰着したロマナの最初の公務は、それら人質たちとの謁見であった。
「よく参られた。ヴールは兵の勇猛さで知られるが、学問の街でもある。ごゆるりと修学に励まれるのがよかろう」
「はは――っ」
「決して不自由な思いはさせません。なにかご要望があれば、遠慮なくお申し付けください」
と、にっこり微笑む美しいロマナからは華がこぼれるようで、人質たちは立場を忘れて魅了されていく。
あの即座にエズレア候の首を落とした、狂気の公女と同一人物とは思えない。
それでも人質を出し渋る列候には、ロマナ自らが出迎えに兵を発した。
そのひとつに、西南伯領北端に位置するチュケシエがあった。
「我が家からは、叛太子バシリオスに公女エカテリニを妃として差し出しておりました。現在の王国の混乱は、我が家にも責任の一端があると考え、深い憂慮に沈んでおります。つきましては、身を慎み、ヴールへの出仕も控えさせていただきたく存じます」
というのが、断りの口上であった。
「エカテリニ様も、ご実家で肩身の狭い思いをされておろうな……」
ロマナは紅のようなピンク色の髪をたなびかせ、いつも優しくしてくれた王太子妃エカテリニのことを想い、眉間に皺を寄せた。
ただちに兵を発し、チュケシエを包囲するとエカテリニをもらい受けてヴールに戻った。
*
「しかし、蹂躙公女という綽名は、あんまりではないか……?」
と、ロマナは浴室で背中を流してくれているガラにぼやいた。
西南伯領各地に縦横無尽に軍を走らせ、並み居る列候を威圧し屈服させ、人質をもらい受けて帰るロマナのことを、領民たちはいつしか「蹂躙公女」「蹂躙姫」と呼ぶようになっていた。
「リティアの『無頼姫』に比べても……、なんだ? そう、可愛げがない!」
「ふふ」
「笑いごとではないぞ、ガラ」
ロマナはガラを手元から放さなくなっており、今では出兵の際にも連れて行く。2人の間の気持ちの垣根は随分低くなった。
「それにだな。リティアには『天衣無縫の』という枕言葉まで付いているではないか。天衣無縫の無頼姫。……なんだ? こう、……愛されてる感じがする」
「ふふっ。リティア殿下は、王都の民から愛されておりますから」
「むうっ……。気に食わん。リティアだって、従わなかった無頼を300人も撫で斬りにしたんだぞ? それに比べたら、私など可愛いものではないか。それを『蹂躙姫』などと……、こんなに可愛い姫をつかまえて」
「それでは『清楚可憐の蹂躙姫』と呼ばせてはいかがですか……?」
「はあ?」
「あっ、『花顔玉容の蹂躙姫』も、いいかも」
「……私の美しさを褒めてくれるのは嬉しいが、むしろ、怖くなってないか?」
「あれ? 怖いですよ? ロマナ様は」
「ガラまで、そんな……」
「お美しくて、怖ろしくて、お祖父様のために剣を振るわれて……。だから、皆さん、ロマナ様のことが好きなんだと思います」
「むっ……。ならそれでもいいが……」
「ふふっ。清楚可憐の蹂躙姫様。いいではないですか」
「……なんだか言い包められたような気もするが」
ガラは猛将ダビドの養女ということになっている。
身分にうるさいヴールで、正式にロマナの側で仕えるための措置であった。弟レオンの消息は気になっていたが、ロマナの好意を素直に受けることにした。
やがて、王都に潜伏しているアーロンとリアンドラから密使が届いた。
ガラの弟レオンの消息と共に、摂政サミュエルの使者がヴールに向かったという報せであった――。
新エズレア候が差し出した妻子が手厚くもてなされていることが知れ渡り、また、カリストスを相手に一歩も退かないロマナの背中に、諸列候はヴールの本気を見た。
ロマナ率いるヴール軍は、カリストスに交渉を持ちかけることもなく、一度も臨戦態勢を解かなかった。
列候たちは、その姿に屈したと言ってもよい。
――ベスニク不在であっても、ヴールの牙は衰えぬ。
ロマナの狙い通りであった。
ヴールに帰着したロマナの最初の公務は、それら人質たちとの謁見であった。
「よく参られた。ヴールは兵の勇猛さで知られるが、学問の街でもある。ごゆるりと修学に励まれるのがよかろう」
「はは――っ」
「決して不自由な思いはさせません。なにかご要望があれば、遠慮なくお申し付けください」
と、にっこり微笑む美しいロマナからは華がこぼれるようで、人質たちは立場を忘れて魅了されていく。
あの即座にエズレア候の首を落とした、狂気の公女と同一人物とは思えない。
それでも人質を出し渋る列候には、ロマナ自らが出迎えに兵を発した。
そのひとつに、西南伯領北端に位置するチュケシエがあった。
「我が家からは、叛太子バシリオスに公女エカテリニを妃として差し出しておりました。現在の王国の混乱は、我が家にも責任の一端があると考え、深い憂慮に沈んでおります。つきましては、身を慎み、ヴールへの出仕も控えさせていただきたく存じます」
というのが、断りの口上であった。
「エカテリニ様も、ご実家で肩身の狭い思いをされておろうな……」
ロマナは紅のようなピンク色の髪をたなびかせ、いつも優しくしてくれた王太子妃エカテリニのことを想い、眉間に皺を寄せた。
ただちに兵を発し、チュケシエを包囲するとエカテリニをもらい受けてヴールに戻った。
*
「しかし、蹂躙公女という綽名は、あんまりではないか……?」
と、ロマナは浴室で背中を流してくれているガラにぼやいた。
西南伯領各地に縦横無尽に軍を走らせ、並み居る列候を威圧し屈服させ、人質をもらい受けて帰るロマナのことを、領民たちはいつしか「蹂躙公女」「蹂躙姫」と呼ぶようになっていた。
「リティアの『無頼姫』に比べても……、なんだ? そう、可愛げがない!」
「ふふ」
「笑いごとではないぞ、ガラ」
ロマナはガラを手元から放さなくなっており、今では出兵の際にも連れて行く。2人の間の気持ちの垣根は随分低くなった。
「それにだな。リティアには『天衣無縫の』という枕言葉まで付いているではないか。天衣無縫の無頼姫。……なんだ? こう、……愛されてる感じがする」
「ふふっ。リティア殿下は、王都の民から愛されておりますから」
「むうっ……。気に食わん。リティアだって、従わなかった無頼を300人も撫で斬りにしたんだぞ? それに比べたら、私など可愛いものではないか。それを『蹂躙姫』などと……、こんなに可愛い姫をつかまえて」
「それでは『清楚可憐の蹂躙姫』と呼ばせてはいかがですか……?」
「はあ?」
「あっ、『花顔玉容の蹂躙姫』も、いいかも」
「……私の美しさを褒めてくれるのは嬉しいが、むしろ、怖くなってないか?」
「あれ? 怖いですよ? ロマナ様は」
「ガラまで、そんな……」
「お美しくて、怖ろしくて、お祖父様のために剣を振るわれて……。だから、皆さん、ロマナ様のことが好きなんだと思います」
「むっ……。ならそれでもいいが……」
「ふふっ。清楚可憐の蹂躙姫様。いいではないですか」
「……なんだか言い包められたような気もするが」
ガラは猛将ダビドの養女ということになっている。
身分にうるさいヴールで、正式にロマナの側で仕えるための措置であった。弟レオンの消息は気になっていたが、ロマナの好意を素直に受けることにした。
やがて、王都に潜伏しているアーロンとリアンドラから密使が届いた。
ガラの弟レオンの消息と共に、摂政サミュエルの使者がヴールに向かったという報せであった――。
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