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第六章 蹂躙公女

143.お喋りだもの

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 戦陣から急使が届いたと聞いて、ウラニアは激しく緊張し、動揺した。

 西南伯家の危機にあって、夫ベスニクがえつを託した孫娘ロマナの果断な処置の数々は、幕下六〇列候を引き締め、威を示した。

 ウラニアがロマナのことを思い起こすとき、最初に浮かぶのはその細い腰である。その場に華が咲き乱れるような微笑みに変わりはなかったし、列候筆頭と言ってよいヴール候家の姫に相応しい美しさを湛えている。

 しかし、可憐で優美なロマナが「やりすぎているのでは?」という、懸念がない訳ではなかった。

 そのロマナが戦陣から寄越した急使――。いくつもの不吉な想像が頭をよぎる。

 硬い表情で開いた書状に書かれていたのは、


 ――ソフィア大叔母様が来られました。滞在されるそうなので、お相手をお願いします。


 というもので、ウラニアは呆気に取られ、そして笑った。


「ロマナにも、かなわないものがあるのね」


 11歳年下の異腹の妹ソフィアを、ウラニアは幼い頃から可愛がってきたし、ソフィアもよく懐いた。

 父の正妃アナスタシアに似て、よく喋る異母妹だったが、そのソフィアも、もう47歳。だというのに、少しも落ち着くことなく会えば飛んで抱き着いてくる。

 戦陣に突然現れた経緯は分からなかったが、ソフィアらしいと笑みがこぼれる。

 ウラニアは、侍女に命じて公宮内にソフィアの部屋を支度させた。


「ウラニアお姉様――っ!」


 と、城門に出迎えたウラニアに、ソフィアは想像通りに走り込んできて、抱き着いた。


「いらっしゃい、ソフィア。ヴールへようこそ」

「おっ、お姉様……、うっ、うっ、うっ、ううぅぅぅぅ――っ!」


 ソフィアは抱き着いたまま、大きな嗚咽を漏らし始めた。


「あらあら。どうしたの、ソフィア? 可愛い顔が台無しよ?」

「レオノラちゃんが……、レオノラちゃんが……」

「ええ…………」

「わだし……、お姉様のぎぼちを思うと……、うわ――っん!!」


 ソフィアは、斬首が伝えられるウラニアの息子レオノラの名を挙げ、激しく泣いた。

 ウラニアは優しく頭を撫で、少し離れて見守っていたロマナも涙をこぼした。

 いや、悲報が届くや否や勃発したエズレア候のクーデターなどの対処に追われ、全身をハリネズミのように強張らせていたヴール全土が、心優しき太子レオノラのことを想い、初めて涙を流した。

 ソフィアは、ウラニアの胸の中で顔を上げ、


「私! 絶対、お姉様とロマナちゃんの味方だから!」


 と、涙声で宣言した。

 ヴール全土が、


 ――リーヤボルク、許すまじ。


 の心で、ひとつになった。


 ◇


 城門でひとしきり泣きに泣いたソフィアが、ウラニアから離れると、たちまち満開の笑顔をつくった。


「まあ! 誰⁉ この可愛い――っ!」


 と、今度はガラに抱き着く。


「え、えっと……」


 困惑するガラに、ウラニアがそっと近寄る。


「ロマナの侍女なの」

「侍女ぉ⁉ ヴールも侍女を始めたのね? にしても、可愛いねぇ! お人形さんみたい」


 ウラニアは、ロマナがガラに寄せる好意を表現するのに、単にメイドというのが憚られ、とっさに侍女と紹介しただけであったが、これ以降、ガラは正式にロマナの侍女として扱われることになった。

 ソフィアのリティアとはまた違った敷居の低さに、ガラは微妙な笑みを浮かべるしか出来なかった。

 ただ、自分の母が生きていれば同じくらいの歳であったであろうソフィアから、撫でられたり頬ずりされたりするのに、嫌な感じはしなかった。


 ――ガラ、すまん。


 と、ロマナは、ソフィアの視界に入らないよう注意しながら、そっと公宮に向かう。

 せっかくのお気に入りのガラとの再会であったが、自分のしたかったことの10倍以上の熱烈さで大叔母に奪われてしまった。

 が、ロマナはやることが多い。

 そそくさと、執務室に向かう。

 その背後からは、無邪気で物騒なソフィアの声が響いてくる。


「そうだ! 私、サンド―しちゃうから、ウラニアお姉様が即位しちゃってよ!」

「いやいやいや……、私じゃダメよ……」

「どうして? あの脳筋バカのルカス坊やなんかより、お姉様の方がよっぽどいいじゃない!」

「私には西南伯家があるから、ダメ。そんなに言うならソフィアが即位すればいいじゃない」

「私ぃ? 私はダメよ」

「どうして」

「だって、お喋りだもの。こんな女王様を戴いたら、皆んな仕事にならないでしょ?」


 ――自覚あるんだ。


 と、ロマナだけでなく、ヴール全土が震えた。

 王国の西南に、第1王女と第2王女がそろった。

 第3王女は、いまだ砂漠を旅している――。
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