上 下
138 / 307
第五章 王国動乱

129.審神者の郷(2)

しおりを挟む
 リティアたちが駱駝騎乗の練習をしている中、無頼の娘アイラは、アイカとチーナから弓を習っている。

 第六騎士団に同行させてもらう中、自分がなんの役にも立たないことを痛感したためだ。

 王都にあるときには、リティアのいわば諜報員として活躍したアイラだが、王都を離れればカリュには遠く及ばない。今も、周辺列候領の情勢を探りに出ている。

 元締シモンの娘として、最低限の護身術は身に付けていたが、野盗に襲撃されれば戦力にはならない。騎士たちに守ってもらう立場だ。

 そこで、フェトクリシスに逗留している期間を利用して、弓矢の扱いを習いたいと申し出た。

 であるアイカは快諾してくれたし、西南伯軍随一とも謳われる弓の名手チーナも協力を申し出てくれた。

 もちろん、アイカにすると愛でる対象の一人であるアイラの側にいられるのは望むところであったし、眼帯美少女チーナを側で愛でられるのも思わぬ僥倖であった。

 ただ、聖山の民であるチーナが側にいることで、アイラとできないことは、少し残念であった。

 弓の修練の休憩中は、皆、ついリティアとエメーウの様子を窺ってしまう。

 この母娘の緊張関係は、一行の誰もが気にかかる問題であって、第六騎士団では末端の歩兵でさえ様子を盗み見ているのが分かる。

 そして、駱駝の乗り方を母から教わるリティアの笑顔が砕けていくほどに、皆、安堵のほどを深めている。

 ただ、アイカだけは少し違った目で、リティアを見ていた。

 フェトクリシスに入る少し前から、リティアはアイカを抱き締めていないと寝付けなくなっていた。

 野営の天幕の中で、最初にギュウッと抱き締められたときは、


 ――うっひょい!


 と、思い、


 ――いいんスか? いいんスか? こんな、美少女、美少女王女に抱き締められて、私はどうすればいいんスか!?


 と、舞い上がっていたアイカだった。

 だが、それが毎日毎晩のこととなると、リティアの心の中に開いた、暗くて深い穴から目をそらすことが出来なくなった。

 タロウとジロウにはさまれ、アイカを痛いほどに抱き締めて、ようやく眠りに落ちていくリティア。その眠りは、心身を安らげるものというよりは、逃げ込むようであり、アイカは身体以上に心が締め付けられる思いで夜を過ごした。

 自分などで良ければ、いくらでも抱き枕にしてくれていいから……、という思いで、リティアのなすがままに任せている。

 フェトクリシスに入ってからも、その状況は続き、毎晩、リティアはアイカに寝物語に他愛もない雑談を聞かせる。


「フェトクリシスは『審神者さにわさと』とも呼ばれる、審神さにわわざ発祥の地なんだ。街ゆく人たちが皆、アイカのことを振り返るだろう? あれは皆んな審神者さにわなんだ」


 たぶん、リティアが選ぶ話題の選択に意味はなく、眠りに落ちるまでの時間を埋めるためだけに話しているのだろうと察しながら、へぇーっと、興味深そうに相槌を打つ。


「聖山戦争の最初期にフェトクリシスは参朝した。聖山の民の誰もが忘れていた古神を祀っているのが発見されて、審神神ネシュムモネと審神さにわわざが王国に伝わった。父上には……天空神ラトゥパヌの守護があることが分かり……、カリストス叔父上には鍛冶神サーバヌの守護がある……ことが分かった……」


 リティアは眠気で半分閉じた瞳で、アイカの桃色の髪を眺め、時には撫でる――。

 激しい睡魔に襲われいながら、あと一歩、眠りに踏み出すのにアイカの存在を必要としていた。一人では意識を途絶えさせる勇気が出ない。

 それが分かるアイカは、自分の方が先に眠りに落ちないように気を付けながら、リティアをうつつで一人にしてしまわないように注意しながら、かといって眠気を覚ましてしまわないように穏やかな相槌を返し続ける――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~

イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?) グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。 「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」 そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。 (これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!) と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。 続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。 さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!? 「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」 ※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`) ※小説家になろう、ノベルバにも掲載

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?

綾雅(りょうが)電子書籍発売中!
恋愛
「エステファニア・サラ・メレンデス――お前との婚約を破棄する」 婚約者であるクラウディオ王太子に、王妃の生誕祝いの夜会で言い渡された私。愛しているわけでもない男に婚約破棄され、断罪されるが……残念ですけど、私と結婚しない王太子殿下に価値はありませんのよ? 何を勘違いしたのか、淫らな恰好の女を伴った元婚約者の暴挙は彼自身へ跳ね返った。 ざまぁ要素あり。溺愛される主人公が無事婚約破棄を乗り越えて幸せを掴むお話。 表紙イラスト:リルドア様(https://coconala.com/users/791723) 【完結】本編63話+外伝11話、2021/01/19 【複数掲載】アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアップ+ 2021/12  異世界恋愛小説コンテスト 一次審査通過 2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過

島流しになった僕、月の王国の彼女

河内ひつじ
ファンタジー
山深い田舎に住んでいる中学2年生の僕は夏休みに入った最初の夜に謎の美しい女性に自分の未来についてとんでもない予言をされた挙げ句、ある宣告を受ける事になった。 そして夏休み最初の日、村から町に向かおうとした僕は駅で異変に襲われ気が付いた時には小さな島の浜辺にいた。 そこは動乱の真っ最中の月の王国の領土の一部だった。

【完結】ご結婚おめでとうございます~早く家から出て行ってくださいまし~

暖夢 由
恋愛
「シャロン、君とは婚約破棄をする。そして君の妹ミカリーナと結婚することとした。」 そんなお言葉から始まるばたばた結婚式の模様。 援護射撃は第3皇子殿下ですわ。ご覚悟なさいまし。 2021年7月14日 HOTランキング2位 人気ランキング1位 にランクインさせて頂きました。 応援ありがとうございます!! 処女作となっております。 優しい目で見て頂けますようお願い致します。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

処理中です...