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第五章 王国動乱

124.王都の片隅(3)

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 ――平民が、列侯に……?


 ノクシアスの言葉は、ガラの心を強く打った。

 王都の中心にそびえる王宮の主が斃れた時も、世界がひっくり返ったのかと思うほどに驚いた。地面よりも低く、地下水路から見上げる王宮の尖塔は、ガラにとって天上よりも高く、聖山の神々の方が身近に感じるほどだった。

 王都ヴィアナを“一番下”から見上げていたガラにとって、身分差、階級差は絶対堅固なものと映っていた。

 それに抗おうとする者がいる。いや、抗うことを考えられる。

 不敵な笑みでピュリサスを見詰めるノクシアスの顔を、まじまじと見詰めてしまった。


「無頼まで正統のなんのと、馬鹿馬鹿しいとは思わんか?」

「それで……?」

「俺がのし上がれば、ちっとは風通しが良くなる。力を貸せよ、ピュリサス」


 ピュリサスは、ようやくガラの肩から手を離した。


「……それで戦を望むのか?」

「望んではいねえ。今の俺ごときが、止められるもんでもねえだろ。起きる戦は利用させてもらうってだけだ」

「……俺は、気が乗らねえな」

「ふっ。まあ、気が向いたら俺のとこ来いよ」


 と、ノクシアスは立ち上がった。


「気長に待つさ」

「そのままジジイになりやがれ」

「へっ。ごめんだな。……ガラ」

「はっ、はい!」

「女癖が悪いのはピュリサスの方だからな。気を付けろよ」

「バカなこと言ってないで、帰るなら帰れ」

「また来る」


 と、笑いながらノクシアスが立ち去ると、土間にはガラとピュリサスの2人になった。


「ノクシアスとは、若い頃ツルんでたんだ……」

「あ……はい……」

「あいつ、アイラに惚れててなあ……」

「え?」

「手ひどくフラれたのに、まだ忘れられねえ。アイラはファザコンだからな。シモンの親分より大きな男になって、振り向かせたいんだよ」

「そ……そう……なんですね」

「ん? ノクシアスに惚れてた?」

「いえ、そんな。私なんかが……」

「……馬鹿だろう? 無頼がどうの、国がどうのって、偉そうなこと言ってるけど、女を一人、振り向かせたいだけなんだ」


 ――馬鹿とは思いませんが……、分かりかねる。


 年頃に差しかかるガラだが、最近になってようやく食に困らなくなったという生活だ。恋愛は聖山神話より遠いところにある。

 弟レオンにひもじい思いをさせない。そのことだけに必死で生きてきた。

 隊商だった父を幼い頃に亡くし、母と弟と王都に移り住んだ。洗濯婦をして養ってくれていた母も病に倒れ、家を追われて、地下水路に逃れた。ガラの目に映る世界は、何度も壊れた。リティアが手を差し伸べてくれるまで、世界が自分に微笑んでくれることはなかった。

 その世界を、壊そうとする側に立つノクシアスに、興味がないわけではない。

 平民が列候になる世の中は想像もつかないが、そのとき自分の身の上は、どう翻弄されているのだろうか。


「そうね。そんな世の中になったら、リティア殿下はきっと、大笑いしながら受けて立ってくださると思うわ」


 と、館に食材を運んでくれたケレシアが笑った。

 アイカ専属の女官だったケレシアは王都に残り、リティアの命で、ガラたちに気を配りながら生活している。それに充分な財貨も与えられた。


「……お、怒らないんですか?」

「リティア殿下はガラに、住むところと食べ物をくださったでしょう?」

「はい……」

「そんな人は、今までいなかったでしょう?」


 ガラは大きく頷いた。


「リティア殿下は世の中が変わることを恐れないし、今もきっと、次はどんな世の中にしようって、ワクワクしてらっしゃると思わない?」

「……そう……ですね」

「ふふ。大丈夫。聖山の民は強いのよ。今にリーヤボルクなんか追い出しちゃうんだから」


 ケレシアの答えは、ガラの問いに正面からは答えていない。

 ただ、リティアの笑顔を思い返すことが出来て、少しだけ心を落ち着けることができた。

 王都の上の方が大きく入れ替わったにも関わらず、賑わいと喧騒は相変わらずだ。直接は触れられないところで起きた変化が、自分の所にまで届いてこないのは、ケレシアやピュリサス、それにノクシアスなどが守ってくれているからだと理解している。

 その後ろには、これも変わらず、リティアがいることが伝わった。

 できればは壊れてほしくない。ガラはそう思いながら、孤児たちの夕飯の支度に取り掛かった――。
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