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第五章 王国動乱
117.交錯(6)
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アルナヴィス候ジェリコの3歳年下の妹サフィナが、国王ファウロスに奪われたのは18歳のときだ。
多くの血を流した9年におよぶ死闘に力尽き、屈辱を受け入れたその場で召し上げられた。
誰にも慈愛深く、アルヴィナスの主祭神『盾神アルニティア』への信仰篤い妹は、それ以来、アルナヴィスの地を踏んでいない。
「私を憎んで気が済むのでしたら、それで良いではないですか」
ジェリコが初めて王都に参朝したとき、再会したサフィナはそう言って、寂しげに笑った。
故郷アルナヴィスの領民が、敗北の象徴としてサフィナを憎み始めていることを、無理に止めるなと兄に願った。
「それで、領民たちの心がまとまるのでしたら、良いではありませんか」
「しかし、それではサフィナが……」
「お兄様や候家に憎しみが集まるようでは、アルナヴィスの復興は成し遂げられませんよ」
「それは、そうだが……」
「テノリアに敗れたのは候家の領導が悪かったせいだと、反乱でも起きたらどうなさいます。あのとき私がファウロス陛下に見初められたのは、盾神アルニティアのお導きだったのかもしれません。その身に憎しみを集め、アルナヴィスを鎮めよと」
「いや、それは違うぞサフィナ。お前は、自らを盾にしてアルナヴィスを守ってくれているではないか。やはり、我慢ならん。お前が如何なる思いでいるか、領民たちに話して聞かせる」
「なりません」
「しかし!」
「私がアルナヴィスから憎まれているからこそ、私が孤立しているからこそ、陛下は安心して私に寵愛を注げるのです」
ジェリコは、そう言ったときのサフィナの瞳が忘れられない。
奥底が窺えない、深く暗い闇――。
「アルナヴィスから怨嗟の声が届けば届くほどに、王宮の者たちは私への警戒を解き、陛下の寵愛を止める者がいなくなります。分かりますか? お兄様」
「……わ、分かる。分かる……が……」
「そうでなくては、私の復讐が始められないではありませんか」
「復讐……?」
「神代の時代より独立不羈を誇った、盾神アルニティアの聖地アルナヴィスを踏みにじり、私から故郷を奪ったファウロスに、報いを受けさせなくてはなりません」
「サフィナ……」
「私は私の戦いを生きるのです。お兄様にはお兄様の戦いがあります」
「私の……戦い?」
「領民を守り、土地を耕し、領土を富ませるのです。私は信じております。兄上が再びアルナヴィスにかけがえのない輝きを取り戻してくださると」
両の手を握り、そう微笑んだサフィナ。
もはや、かけられる言葉はなかった。せめてと、出来のいい間諜の娘を側仕えに贈った。あの時のカリュという娘は、立派に役目を果たして、サフィナは国王からの寵愛をほしいままにした。
一時、砂漠から寄越された側妃に寵愛を奪われたが、取り戻せたのには、カリュの働きもあったであろう。
その不憫な妹は、見事、ファウロスに報いを受けさせ、自身もこの世にいない――。
先ごろの布告で、ファウロスの遺体は大神殿に安置されたとあるが、サフィナの遺体がどうなったかは伝わらない。丁重に扱われないまでも、辱めを受けるようなことがないことを祈るばかりだ。
「お帰りなさいませ、ジェリコ様」
「ニコラスか……」
離宮に戻ったジェリコを、アルナヴィス候領の宰相ニコラスが出迎えた――。
多くの血を流した9年におよぶ死闘に力尽き、屈辱を受け入れたその場で召し上げられた。
誰にも慈愛深く、アルヴィナスの主祭神『盾神アルニティア』への信仰篤い妹は、それ以来、アルナヴィスの地を踏んでいない。
「私を憎んで気が済むのでしたら、それで良いではないですか」
ジェリコが初めて王都に参朝したとき、再会したサフィナはそう言って、寂しげに笑った。
故郷アルナヴィスの領民が、敗北の象徴としてサフィナを憎み始めていることを、無理に止めるなと兄に願った。
「それで、領民たちの心がまとまるのでしたら、良いではありませんか」
「しかし、それではサフィナが……」
「お兄様や候家に憎しみが集まるようでは、アルナヴィスの復興は成し遂げられませんよ」
「それは、そうだが……」
「テノリアに敗れたのは候家の領導が悪かったせいだと、反乱でも起きたらどうなさいます。あのとき私がファウロス陛下に見初められたのは、盾神アルニティアのお導きだったのかもしれません。その身に憎しみを集め、アルナヴィスを鎮めよと」
「いや、それは違うぞサフィナ。お前は、自らを盾にしてアルナヴィスを守ってくれているではないか。やはり、我慢ならん。お前が如何なる思いでいるか、領民たちに話して聞かせる」
「なりません」
「しかし!」
「私がアルナヴィスから憎まれているからこそ、私が孤立しているからこそ、陛下は安心して私に寵愛を注げるのです」
ジェリコは、そう言ったときのサフィナの瞳が忘れられない。
奥底が窺えない、深く暗い闇――。
「アルナヴィスから怨嗟の声が届けば届くほどに、王宮の者たちは私への警戒を解き、陛下の寵愛を止める者がいなくなります。分かりますか? お兄様」
「……わ、分かる。分かる……が……」
「そうでなくては、私の復讐が始められないではありませんか」
「復讐……?」
「神代の時代より独立不羈を誇った、盾神アルニティアの聖地アルナヴィスを踏みにじり、私から故郷を奪ったファウロスに、報いを受けさせなくてはなりません」
「サフィナ……」
「私は私の戦いを生きるのです。お兄様にはお兄様の戦いがあります」
「私の……戦い?」
「領民を守り、土地を耕し、領土を富ませるのです。私は信じております。兄上が再びアルナヴィスにかけがえのない輝きを取り戻してくださると」
両の手を握り、そう微笑んだサフィナ。
もはや、かけられる言葉はなかった。せめてと、出来のいい間諜の娘を側仕えに贈った。あの時のカリュという娘は、立派に役目を果たして、サフィナは国王からの寵愛をほしいままにした。
一時、砂漠から寄越された側妃に寵愛を奪われたが、取り戻せたのには、カリュの働きもあったであろう。
その不憫な妹は、見事、ファウロスに報いを受けさせ、自身もこの世にいない――。
先ごろの布告で、ファウロスの遺体は大神殿に安置されたとあるが、サフィナの遺体がどうなったかは伝わらない。丁重に扱われないまでも、辱めを受けるようなことがないことを祈るばかりだ。
「お帰りなさいませ、ジェリコ様」
「ニコラスか……」
離宮に戻ったジェリコを、アルナヴィス候領の宰相ニコラスが出迎えた――。
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